第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その22


 ミアとシアンが、小さく息を飲むのが聞こえていた。その質問は彼女たちに衝撃と戸惑いを与えている。当然だ、オレはキュレネイ・ザトーの余命を訊いているのだ。


「…………キュレネイ……あの子か……こちらに…………戻っているんだな」


「そうだ。どうなんだ?……貴様は、『ゴースト・アヴェンジャー』でも、改造されちゃいない。だが、彼女は?……キュレネイの、健康状態は?」


「お、お兄ちゃん……っ?キュレネイ、死んじゃうの!?」


 裏返ったような声だった。オレは、ミアを見た。どんな表情をしてやるべきか分からない。オレの顔が浮かべていたのは、きっと、苦悶。これほど困る質問はなかった。


「……ミア。長にも、分からんことだ。分かるのは、そこの、死にかけだけ」


「……う、うん。そうだね」


「……それで、アスラン・ザルネよ。答えを聞けていないぞ?」


「…………個人差がある…………あれだけ、変異した子が…………安定していた、事例は……他に無い…………エルゼですら、最終的には、あれだけの虚弱体質になった……」


「エルゼ?……『ルカーヴィスト』の、大神官か」


「よく、調べているな…………そう。エルゼは……大神官…………元々は、そうだ。彼女も、『ゴースト・アヴェンジャー』…………もう、死にかかっているがな」


「……何才だ?」


「女の、『ゴースト・アヴェンジャー』は、男よりも早死にだ……ああ、19だよ。エルゼは……19さ」


「キュレネイは、18才だよッッッ!!?」


「……落ち着け、ミア。ハナシは、途中だ……」


 シアンがミアを抱き寄せながら、そう言ってくれた。ありがたい。オレは、今、ミアに見せにくい顔をしているからな。


 悪人は、血まみれで前歯を叩き折られている顔で、笑う。うすら笑いだ。不愉快になる。憎い。殺してやりたい。殺すべきなんだ。だが、情報が欲しい……。


 思い出を楽しんでいるような、アスラン・ザルネは、また赤い咳を吐き。口の端から赤い唾液を垂らしながら、オレを見つめて来る。


「……エルゼは、とてもいい出来だった。だが、4年前には、戦闘能力も失せた…………私の武術も呪術も授け、全てを、受け継いだ子なのに…………最高傑作だと、思った。だから……同じ処置を、彼女の母親に生ませていた、他の素体にも……同じ、処置をした」


「おい、まさか、それがキュレネイか?……つまり、エルゼって子は、キュレネイの姉になるのか……ッ?」


「…………ああ。近親者であるほどに、体格や外見だけでなく……脳も似るし、変異を誘発する薬剤にも、呪術にも、耐性の傾向が似る…………だから、同じ処置をした。より、洗練させるつもりだったが、感情が失せ、『人形』になった。低いカテゴリーの作品だ」


「キュレネイのこと、そんな風に言うなッッッ!!!」


 言葉と共に、ミアはナイフを投げる。アスラン・ザルネの脚に突き刺さっていた。


「ぐう!?……ま、まったく…………躾の、なっていない、ガキだよ……年長者には、やさしくするべきだ……とくに、死にかけている男にはな……?」


 小さくてもミアは猟兵。幼い殺意は、無垢で純粋だ。アスラン・ザルネの挑発に乗りそうになる。殺させてやりたいが、まだダメだ。情報が欲しい。キュレネイのための情報を、コイツから吐き出させたい。


