第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その26


 オレの言葉に、皆が上を向いた次の瞬間だった。


 ザシュザシュザシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!


 斬撃の音が鼓膜に入る。気圧が変わる感覚もな……鋭さと、速さと、そして威力の混じった、三連続攻撃。オレの魔剣と同じく、鋼に魔力を込めて攻撃を放ったのさ。


 地下牢にも使っていた空間だからね。その天井を構成しているのは、木の板や柱だけではない。このフロアの天井には、二重の古鉄の板まで仕込まれている。囚人どもの逃亡を防ぐための設計だろうが―――猟兵の攻撃の前には、容易く斬り裂かれてしまうのさ!!


 ほら見ろ、気圧が変わる。空間が、押しつぶされている!!


「天井が落ちるぞ!!ミア、シアン!!エルゼを庇え!!」


「うん!!こっち!!」


「……任せろ」


 天井が崩れ落ちてくる。埋まってしまうほどの量じゃない。キュレネイと言えども、これだけ頑丈に補強された天井を……いや、あっちからすれば床か。とにかく、それを一瞬で崩壊させるほどの破壊力は作れない。


 床を崩しすぎれば、自分の足場まで無いし、キュレネイもアスラン・ザルネが、天井が落ちてきたぐらいで死ぬとは考えていなかったのさ。


 ドガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンッッッ!!!


 土埃が舞う。年代モノの天井には、大量のホコリやら泥やらが詰まっていたようだ。そいつが壁で揺れる照明を呑み込むようにして、掻き消した。闇が訪れる。


 猟兵は、闇に紛れて襲撃するように、ガルフ・コルテスに仕込まれているのさ。キュレネイ・ザトーが、天井に開けた大穴から飛び降りてくる。


 彼女の赤い瞳が魔力にかがやき、彼女の背後を取るように回り込んでいたオレを睨みつける。闇のなかでも、視界を土煙が遮蔽するなかでも。猟兵は、音や魔力や気配を頼り、ほぼ完璧な攻撃を仕掛けられるものさ!!


 キュレネイが踊り、『戦鎌』が迫る。とんでもない速さだったし、やはり、早くもある。読み合いをしていては、出遅れてしまうぜ。『無拍子の攻撃』―――本気のキュレネイ・ザトーの攻撃だ。


 シアンに迫る勢いだったよ。まさか、アレだけ重量のある長柄の鋼で、この速度を出すとはな……ッ!!


 この攻撃の対策?……二つだけある。容赦ない威力で、攻撃を圧倒するか。もう一つは、野性由来の反射に任すだけだな。


 身体が動く、『読み合い』という武術の常識を捨てて、何も考えない。無我の反射に身体を委ねた。速くて早い攻撃には、本能で対応するしかない。


 ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッッ!!!


 竜太刀で、『戦鎌』の一撃を防いだ。殺気のこもった一撃さ。技巧は己に染みついているからな。


 眠りながらだって、殺気に反応してヒトを斬れてしまうほどに、オレと剣術は一つだった。本能と融け合うほどに、武術を鍛錬し、技巧を飼い慣らせば、何も考えずに動くことだって出来るのさ。


 夜空に浮かぶ星の数ほどには、オレたちは鋼を振り回している。夢にまで戦いを求めて、夢の中でも敵の太刀筋を追いかけて来た。『攻撃』ってのは、計算してしまうものだが、『防御』ってのは、反射に頼る、より本能的な技巧でね……。


 キュレネイほどには『早い』攻撃は打てないが、読み合いよりも『速く』守るだけなら、オレにも出来るんだぜ。どうにか、『無拍子の攻撃』を、防げた。


 コレが最も怖いのは初太刀。間合いがある分、武術を識る者ならば、考えてしまう余裕があるってのが危ない。


 くくく!オレの勝ちだぜ、キュレネイ?


 ……しかし、これで止まるようなキュレネイ・ザトーではないのだ。オレがたっぷりと教え込んだし、アスラン・ザルネに教え込まれてもいたよ。


 相手を仕留めるまで、動きつづけろと。獲物を攻撃し尽くせと。集中力を発揮したときのキュレネイ・ザトーの技巧が怖いのは、『無拍子の攻撃』だけではない。


 ほとんど百発百中かつ一撃必殺になる攻撃が、防がれてしまうことは皆無だが―――彼女の技巧は、そこからも連携がある。『戦鎌』と共に、『ゴースト・アヴェンジャー』は踊るのだ。


 鎌の刃が、ギュルリと回転し、竜太刀を巻き込むように抑え込んでくる。3年ぶりだっていうのに、使いこなしているな。幼い頃から、コレを最強の武器として、振り回して来たのさ。


 重心の位置をずらして、竜太刀に重みを与えてくる。鎌という、柄から直角に曲がるような形状が、特殊な力のかかり方を産み出している。慣れない力に腕力が奪われてしまうようだった。


 考えてしまいそうだから。やめておく。脱力して、その力比べから逃げるのさ。間合いを開ける……キュレネイはその間合いを利用して、斬撃のために舞踏する。『戦鎌』の長柄を、回転させながら追撃してくる。


 回転する巨大な刃は、ときおり角度を変えてくる。頭上から斬り裂くように落ちて来た次の瞬間、くるりと回した鎌が、真上に上がることもあるし。いきなり横になって、脚を斬り裂こうとすることもあった。


 変幻自在、『無拍子の攻撃』を使えるキュレネイには、最高の組み合わせかもしれない。こいつは、いつまでも避け続けられるモンじゃないからな。オレは、攻撃に移る―――沈み込みながら、加速し、横薙ぎの一刀を放つのさ。


