第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その30


 『ルカーヴィスト』に手を貸す。『アルステイム』も『マドーリガ』も、素直に喜ぶようなことではないだろうが……辺境伯軍の損害を、より大きなものにしておきたい。


 強行軍と連戦のダメージだけでは、まだまだ足りないからな。もっと、削ってやりたい気持ちになっているのさ。


「……君らの強硬派は死んだんだろ?指導者たちで残っているのは、大神官である君だけだったな?」


「はい。私にとっては、残念ながら。ソルジェさまには、喜ばしいことでしょうけれど」


「まあね。でも、君らの戦力が弱くなりすぎるってことは、辺境伯軍へのダメージが少なくなる」


「敵の敵ですからね」


「そうだ。君らは、そもそもだが四大マフィア……主に、『ザットール』に対する憎悪で動いている組織。その認識でいいか?」


「ええ。この地方は、彼らの麻薬産業のために、歪められましたから」


「『ザットール』に与すれば富を、逆らえば死をか」


「彼らは高利貸しでもあります。貧しい農民たちの暮らしにつけ込み、負債を背負わせ、支配して来た」


「その恨みが、結局のところ『ルカーヴィスト』のモチベーションだな。『オル・ゴースト』の残党である君らは、そこに理論武装を施した。戦神の教えを使い、四大マフィアへの憎悪を、復讐のための道具にした」


「私たちは一致していたのです。彼らには指導者が必要でしたし、私たちには戦力が必要でした」


「だが、強硬派の指導者は消えた。実質、この組織はアスラン・ザルネの復讐の道具だっっただけ」


「……その一言に集約していいかは分かりませんが。『先生』の意志を体現する組織であったことは事実です。『先生』は、『オル・ゴースト』がもたらしていた調和を信じていました。アレが消えたことを、大いに嘆いておられた」


「『オル・ゴースト』の調和ね」


 何とも胡散臭い響きでもあるが……。


「四大マフィアの若手たちの反乱は、そもそも『オル・ゴースト』が利益を抑制しようとしたから……だったな」


「そうです。『オル・ゴースト』の役目は、支配であり統制……マフィアという欲望に駆られる組織に、戦神バルジアの教えでコントロールをかける役割でした」


「利益よりも、宗教的な価値観を優先するか……」


 戦神バルジアの教えにより生まれた、『四大自警団』。開祖、ベルナルド・カズンズの教えから、あまりにも遠ざからぬようにと、『オル・ゴースト』は調整して来たか。


「『オル・ゴースト』が滅び、四大マフィアたちは利益を追い求め……この土地を麻薬畑にしていったか」


「欲望は、残酷ですからね。開祖さまの教義を失った四大マフィアは、肥大し、犠牲を増やしてしまった」


 『オル・ゴースト』がもたらしていた悲劇も、大いにあると思うが……全体で見れば、今よりはマシだったということか。強まる搾取が、『ルカーヴィスト』に若者たちを呼び寄せたのだから。


「教えから離れた者たちには、『ルカーヴィ』の罰が下されるべきなのです」


「……だから。君らは、まだ戦う?」


「はい。私たちは、『ルカーヴィスト』ですから。私たちの『正義』を信じ、貫きます。逃げる者は、追いかけませんが……それでも、私は戦う」


「弱っている君では、大した戦力にはならんさ」


「……承知していますが、こちらの戦士は、皆、私よりも弱いですから」


「そうか。正直なところ、君には死んで欲しくない。キュレネイの姉だからね。それに交渉相手としても、生きていて欲しい」


「交渉相手?」


「強硬派が死んだ。『ルカーヴィスト』のリーダーは、実質的に君だよ。本拠地に侵入したオレたちを、客としてもてなせと部下に命じることが出来る」


「……そう、ですね。それで、交渉とは?」


「この土地に『ルカーヴィスト』は誕生してしまった。君らを全滅させて、辺境伯軍を排除したとしていも、四大マフィアの行いが変わらなければ、再び同じ組織が誕生する」


「そうですね。一度、生まれてしまった『ルカーヴィ』は、滅びを果たすまでは止まらないものですから」


「……『ヴァルガロフ』への攻撃を、抑制してくれないか?」


「……教義を捨てろと?」


「武器を持って攻撃するのではなく、共存を果たす道を模索してくれないか?」


「……難しい、でしょうね」


「ああ。難しいだろう。それでも、価値のある道だ。戦では『正義』を果たせる。だが民衆の暮らしをよくするためには、戦だけでは足りない。君たち戦神の信徒たちは、聖なる戦いの果てに、楽園のような『未来』を求めているんだろ?」


