第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その37


 エルゼと真の意味で仲間になれた気がする。彼女の変わることのない笑顔に、今は友情を感じることが出来るのさ。エルゼは、仲間を守ろうとしている。そういうヤツは、大好きだよ。


 彼女と手を組めたことが光栄だし、とても嬉しい。


「……では、みなさん。着替えのための部屋を用意します。どうぞ、こちらへ」


 ミア、シアン、キュレネイは、エルゼに隣室へと案内されていく。そこで濡れた服を着替えるのさ。紳士であるオレと、ヘタレのジャンは、この場に残ったよ。装備を外して、体を拭いていく。


 窓から外を見たが、雨は今にも止みそうだった。そして、東からの風が吹いていることも知る。予測の通りだな。このまま素直に止んでくれたら、明日の早朝は霧が立ち込めるだろう。


 ……女性陣は、すぐに戻って来たよ。雑嚢に入れていた予備の服に、彼女たちも着替えている。オレたちが使う雑嚢は、ギンドウ・アーヴィング製品だ。内側には魔獣のなめし革が貼られていて、頑丈な上に防水性が高いと来ている。雨に打たれでも水が染みない。


 野外生活が長いオレたちには、最高の品だな。


 ギンドウは、本当に大した発明家なのだから、大金を稼ぐ手段は幾つもあるはずなんだが……金が出来れば、『飛行機械』への投資に使うか……酒に変えてしまうのさ。


「着替えたか、ミア?」


「うん!これで、風邪引かない!」


 ミアがオレに飛びついてくる。フロント・抱っこモードで、兄妹合体さ。


「お兄ちゃんも、着替え終わってる!」


 ……もちろん、オレとジャンも着替えていたよ。男の着替えは一瞬だから。まあ、竜鱗の鎧は身につけてはいないが、今は構わない。


 ここは『拠点』。エルゼの仲間は、オレたちの仲間であり、彼らの拠点であるここは、オレたちが身を休めていい場所なのだ。鎧は必要ではない。むしろ、重量物を体から外すことで、体力の回復につながるのさ。


 とにかく、休める時には可能な限り休むんだよ。ここは戦場だからな。明日も、大きな戦になる……休めながら、必要な話し合いをしようじゃないか。オレたちには、聞くべき情報もある。今のエルゼなら、教えてくれるだろう―――『ルカーヴィ』に関することも。


 オレの着替えを確かめたミアは、オレからピョンと離れていく。


「お兄ちゃん。会議、会議!」


「ああ。そうだな」


 ミアの後を追いかけて、あのテーブルに向かう。エルゼは紅茶とクッキーを用意してくれていたな……長話にはちょうどいいさ。夜も更けて来たから、スープだけじゃ小腹も空くからね。


 オレは紅茶を一口飲んで、甘味たっぷりのクッキーを素早く咀嚼する。


「おいしいですか?」


「ああ。おいしいよ」


「それは良かったです」


「さてと、風邪を引く心配もなくなったから、ハナシをつづけようか」


「ええ。何をお聞きになりたいですか?」


「ジェド・ランドールが、『ヴァルガロフ』を攻撃しようとしていることは分かった。彼は……あの街の現状を嘆き、かつての『ヴァルガロフ』を取り戻そうとしたいんだな」


「はい。『オル・ゴースト』の時代から、彼は敬虔な戦神の信徒であり、アスラン・ザルネと同様に、戦神の研究者でもありました」


「ドワーフ族の研究者か……」


 別に驚くことではない。筋肉質で短躯、その上、野蛮で酒呑みではあるが……グラーセス王国のシャナン王や、軍師候補のマリー・マロウズとかはインテリだしな。


「そう言えば、テッサ・ランドールも若くして大学に行き、ヒトの数倍の速さで学問を修めたらしいな」


「ランドール家は、武勇にも優れていますが、学問にも優れています。ジェド・ランドール氏は、四大マフィアの中でも『オル・ゴースト』の神官たちと仲が良く……神学の探究者でした」


