第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その36


 ……やはりという部分もあるし、理解しがたい部分もあるな。アッカーマン、さすがは悪人の道に通ずる男だ。当てやがったぜ。


 『ジェド・ランドール』、テッサの父親だ。会ったこともないのだが、失礼ながら、かなりのカルト野郎のようだな……。


「……『ルカーヴィスト』の支持者は、少なからずいたというわけか」


「はい。『オル・ゴースト』は、この土地の元々の支配者ですし。それなりに敬意を払われて来た存在ではあります」


「戦神バルジアの教えには、忠実だったからか?……それとも、この生産性の少ないゼロニアに、悪徳由来のものとはゆえ、富をもたらした存在だから?」


「どちらもです。この土地の民には、戦神の教えも、日々の糧も、とても大切であり、密接に関わっている」


「なるほどな……」


 宗教と悪徳が、この土地を作っているわけだ。


「『ヴァルガロフ』らしいハナシであります」


 キュレネイ・ザトーはそう語る。たしかに、納得せざるをえない。この土地の暮らしは戦神への信仰と、欲望に忠実な悪人どもで造られているのだから。


「……テッサ・ランドールは、父親が『ルカーヴィスト』に、協力をしていることに、気がついていたのか?」


「そうだと思うぜ、シアン。彼女は賢いから、薄々は気がついていたのかもしれん」


「……我々に、黙っていたのか?」


「どうかな?……おそらく、それほど重要な問題だとは考えていなかっただけだろう」


「……テロリストに、援助をしていることがか?」


「ああ。おそらく、『ルカーヴィスト』の支持者は、潜在的に『ヴァルガロフ』には、たくさんいるのだろう。アッカーマンたちよりも、古い世代……若手に主導権を取られた老人たちがな」


「……『オル・ゴースト』を、アッカーマンたちが滅ぼしたことは、一般には、秘密にされている……秘密にせねば、より多くの支持者が、『ルカーヴィスト』には集まった」


「そうだ。その支持者の多くは、敬虔な戦神の信徒……アッカーマンには、敵も多かったらしいからな。ヤツは……『よそ者』だからな」


「……土地に根付く古株たちからは、好かれない」


 伝統も血筋も持たない者に、好き勝手にされちまう。そういう行為に対して、元からこの土地にいる存在は、いい顔を出来るわけがないな。


 ジェド・ランドールは、アッカーマンを『ヴァルガロフ』の流儀に取り込もうと気を使ってくれてもいたようだが……それと同時に、アッカーマンにとって最大の敵である『ルカーヴィスト』にも援助を惜しんでいなかった。


 相反する感情と行為にも見える?……そんなことはない。ジェド・ランドールは一貫している。古き良き『ヴァルガロフ』―――それの再臨を望んでいるのさ。


 アッカーマンが、ジェド・ランドールの願いのように、古典的な『ヴァルガロフ・マフィア』であることを目指したら?……アッカーマンを『ルカーヴィスト』は襲わなくなっていたかもな。


 ……かつての『ヴァルガロフ』を奪還したい。


 そんな願望を、ジェド・ランドールは抱いているだけさ。


 しかし、アッカーマンには『力』があった。『誰よりも金を稼ぐ』。その魅力的な能力がな……。


「……『反アッカーマン』の勢力がまとまるには、『オル・ゴースト』への反乱が表沙汰にすれば良かったが……アッカーマンが四大マフィアに与える利益も大きいという事実があった」


「……ヤツへの憎しみと、ヤツがもたらす利益が、拮抗したか」


「そうだろうな。その結果、『オル・ゴースト』壊滅の事実は、年寄りの幹部たちは皆で見て見ぬフリを選んだ……しかし、その裏では、『オル・ゴースト』の復讐を成そうとしている『ルカーヴィスト』に、同情的であり協力的だった」


「……テッサは、父親たち、古い幹部の行動を、ある程度は許容し、見過ごしたか……悪人らしい、妥協に満ちた戦いだ」


「妥協……そうだな。年寄りたちは、アッカーマンの敵にも味方にも、どちらにもなろうとしていた。二つの顔を持つことで……妥協していた」


 テッサもだが。アッカーマンも、敵の仕組みに気がついていた。四大マフィアに、これ以上の協力者は見つからないような状況だ。だから、辺境伯ロザングリードと組むことを思いついたのか?


