第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その21


 キュレネイは、まだここまでは来ていない。ここは、地下二階か三階ってところだからな。アスラン・ザルネに、接近を気づかれないよう動こうとすれば、それなりに慎重に動くだろう。つまり、探索には時間がかかる。


 『呪い追い/トラッカー』の力があるだけ、オレに有利な状況だった。このアドバンテージをどう使うか……色々な手段があるが、ヤツを殺して、キュレネイをここで待ち伏せして捕まえるっていう形もあるな。


 木の扉の前に立つ。アスラン・ザルネは何か作業をしているようだな。人生最後の夜に、こんな不気味な地下で何をしているのか……まあ、構わん。


 ミアがオレの脚の横でしゃがみ、鍵穴にピッキングツールと突っ込んでいた。慎重に動かなければならない。達人相手だからな。気づかれる可能性はあるが……それでも、上手くやれば、気づかれずに背後を取れる可能性だってある。


 極限の集中力を用いて、ミアは解錠に成功する。音は、ほとんど鳴らなかった。気づかれたか?……微妙なところだ。気づけたとしても、おかしくはない。達人の背中というのは目と耳が複数存在しているようなもんだから。


 作業する背中に変化はない。そう演じているかもしれないから、それを鵜呑みには出来ないな。最終的には、出たとこ勝負にはなる―――戦術でも、慎重さでも、どうにも弱体化することの叶わぬ強者も存在しているということさ……。


 オレは、皆を見ない。だが、気配で分かる。フォーメーションは完璧だ。


 始まりは、オレの肩だ。ドアを押し込んで、そいつを開く。速度と柔軟性に優れる、ミアとシアンが、オレの開けたドアから、その場所に突入する。ジャンは変化を始める。オレもミアたちにわずかに遅れて、その部屋へと飛び込む。


 ボヒュン!!と間抜けな音を立てて、ジャンが巨狼に化けていた。巨狼に化けたジャンの背中が、部屋の入り口に押し付けられる音がする。ジャンは、音を封じるのだ。その巨体と毛皮を使い、この部屋に『栓』をするのさ。


 もちろん、音が外に漏れないためにな。マヌケな発想だが、仲間を呼ばれてはたまらないからな。


 部屋のなかは、錬金術師の研究室といった印象だ。元々は倉庫にしか過ぎなかったのだろうがな……錬金釜や、紐に結われ、逆さに吊られた薬草たち。ガラス製の実験器具たちに、解剖中の『シェルティナ』の遺体……色々なものがそこにあるな。


 アスラン・ザルネは動いていた。


 さっきまで座っていたイスを片手でブン投げていたよ。シアンがそのイスをキャッチした。シアンは壁になることを選んでいた、アスラン・ザルネからミアを隠すためのな。シアンの背中からミアが飛び出した。


 神速を帯びた突撃を用いて、獲物に迫る。アスラン・ザルネは五十才ほどに見えた。銀髪のせいで、実年齢よりも老けて見えるのかもしれないが、そこまで予想から離れた年齢というわけではないだろうよ。


 よく鍛え上げられた肉体で、赤い瞳は鋭い。その動きも軽快さを保っていた。ミアのナイフの攻撃を、後ろへ跳びながら躱した。


 ヤツは背中を壁に当てていた。背後を取られることを防いだのだろう。こちらが複数いるということにも気づいていたな。ミアの追撃は素早い。一瞬でヤツの目の前に踊り出て、ナイフを振り抜いた。


 カキイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッ!!


 鋼が歌い、火花を散らす。アスラン・ザルネもナイフを抜いていた。逆手に抜いたナイフの二刀流だ。ミアの踊りながらの攻撃に、ヤツは防戦一方ながらも応じて見せた。


 一瞬の間に、十数手の攻撃が放たれる。ミアは踊りながら斬撃と突きと、蹴りをコンビネーションさせる。零距離の間合いで、あれだけ速く鋭く、そして多く攻撃されたら、大人の体は反応しきれるものではない。


 背後を壁に当てて、守りを固めたことは悪くない。そうしなければ、とっくにシアンに背後を取られていた。素晴らしい達人ではあるが、ミアの攻撃を、その間合いで防ぐことは不可能ってものさ。