「殺す!!」


 そう叫んだミアのことを、シアンは抱き上げていた。背後から抱き上げたまま、シアンはミアの猫耳に語るのだ。


「……迷惑を、かけるな」


「……っ!!」


「……殺したいのは、『虎』も、同じ。だが、キュレネイのための情報を、持っているとすれば、このクズだけだ」


「……う、うん……っ」


「…………私の失敗作を、エルゼの影ごときを……評価してくれるとはね。光栄だ……3年前、捨てるべきでは、無かったか…………あんなに、弱い子だったのに」


「キュレネイ・ザトーは、貴様の5倍は強いぞ。3年前は、貴様に勝てなかったらしいがな。今の彼女は、貴様の5倍は強い」


「…………戦闘能力だけなら……そう、かもしれんな…………しかしな、野蛮人。私は肉体的な強さだけを、求めているわけじゃない。もっと、たくさんだ……私の作品はね、先代たちの作品よりも、優れた能力はあるが……反面、長持ちしないのだよ」


「……長持ち?……ああ、ムカつく言葉だ」


「……長よ。耐えろ」


 本当にシアンがいてくれて良かった。いなかったら、感情のままに、コイツを殺していたかもしれない。


「…………単純な、強さなど、それほど重要ではない……私は……『進化』させたいのだから…………ヒトの限界を、ヒトのまま超えさせたかった…………そういう意味では、『シェルティナ』とは、趣が異なるのだよ、『ゴースト・アヴェンジャー』と『予言者』は」


「それで。キュレネイは、いつまで生きられる?」


「…………おかしいなあ…………」


「どうした?お前、まだ血は足りているだろう?」


 コイツは戦に備えて、出血しにくい体にしているだろう……だから、まだ、頭に血は回っているはずだ。出血量も見ている。


 動けないが、意識は保てているはずだ。竜太刀が、斬れた動脈の『栓』をしてくれているからな。抜けばすぐに死ぬし、このままでも遠からず死ぬが、しばらくは保つはずだ。


「…………とっくに、アレは、死んでるはずなんだがな…………失敗作なのだから?」


「……はあ……?」


 今度は、シアンがキレそうになっていた。だが、ミアを抱きしめていたおかげで、自重出来たようだった。ミアの手本となれねばいけないと、彼女は考えている。


 オレたちは、自身の殺意と葛藤するのに必死だったが、死をも受容しているアスラン・ザルネには、猟兵の殺意も効果がないらしい。マイペースに、語ったよ。


「…………なあ、あの失敗作は、まだ、健康なのか……?」


「……人一倍健康だ。メシも、ヒトの何倍も食う。表情は浮かべにくいようだが」


「日常会話は?……コミュニケーションは取れるか?……精神の破綻は?言葉や文字を理解出来ているか?」


「大丈夫だ。昔の記憶に欠落があるのと、無表情なだけだ」


「…………ふむ……?…………どうなっているのだろうな…………いや。そもそも。なぜだ?……3年前よりも、強いだと?…………自我が、崩壊もせず?…………どうなっているのか…………」


「……分からないのか?」


「…………ああ。分からないね…………『ゴースト・アヴェンジャー』は、能力が落ちていくものだ…………調整もせずに、力も維持出来るはずが……ないんだがなあ?」


「分かんないなら、殺しちゃおう。コイツ、生きている価値とかないもん!!」


 たしかにミアの言う通りなのだが、ヤツは、まだ何かを思索している。オレたちが知るべき情報を、口にする可能性があるのだ。


 ヤツに、ヒントを与えるべきか。ヒント……キュレネイの健康状態か?


「事実として、キュレネイは、オレには健康に見える。それは、見せかけなのか?」


「ありえんはずだがな……?内臓も、腐るはずなんだが…………」


「さっきも言ったが、ヒトの何倍も食べる」


「……ありえん。内臓機能の不調は、最も多発する、『ゴースト・アヴェンジャー』の症状の一つなんだぞ?…………いや…………待てよ……?…………アレは、長年……この土地を、離れていたのか?」


「そうだ。オレたちと一緒に、大陸中を回っていた」


「『予言者』から……離れていた?……そのおかげで脳への、負担が……減っていた?エルゼは…………感受性が、強かった。まさか、破綻の原因は、エルゼが壊れてしまったのは…………劣っていたからではなく、優れていたからか……やはり、エルゼこそが……ッ」