「神学……戦神の教えを、学術的に研究したか」


「はい。教えを学術的に証明し、理論武装する役目もあります……」


「りろんぶそー?」


 ミアが首を傾げていた。たしかに、子供にはよく分からない言葉だろう。


「ミアちゃんにも分かりやすく言えば、戦神の教えを実践することの『正しさ』……それを、マフィアの構成員たちに説くことでしょうか。あるいは、逆らうことの愚かさを説明する。そうすることで、マフィアを戦神の教えに対して、忠実であるようにするのです」


「ふーん、なるほどー……」


 ミアは深く理解することをあきらめたようだ。クッキーの上にジャムを乗せて、口に運ぶ作業に専念することを決めたらしい。


「……戦神バルジアの、教え。それを、四大マフィアの統治に、使っていたか」


「ええ。そうですよ、シアンさん」


 ……女子たちは隣室での着替えの最中に、自己紹介でも交わしたようだな。親交を深めるのは、良いことさ。仲間なんだから。


「ジェド・ランドールは、その高い知性と教養を用いて、戦神の教えを研究した……それは四大マフィアを律するためでもありましたが、それ以上に、彼は、おそらく純粋な宗教研究家でもあった」


「具体的には、どんなことをしていたのでありますか?」


「私も全てを知っているわけではありませんが、ジェド・ランドールは戦神の実在を確かめることに専念していたようです」


「神さまを、見たことはないであります。『ゼルアガ/侵略神』ならば、団長たちが数匹始末しているでありますが……」


「まあ。さすがは、ソルジェさまですね」


「ああ……悪神を見たことはある。異界からの、邪悪な侵略者どもはな。だが、本当に偉大な神サマを見たことは、オレもない」


「はい。私もですし、ジェド・ランドールもそうでしょう。『ゼルアガ』は実在が語られますが……多くの宗教の神々について、客観的にその存在を目撃することはありません」


 神など、空想だろうからな。


 その言葉を、大神官殿にぶつけるのは失礼かもしれないから、口からは出さないさ。


「宗教における神さまは、実在しなくても問題はありません。信徒が信じることが出来る教えがあれば、その宗教は機能しますので」


「……たしかにな。規範にはなる。宗教が、倫理や『掟』を定義してくれている部分は、多くあるだろうよ」


「私もそう考えます。宗教の神さまは、いなくてもいいのです。良き教えがあり、皆がそれを守り、より平和に暮らせるのなら、誰にも問題はありません」


「だが、ジェド・ランドールや、『オル・ゴースト』の神官たちは、それでは納得が出来なかった」


「そうですね。彼らは、戦神バルジアの『実在』を、どうしても確かめたかったようです。『オル・ゴースト』の権威と支配力を高めるためでもあり……アスラン・ザルネのように知的な好奇心からでもあり……敬虔な信徒としての渇望でもあった」


 ジェド・ランドールは……敬虔な信徒だから、それを目指したのか。神の存在を、確かめる?……オレには理解の出来ない種類の努力だな。しかし、ジェド・ランドールには、重要なことだったのか―――。


「―――『予言者』を使い、戦神が降臨する日を『予言』させるのも、その一環か」


「はい。とても、痛ましいことです」


「『予言』をすれば、彼らの命を削ることになるわけだが、それでも決行した」


「ええ……『預言』。『ゴースト・アヴェンジャー』が未来に見る映像を、夢として予知するのではなく……戦神バルジアが世界に現れた瞬間を知るために、戦神の声を聞く『予言者』が必要だった。元々、『予言者』よりも、そちらを創り出したかった」


 『予言者』や『ゴースト・アヴェンジャー』は、その研究の副産物だったのかも知れないな。


「……とにかく。戦神の降臨を予知しようとすれば、『予言者』は死んだ」


「はい。脳に特有の破壊がみられました。それらは、呪術による痕跡に酷似しています。ジェド・ランドールや『オル・ゴースト』の一部の神官たちは……それを、戦神からのメッセージだと考えた。戦神から、ヒトへと預けられた言葉―――『預言』だと」