 『太刀風』。武器破壊を狙う、オレの奥義だ。バルモアの剣聖から、ブン取って完成させた、ストラウスの技巧である。


 ザギュシュウウウウウウウッッッ!!!アーレスの宿る鋼が、『ゴースト・アヴェンジャー』の『戦鎌』の長い柄を両断していた。


 あえて、切れ味を鈍らせるのもコツさ。その方が、重さが相手につながり、動きを拘束してしまうからな……。


「……ッッッ!!!」


 キュレネイの動きが固まり、そして、気がついただろう。この動きを、見せたことがあるからな。覚えていると思ったよ。覚えていたら、必ず身体が反応すると、信じていた。オレが誰か、理解してくれた。


「キュレネイ、ストーップっっっ!!!」


 ミアがそう叫びながら、マッチを使って、土煙で消えた灯りに火を点けていた。


 揺れるランプの光が、室内をわずかに照らしてくれる。オレンジ色に照らされながら、オレは竜太刀をしまい……キュレネイは、いつもの無表情でオレを見つめていたよ。


「……団長」


「ああ。オレだ」


「ジャン、キュレネイを確保ッッ!!」


「う、うんッッ!!」


 ジャンが走り、戦意をオフにしたキュレネイに迫る。両腕を広げて、彼女に抱きつこうとしていた。エルゼ相手には通用したのだが―――やはり、キュレネイ相手では、そう上手く行くとは限らない。


 キュレネイの身体が揺れていた。ジャンは、それに反応してしまう。キュレネイの拳が飛んで来ると考えて、それに備えようと両腕を上げてしまっていた。


 考えてしまったな。それでは、もう手遅れだよ。


 ゴギュシュッッ!!上げられた両腕のガードをすり抜けて、キュレネイの拳がジャンの顔面を撃ち抜いていた。


 しかし。ジャンは、それでも『狼男』。常人ならば、首の骨が折れてしまうタイミングで打撃を入れられても、強靭な身体能力がダウンを許さなかった。


「つ、つかまえるんだ―――」


 ―――感動するよ。オレなら命がけの反射に頼らないと防げない攻撃を、モロに喰らっても歩けるんだからな。この桁違いの才能を見せつけられると、ジャンに嫉妬してしまう。


 ジャンは衝撃を受けて揺れてしまいながらも、キュレネイを捕まえるために両腕を開き飛びつこうとした。


 しかし、そこらが『現時点』での戦闘能力の差である。『最弱の猟兵』、ジャン・レッドウッドは、キュレネイ・ザトーに勝てるはずがない。


 キュレネイは、ジャンの懐に自ら飛び込むと、次の瞬間には美しさが目立つほどに完璧な背負い投げで、『狼男』をブン投げていたよ。


 レンガが埋め込まれた古い壁に、細身の青年は背中から叩きつけられていた。


「む、ぎゅう……っっっ!!?」


 壁にヒビが入るほどの勢いだった……というか、壁に逆さまになったジャンがめり込んでいた。それでも、ジャンはほとんど無傷だから、うらやましいもんだ。


 かなりの痛みはあったとしても、アレぐらいじゃケガなんてしないのさ。ホント、『狼男』の丈夫さってのは桁違いだな。


「ああ、もう!ジャンの役立たず!!」


 厳しい言葉をミアが放つなか、キュレネイはジャンに命じていた。


「ジャン、お手であります」


「え、こ、こう?」


 ジャンが不用意に出した右手を、キュレネイは踏みつけて、高く跳んでいた。天井に開いた穴に、彼女の姿は消えてしまう。


「ジャンの、ドジっっ!!何やってんの!?」


「だ、だって!?つ、つい。しなくちゃならない気がしてッッッ!!?」


 ……仲間を上手く使ってくれるぜ。少し微笑ましくなる光景でもある。だが、オレも逃がすつもりはない。そろそろ、『家出娘』を連れ戻さなくてはな。


 オレも跳んでいたよ、キュレネイほど身軽じゃないからな。壁に蹴りを入れて、それを足場にして跳んだ。


 竜爪を篭手から生やして、穴の側面に見えた鉄板にそれを叩き込み、木登り上手なクマみたいに、素早くその穴をよじ登っていく。


 オレが追いかけるベきだ。こうなってしまった原因は、オレの判断だしな。だから、シアンはキュレネイを捕まえなかった―――。


 ―――まあ、それに……シアンには警戒しなくちゃいけない人物がいたからな。もちろん、聖なる笑顔を絶やさない、エルゼ大神官殿だ。


 彼女は友好的だったが、今では、『ルカーヴィスト』の首領である身。オレたちを攻撃しないとも限らないからな。彼女に無条件で背中を見せる勇気はない。オレは彼女の『先生』を殺した男だしな。


 穴を登りながら、彼女を一瞬見たが、ニコニコしながら手を振ってくれている。


 いつも笑顔ってのも、何を考えているか分からないもんだ。厄介な女性だが、そっちは任せるぜ、シアン。


「……よいしょ……っと!!」


 穴から這い上がったオレは、キュレネイを見た。そのカビ臭い地下倉庫から、逃げていく後ろ姿だった。


 オレはニヤリと唇を歪ませる。ストラウスの笑顔になり、獣じみた犬歯に、地下のよどんだ空気を当てるのさ。


 追いかけっこは得意だよ。ガルーナの野蛮人には、気に入った女をさらって来てヨメにするような伝統もあるぐらいだからな。


 問答無用だ。


 お前を、『パンジャール猟兵団』に取り戻すぜ、キュレネイ・ザトー!!

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