第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その41


 竜の歌は、『ゴースト・アヴェンジャー』たちの魂に届いただろう。マジメな連中のことだから、『ルカーヴィスト』の最後の戦いを見守るために、この土地に集まっているさ。


 そうだ。


 オレたちは戦わなければならない。邪悪な指導者をオレに殺され、強い戦士たちも死に絶えた。もはや、『ルカーヴィスト』は誰の脅威にもならん。マフィアの搾取から逃れた貧民たちの集団でしかないのだ。


 アーレスよ。騎士道に生きる者であれば、見捨ててはならん者たちだな……。


 南西の丘を見た。『ルカーヴィスト』の襲撃に備えて、辺境伯軍の兵士たちは緊張感に包まれた夜を過ごしたはずだが……今では落ち着きを取り戻している。


 統率が取れているのだ。見張りの数も、かなり減らしたな。『ルカーヴィスト』の戦力を読み……今夜、彼らが襲撃してくる可能性は無いと判断して、兵を休ませている。竜に対しての備えだけはしているな。弓兵が多い。


 エルフの弓兵に頼れば、安心して眠ることも出来るはずだが、亜人種を頼るつもりはないのか、『ザットール』を信用していないのか……辺境伯軍は、彼らを近くに寄せ付けてはいない。


 貧弱な明かりを使い、弓兵どもは空を睨んでいる。竜の歌は、山肌に反響してヤツらにも届いただろう。やまびこをつづける歌に、ヤツらは恐怖と警戒心を強めたはずだ。安眠妨害を誘う効果もあったというわけさ……。


 だが、落ち着いている。不安はあるはずだが、見張りの数を増やさない。闇に紛れた黒竜の襲撃を、見抜くことは出来ないと考えているんだろう。むしろ、守りを固めてしまうほどに、火球で爆破される可能性もあると判断したか。


 ……大人数で守れば?……そこが重要な場所だと明かすことになる。つまり、辺境伯ロザングリードや、ヤツの腹心たちが眠る場所だろう……見張りの数を減らすことを、命令として強いている。実に戦術的な発想だと、感想するべき行動だよ。


 やはり……辺境伯ロザングリードの生存を感じるな。テントを爆撃したときに、死んでいたわけじゃなさそうだ。あの忠実だった執事をキュレネイに殺されて、ヤツは怒り狂っているはずだ。


 だからこそ、守りを最小限にして、兵士を休ませているのさ。合理的に、こちらの動きを読み切っている。明日、兵士に万全の体力を与え、『ルカーヴィスト』を蹂躙させるために―――あの拠点の守りが薄いのは、攻撃のための休息に必死だからだ。


 ……大した統率力だよ。ロザングリード以外には、ここまで辺境伯軍を落ち着かせることは出来ないだろう。


 ヤツが死ねば?……ハイランド王国軍の動きを警戒しなければならない状況で、わざわざ『ルカーヴィスト』につき合うことをバカバカしいと断じる騎士も出て、夜通しの会議を行うはずだ。あの集団は、それなりに精強な軍隊だからな。有能な軍人も多いだろう。


 この戦は、軍事的な必然性よりも、ロザングリードの地位を守るという政治的な判断に動機を持つものだ。


 もしも、ロザングリードが死んでいたら、無益な血を流すだけになる。『ルカーヴィスト』の本拠地に軍を進めて、自軍を損耗させることを嫌うさ。即時の撤退だって視野に入れるべきだ。


 しかし、その様子が無い。ということは、やはりロザングリードは生きている。戦場では、イヤなヤツってのは生き延びるもんだしな……執事に自分の鎧を着せて、一族の領地を広げるような男だ。


 慎重さと、戦場での経験が豊富な、難敵。運任せでは、仕留めるのは難しいだろうな。


「……ソルジェさま、辺境伯軍を見ているのですか?」


「ああ。ついでというわけではないが、偵察を兼ねている。動きがなく、落ち着いているな。ヤツらは、スケジュール通りに動くぞ。日が昇り次第、攻撃を開始する」


「こちらの策は、機能するでしょうか?……雨は、もう止んでいますが」


「東の風も吹いている。問題はない、霧は生まれるぞ」


「では、それに乗じて……撤退と、待ち伏せ……そして」


「イシュータル草の出番になる」


「お任せ下さい。雨が上がり次第、作業は始まっています」


「設置には、指示を出さなくてもいいか?」


「ええ。イシュータル草の畑は、収穫後に焼き払うんです。茎の部分は、麻薬の材料としては相応しくありませんからね」


「……いらない部分は、焼き払うか」


「その方が、作業が早く済みますので。『ルカーヴィスト』のメンバーは、何十回もその作業を実行して来ています。そして、この季節に、どの方角からの風が吹くかも理解しています」