 ……いいや。ヤツの場合は、ただ儲かりそうだったからか。


「そうですね。お二人の仰る通りで、正解です。私たちの支持者は、貧しい農民たちと、古い『ヴァルガロフ』の再臨を望む、四大マフィアの古株たちですよ」


 聖なる笑顔は、何でもないかのように語ったよ。


 ミアは、ちいさなあごに指を当てながら、うーん、と唸っていた。


「えーと。『ルカーヴィスト』とー、マフィアたちは、対立していたんだよね?」


「ええ。そうですよ、ケットシーちゃん。でも、より正確には、アッカーマンや四大マフィアの若い幹部たちと、戦っていました」


「んー?……そもそも、どうして、エルゼちゃんたちモメてるの?」


「『オル・ゴースト』は、アッカーマンが進める犯罪組織としての成長を、抑制しようとしていたからだ」


「はい。四大マフィアの儲けを、『オル・ゴースト』は、少なくしたかったんですよ」


「……えー?……どうして?同じマフィアのくせに?」


「今の四大マフィアの行いが、戦神の教義と開祖の教えに反するからですよ」


「……むー。難しそうな言葉だあ……っ」


「あくまでも『オル・ゴースト』なりの『正義』ではありますが、『オル・ゴースト』は四大マフィアが、あまりにも罪深くなることを、良しとはしていなかったのです」


「……どうして?」


「『オル・ゴースト』の本来の役割は、四大マフィアの調停と、戦神と開祖の教えを伝えることだからです」


「……かいそ?」


「ええ。我々の、ご先祖さまのようなものですね。ベルナルド・カズンズ。彼の理想を伝えるのが、『オル・ゴースト』であり……ここ数年の四大マフィアは、あまりにも、カズンズの理想から離れてしまっていた」


「不良ちゃんに、なり過ぎてた?」


「そんなところですよ。もちろん……『オル・ゴースト』そのものも組織の哲学を忘れ、腐敗は進んでいましたが……戦乱の世の訪れに呼応するかのように、かつての四大自警団への回帰を望んだ」


「ここらのマフィアは、自警団だったの?」


「はい。元々は、そうなんですよ、ケットシーちゃん」


「そーなのかー」


 あんまり、よく理解していなさそうなミアがそこにいたよ。ミアは、温かさを求めて、キュレネイの膝に乗っていた。キュレネイもミアの体温を腕で、ぎゅーっと抱きしめている。


 ……濡れた服のままだから、体が冷えてしまっているのか―――。


「―――エルゼ、どこか開いている部屋を貸してくれないか?……女性陣を着替えさせてやりたい」


「ええ。もちろん。ようやく、信用してくれましたか、ソルジェさま?」


「まあな。この情報は、たしかに『報酬』に相応しいものだよ。君を信用するに、値する情報だ」


「とっておきですからね、アスラン・ザルネの」


「……ヤツを、そう呼ぶのも気に入った」


「え?」


「『先生』とは呼ばなくなった。君は、自分の部下に致死性の呪いをかけていたアスラン・ザルネに、幻滅した」


 だからこそ、敬意が失せてしまった。


「手紙には、燃えてしまう呪術がかかっていたのにな。運び手まで殺すことは不必要だ。君は、ヤツに怒っている」


「……そうかも、しれません」


「ヤツと、決別したくなったことを、オレは歓迎するよ」


「決別……?」


「ヤツの狂った思想に、君は飽きているのさ。ヤツの本質に気づいた。ヤツには君も他の部下たちも、ただの『道具』だ。本当に、そうとしか思っちゃいない」


「……ええ。そうです、ね」


 この会話の最中でも、彼女は笑顔を崩さない。崩せない。それ以外の表情を、アスラン・ザルネの目的のために、破壊されたから。


「でも。君は、ヤツとは異なる。今の君は、部下を守ろうとしているんだ。命の価値を理解している。ヤツとは、真逆を向いているぞ。それはね、エルゼ、素晴らしいことなのだと、このオレが断言してやる」


「……ソルジェさまの『正義』に、近いことですか?」


「そうだな。いっしょさ。仲間を犠牲にしたいとは、考えたことはない」


「だから」


「ん?」


「だから、一番、最初に動いているのですか?……盾になるために?」


「鎧を着ているガルーナ人は、そう動くべきだから、そうしているんだよ」


「私を信じていないのに、スープを最初に飲もうとしましたね」


「胃腸は丈夫なんでな」


「……それが、ソルジェさまの『正義』なら、とても、いいことだと、私は思うであります」


「……君に、そう評価されるのは、光栄なことだよ、エルゼ・ザトー。君は、もうアスラン・ザルネの人形じゃない。『道具』じゃないのさ。だから―――」


「―――だから?」


「だから、今は、信じられるんだよ。君が、本当の君に戻ったんだと、オレは考えているからな」


「では、次に出すスープは、疑うことなく、飲んでいただけますか?」


「飲むよ。それに、もしも君が戦場を歩くときは、オレが盾になる」


「ガルーナ人の『正義』ですか?」


「ああ。騎士道っていうのさ、ミス・エルゼ」

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