第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その20


 魔眼を使い、地下を睨む。『呪い追い/トラッカー』を試すのさ。一度は成功していたもんな。アレキノとラナを使い、アスラン・ザルネは渇きの湖にいたオレたちを覗いていた。


 どういう呪術なのかは分からないが、ヤツにはそれが出来るらしい。そして、呪術であるのなら、ガントリー・ヴァントに伝授された、『呪い追い/トラッカー』は有効である。あのとき、オレはヤツの呪術を遡り、ヤツの感情を認識出来た。


 キースのように過去まで覗けるほとではなかったが、感情や思考は読めた。それ以後、ヤツは遠くに逃げたし、こちらの『呪い追い/トラッカー』の仕組みに気づき、何らかの対策を講じた。


 だから『呪い追い/トラッカー』で、ヤツを追いかけることは出来なかったが、ここまで近づければ行けるんじゃないかね?……アーレスの……竜のくれた魔法の目玉ならば、一度、途切れた『呪い追い/トラッカー』も再開出来そうな気がしている。


 今のオレには、アスラン・ザルネの戦術をも識っているのだからな。戦術に反映される、残酷さと合理性。それから読み取れる性格や趣向も分かるぜ。ヤツは、慎重であり賢く、目的のためには何もかも道具にする人物。クソ野郎だが、戦上手だ。


 呪術や錬金術に対しての高い知識と能力を有していて、自分自身は『灰色の血』でありながら、脳には『改造』を施していない。呪術師であり、優秀な戦士であり、残酷な戦術家でもある……そして、明日には死ぬ気でもいる。


 多くを理解しているぞ、こないだよりもオレはヤツの『輪郭』を描くための情報を持っているのだ。この技巧は、相手の情報を多く入手するほどに成功しやすいと、ガントリーはコツを教えてくれていたぞ。しかも、今、ヤツの居所も分かっている。


 ……これだけ揃えたら、行けるんじゃないかね。


 まあ、試してやるさ。


 魔眼に力を込める……アスラン・ザルネの情報を頭に浮かべる。3年前のキュレネイよりも強い武術の達人、呪術師、錬金術師……性格は残酷で賢く、仲間を道具と割り切れるクソ野郎さ。


 アレキノやラナの脳に、霊鉄を突き刺して道具にした……『ゴースト・アヴェンジャー』も『予言者』も、若いヤツらばかりだったな―――それは、ヤツの『改造』を繰り返していたら、肉体や脳への負担がたまり……死んじまうんだろう。


 ……3年前、貴様がキュレネイを捨てた理由も、そこらだろう。『もう壊れた道具だ』と、貴様は切り捨てた。キュレネイは『オル・ゴースト』に逆らったんだろう?彼女の護衛対象である、女優カルメン・ドーラは自由と外国を求めた。


 キュレネイは、カルメンの行動を支持したのだろう。カルメンから感情をもらったか?……貴様にすれば、異常な行動であり、ついに脳が壊れたんだと考えた。肉体的なダメージも深刻に見えた。


 3年前のキュレネイは、貴様から見れば、『心身共に、ぶっ壊れた道具』。そう判断したから、あの場所に捨てやがった。キュレネイがカルメンの死体から離れないと考え、そのまま捨てた。


 ……あの子を捨ててくれてありがとうよ。だからこそ、オレはキュレネイを『家族』に出来たんだ…………なあ、アーレス。フェミニストのお前なら、分かるだろ?……アスラン・ザルネを殺すのは、キュレネイの『家族』である、このオレであるべきだ。


 背負った竜太刀の鋼が、熱を帯びる。それに連動するように、左眼も熱くなり、アーレスの遺した魔力が高まっていくのが分かる。アーレスが、力を貸してくれているのさ。


 赤い『糸』が、雨粒のあいだに、じわりと浮かび上がっていく。


 成功したらしい。


 さてと、追いかけるか。その赤い『糸』は、屋敷の隣りにいる小さな物置小屋に向かっている。納屋や使用人たちのための小屋とは違い、はるかに小さい。中には庭仕事や畑仕事のための道具が保管されている場所だ。


 ……さて、どういうことか?