「……ええ」


「……もしも。君らが、この土地で暮らすことが……四大マフィアの連中と共存することが出来ないのならば……新たな土地に向かうという道も、あるはずだ」


「……どこに?」


「まだ、取り戻しているわけではないが。オレの故郷、ガルーナ。いずれ必ず、オレはその土地を奪還し、ガルーナの王となる。その土地に、来ないか?」


「……あなたの民になれと?」


「ああ。この世界に、君たちの居場所を作ってやる。オレの国は、民が足りない。かつての民はほとんど虐殺されているからな。オレは、この土地にいる者たちに、麻薬を作らせることもないぞ」


「……それは、素敵な申し出ですね。その申し出に引かれる者たちも、少なくはないと思います」


「そうだと思うぜ。なあ、エルゼ。オレと一緒に、いい『未来』を生きてみないか?」


「……私に、生きろと……?」


「君ならば、キュレネイの脳にある呪術を、模倣出来るんじゃないか?」


「……え?」


「アスラン・ザルネの助手である君ならば、キュレネイにかけられた呪術を解読し、模倣出来る……キュレネイを、破滅から救った『回復の呪術』。それを、模倣し、自分に使えば、君は回復出来るし、現状よりは長く生きられる」


「可能性は、ありますね」


「ならば、試してみろ。アスラン・ザルネのような『研究者』なら、キュレネイに使った呪術の詳細も記録しているだろう」


「ええ。キュレネイのカルテもあります。全ての『ゴースト・アヴェンジャー』のカルテを、『先生』はいつも持ち歩いていましたから」


「そいつを使うといい。いい結果になるだろう」


「……明日、死ぬ予定なのですが?」


「死なないようにすればいいさ。戦意の乏しい弱兵で特攻などしたところで、辺境伯軍にどれほどのダメージを与えられるか知れている。夜逃げするのもありだぞ」


「……ですが。ソルジェさま。それでは……辺境伯軍にダメージを与えられなくなりますけれど?」


「フツーに戦う以上の損害を与える。それが良い戦術ってもんだよ。君らの全員が、死にたがっているわけでもないように……明日、死ぬまで戦おうというヤツらもいるんだろ?」


「ええ。重傷を負った者たちに、『先生』は優先して処置を行いましたから。彼らは戦いで死ぬ他に、もはや道はありません。戦わない『シェルティナ』は、死ぬのです」


「……つまり、死に行く定めの者たちを、『シェルティナ』に変えたか」


「はい」


「なるほど。健全な者には使わなかった……人道的な判断を、アスラン・ザルネのようなクズがするとは思わん。『シェルティナ』にするための、『材料』……そいつは有限らしいな」


 戦士として使えない重傷者を、『シェルティナ』にする。戦士として使える者は、そのまま戦わせるというわけさ。そうすることで、最大限の戦力を確保することが出来る。


 ……『フェレン』でキースが住民たちに使っていた呪術は、テロには役立っても戦には使えない。暴走して発狂して、まれに『シェルティナもどき』に『変異』出来るようだが……それにしても理性が欠如している。


 仲間同士で殺し合うだけになるさ。あんなものは戦場で兵器としては使えない。自滅するだけだからな。


 しかし、『シェルティナ』になるための『有限な材料』……カマをかけてみるか。


「……『ルカーヴィ』から取った『肉』。そいつが無ければ、『シェルティナ』を作ることが出来ないわけだな」


 聖なる笑顔は無言を貫く。アッカーマンの言葉は正しいし、オレが見た『夢』も正しいのかもしれん。呪術師キースは、腹に『ルカーヴィ』の『肉』を埋め込まれていた。


 『オル・ゴースト』の『墓場』から、『ルカーヴィ』を出すな……アッカーマンは自分の家族だけは心配していた。その『墓場』は、ヤツの家族がいる場所。『ヴァルガロフ』の地下か……たしかに、『オル・ゴースト』の『墓場』だ。