 アスラン・ザルネの顔が、こちらを向いた。何とも嬉しそうな顔になりながら、ヤツは歩く。オレに近寄ろうとする。舌打ちしながら、オレは、ヤツの体を手のひらで押さえつけていた。


「止めとけ。動くな、死ぬぞ」


「ああ。分かっている。お前も、医学を知るのか?だが、私は、お前の百倍は知っているぞ!!たしかに、動かぬ方がいい!!動けば、死ぬ!!肝臓も裂けているだろうしな!!お前の一撃は巨人の拳よりも効いた!!骨に、『炎』でも使っているのか?」


「いや。生身だが……そんなことよりも、動くな」


「いいんだよ。死んでもいいのさ。全ての仕込みは、済んでいる。こうして、『魔王』も来てくれたからな。辺境伯は滅びる。裏切り者どもも、滅びるんだ!!私は、己の復讐を果たせるぞ!!」


 ヤツは前進しようとする、折れた脚で、床を突きながら、歩こうとする。いや、竜太刀を体から抜いて、血管の『栓』を外すつもりだ。死のうとしていやがる!!


「その内、放っておいても、貴様は死ぬ!!キュレネイについて、教えろ!!彼女は、大丈夫なのか!?彼女の元気は、見せかけの健康では、ないのか!?」


「すぐに分かるさ!!『魔王』よ。ラナはな、お前を『予言』してもいた。あの子も長持ちした子だし……精確な能力を持つ、傑作なのだが…………ときおり、不明確で、おぞましい夢を見ていた。だが、分かった!あれは、夢ではない。あれは、『魔王』を見ていた!!」


「ラナが、オレを『予言』していた?……『誰』の視点でだ?」


 アスラン・ザルネはオレの言葉に返事もしなかった。動くことを止めない。死のうとしている?……厄介なヤツだ。


 オレは体を使ってヤツの動きを止めるために、体重をかける。それでも、ヤツは手脚を暴れさせるし、首を動かす。自分で傷口を開いて行く……ッ!!医学の知識を使い、必死に自分を死なせるために努力してやがるッ!!


「動くな!!……おい、シアン!!コイツに、造血の秘薬を打て!!」


「……分かった」


 シアンがオレが抑えるヤツの体に、リエル特性の造血の秘薬を注射する。死からは遠ざかるはずだ―――コイツが、無意味に暴れなければ。手脚を使い、ヤツは、体を揺らしつづけてくる。


 傷口を広げて、失血死を狙っていやがるんだ。『ルカーヴィスト』の親玉まで、死にたがりだとはな!!


「おい、教えろ!!……どうせ死ぬなら、キュレネイのことを教えてから死ね!!何に気づいた!!教えろ!!」


「私は、私は、間違っていたわけじゃない!!やはりだあ!!私の理論は、間違っていなかったああ!!……ああ、分かったよ。私は、もう分かったんだよ!!……だから、もう…………無意味に、長く、苦しむ必要は、ないのさぁ――――――」


 勝利の笑みに顔面を歪めながら、アスラン・ザルネはオレを嘲るように長くて血に染まった赤い舌を、口から伸ばしていた。そのまま……ヤツは、一瞬痙攣して、死んでしまっていたよ……。


「……クソ。痛めつけ過ぎたか」


「……いや。アレぐらいは、必要だった。あれぐらいは、しないとコイツは、死にものぐるいで、戦っただろう。ここは、錬金術の薬もある……アレぐらいせねば、我々の安全は、確保できなかった」


 今夜のシアン・ヴァティは、とてもやさしい。それがイヤなワケじゃないが……オレは自分の行動が暴力的過ぎたことを反省したい。達人を拘束するのは、何とも難しい行いではあるが―――。


「―――だ、団長!……キュレネイの、においが、来ます!!」

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