第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その24


 オレたちの関係性は、少し複雑なものである。敵の敵……その説明を、彼女は分かりやすいと評価してくれたものだが、果たしてそう言えるものなのか。


 彼女は、オレたちにイスを用意してくれる。人数分はなかった。オレ、ミア、シアン。そしてエルゼのためのイスさ。


 この部屋にはイスは四つしかないから……ではない。確実に、五つ目は部屋の隅にあるのだが、彼女に抱きついたジャン・レッドウッドに、エルゼがイスを用意してやることはなかった。


 ジャンはぶたれた左の頬を押さえたまま、その場に立ち尽くしている。居場所が無さそうだな……まあ、うら若き乙女に抱きつけば、そんな目に遭うこともあるだろうよ。セクハラに対する、女子の怒りは強いものさ。当然だけどね。


 ジャンは悪気はなかったが……運が悪かったのだよ。


 オレは居心地が悪そうに眉を寄せているジャンに、指示を与える。


「ジャン、外を頼むぜ」


「は、はい……」


 この場から追放したいワケじゃない。キュレネイの接近を警戒するために、部屋の外で見張りに立たせていたよ―――。


「―――それで、どんなハナシがあるんだ?」


「ええ。確認したいのですが、ソルジェさまたちは、私たちの作戦を妨害するつもりでしょうか?」


「いいや。『ルカーヴィスト』の作戦を、妨害する予定はない。さっきも言ったが、オレは君らが戦っている、辺境伯軍を潰すという使命を持っているからな」


「うふふ。良かった」


「安心してくれたか」


「はい。『先生』が亡くなった今、『ルカーヴィスト』の代表は私だけになります。組織の行く末を見守る責任が、私にはある……他の指導者たちは、戻らなかった」


「激戦だったようだからな。この戦力差では、負けは見えていた。よく戦った方だ」


「想定していた以上の損害を、敵に与えられました。ソルジェさまたちも、彼らを攻撃して下さったようで」


「敵だからな。辺境伯軍は、オレたちの敵だ……『ルカーヴィスト』も、受け入れがたい敵ではある。『フェレン』で、君たちは住民を巻き込んでしまったから」


「そうですね。しかも、アッカーマンも辺境伯も、取り逃した。失態です」


 そんなことを話しているのに、微笑みを絶やさない。やはり、彼女の心も、どこか壊れてはいるようだな。


「……アッカーマンは死んだよ」


「ソルジェさまが殺害したのですか?」


「ああ。悪人だが、強い戦士だった。もう悪さをすることはないよ」


「それは何より。彼が死んだことを、『先生』はとても喜んでおられるはずです。何せ、あのアッカーマンは、『先生』の家族を虐殺した犯人ですから」


「……色々と、ヤツは悪人だな」


「はい。彼と若いマフィアたちは、『オル・ゴースト』に反旗をひるがえした」


「『オル・ゴースト』の大神官やら、幹部……色々と粛正したわけか」


「根絶やしにしました。『オル・ゴースト』は、四大マフィアの裏に潜み、全てを支配する『ヴァルガロフ』の闇でした。そのほとんどを、アッカーマンとテッサ・ランドールに刈り取られた」


「君やアスラン・ザルネを含み、『ゴースト・アヴェンジャー』は不在だったか」


「はい。アッカーマンに踊らされて、『白虎』の一部と交戦していました。私は、戦場には出ませんでしたが、『先生』の助手として、他の『ゴースト・アヴェンジャー』たちの調整を行う係です。『ゴースト・アヴェンジャー』には、調整が必要ですから」


「……ね、ねえ?」


「あら。何ですか、ケットシーのお嬢さん?」


「キュレネイは、調整って、してないよ?」


「……そう、みたいですね。『先生』か、私しか、もうその調整を行える者はいません。本来なら、それを行わなければ、精神が破綻を来すはずなのですが。何事にも例外はいるということでしょう」


「……アスラン・ザルネは、キュレネイの健康状態を訊いたオレたちとの問答の果てに、『自分の理論』が間違いではなかったのだと語って、笑いながら死んだよ。致命傷を与えたのはオレだが、死ぬタイミングを決めたのは、ヤツ自身だ」


「なるほど。それはいい死にざまです。『先生』は、答えを見つけた。つまり、私も、無意味な失敗作では、なかったみたいですね」


「……どういうことだい?」


「『先生』は、ヒトの『進化』を目指していました」


「そんなことを言ってはいたな。その目的が、『灰色の血』の子供たちの脳を壊す言い訳にはならんと思うがね」


「ええ。そうかもしれません。でも、『先生』の目指した道が果たされたなら、ヒトの『進化』を操れるようになれたなら……多くの病も消え、争いさえも世界から消えていたかもしれません」


「……どういうこと?」


 ミアは、エルゼの言葉に恐怖を感じるのだろう。エルゼはやさしく微笑みつづけているが、それだけに、狂気の医学を肯定する態度に、不気味さが増す。ミアの小さな手が、お兄ちゃんに伸びてくるから、握ってやる。


