第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その27
「待て、キュレネイ!!」
「……待たないであります」
不毛な会話だが、返事してくれたことは嬉しいぜ。オレは狭い廊下を走り、キュレネイのことを追跡する。
地下とはいえ、部屋の床一つが抜けてしまったからね、その音と振動は屋敷全体に伝わっていたよ。つまり、敵サンの目を覚まさせてしまったということだ。上階では、見張りの戦士たちが警戒を強めているだろう。
構うことはないさ。
突っ込んでしまえばいい。泥のような眠りから覚めたばかりのシロウト集団など、ものの数ではない。とくに狭い建物のなかでは、オレを取り囲むことも出来ないだろうしな。
地下はシアンがいるし、ジャンが巨狼に化ければ退却のためのルートを確保するのは難しくはない。エルゼを人質にするという作戦も有りだが……彼女は、オレたちを敵と見なすのか、それとも敵の敵と好意的に解釈してくれるのか―――分からないところだ。
とにかく、キュレネイを捕まえてしまえば、何も問題がない!!その他の細かいコトは、今は、どうでもいいんだよ!!
「し、侵入者だああああああ―――――」
「黙るであります」
駆け抜けるオレたちを阻むように、『ルカーヴィスト』の狂信者が飛び出していたが、キュレネイの拳の前に一撃で沈んでいたよ。あごを打たれた青年は、そのまま意識を失いながら崩れ落ちていた。
……敵は、彼だけじゃない。あちこちから、気配が近づいてくる。キュレネイは狭い廊下の先にある、石作りの階段を一気に駆け上り、敵の気配があふれる一階へと踊り出る。
「投げるであります」
キュレネイは『こけおどし爆弾』を使っていた。豪農の屋敷、玄関につながる大きなフロアには、実に大勢の狂信者どもが集まっていたが、彼女がその群れの中へと投げ入れた、『こけおどし爆弾』の閃光に目をつぶされ、爆音で鼓膜が揺さぶられていた。
夜の暗さになれた目には、この閃光はたまらなく効果的だ。そして、屋内での爆音は反響し、鼓膜を激しく揺さぶってしまう。耳の奥が揺れてしまうと、自分の居場所を見失う。世界は揺れて、方向感覚が一時的に失われるもんだ。
キーンと高鳴りの音に聴覚は掻き消されてしまい……戦場を大きな混沌が支配する。戸惑いに沈む敵の群れを、猟兵は無視した。耳や目を押さえて呻く連中のあいだを、暴力的に行進した。
ときどき殴り倒しながら進んだってことさ。殴る頭には事欠くことはなかったからな。
目指したのは、ホールの中央にある階段だ。玄関の方は固められているし、地下にいる仲間たちから目を離すためにも、上階を目指すべきでもある。
オレたちは『囮』になるつもりだ。そうだ。オレだけじゃなく、キュレネイもだ。
元々、この上階に『逃げた』のも、オレたちから目を離させるためだ。分かっているぜ、キュレネイ。お前の考えは。だからこそ、こうまで連携が上手く行く。
ホールの中央にある階段を登り終えた瞬間、オレは竜太刀に『炎』の魔力を込めていた。後ろを振り返り、階段に向かって、その斬撃を叩き込む!!
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンッッッ!!!
『バースト・ザッパー』ほどの威力は、必要ないさ。階段の一部を破壊して、こちらに来ようとする敵を牽制することが出来れば十分だ。
「か、階段が!?」
「いや、反対側から登れる!!」
そうだな。この階段は、二手に分かれる豪華な造りだ。真っ直ぐ登ると、十段ぐらいで左右に分かれている。そのあとは緩やかな曲がりを帯びた十五段ぐらいの階段がある。
まるで貴族の屋敷のような構造をしているな。麻薬畑というのは、ずいぶんと儲かるらしい。その不浄な富で作られた階段の片割れが崩壊していた。
向こう側から登ってくるのは、それなりの遠回りになるな。さらに言えば、こちらに向かう階段からつながる通路に、キュレネイが『炎』を放っている。そのおかげで、床に敷かれた絨毯が燃えていき、ちょっとした火事になっているな……。
「く!?」
「み、水を持って来い、消火するんだ!!」
「いや……こ、これぐらいなら、突破出来るかも……?」
そうだな。たしかに突破出来るさ。でも、問題はない。一瞬でも躊躇し、迷ってくれるのならな。その時間を使って、オレたちは更に上の階へと向かう。
キュレネイは、十分な下見をしていたらしい。『ゴースト・アヴェンジャー』として、敵に融け込んでいたようだからな、オレたちが長話しているあいだに、この屋敷のなかを調べ上げていたのか?