 推理力の出番だな。おそらくは、アスラン・ザルネのいる地下室とやらから、あの物置小屋に対して通路がある。空気穴かもしれないし、地下室に何か物資を運び込むための階段だってあるだろうよ―――。


「―――みんな、ついて来い」


 猟兵たちを引き連れて、オレは狂信者どもが巡回する豪農の巨大な庭を、物陰のあいだに隠れながら物置小屋に急いだ。


 鍵は、かかっていなかった。というよりも、この屋敷の持ち主が健在だった時は、かけられていたのだろうが……『ルカーヴィスト』どもに占拠されてからは、ここには鍵なんて、かかっちゃいなかったのだろうな。錠前は壊れたままだ。


 好都合である……トラップも、仕掛けられていないようだしな。小屋のなかは無人であることが、気配からも魔眼の観察からも分かった。ジャンの嗅覚も、同意見だろう。何も言ってこないところを見るとな。


 オレたちは、その扉を開き、素早く小屋のなかへと侵入していた。まるで盗賊のように静かなものさ。


 さてと、小屋に漂う空気は、ホコリっぽく、カビくさく……あきらかな死臭も混じっていたな。


「……床に、古い血の跡が、ついているぞ」


「ふーむ。どうやら、死体を運び込んだようだな」


「死体?そんなの、どうするの?」


「き、きっと、『シェルティナ』の研究だよ。この地下から、『シェルティナ』のにおいがする」


「アスラン・ザルネの『研究素材』の搬入口だな、ここは。この地下には、ヤツの研究施設があるんだろうよ」


 物置小屋のなかは整頓されていて、地下へと向かうであろう通路は、一目で分かる。その石で作られ地下へと降りる階段に、ベッタリと血が付着している。何体もの死体をここから運び込んだし……場合によれば、死体を外へと捨てたのだろう。


 不気味な空間だな。


 だが、猟兵は敵には恐れない。ここは古くて怨霊がうろつく廃墟などではなく、狂信者どもで構成されたテロ組織の基地の一つだ。怖がる要素はゼロだな。


 不愉快かつグロテスクなモノを目撃してしまいそうな気はするが、急ぐとしよう。キュレネイを確保したい。彼女はアスラン・ザルネのもとへと向かうだろう。『ゴースト・アヴェンジャー』は、狂信者どもから信頼を向けられているようだ。


 『ゴースト・アヴェンジャー』であるキュレネイなら、狂信者どもに話しかければ、いとも容易くアスラン・ザルネの居場所を聞けるんだからな。下手すりゃ、案内してもらえるかもしれない。


 死者の血に汚れたその階段を、オレは素早く駆け下りる。赤い『糸』もこの先に続いているからね。およそ、二階分ほどの深さはありそうだ。30段ぐらい降りた後で、鉄製のドアが姿を現した。


 コレがあるから、小屋の入り口は開けっ放しにしていたわけか。まあ、問題はない。ミアはその小さく可憐な体を、ピタリと扉に押し当てていた。そして、鍵穴にガルフ・コルテス直伝のピッキングツールを突っ込んだ。


 ミアの指が技巧に踊り、その鉄のドアの鍵穴は、すぐに降参してしまう。ガシャリ。という重たげな音と共に、解錠は成功していた。


「開いたよ」


「さすがだぜ、オレのミア」


「えへへ。罠は、ない。ワイヤー式も、紋章地雷も……見張りもいない」


「見張る必要がないからだろう。アスラン・ザルネがいる。3年前のキュレネイでさえ、勝てなかったという武術の達人。まあ、『ゴースト・アヴェンジャー』の教官ってところだ」


