第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その14


 オレは横たわる『ゴースト・アヴェンジャー』に、近づいていく。黄泉の眠りに沈む彼女を見ていると、キュレネイにかぶってしまう。


「……長よ。その娘は、キュレネイ・ザトーでは、ないのだぞ」


 背後からそう声をかけられて、オレはうなずく。うなずき、噛み砕いた敵の骨をグエグエと口から吐き出しているジャンに訊いた。


「ジャン。キュレネイでは、なかったが……キュレネイの気配は?」


『すみません!!間違ったというか……す、すぐに、探します!!』


 ……良くない態度だったな。ジャンは、自信が無いと言っていたのに。どうにも、オレはガキだな。ジャンの言葉は正確であり、間違いではなかった。オレには、この戦場からキュレネイ一人、見つけ出す力も無いというのに……。


「……すまなかった、ジャン。お前に、当たるような言葉になった」


『え?い、いえ……それは、問題ありません!!……も、問題というか……不思議なことは―――』


 ―――ジャンは立ち上がり血と炎で赤くなった戦場の地面に、あの巨狼の大きな鼻を向けていた。クンクンと鼻を鳴らしながら、ジャンは右を向いたり、左を向いたりする。


『……んー……?』


「……どうしたという、ジャン・レッドウッド?」


 シアンは眉間にシワを寄せながら、そこらをウロウロしているジャンに迫った。


『あ、あの……それが、変なんです』


「ねえ、ジャン。何が、変なの?」


『それがね、不思議なんだけど。ここには、その『ゴースト・アヴェンジャー』の子のにおいと、あそこの隅っこにある『シェルティナ』のにおいと…………それとは異なる、三人目のキュレネイのにおいが、するんです』


「どういうこと?」


「……長よ。まさか、この場に、キュレネイ・ザトーがいたのか?」


「……可能性はある。ジャンの鼻が見つけた情報を説明するのには、それが最も適切だろう。『ゴースト・アヴェンジャー』は、単独行動をしているようだしな」


『は、はい。この子は、一人で山の上から襲ったみたいです。気づかれたから、飛び降りて、魔術と剣で戦い抜いたんでしょうか』


「……安い鋼の剣だ。『ルカーヴィスト』どもは、ろくな武器を用意出来なかったようだな。彼女が、もっといい剣を持たされていたら……もっと多くを殺せただろうに」


 ……キュレネイと近しい存在だからだろうか、あの『ゴースト・アヴェンジャー』の少女が苦戦していたことを、どこか否定してしまう。この子の技巧を、過大に評価したくなってしまうんだよ。


 ……そうだ。


 オレは、この状況に何かを見落としている気がするぞ。この子の武器が、あの剣なのか……?そうなのか?『ゴースト・アヴェンジャー』の『真の武器』は……『戦鎌/ウォー・サイズ』ではないのか?


 死体を探す。死体の中には、両断されたモノがある。竜太刀のような巨大な鋼を使うことでしか、こんな斬り裂き方は出来るものじゃない。


 戦場を歩く……敵兵の死体を見て、考える。斬り裂かれた死体の、転がり方から、彼女の戦いを予想する。敵に気づかれ、飛び降りて、何人もを『戦鎌』で斬り裂いた。しかし、元々、昼間の戦いで疲れ果てていたのか、負傷していたのか。


 さっきのオレみたいに、敵兵の一人に『戦鎌』の刃が突き刺さり、歪んだ鎧に絞められて、抜けなくなる。小柄な彼女は、敵に囲まれていた。咄嗟に魔術を放ちながら、敵を爆撃しつつも、左腕を斬られたのか?