「じゃあ、そっちは手伝わなくても、よさそうだな」


「はい。大丈夫ですよ。彼らは、畑仕事にも、野焼きの経験も豊富ですから」


「雨が降った、炎に攻撃されるとは、辺境伯軍は考えてはいない。意識の外から、一撃を浴びせる。生き残りを、一人でも多く作ろう。君の仲間を、死なせたくない」


「はい。ソルジェさま、ご協力ありがとうございます。恩は、必ず返します」


「……まあ、そのためにも生き残れ。君も含めて、長らく生きてみせろ」


「ええ。キュレネイ並みには、いかないかもしれませんが……長く、生きてみたい気持ちなっていますから。がんばります」


「ああ。そうしてくれ」


 ……ゼファーは屋敷に戻ると、オレとエルゼを降ろした。エルゼのおかげで、ゼファーは北の拠点の連中に、仲間だと認識してもらえたからな……あとは、可能な限り、ケガ人を輸送するペースを上げるだけ。オレが乗らなければ、運べる人数が一人増える。


『それじゃあ、いってくるねー!』


「おう!頼んだぞ、ゼファー!」


 負傷者を乗せて、ゼファーは意気揚々と星空へと舞い上がっていく。ギンドウ製の懐中時計で時刻を確認すると、深夜の二時に近づいていた。


 エルゼが近づいて来たので、彼女にもそれを見せた。


「……あと、4時間ほどで夜明けになりますね。山陰から日が昇ると、一気に明るくなります」


「そうだな。早めに、みんなにメシを食わせておけるか?……自力で歩けない負傷者は減らせられるが……ゼファーも、敵を攪乱するために攻撃に参加する」


「私も、ゼファーちゃんの背から、攻撃いたします」


「弓は使えるか?」


「ええ。『ゴースト・アヴェンジャー』は、武芸百般ですから」


「そうか。護衛には、空中からの攻撃能力がないジャンを前方につける」


「……ああ、彼ですか」


 抱きつかれた件を根に持っているのだろうか、エルゼの笑顔に冷たさが走った気がする。


「アレは、事故だぜ?」


「ええ。分かっています。キュレネイと間違えたのでしょう?……ヤツは、私の妹にセクハラを?」


「しないさ。ジャンの序列は、うちで一番低いし……基本的に奥手でシャイなヤツだ。キュレネイを確保したかったからな」


「……キュレネイと、私は似ているわけですか。魔力は知っていましたが、においも、そうなのですね……?」


「『ゴースト・アヴェンジャー』は似ているらしいしな。それに血縁者であるのなら、なおのことだろうよ」


「……体臭は、血縁的な要因が大きいのでしょうか?……生活史が反映されるのではないかと、考察していますが」


「『狼男』の理不尽なまでの嗅覚は、純粋な嗅覚というよりも、魔力や呪術を読み取っているのかもしれん……難しいコトはオレにも分からん。だが、とにかく、ジャンは頼りになるぜ」


「ソルジェさまが仰るので、信用することにしましょう、ヤツを」


 ……エルゼはいつだって変わらず笑顔だよ?……でも、笑顔のまま、『ヤツ』って言うもんだから、何だか怖くてね。苦笑いで対応するしか出来なかったよ。第一印象ってのは、大きいもんだな。


「……ジャンには索敵の力があるし、機動力は馬以上。先頭としんがりのあいだを定期的に行き来して、隊列を守る戦士に敵の位置を報告してもらう」


「分かりました」


「しんがりは、シアンになる。彼女はフーレン族の『虎』だ。山を歩くことには慣れている。戦闘能力はうちでも最高峰。身体能力が高く、腕に自信がある辺境伯軍の追跡者は、彼女が排除するさ」