「ヒトが、争いを止められない理由って、何だと思いますか?」


 宗教団体のリーダーらしい言葉だと感じたよ。微笑む彼女は、聖なる雰囲気と、狂気を同時に感じさせる。『ルカーヴィスト』の大神官らしいかもしれない。


 宗教由来のテロリストどもの指導者ってのは、聖なる理論武装をしているものさ。


「……え、えーと。みんな、欲しいものがあるから。相手をぶっ殺してでも、欲しいものがあるから、戦えるよ」


「はい。それも答えだと思います。私たちの考えでは、それも包括して『欲求』が戦の原因と定義しています。戦を回避出来ないのは、それに対する『抑止』の問題です。欲しいと思っても、ガマンすれば、ヒトは争わない」


「……ガマンする?」


「ええ。他者を許容することが出来れば……許せれば、ヒトは争いをも放棄する」


「……それって、ムリそう」


「はい。絶対にムリです。ヒトの本能は、『欲望』を活力にしているから。ヒトの脳は、『欲望』を超える『やさしさ』を、持ち得ないんです。それが、『オル・ゴースト』の答えです。軍靴に踏まれ、戦火に焼かれた、ゼロニアの至った答え」


「……戦神の信徒らしい答えだって言うのは、失礼かな?」


「そんなことはありません。私たちらしい答えですもの。ヒトは戦から解放されることはない。何故なら、ヒトの脳は、『欲望』を抑える『やさしさ』なんて、存在しないから」


 戦神の聖女は、ニコニコしながら答えたよ。


 脳の限界のせいで、ヒトは戦から解放されないそうだ。


「つまり……脳を改造すれば、ヒトは戦から解放される……そんなことを、『オル・ゴースト』の連中は、考えついたのかい?」


「ええ。ヒトが戦を止めることが出来ない脳をしているのならば、『それ』を『進化』させればどうなるでしょうか?……『欲望』をも抑える『やさしさ』。ヒトでは出来ない、その行為を成せる脳をした、『新しい生物』ならば、戦の無い世界を創れるかもしれない」


「……そうなれば、ゼロニアは平和か」


「はい。ですから、『そのための研究』は始まりました。『ゴースト・アヴェンジャー』や『予言者』は……平和を求めた研究の、副産物なのです」


「……戦神の信徒が、戦を否定するのか?」


「戦神バルジアは、幾度となく形を変えます。その『進化』と『変貌』の究極には、永遠の平和と安らぎをもたらす『永久の楽園の守護者/バルジア』へと至る。私たちの信仰は、殺し合いを求めているわけではありません」


「そうか。オレの不勉強だったようだな」


「バルジアに祈るということは、聖なる戦いと苦しみの歴史の果てに……いつか大いなる平和な日々の中で、自分たちの子孫が暮らせる未来。それの訪れを、願うことです」


「……ふむ。考え方そのものは、素晴らしいことだ。だが、現実には、『ヴァルガロフ』は悪徳に荒れ果てているぜ」


「はい。ヒトの脳で、理想を実践することは難しい……だからこそ、『オル・ゴースト』は、『進化』した生物を、ヒトから作ろうとしました。多くの種族が混在するこの土地で、最もその実験に耐えられる素質があった種こそが―――」


「―――『灰色の血』ということか」


「ええ。脳への物理的な措置や、呪術的な精神活動の矯正、薬物による心身の強化。『進化』を誘導する行為の全てに、私たち、『灰色の血』は耐える素質が強かった」


 だから、『オル・ゴースト』たちは『灰色の血』を作った。血統を管理して、生ませた。そして、そいつらを素体として、改造を施し……『進化』を試したが、結果的に作られたのは『ゴースト・アヴェンジャー』という戦士と、『予言者』。


 組織の道具が産み出され、それらを使い……悪徳は栄えた。


「聖なる未来を目指し、邪悪な手法を選び、悪徳に染まり、手下に裏切られて滅ぼされたか」


「はい。そんなところです。ヒトでは、戦神の大義を果たすには、器が足りなかったということかもしれませんね」


 笑顔で言うようことなのか?……いや、エルゼもヤツらの研究の犠牲者なだけか。


「……勉強にはなったよ。でも、君らの宗教には、あまり興味が持てないんだ」


「それは少し残念ですが、信仰には選ぶ自由があるべきです。ソルジェさまは、ソルジェさまの信じる道を歩まれるべきですね。その道の先にも、素晴らしい未来があるでしょうから」


「ああ。そうだと信じているよ。さてと、とにかくオレは、戦神の道よりも、興味があるのはキュレネイの健康なんだ。けっきょくのところ。彼女は、健康でいられるのか?それとも……君のように、苦しむことになるのか?」


 アスラン・ザルネは、君の余命を長くないとみていた。痩せ細り、美しいが青白さがすぎる肌の色……エルゼの健康状態は、若い女性にしては、かなり深刻なものだろう。


「大丈夫ですよ」


 聖なる笑顔は、そう言ってくれたよ。とても魅力的な笑顔だったのは、彼女の心が反映された表情だからだろう。彼女は喜んでくれているのだ、『自分の妹/キュレネイ・ザトー』を祝福してくれているらしい。


「『先生』は、『自分の理論が正しい』と分かったから、満足して死を選んだのです。『先生』は、知らぬ間に、完成させていたんですよ。ご自分の『理想』を。それが、私でなかっただけ」


「……『理想』?」


「はい。私の犠牲は、『次』に生きた……私の妹は、死にません。私の妹は、80才まで生きるであります」

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