第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その25
オレは、キュレネイの言葉遣いの出所を、知れたらしい。キュレネイは、姉がいるなんてことを、一言も口にしたことはなかったし―――悲しいことに、多くの記憶を失っているのかもしれないが。
キュレネイと、エルゼをつなぐ何かは残存していたようだ。明瞭な記憶ではないのかもしれないが……この姉妹のつながりは、切れてはいないのさ。
「……どうか、なさいましたか?」
「いや。何でもないんだ。それで……キュレネイは、大丈夫……なんだな?」
「はい。キュレネイは、『先生』が私で得た研究成果を注ぎ込んで作った『ゴースト・アヴェンジャー』ですから。私が間違いでないのなら、より理論を深めた処置を施されたキュレネイは、『理想』に近い存在」
「……『理想』というのは?」
「心身共に強化された存在……『共感』の能力に長けた、『ゴースト・アヴェンジャー』の、『統率種』」
「どういうこと?」
「そうですね、ケットシーちゃん。『全てのヒトの心を把握する力があれば、誰の反乱も許さない、最高の統率者になる』と思いませんか?」
……時々、この大神官少女は、怖い言葉を放つな。笑顔で言われると、心に重く響いて来るぜ。ミアも、その笑顔にちょっと引いている。お兄ちゃんの手を握る指に、ギュッと力が込められているもんね。
オレも引いていたのか、沈黙したミアをフォローするための言葉を放つタイミングってヤツが、少し遅れてしまっていたよ。そんなオレの代わりに、頼りになるベテラン剣聖、シアン・ヴァティが言葉をつづけた。
「……敵や味方の『心』を、把握する。『それ』が、お前とキュレネイの力か」
「はい。『共感し受容する力』……裏切りも、反乱も、企みも……全てを見抜く、力。それが、私たち『統率種』のコンセプト」
「……私の、心も読めるというのか?」
「いいえ。それはあくまでも理想。私たちは、『同胞たち』の観測に特化しています……つまり、『ゴースト・アヴェンジャー』や『予言者』の視点や思考を読み、未来も現在も、この地で起こる全てを観測する力……『それ』を目指して作られました」
「……あくまでも、『ヴァルガロフ』のマフィアだけの範囲……ということか?」
「その通りです、フーレン族の方。でも、『それ』があれば、『オル・ゴースト』は崩壊することもなかったかもしれません。ですが、私は、不完全でした。脳が疲れてしまったのか、力を失いました」
「……子供の頃には、出来たのか?」
「ええ。誰が、どう、いつ裏切り。何のために争いが起きるのか。『ゴースト・アヴェンジャー』の未来の視点を持つ、『予言者』……それとつながり、私は、多くを把握出来ました」
「……つまり、『統率種』とは……『予言者』の、上位の存在、ということか?」
「そういった理解で、問題は少ないかと思います。私自身は、あくまで『予言者』たちや『ゴースト・アヴェンジャー』の感情や心を把握することで、状況を察するだけですが」
「……お前は、『同胞の心』を、正確に、読めたのか」
「かつては、読めました」
……『ゴースト・アヴェンジャー』は、『オル・ゴースト』の暗殺者。裏切り者を仕留める任務や、強大な敵と戦う役割を持つのだろう……そんな彼らの視点を……いや、感情や思考を読めれば、情勢を把握する力があるわけか。
『予言者』の『予言』は、『ゴースト・アヴェンジャー』を殺されれば覆されるようだし、何よりも『予言者』が『予言』してくれるのを待つ必要もあるが……心が読めるのなら、もっと多くの『予言』……いや、『予知』を引き出せるのかもしれない。
ラナは、『魔王』の夢を見ていたとか?……『予言』にならぬ、夢なのか。アスラン・ザルネは、それを不明瞭だが『予言』の一種と判断していたようだからな。
……ああ。蛮族の脳みそには限界だ。
「どういうこと、お兄ちゃん?」
ミアに質問されちまったから、がんばる。頭の中でいいたとえ話を探すよ。そうだなあ、こんなのは、どうだろうか?