「わかりました。こちらも最高の戦力を、しんがりにつけるべきでしょうか……?」


「いや。賭けにはなるがな……体力がある者たちは、負傷者のカバーに当たらせるべきかもしれん。イシュータル草を使えば、辺境伯軍と『ザットール』の関係性がこじれる」


「『ザットール』は、追いかけて来ないと?」


「数は減るだろう。辺境伯軍は南に退却することを選ぶが、関係性が悪化すれば、両者は接近することは出来ない」


「つまり、『ザットール』は、辺境伯軍が退路とし使う山道に近寄れない?」


「そうだ。少なくとも、ヤツらが集まってくる時間は遅くなる。『ルカーヴィスト』を追撃する戦力は、想定よりは減るだろうさ……それに、ヤツらは、竜が麻薬倉庫を襲ったことにも気がつく。経営状態が悪い『ザットール』は、敵の排除より商品を守るはずだ」


 もしも、その気を見せないなら?……麻薬倉庫をゼファーで焼けばいいかもな。


「ふむ。ならば、戦いよりも、移動のペースを維持させるべきですね」


「けっきょくのところ、逃げてしまうのが一番だ。北の砦に立て籠もることが出来れば、辺境伯軍が1000人規模で追いかけて来ることでもない限り、守り切れる」


「……その可能性は、あるでしょうか?」


「ゼロとは言わないが、皆無だ。辺境伯は、この戦で兵力以上に、時間を使いたくないからな」


「ハイランド王国軍への、備えですね」


「ああ。それに、敵地で兵士1000人を孤立させるわけにもいかん。補給線を維持するだけでも、人員を使う……辺境伯軍が最もイヤがる敗北は、分断されての各個撃破さ。賢いからね、ハイランド王国軍が『どこから来る』のかも、考えているハズさ」


「……なるほど。この土地は、フーレン族との戦いには、サイアクですね」


 さすがに賢いエルゼは理解しているようだ。そうだ、辺境伯ロザングリードは戦上手。この森と山……歩兵だらけのハイランド王国軍が、山岳地帯を体力任せに駆け抜けてくる可能性も考えているさ。


 竜を見たんだからな。


 『自由同盟』の傭兵がいるんだぜ?……何のために?……自分を暗殺するためとも考えただろうし―――北西からこの山岳地帯に侵入することだって可能だ。


 騎馬が最強の威力を発揮出来るゼロニア平野などで、ハイランド王国軍が戦うメリットは少ない。つまり、竜は、ハイランド王国軍の『尖兵』かもしれない。


 ハイランド王国軍が山を越えてこの土地に侵入することを、竜がサポートしている……そう考えても不思議ではないのさ。


「もしも、『ここ』でハイランド王国軍に襲われたら?……ハイランド王国軍の兵士は3000もいれば、辺境伯軍の全てを狩り尽くしてしまうさ。『虎』と山林で白兵戦など、人間族の戦士が選ぶべき戦場ではない」


「……ハイランド王国軍は、いるのですか……?あの砦を、襲うことは?」


 軍隊は残虐だからな。若い女と、疲れた人々がいる場所を見れば?……あっという間に略奪の対象にしてしまうこともある。自国の軍隊でも信用がおけたものではないが、それが他国の軍隊ともなれば信頼など出来ない。略奪は軍人の基本的な仕事の一つだからな。


 ……エルゼは、それが不安なんだよ。『白虎』を知っていそうな彼女からすれば、ハイランド王国軍など鬼畜の群れにしか思えないだろうからな。あの砦を、ハイランド王国軍が襲わないかと心配している。


 無抵抗だからこそ、略奪を行うこともある……ヒトは、善人ばかりではない。金も食糧も無くても、若い女を陵辱する楽しみはあるし、未熟な兵士に虐殺をやらせて『鍛える』ことすらあるからな―――。


「―――安心しろ。彼らは、あそこは通らない。戦略的に廃れて、放棄された砦だ。通るとすれば、北西から入り、南か東へと抜ける。ここから北には用は無いはずだ」


「……確証は……いえ。乱世では、全てにそれは持てない」


「……ああ。そうなる。だが、出来ることは尽くすぞ」


「……はい。私も、自分の武器の準備と……隊列の編成に指示をして来ます。スピード重視。北上組は、それで編成します」


「賛成出来る判断だよ。戦場から遠ざかる。それが、最良の身の守り方の一つだ」


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