 刃が交差していたが、捌ききれずに、三手ほどミアの斬撃は、ヤツの肉を深く刻みつけていた。ミアを蹴ろうとして出された脚の腱と、左の脇腹。そして、右前腕の肉に、深い傷を負わされている。


 ミアはもちろん無傷だが、ヤツのヤケクソ気味の投げナイフを躱すために、背後に跳ぶ。その次の瞬間、オレはミアと入れ替わり……竜太刀の突きを使って、ヤツの左肩を射抜き壁に串刺しにしてやったよ。


「ぐおうぅ……ッッッ!!?」


 悲鳴を上げたヤツの右脇腹に、左フックを叩き込み。空気を吐いたために、狭められていた肋骨を効率良く3、4本へし折ってやった。通常は頑丈になるもんだが、ガルーナ人の肝臓打ちの威力の前には、中年の肋骨など枯れた小枝に等しいさ。


 呼吸が破綻する。衝撃で揺れる肝臓は横隔膜を圧迫しただろうし、肺が外力に負けてヘコみ、そのせいで肺のなかにある空気が想定以上に体外へと出ちまっていた。


 血の混じった吐息を見る。ヤツは息が吸えなくなり、一瞬の呼吸困難と、それに伴う、瞬間的な意識の消失を招く。ミアとの戦いで、ヤツは無呼吸のまま動きつづけて、手数を捻出していたからな。肺のなかにある空気が、そもそも足りていなかった。


 だが、コンビネーションは続く。無慈悲にね。悪人相手に、容赦をしてやる趣味はない。ミアに鋼を振るった時点で死刑に相応しいが―――コイツは、キュレネイの子供時代を、邪悪な呪術と薬物で奪っちまった、クソ野郎だからな。


 竜太刀から右の指は離れていたよ。ヤツの一瞬の気絶が終わるよりも先に、気付けの一打を叩き込むのさ。右の拳を伸ばし、威力よりも精度を重視した突きを放つ。


 脱力するヤツの左の眼球を打ち打ちながら、眼窩を構成する骨たちに軽くヒビを入れた。壁に背中を預けていたヤツは、その一撃のせいで首が大きく後ろにしなり、後頭部を固い岩壁にぶつけてしまう。


 このまま撲殺してやりたくなったものの、理想的に拘束出来たことは大きい。オレは、鉄靴を使い、踏ん張るヤツの左の脛骨を踏むようにしてへし折っていた。


 竜太刀の痛みから逃げるため―――いや、ダメージをコントロールするために、立ち続けようとしたことが災いしたな。


 ……素晴らしい戦士ではある。だが、その技巧と経験を活かすための、肉体という器は劣化していたな。20才若ければ、もう数分、オレと戦うことも出来ただろうよ。


 折れた左脚を庇うため、ヤツは必死に右脚だけで立ち続けようとしている。ヤツは壁にもたれかかることでしか、その姿勢を維持することは出来やしない。虫の標本みたいなもんだよ。動くことは出来ないし……大声も出せんさ。


 ミアの斬撃と、オレの拳で、ヤツの左右の脇腹は破壊されてしまっている。呼吸困難さ。ろくに空気を吸うことも、吐くことも出来やしない……出血もヒドい。竜太刀の一撃は急所こそ外しているが、左胸と肩の間を貫いて、ヤツの肩甲骨と壁を串刺し状態だ。


「……ジャン。もういいぞ、入って来い」


『わ、わかりました!」


 巨狼の背中がそう返事して、ヒト型へと戻る。ジャンは、その木の扉を静かに閉めていた。


「…………お前ら……何者だ……」


 アスラン・ザルネは瀕死だが、好奇心を失ってはいないようだった。ヤツは、生存をあきらめているだろうからな、好奇心の追及に、全てを捧げるつもりになったようだ。錬金術師の癖はあるな。


 探求の心を、強く持ちつづけている。善き道に、使うべきだったが。邪悪な者の方が、強さを発揮するのは、錬金術師も戦士も同じようなものかもしれない。倫理に反するような禁忌をも使う……それが、ヒトを成長させることもあるのだろうから。