 とにかく、攻撃された彼女は『戦鎌』をあきらめるしかなかった。そして、彼女は剣を抜いて最期まで戦い抜いてみせたが――――――『戦鎌』は、消えた?……いや、キュレネイが回収したのだ。


「……キュレネイは、確かにここにいた。『ゴースト・アヴェンジャー』の真の武器である『戦鎌』を回収した。そして……ああ、この足跡は、女のだ。キュレネイのだろ?」


『は、はい!!キュレネイのにおいです!!間違いない……間違いありません!!だって……だって…………ッ。クロケットの、においが……まじってます……ッ』


「……昼に、皆で食べたヤツだな……ッ」


 『パンジャール猟兵団』で集まって、皆で食べた、あのクロケットか……キュレネイの顔が浮かぶ。おいしいであります。あの声が、心のなかに響いて来る。指で、口の両端を持ち上げて作った、あの笑顔が見える……ッ。


「……キュレネイは、どこにいったのッッッ!!?」


 ミアの叫びに、オレは動く。探さなくてはならない。キュレネイを見つけるんだ。彼女の小さな足跡は、木の杭に向かう……縄がくくられているな。ああ、アレは―――。


「―――馬の繋ぎ場だ。あそこに、足跡は続いているぜ」


「……では、キュレネイ・ザトーは、『馬を盗んだ』のか」


「う、馬を盗んだ?……でも、そんなことをしても、ここから森のなかには馬で降りられないし、森のなかはけっこう狭くて、暗いもん。馬が走れるのは、この『山道』しかないし……?」


『道に、においは続いています!!』


「ああ、そうか。考えたな、キュレネイ。彼女は兵士の鎧を盗んで、そいつを着た。その姿のまま馬を奪って、それに乗ったのさ……『戦鎌』を背負ったまま」


「『戦鎌』って?」


「『ゴースト・アヴェンジャー』の武器だ。どんな武術も使える、キュレネイ・ザトーの、最強の武器なんだろう」


 だからこそ、わざわざ回収したのさ。


「どんな、武器なの?」


「大きな武器だ。竜太刀並みの重量はある。柄が長く、片腕で扱うような武器じゃないのさ……あの兵士の鎧に、突き刺さっていたのを、キュレネイが引き抜いて持ち去った」


『で、でも、そんな特徴的な武器を背負っていたら、兵士に変装しても、バレません?』


「槍のように見せかけたのかもしれない。背中に背負い、鎌の部分を馬体に沿わせる。そうすれば、この闇に紛れさせられるかもしれん。キュレネイもオレと同じように、瞳の色も髪の色も変装魔術で変えられるしな……生粋の人間族に化けるのは、上手だよ」


「つまり。兵士に化けて、堂々と馬に乗って、北に向かったってこと?」


「だろうな」


 さすがはキュレネイ・ザトーだと感心してしまう。彼女は『ルカーヴィスト』の夜襲を予想していたのだ。


 100と50の規模ならば、50の兵力が集まる拠点を襲撃すると。そこを目指して、ここに来ていた。『ゴースト・アヴェンジャー』がここを襲撃した際に、彼女は『戦鎌』を回収して、そのまま走り去る敵の騎馬に紛れて北へと逃げた。


 次の拠点までは、安全に逃げ切れるだろう。そして、拠点には敵の騎兵と連れだって侵入出来る……そこからは、また馬を加速させて北へと走ればいい。防衛拠点とは、攻め込む者を警戒するように出来ているが、出て行く者に対しては警戒が薄い。


 混沌とした状況なら、無理やりに突破することも可能だろうさ。男どもばかりの辺境伯軍の騎馬よりは、女の彼女のほうが、軽く、そのスピードは速いはずだからな。追いかけられても、逃げ切れる。


「キュレネイは、上手くすれば辺境伯の拠点、二つ分を走り抜けられるだろう」


『お、追いかけましょう!!急いで、走って!!ああ、な、何なら、ボクに乗ってくださいッッ!!』


「落ち着け、ジャン。ヒトの姿に戻れ。ゼファーを呼んでいる」


『そ、そっか……キュレネイの、逃走ルートは、分かっているんだ……」


 ヒトの姿に戻りながら、ジャンはそう呟いた。


「……このまま、まっすぐ、直進する。軽装騎兵の早馬で……だな」


「全力疾走だからな。もう、何キロも離されてしまっているだろうが、問題はない。ゼファーなら、すぐに追いついて見せるさ……」


『『どーじぇ』ええええええええええっっ!!』


 愛らしい声が夜の曇天から響き、雨粒を吹き飛ばすほどの羽ばたきの風が、辺境伯軍の破壊された拠点を襲った。幾つものテントが、その風に吹き飛ばされていくなか。竜は地上に帰還する。