「……ふん。少数が雪崩込んできても、制圧されることはない。そう考えているのか」


「オレたちに都合がいいことさ。退路の一つとして、ここを確保できた」


「お、隠密行動で行くんですね?」


「そうだ。『ルカーヴィスト』どもに損害を出したいわけじゃない。彼らは、明日、戦って死ねばいいんだ」


「キュレネイを確保、アスラン・ザルネをぶっ殺す。可能なら、ルカーちゃんたちを殺さない……その認識だね」


 小さな指を三つ曲げながら、ミアはこちらを見ていた。オレはうなずく。ミアの濡れた髪を一撫でする。そして、最前列はオレだ。二番手がミア、三番手はシアン、最後尾はジャンだ。敵に退路を塞がれたときは、狼に化けたジャンが突破する。


 ジャンは、二種類のサイズに化けられるからな。二メートルほどの昔から出来るヤツと、ザクロアの戦いで身につけた4メートルサイズの巨狼モード。


 どちらにしても、牛や馬よりも、はるかに力が強い。狭い通路では、敵を押し込みながら突破することが可能ってわけだ。この通路なら、ジャンは無敵さ―――単純な力勝負になれば、『狼男』に勝る存在はヒトにはいないだろうからな……。


 とにかく、その隊列を組んで、赤い『糸』を追いかける。地下室は薄暗いが、十メートルおきに、ロウソクが立てられている。カビ臭く、壁をおおっている板は、ところどころが剥げ落ちてしまっていた。


 剥き出しの壁は、石と古いレンガが混じっている。かなり雑な工法だな。元々の持ち主は、この地下室を何のために使っていたのか?……ただの物置かもしれないし、変態的な趣味でも行っていたのだろうかな。


 地下には、牢がある。まあ、現実的な予想をすれば、狂人や犯罪者を収監する場所としても、使われていたということさ。


 田舎の村だからな。専用の監獄は無いだろう。納屋に閉じ込めるか、より罪深い悪人は、ここに収監していたのかもな。豪農は、村長でもあったのさ。年貢を払えなかったり、反抗的な小作人をここに一冬でも閉じ込めておけば、とても従順になっただろうな。


 ……辺境伯軍の捕虜でもいるかな?そんな考えが一瞬、脳裏に浮かぶが……『ルカーヴィスト』どもには捕虜を取るという風習がないのか、古くあちこちが錆びた牢屋の中には、生きている者は、誰もいなかった。


 ……『シェルティナ』の死体は、あったけどな。ヒトの皮を裂いて孵化する、赤黒い筋肉の塊。グロテスクな肉塊が、牢のなかに並んでいたよ。


「……グローい」


 ミアがイヤな顔をしてしまうが、子供ならではの好奇心も働いているらしく、ガン見していた。


「なんで、並べているんだろう?」


「……大きさが、右に進むほど、大きくなっている……研究結果の優劣で、並べている」


 金色の双眸を細めつつ、シアンはそう語る。オレも彼女の意見には賛成だった。ここの死体たちは、『シェルティナ』が完成していく過程なのだろう。


 最も左のモノは……ヒトとしての皮が裂けて、中から孵化しようとしているが―――飛び出している『シェルティナ』の部分が少ない。『フェレン』で見た、門番の恋人になっていたかもしれない女性が、化けていた姿にほど近いものだった。


「……先に進もう」


 そうつぶやいて、オレは邪悪な呪術の犠牲者たちから目を反らし、赤い『糸』が漂う地下の通路を歩き始めた。赤い『糸』は、薄暗い地下通路の空中を漂っている。その濃さは強くなっている。


 アスラン・ザルネは、もうすぐそばにいるようだ。見えるぜ。ドアがある。木製のドアに向かって、赤い『糸』は突き進む。ドアのなかに、いるってことさ。


 オレは、沈黙したまま、指を動かし、背後に続く仲間たちに合図した。獲物を見つけた、無音を深めろ。鉄靴が音を立てないように、ゆっくりと歩くのさ。もうすぐ、会えるぜ、アスラン・ザルネ。竜太刀で、叩き斬ってやるよ、お前の首をな。

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