「……オレたちは、『パンジャール猟兵団』。オレはその団長の、ソルジェ・ストラウスだよ。『自由同盟』の傭兵さ」


「…………なるほどな…………お前が、『魔王』か…………」


「ああ。『魔王』さ。お前は、アスラン・ザルネだな?」


「……いかにも…………『ゴースト・アヴェンジャー』の、首領だ……」


「ここまでやっちまって、ヒト違いでは笑えんからな。良かったよ」


「……私を、特定していたな…………あのときの、力か……」


「ああ。『呪い追い/トラッカー』。あるドワーフから継承した瞳術だ」


「…………そうか……『自由同盟』は……私が、邪魔だったのか……?」


「『ルカーヴィスト』のようなテロリストを、誰もが邪魔だと思うさ」


「……我々は、正当なる、復讐者だ…………」


「貧しい若者を、そう扇動したか?……『オル・ゴースト』を滅ぼされた腹いせに」


「……ああ……あそこは―――」


「―――理想的な実験材料を、お前に提供してくれる、楽園だったからな」


「……そうだ…………あそこほど、私の知的好奇心を、満たしてくれる場所は、なかったよ……千の秘術と、万の富。ヒトを『進化』させる、教義……私には、最高の居場所だったんだがな」


「『オル・ゴースト』を復活させたかったのか?」


「…………可能ならばな。だが……現実的では、ない…………多くの秘術は、失われたのだ……私は、『シェルティナ』を作れたが……ほとんどの古文書は……アッカーマンに、燃やされてしまった…………あの、俗物にな……」


 アッカーマンは、『古いヴァルガロフ』を排除したかったんだろうな。『伝統』を血に宿さないあの男には、『オル・ゴースト』という旧い支配構造が、たまらなく邪魔だった。


 ジェド・ランドールは、アッカーマンを『ヴァルガロフ』の『伝統』に受け入れたがっているようだったし、『オル・ゴースト』を復活させたいような願望を抱いていたようだが……娘のテッサにさえも、その考えは拒絶されている。


「……『オル・ゴースト』は、残酷で邪悪だったんだろうからな。アッカーマンの仕事には、その点だけは感謝しているよ。アレが無事なら、お前はもっと多くの『灰色の血』を犠牲にしていただろうからな」


「…………犠牲?……ハハハ。無知な男め…………『灰色の血』は、世界のどこにも、居場所がない……『ヴァルガロフ』にしかな……狭間よりも、狭間……全てが、混じり、何者でもない…………私は……『ヴァルガロフ』に来るまで……居場所は、なかった」


「……お前、『オル・ゴースト』が血筋を管理して作り出した『灰色の血』じゃないってのか?」


「ああ。世にも珍しい…………『多種族間混血種』……全ての種族の特徴が、醜く燃え尽きた……何でもない、存在…………『それ』に、価値をくれるのだぞ?……『オル・ゴースト』の行為は……救いだよ…………我々にはね」


「そいつはまやかしだ。ヒトを改造し、能力を産み出す?……狂気の発想だ」


「……価値観は、それぞれだ。お前の正義と、私の正義は……違っていたようだ……」


「正義を語るか、多くの『灰色の血』の子供を、死なせて来ただろ?……『よそ者』のお前は、脳に呪いもない。霊鉄も打ち込まれていない、薬物の影響もわずかだろう?昔のことを、たっぷりと覚えているのだからな」


「……ああ。そうだ……私は、才能と……鍛錬……だけ…………成長期であれば、自分自身の体で……研究したのだがな……『進化』を……」


 成長期でなければ、つまり子供でなければ、『変異』させにくいということか。子供は、たしかに成長と共に、短期間で姿形を変える……熱されて融けた鋼のように、外部からの影響で、変えやすいということだろうか。


 ……知りたくもない知識だ。どれだけの子供たちが、コイツらの犠牲になった?