『ちゃーくちっ!!』


 ズシンと揺れる地面の上で、ゼファーは金色の瞳をまばたきさせながら、こちらを向くんだよ。


『さあ、みんな、のって、のって!!きゅれねいを、おいかけるよ!!』


「うん!!ゼファー、お願い!!」


 ミアが勢いよく走り、ゼファーの背中に跳び乗っていた。オレたちも可能な限り早く、ゼファーの背に乗ったよ。


『みんな、のった?』


「ああ。飛んでくれ、ゼファー!!」


『りょーかいっっ!!』


 ゼファーは素早くダッシュして、山道の側面から飛び降りる。崖みたいな斜面だったからな。高低差がそこそこある。羽ばたくよりも、この高さを使って滑空した方が、よりスピードを得られると考えたのだろう。


 いい飛び方だった。


 雨を含む、重たい空気を翼で打つよりも、滑空を選んだ方がいい。ゼファーが積んできた飛行の経験が活かされている判断だ。熱くなり、感情的になり過ぎているオレよりも、ゼファーの方が今は優れた判断力を示せそうだ。


 ……そいつは、竜騎士として、『ドージェ』としては失格なことかもしれない。だが、『家出娘』を探さなくてはならんからな。細かいことは、今は考えない。戦場を見下ろす。


 雨は、さっきよりも強くなっている。ジャンの鼻は妨害されているだろうが、それでもクロケットのにおいを追いかければいい。


「ジャン!キュレネイのにおいは、追えるな!!」


「はい!北に……北に向かっています……っ?」


「どうした?」


「あちこちで、ほ、炎が上がっています……っ」


 戦場を見渡す。ジャンの言葉の通りだった。この山岳地帯のあちこちで、雨だというのに火の手が上がっている。


 辺境伯軍の拠点に対しての襲撃は、同時多発的に行われたのだろう。より多くの混乱を招き、的の対処を遅らせる手法だろう……『本命』が、どれなのかを惑わせる手法でもある。


 どれもが、『本命』であるかもしれない。この攻撃は、『ゴースト・アヴェンジャー』の命を費やす、彼女たちの最後の攻撃だ。


 火の手が上がっているのは、9カ所ほど。


 山道にある全ての辺境伯軍の拠点と、辺境伯もいるであろうヤツらの本陣までもが、襲撃されているというわけだな。


 上手くすれば、300人近くは、彼女たちだけでも敵兵を狩れるだろうよ。拠点の全てに、健康な兵士ばかりがいるわけじゃないから。


 上手くすれば、生き延びる者もいるさ……しかし。炎か。灯りのための松ヤニと油が入った樽を、どこの拠点でも攻撃している。弔いの火のようにさえ、見えるな。


 雨が降るせいで、感傷的になっているのかもしれん。このじっとりと降る雨は、オレの最も悲しい記憶を呼び起こしてくるからな―――。


 ガルーナが燃えた日に、オレの祖国の空は涙雨を降らせたから。


 ……しかし、これは、竜と魔王の国が滅びたことを嘆く、亡者の涙ではない。


 軍事作戦の一環だ。意味がないことを、するのか……?いいや、そうではないはずだぞ。ガルフ・コルテスは、いつだって言っていた。戦場は悪意が支配する。合理的な悪意がだ!ならば……この、たくさんの炎にも意味はあるはずだな。


 ……『予言者ラナ』は、この夜、雨が降ることも『予言』していたのだろうか?……天候を読めば、戦いは有利になるもんだぜ。ああ、夜が深まる。曇天は星と月の光も呑み込んで、禍々しい渦を巻いている。


 深い夜が来るぜ。


 真っ暗な、夜が来る。灯りが消え去り、真っ暗になる夜だ…………この暗がりに、『何か』を潜ませているのか……?

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