第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その38
「―――つまり、ベルナルド・カズンズの死体を、『オル・ゴースト』やジェド・ランドールは……『ルカーヴィ』の素材に使ったわけか。羊の胎児なんぞと混ぜて?」
「ええ」
「……君らの、偉大な先祖の死体だよな?」
「はい。そうですね」
「オレには、ちょっと理解しかねるが……『オル・ゴースト』の神官にとっては、そいつは『聖なる行い』にあたるのか?」
「『オル・ゴースト』は、ベルナルド・カズンズに最大限の敬意を支払っていました。だから、悪意は一切ない行動だったのでしょう」
「……狂気を、感じるな」
シアンが口にしたその短い感想に、全面的に同意できたよ。『ルカーヴィスト』というか、アスラン・ザルネも狂気の人物だったが、『オル・ゴースト』の神官たちも負けてはいない。
「彼らの価値観では、『変異』することに神聖さを見出します。それに、戦神の素体になれたということは、見方によれば、名誉なことですから」
「神さまになれた、というわけか……そういう好意的な見方を出来るほど、オレは『オル・ゴースト』の主義を理解することは不可能だろうな」
「それでいいかと思います」
「エルゼ?」
「ソルジェさまの『正義』の方が、今の私には好ましく見える。大神官の身分を与えられておいて、こう考えるのは職務に反する行いかもしれません。ですが、『オル・ゴースト』の神官たちの考えは、あまりにも歪だと思いますから。神さまを、造るなんて」
「ああ。そいつは戦神に対する冒涜だと思うぜ。それは、呪術で動く、単なる邪悪な肉塊に過ぎないさ……そんなモノは、神などではない」
「私も、そう思うのです。何より、それでは」
「それでは?」
「……戦神バルジアの存在と、力を、疑っているようですから。神官として、間違っているような気もするのですよ。見つからないから、造ってしまうなんて……存在を、信じていないから、しようとしているようで……間違っています」
聖なる笑顔は、天井を見つめながら語る。妹のキュレネイも、マネするように天井を見上げていた。オレも、つられるようにして天井を見るのさ。何もない。薄暗い天井だけ。
テーブルの上に置かれたランプの灯りによって、オレンジ色の光が踊っている。それだけがあった。
「……上手く、説明出来ないのですが。戦神は、ヒトの心の中に在るべきで……そこから外に出てしまうことは、間違いな気がします」
「どういうことでありますか?」
「キュレネイ。肉体は、変わりません。呪術や薬物で、歪めることは出来ますが……それは、正しい行いではない」
「そうでありますな。昔のことをろくに覚えていないことも、自分が操られて団長を殺してしまうかもしれないと不安になることも。どちらも、サイテーであります」
「ええ。間違っているわ。そんなことは、絶対に……」
「イエス。マイ・シスター」
「……神さまのためにだって、してはいけないことがある。ヒトの脳に変異を誘発して、思い出を奪うことも……神さまのニセモノを作り、信仰心を補完しようということも……そんなこと、おかしいもの」
若き大神官は、その聖なる笑顔にある赤い瞳を細めていた。口元は、笑っているが、目には嫌悪の色が見える。エルゼは、『オル・ゴースト』の行いに、怒りと拒絶を示してもいるのだろう。
エルゼは視線を降ろして、オレを見つめて来る。
「ソルジェさま」
「なんだい、エルゼ」
「……お願いがあるのです」
「言ってみてくれ」
「……ニセモノの『ルカーヴィ』を、破壊してもらえませんか?」
「いいのか?」
「もちろんです。神さまのいるべき場所は、信徒の心の中だけでいい。心の外にも、戦神の存在を求めたせいで、『オル・ゴースト』は歪んだ。私たちのような犠牲者も、これ以上、出すべきじゃありません」
「ああ。そうだな。『ヴァルガロフ』の邪悪なカルトも、そろそろ終わりにするべきだ。アスラン・ザルネも死んだ……後は、『ルカーヴィもどき』を、滅ぼせばいい。必ず、その任務は達成するよ」
「……ありがとうございます。ソルジェさま」
「だが……今は、他にもすべきことがあるな」
「はい。私の仲間たちを、この状況から一人でも多く、北へと逃す」
「そういうことだよ―――」
―――オレは窓の外で降る雨を確認する。ほとんど止んでいる小粒な雨さ。いい徴候だ。オレたちの読み通りのことになりそうだな。早朝には、霧が立ち込めるぞ。
「シアン。ガンダラに、あの手紙を送れるか?」
「……任せるがいい、フクロウで、状況を報告する暗号も、送ろう」
「頼むぜ。そうすれば、テッサも父親が何かしでかさないように、見張りを強めるだろうさ……ジェド・ランドールには、この手紙が届く予定だった。ヤツが動こうとしていたのは、おそらく明後日といったところだろう……対処すれば、攻撃は防げるかもしれない」