逃走ルートを確保しようとしたのか……アスラン・ザルネ以外の幹部をも見つけて、殺そうとしていたのか。『ルカーヴィスト』の戦力を的確に把握しようとしたのか―――様々な理由が考えられるが、いつか答えてもらうつもりだぜ。
ときおり遭遇する狂信者どもの顔面を殴りながら、我々の『追いかけっこ』は続いたよ。偵察十分のキュレネイは、ある部屋へと突入する。
その部屋は、ムチャクチャに荒らされていた。おそらく、この屋敷の元々の主の部屋だろう。貧しい小作農たちを搾取してきた、悪い農園主さまの私室だろう。豊かさを感じさせる調度品の数々が、破壊されていたよ。イスも机もタンスもね……。
麻薬畑の経営は儲かるらしいが、富だけでなく恨みの方もずいぶんと貯め込んでいたらしい。農園主さまの肖像画と思しき壁にかけられた油絵は、ナイフ投げの的にされていた。
細いナイフが、何本も突き立てられている。人気のない権力者の末路というのは、もの悲しいモンだぜ……。
かつての支配者の部屋には、ベランダがついていた。そこにも見張りが二人ほどいたが、その内の一人はキュレネイに殴り倒されて、あっという間に気絶していた。
オレもベランダに踊り出て、彼女のサポートをするために、残りの一人に前蹴りを叩き込む。槍持つ青年は後ろに吹き飛ばされて、ベランダから落ちそうになる。
「う、あああ……っ!?」
死なせるつもりは無いんだ。そいつの襟元を掴み、引き寄せてやりながら背負い投げへと移行した。床に背中から落ちた農民のエルフ族は、咳き込みながら背中の痛みに全身を膠着させてしまう。
動けやしないさ。受け身を取らず、背中を石材で作られた固い床なんぞに叩きつけられてしまうとな。背骨がしびれ、呼吸も止まる。投げってのは、なかなか威力があるもんだよ。
苦痛に歪む彼の長い耳は、エルフだからよく聞こえる。小さい言葉を使うだけで届くだろう。
「……動くな。30分もじっとしていれば、痛みは引いてくる。骨は砕いちゃいない。手加減してやったんだ。心配するな」
「……な、なんで……っ?」
答える義務もない。だから答えてはやらない。オレは雨に打たれながら、キュレネイの姿を追いかける。彼女は屋根の上に登っていく。猿みたいに壁をよじ登ったわけじゃなくて、ハシゴを使っている。文明的な行いだな。
このベランダの壁には、ハシゴが置かれていたよ。見張りが屋上に出るために持ち込んだものだろう。
ハシゴを外されては大変だから、オレもあわててハシゴに取りつく。キュレネイは一瞬、オレごとハシゴを蹴り倒そうか考えたようだが……自分がオレを殺すという『予言』をニコロ・ラーミアから聞かされているからな。遠慮してくれたようだ。
……健気なものさ。オレを心配してくれている。だからこそ、一人で、辺境伯軍を突破したあげく、『ルカーヴィスト』の本拠地にまで殴り込んだ。
オレたちの敵を排除して……その命を燃やし尽くす予定だったのだろう。そうは、いかない。オレは、お前を失いたくなんて、ないんだからな!!
屋上に上る。キュレネイは、屋上にいた見張りを捕まえて、ベランダに蹴り落としていた。悲鳴があがるが、死にはしないだろう、ドワーフ族の青年だから。頑丈に出来ている。
オレは、ハシゴに蹴りを入れたよ。敵に邪魔されたくはないからね。
雨は、もう強くはなかったが、それでも、そこそこ降っていた。滑り落ちないように、屋根の上をゆっくりと歩いて行く。キュレネイを、追い詰めていた。『風』の補助魔術を使えば、ここからだって無傷で飛び降りられるが……彼女は、屋根の端っこで動かない。
こちらを向いてくる。いつもの無表情のままだが、困っているのが分かる。分かるんだよ、キュレネイ。お前は、『パンジャール猟兵団』の猟兵なのだから。オレの、『家族』の一員なのだから……。
「……ようやく、ハナシをしてくれそうだな。この家出娘め」
「……私は、団長の娘ではないであります」
「言葉のあやだ。だが、お前は、オレの『家族』なんだ。だから、迎えに来るのは当然なんだよ」
「……『家族』……」
「そうだ。違わないだろ?」
無言だった。雨に打たれ、闇に包まれたまま、オレの『家出娘』は言葉を口にすることなく、こちらを見つめている。あのルビーみたいに赤い瞳で。
ゆっくりと歩いて行く。
「来ちゃダメであります」
「いやだね」
「……でも、私は……団長にとって、危険であります」
「『予言』のことか?気にするな」
「気に、するであります……」
「お前を洗脳出来そうなアスラン・ザルネ……『お師匠さま』は死んだよ。オレがぶっ殺した」
「……『お師匠さま』を?」