「……その呪術を集めて、一つの呪術に組み立てた……羊の胎児と『彼』とやらの死体を素材に使い……バケモノを造った」


「そうですね。それこそが、ジェド・ランドールや一部の神官たちが信じた、『戦神の似姿』……戦神の形態の一つである、『ルカーヴィ』……羊の腹から産まれたそれは、異形の死体でありましたが……すぐに朽ちることはなく、再生の力に優れていました」


「……食欲が無くなるなあ」


 ミアは、ジャムをたっぷりと搭載した、スペシャル・モードのクッキーに対しての情熱を失ってしまったようだ。まあ、羊の腹から産まれたバケモンのハナシってのは、食事中に聞きたい種類のものではないな……。


「そうでありますか?」


「うん。キュレネイにあげる」


「いただくであります」


 食欲の強い、オレたちのキュレネイ・ザトーは、スペシャル・モードのクッキーさんをパクりと食べてしまう。あれ、噛まないな。呑み込んだのだろうか?クッキーを?……気にしないことにする。


「とにかく。その人工的に造った『ルカーヴィ』は、死んでいた」


「死んでいました。ですが、肉を切り取っても再生するので、死んでいると断じていいのかは分かりません。とにかく、動くこともなく、心臓も魔力も止まっていた」


「……それで、切り取った肉を?」


「志願者に埋め込みます。そうすることで、『シェルティナ』に変異します」


「数が、限られるわけだ」


「そうですね。あの肉は、貴重でした。『ルカーヴィ』は『ヴァルガロフ』の地下にありますし、その肉を切り取り、輸送することは困難なことですから」


「……おい、エルゼ・ザトー。あの手紙には、ヴェリイ・リオーネについても、書いていた。ヤツらは、あの女を、どうするつもりだったのだ?」


「シアンさんは、ヴェリイさんのお友達なのですか?」


「……親しくはないが、知り合いだ」


「そうですか。アスラン・ザルネとジェド・ランドールは、彼女に『巫女』としての役目を果たさせる予定でした」


「『巫女』か。『ルカーヴィ』を、呼ぶ、というヤツか……?」


「はい。具体的には、『人造ルカーヴィ』の肉を、彼女の胎児に混ぜる予定でした」


「……何だと!?」


 シアンの双眸が鋭さを帯びる。たしかに、聞き捨てならない言葉ではあった。


「『巫女』の役目の一つには、戦神を『出産する』というのも含まれていました。もちろん、伝承に過ぎません。歴史上、そんな存在はいなかったのでしょうが」


「召喚する……ってハナシだったんだがな」


「……女を、何だと思っているんだ……ッ」


「邪悪な行為でした。結果としては、事前の調査で、ヴェリイ・リオーネが『巫女』の血筋ではないと判明し、その行為がされることはなかった。リオーネ家の女が、夫とは違う男の子を出産してくれていて、良かった。私は、そう考えます」


 ……ヴェリイ・リオーネが聞いたら、キレたり混乱しそうだ。いつかは報告すべきなのか、それとも知らないで過ごした方がいいことなのか。自分の胎児をバケモノに融合させられそうだったとか、知ったところで、喜ぶことはないのは確実だな。


 それに、自分が、母親か祖母か曾祖母の浮気が発端となった存在だとか、いい大人になってから知りたくもなかろう。オレだったら?……教えてくれなくてもいい事実だ。どんな顔をすればいいのか、分からないハナシだしね。


「……はあ。カルトの発想にはついていけん。だが。仮に、『巫女』の血筋なら、『ルカーヴィ』は活性化したってのか?」


「したと考えられていますが、実証は困難ですね」


「『巫女』と、『ルカーヴィ』の素材になっている『彼』とやらは、血縁者のようだが」


「はい。本来ならば、四大マフィアに秘匿されながら伝えられた『巫女』の血筋は、開祖こと、『ベルナルド・カズンズ』の子孫たちですから」


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