「……なるほど」
アスラン・ザルネからジェド・ランドールに送られる予定であった手紙を、シアンに手渡した。ん?……ミアとキュレネイが、こっちを見ているな。自分たちも何か手伝いをしたいらしいが……。
「ミアとキュレネイは、仮眠してくれ」
「まだ、起きていられるよ?」
「イエス。まだまだ大丈夫であります」
そうかもしれないが、ミアは子供だし、小柄だ。雨に濡れて体温は奪われている。短時間でもいいから、しっかりと休むべきなのさ。
キュレネイは、単騎駆けで大暴れしていたからな……体力の消耗は激しいに決まっているさ。
「……夜も更けて来た。明日も早朝から戦うことになる。二人はすぐに寝てくれ。しばらくしたらシアンと交替して、シアンも仮眠を取る。分かったな?」
「うん!」
「イエス」
「……了解だ」
「……あ、あの、団長。ボクは?」
無口なジャンが訊いてくる。忘れていたわけじゃないぜ?……ジャンには任務がある。
「ジャン、頼みたいことがある」
「な、なんでしょうか!?」
「捕虜にした『ザットール』のエルフたちが、そろそろ何か吐く頃だろう」
「……明日の、ざ、『残党狩り』の計画ですね?」
「そうだ。『ルカーヴィスト』がここから北に撤退するときには、『ザットール』の戦士も邪魔になる……というよりも、この闇に紛れて、拠点の北側に密かに陣取ろうと動くグループがいるかもしれない」
「も、もう、動いているってことですか?」
「オレがヤツらなら、そうするさ。逃げ道は、北しかないからな」
「そいつらを、し、仕留めるんですね?」
「少数で移動するはずだ。見つからないように。下手すれば、一人で動く可能性もある。小さいほうのオオカミに化けて、そいつらの脚を噛んで来い」
「分かりました!」
「オオカミの姿なら、例え見つかったとしても、『ルカーヴィスト』側の策とは思わない。姿を隠す必要はなく、堂々と襲うだけでいい」
「なるほど、そ、それは簡単な仕事ですね」
そうだ。ジャン・レッドウッドならば、とんでもなく簡単な任務になる。オオカミに化けたジャンは、矢も刺さらんからな。エルフの体力では、ジャンの筋力と接近戦するのは、あまりにも無謀だ。
何よりも、『オオカミのせい』に出来るという点が魅力的だな。姿がバレてもいいというのは、気楽なもんだ。
「ただし、殺すなよ?……よほどの強敵ならハナシは別だが、可能な限りは殺さないように負傷させろ」
『ザットール』の戦力も、最終的には『自由同盟』に組み込みたいからな。
「ヤツらは、基本的に少数だ。負傷者が多く出れば、退却する可能性が高い。負傷した仲間を庇いながら戦場にいることを、誰も望まんさ」
「はい。脚とか腕を、か、噛みついてやりますよ!」
仕事をもらえたジャンは嬉しそうだ。とても張り切っている。MVPを授けた効果だろうか?……張り切りすぎると、失敗するタイプの男だからな。釘を刺しておこう。
「朝の3時までには、何があっても帰還しろ。いいな?……戦果を上げることよりも、作戦に従え。その時間にまで、たとえ敵に対して、一噛みも出来なかったとしても、戻れ」
「わ、わかりました!!命令を、絶対に、守りますっ!!」
「なら、いい」
「じゃ、じゃあ。行動を、開始します!」
「ああ、頼んだぞ。『ルカーヴィスト』の見張りを襲わないようにしろ。『ルカーヴィスト』の見張りは、西側を警戒している。そして、装備が貧弱で、あまり強くない」
「はい。装備と、行動で、見分けます」
「エルゼ。見張りの構成は?」
「……北側を守っているのは、混成チームです。我々も、同士討ちを避けたいですから。ケットシーと、エルフが混じっています。エルフだけのチームはありません」
「……ということだ。参考にしろ。エルフ族以外のにおいがする場所は、味方ということだ」
「は、はい!じゃあ、捕虜のところに、行ってきますね!……情報を聞いたら、さっそく狩りに向かいます!」
頼もしい返事を残して、バタバタという足音を立てながら我らが『狼男』は走り去る。捕虜の居場所も、においで分かるから大丈夫だろうさ。
「退路の確保は、これでしやすくなる」
偵察も兼ねた行動になるだろうからな。明日のジャンは、濃霧の中でも『ルカーヴィスト』たちを北へと誘導することが出来るようになるだろう。仕事の下見ってのは欠かせないもんだよ。
「……さてと。それじゃあ、エルゼ。君に頼みたいことがある」
「何でしょう、ソルジェさま?」
「脚をケガしている重傷者のところに、案内してくれ」
「はい。それは構いませんが……?」
「ゼファーで……竜で、北に運ぶ。負傷者が減れば、こちらの歩みはそれだけ早まるからな。運ぶべき者を、君が選んでくれるか?」
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