「ああ。お前も、ヤツを殺す気だっただろう」
キュレネイの首が動き、あの小さな頭がうなずいていた。
「もう、お前を操れる者もいない。それに、もしもヤツが生きていたとしても、ヤツが色んな呪術や薬を使おうとも、お前は操られたりはしないぞ、キュレネイ」
「……分からないであります。『予言者』は……その『予言』は、外れないであります。その『予言』にまつわる、『ゴースト・アヴェンジャー』を殺すことでしか……」
「くくく!お前が、オレを殺せるってか?」
「笑い事では、ないであります」
「そうだな。だが、証明してみせただろ?……お前の攻撃を、破ってみせた」
「…………あれは、やはり、わざとでありますね」
キュレネイは、怒っている。無表情でも、分かるんだよ。
「ああ。お前に『襲われたくて』、わざとお前の背後を取ろうと動いた」
「……なんで」
「そうすれば、暗殺に集中しているお前は、オレを全力で攻撃してくる。オレのことを、アスラン・ザルネだと考えたな」
「…………ヒドいで、あります」
とても怒っている。怒らせるようなコトをしてしまったからな。
「ああ。すまん。お前を、騙した」
「……嘘ついただけじゃ、ないであります。私は、団長を殺してしまうかもしれない。そう『予言』されているのに、攻撃させた……言葉で、団長だと伝えてくれたなら、私だって、絶対に攻撃なんてしなかったであります……」
「……そうだろうな」
「当然であります。私は、団長を殺したくなくて……死なせたくなくて、必死になっていたのに」
「ああ。でも、証明出来た。お前に、オレは殺せない。オレは、お前の攻撃だって防げるんだ」
「……今、私が、一番、したくないことを、させたであります……ヒドいです」
「謝るよ。何度だってな……ゴメンな、キュレネイ」
謝りながら、キュレネイの肩に手を触れる。指で、彼女の感覚を確かめられたよ。
キュレネイの赤い瞳が、オレを見あげてくる。何度か、瞬きしていた。
「……どうして、笑うでありますか?」
「嬉しいからさ。キュレネイが逃げずにいてくれて」
「……どうして、泣いているでありますか?」
「雨だよ。でも、嬉しいからさ。お前だって、泣いてるだろ?」
「…………雨であります。私には、そんなもの、流れないであります」
「流れるよ。玉ねぎ切らせたら、泣いてた」
「……アレと、今のコレは、意味が、違うであります」
「くくく。ああ、そうだな……抱きしめてもいいか?」
「セクハラでありますか?」
「もっと、アットホームなヤツさ、『家出娘』」
「……なら、オッケーで、あります」
『家出娘』を、ようやく捕まえられたらしい。そのまま、抱き寄せるのさ。キュレネイの小さな肩を抱き寄せて、オレは鼻を彼女の水色の髪に当てる。ジャンほど鼻がよければ、みんなで昼に食べたクロケットのにおいがするのだろうか?
そこまでは分からないが……オレは、ようやく、キュレネイを確保している。
「……『予言』を、お前に隠していて悪かったな」
「……それは……」
「こんなコトになるなら……いや、こんなコトにならなかったとしても、最初からお前に相談して、一緒に悩んだり、考えたりすべきだった。すまなかったな。許してくれ」
「……謝り過ぎで、あります」
「謝るさ。お前が、オレを許してくれるまで、何度だってな」
「……いいで、あります。許してあげるであります」
「そうか。許すついでに、もう一つお願いがある」
「なんで、ありますか?」
「お前は、80才まで生きるんだ。だから、あと62年間。ずっと、『パンジャール猟兵団』の猟兵でいろ」
「でも、私は、団長を……殺すかも……」
「……一人じゃ、ゴハンも美味しくないぜ?」
「……っ」
「オレたちと一緒に食うメシが、一番美味いだろ?……だから、一緒にいろ」
「……ゴハンだけで、皆や団長と、一緒にいたいわけじゃ、ないでありますよう……」
「ああ。知っているさ。オレとお前は『家族』だから、分かるのさ」
「……イエス。きっと、そうでありますな……」
「いいな、キュレネイ?オレと一生、『家族』でいてくれ。『家族』ってのは、ずっと一緒にいるもんだ。一緒に、いてくれるか?」
「……はい。了解で、あります。絶対に、裏切らないであります。キュレネイ・ザトーは、何があっても、ソルジェ・ストラウスを、裏切らないであります……何があっても、あなたの『家族』であります」
「おかえり、オレのキュレネイ」
「……ただいまで、あります」
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