「……全てを明かす気はないか」


「はい」


「それでもいいさ。とにかく。君たちに不退転の100の『シェルティナ』と、どうしたって特攻して殉教者になりたい者がいるのなら、そいつらは止められん。そいつらの攻撃のサポートをするさ。君の協力が得られるのなら」


「どういったサポートなのでしょうか?それが有効かどうかで、交渉に応じるかは決まると思います」


「……『ザットール』を利用する」


「『ザットール』を、ですか?」


「ああ。ここらにある、『ザットール』の施設には、乾燥したイシュータル草が山ほど備蓄されているよな。精製前の危ない草が納屋には満載ってこところだろ?」


「憎むべきことですが」


「そうだな。麻薬は邪悪なもんだが……使い方次第では、いい武器にもなる」


「痛み止めに使う気です?」


「いいや。敵を混乱させるために、使えるだろうなと。この雨も、朝になる前には止む。そして、東風が吹く」


「霧になりますね……」


「濃霧とは限らんが、そこは大して問題じゃない。目くらましになれば、それでいいさ」


 辺境伯軍の兵士の多くは、初めての土地。この場所の霧のにおいを嗅いだことはないだろうし……あの練度から見てマジメ。あまり、『ザットール』の麻薬のお世話になっているような連中は多くはないさ。


「……『混ぜる』のですか?」


「そうだ。軍隊の強さってのは、大勢であることと、そいつらが規律を保っていること。そいつが崩壊すれば、それなりに時間稼ぎも出来る……『ザットール』も、今のところは敵だ。辺境伯軍の『後始末』を任される可能性が高い」


「……『後始末』。つまり」


「この戦が終わった後に起きる、君らに対する残党狩りだ。それを防止するためにも、『ザットール』の倉庫を襲おうと考えている。イシュータル草を回収すると共に、ヤツらをイシュータル草の防衛に専念させる……そうすれば、君らは逃げやすくなるぞ」


「ロザングリードの兵を、殺す数も」


「増えるだろうな。敵の隊列は崩れることになるし、理性も無くなる。中毒を起こすヤツも出てくるだろう」


「戦場などという緊張下で、あれを嗅いでしまえば、悪い妄想も生まれやすい」


「その辺りは君の方が詳しそうだが……どうなんだ?……オレの策は、有効そうかな?」


「……はい。『ザットール』にも、被害を与えられそうなことが、とくに魅力的です」


「ヤツらを破産させることにもなるだろうが、問題はない。オレが欲しいのは、『四大自警団』としての戦力であり、マフィアの悪事はいらないんだよ……それで、組めるか?『ザットール』のイシュータル草が、どこにため込まれているか。君らなら、知っているな」


「はい。もちろん。最大の攻撃対象でしたから。分かりました、手を組みましょう。敵の敵として」


「戦が終われば、敵の敵も仲間になるさ。傭兵の世界ってのは、そんなものだ。強硬派の指導者は死んだ。善良な指導者が残る方が、四大マフィアとの折り合いもつきやすい。『ルカーヴィスト』は、もう消えない。消えないなら、変わればいい」


「……変えてもらえますか?」


「君たちが変わるのなら、死ぬ者がより少ない『未来』にたどり着けるさ」


「……ソルジェさま」


「……とりあえず、辺境伯軍を攻撃するところまでは文句ないな?……それ以上のことも期待している。『ヴァルガロフ』に、君らが何を仕掛けているのかも、教えては欲しいが……まあ、考える時間も要ることだろう」


「ええ。話し合わなければなりません。多くのことを、話し合う必要があります」


「そうだな。じゃあ、オレたちが盗賊行為をしているあいだに、話し合ってくれ。では、イシュータル草を集積している倉庫を、教えてもらえるか?」

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