「ヒトを改造することを、『進化』などと呼ばないで欲しいね」


「……『過程』など、どうでもいいさ。結果として、新たな形質を獲得すれば……それは間違いない。『進化』だよ……」


「不愉快なヤツだ」


「野蛮人には、分からないさ…………素晴らしいことだぞ?……ヒトが、空をも飛べる能力をも獲得する」


「あの、『シェルティナ』のゾンビのことか」


「……ゾンビ?……いいや、仮死状態になっていただけさ。『シェルティナ』は、死んじゃいない。死に、相応しい姿となっても…………生きているんだよ。わずかだがね。燃やされても、しばらくは生きている…………新たな呪術の注入で、姿を変えて、孵化する」


「……まるで、『生まれ変わる』。『姿を変えて』……その点が、戦神バルジアの教えを彷彿とさせて、貴様ら『オル・ゴースト』どもに支持されたわけかよ」


「……そうだ…………『シェルティナ』の知識は……なかなか、開示されなかった……私が、『オル・ゴースト』に、より認められる必要があった……だが、私は、焦らなかった。『ゴースト・アヴェンジャー』や、『予言者』には、改良の余地が、あふれていた」


「そいつを研究して、経験値と知識を蓄えようとしていたか。いつか、お前の本命である『シェルティナ』に触れる、その日のために」


「…………ああ…………そうだ…………『予言者』を、改良すれば……見えた。わずかに未来が見えて…………その複雑な、法則を解き明かす度に……私は、感動した!!子供たちの脳は、柔軟なのだ!!幼い頃から、改良をつづければ、能力を、上げられる!!」


 興奮したアスラン・ザルネは、笑っていた。子供のように、純粋な笑顔。ヤツは、その人体実験が、本当に楽しかったのだろう。


「素晴らしいのだ!!脳には、その部位により、さまざまな仕組みが内包されている!!感情を司る場所!!理性を司る場所!!肉体を動かす場所!!痛みを体に与える場所!!あるいはね、快楽を産み出すためにしかない場所もある!!それらを、私は紐解いた!!」


「……お前、どんだけのガキの脳みそに、悪さをしやがった」


「2000は下らん!!いいかい、『ゴースト・アヴェンジャー』を作るのにも、30人の素体を用いて、一人だ!!テーマを持たせてあるからね!!研究に活かすために!!敵を殺すことを悩まぬ者を作りたければ、悲しみや苦悩を壊すんだよ!!」


「……おい、しゃべるな」


「だいたい、場所は、分かっているんだがねえ!!それでも、正確な場所は、難しい。脳は繊細だ……個人差もあるようだ。だから、一人のために、30は犠牲にして、作りあげる!!同じように、だが、わずかに違う改良を試し!!一人ぐらいは、使い物になる!!」


 無言のまま、ヤツの顔面を殴りつけていた。ヤツの歯が何本も折れる。咳き込むヤツは赤い咳をする。血と、折れた歯が混じった、赤い咳を……それでも、ヤツは笑う。笑いやがる。


「……『予言者』は、もっと多くを犠牲とするし…………どうせ、長くは生きられやしない…………お前も、アレキノとラナを、使っただろ?……脳をつなぎ、時間と空間の因果を超越する力を、使わせた。アレでな、寿命は、大きく縮むぞ」


「……ッ!!?」


「長よ。お前のせいでは、ない。そもそも、そいつのせいだ」


 慰められる言葉だが……アスラン・ザルネの言葉は真実なのだろう。常軌を逸した力だからな。代償はつきものだろう。そんなことは、想像がついたことだった。


 ……コイツをね。


 一秒でも早くに殺してやりたいところだが……訊いておかなければ、ならないことがあるな。


「……ジャン。キュレネイは、まだ近くに来ないか?」


「え?はい!まだ、来てませんけど……?」


「外で見張れ。においがすれば、すぐに呼べ」


「りょ、了解です!」


 ジャンがドアの外に出た。そうだ、それでいい。キュレネイには聞かせたくないし……オレは、聞かねばならん。


「……おい。アスラン・ザルネ」


「……なんだ、ソルジェ・ストラウス殿よ?」


「『ゴースト・アヴェンジャー』は……いや、キュレネイ・ザトーは、いつまで生きられる?」

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