「―――エルゼは、『ゴースト・アヴェンジャー』たちが、未来で書くはずの『日記』を読むことが出来たのさ。そんなことが出来たら?……未来の『ヴァルガロフ』で、どんなことが起きるかとか、分かっちまうだろ?」
「……なるほど!スゴい!」
……これで、当たっているのだろうか?……ちょっと心配しながら、エルゼを見たよ。エルゼは、微笑みながら、うなずいていた。
「はい。そのような力です。私は、皆の『日記』を読むことが出来たんですよ」
正確な答えってワケでもないのだろうが、オレたちストラウス兄妹には、それぐらいで丁度いいさ。
「じゃあ。キュレネイも?」
「いいえ。キュレネイには、その力は発現せず、感情を失った。その事実に、『先生』は落胆し、私の破綻を見て、『統率種』の開発を放棄した……従来の『ゴースト・アヴェンジャー』の製作と強化に、集中しました。ですが、先生は『理想』を実現させていた」
「未来の『日記』を読めないのに?」
「はい。むしろ、その方が幸いしていたのでしょう」
「……どういう、ことだ?」
「私が失敗した理由は、能力の強さに耐える肉体が存在しないからです。40人の『ゴースト・アヴェンジャー』と、6人の『予言者』……それらの全てを、一人で観測するには、脳が耐えられない。そのダメージを緩和する薬も、存在しません」
「術の負担が強すぎたんだね」
「ええ。その負担の強さを、『先生』も想定していました。だから、妹には、『より負担を克服する仕組み』を与えようとした」
「……心身の強化の内、『身体』の方か……?」
「はい。『壊れても、精神や肉体を復元させる力』……主に、脳内の領域ですけれど」
「……キュレネイは、力とやらを、発現する前に、壊れたと言ったが?」
「ええ。だからこそ『先生』は興味を失い、妹が暴走したとき、荒野に捨て置いた」
―――カルメンの一件か。彼女に感化されたか、操られて騙されたか。キュレネイはカルメンと共に、『オル・ゴースト』からの脱走を試みて、追っ手と戦い、カルメンは殺され、キュレネイは重傷……そのまま放置された。
「そのまま衰弱して、死ぬはずでした。『ゴースト・アヴェンジャー』は薬物で、延命している状態にありますから。帰還しなければ、死ぬだけです」
アスラン・ザルネめ。やはり、うちのキュレネイを捨てやがったわけだな。
「でも。『先生』の刻んだ呪術は、キュレネイを助けていた。単独でも、彼女の脳は再生した……そして、この土地から離れたことが、幸いもした」
「アスラン・ザルネも、そんなことをブツクサ言っていたが……?」
「キュレネイには、『統率種』となるための呪術、『脳と精神を復元』するための呪術が刻まれていた……どちらも私のそれよりも、優れた呪術―――反面、負担も強かった」
「えーと、強い術だから、たくさん魔力消費するってこと?」
「ええ。術の強さに、脳や精神が耐えられなかった。いえ、もしかすれば、『統率種』として多くの情報を獲得し過ぎて、私よりも先に限界が来て、壊れていただけかもしれません。断言は出来ませんが、そう予測した方が、釈然とはします」
「……つまり、呪術の反動で、脳と精神は、壊れた。それで、『統率種』としての力は、失われ……『脳と精神を復元』する呪術だけが、残っていた……?」
その回復を促す呪術があったからこそ、キュレネイは延命のための薬物も必要としないまま、壊れた脳を回復させていったのか……?
「ええ。フーレン族の剣士さん。そんな流れだったのではないかと」
「……ふむ。なかなか、因果な結果だな」
「はい。一度、完全に崩壊した脳と精神……そのとき、『統率種』としての力は壊れた。あるいは、わずかにその力は機能していたのかもしれませんが……この土地から離れたことで、『統率種』として与えられる負担から、脳は逃れることが出来た」
「……お兄ちゃん、どういうこと?」
チンプンカンプンさんを見つけた。オレも、なかなかついていけていないが、シスコンだからミアのために努力は惜しまない。
「……キュレネイは、この土地で受けた脳みその傷を、オレたちと一緒にいる内に治してしまったということさ」
「なるほど!わかりやすい!!」
細かいことを考えてなさ過ぎているようだが、大事な結局のところ、そこだ。
「キュレネイは80才まで生きられるんだとよ」
「やったー!キュレネイ、元気だああ!!」
ミアがオレに飛びついてくる。シアンは、オレの説明がシンプル過ぎたことに少々、呆れているようだが、文句は言わない。そうだ。キュレネイが元気なら、それでいいさ。
聖なる微笑みを浮かべたまま、エルゼはベッドに横たわるアスラン・ザルネを見つめている。
「……『先生』は見つけたんですねえ。私に施した『統率種』の呪術と、キュレネイに施した『脳と精神を復元』する呪術。それを組み合わせたら、丁度良いって。それが分かったから。満足して、死ねたんですね。良い知らせでした」
笑うエルゼは、少し恐ろしくもあるな。まあ、カルト教団の大神官サマらしい雰囲気かもしれない。怒りや、悲しみも、無い……彼女は、それを取り戻せる日が来るのだろうか?それとも、彼女の命は長くはないのだろうか―――。
「―――あ、あのう、ソルジェ団長……?」
ジャンがドアを開いて、こちらを覗いていた。エルゼはジャンに微笑みを向けるが、ジャンはその表情に恐怖を覚えているのか、ひい!?……と、情けない声を上げていた。
「あら?どうして、怖がるのでしょうか?……また、悪さをするつもりですか?」
「あ、あ、あれは、事故ですッッ!!」
「……事件では?」
「ち、違うんですよ!!キュレネイだと、考えていたので!?」
「まあ。キュレネイには、抱きついていいと?」
「ご、語弊がありましたあッッッ!!?」
追い詰められていくジャンがいるな。少し、面白いが……見物しているワケにもいかない。キュレネイの到着が、遅すぎるだろう。
「ジャン。キュレネイは?」
「それが、う、上の階にいるんだと思いますが、動きがなくて……でも。あれ?……なんだか、この部屋から……キュレネイっぽい、においが」
「エルゼじゃないのか?」
「いえ、そうじゃなくて……クロケットのにおいも、混じっていますから、ホンモノのキュレネイの方でして……」
自身無さげに呟いた言葉だが、オレたち猟兵は信じている。ジャン・レッドウッドの鼻に、ミスはない。上の階から降りて来ないのに、この部屋にキュレネイのにおいがする?そこそこ古い建物だしな……あちこち、隙間ぐらいはあいているんだろう―――。
「―――真上の部屋にいるのか」
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