第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その15
渦巻く雲から降る雨は、その激しさを増していく。空が重くなる。ゼファーの翼が空を打つペースが増えていた。
ゼファーは山道を追いかける。キュレネイの馬を探す。馬は走り回っているな。どこの拠点も攻撃を受けているせいで、大混乱だ。しかし、地上のあちこちで燃えていた炎は鎮火作業と、強い雨のおかげで小さくなっていったよ。
……戦場が暗くなっていく。
この暗がりは、多くの亜人種に有利には働くだろう。貧弱な『ルカーヴィスト』たちの防御が増す。闇に身を隠せるからだ―――しかし、逆に言えば、強兵ぞろいの辺境伯軍と接近戦をする必要も出てくるな。この雨と闇では、エルフの弓矢でさえも、軌道が鈍る。
混戦に持ち込む。
弱兵が強兵の群れに対して、インファイト?……あまり進められるものではないな。
「ジャン、キュレネイは?」
「スゴい速さです。馬に、何か特別な薬を使ったのかもしれません。あ、あるいは、二頭目を盗んで、乗り替えたカンジです」
「どのあたりなの?」
「もう、三つぐらいは拠点を突破しているかも?く、暗がりに乗じて走り抜けているからね……このままだと、敵の、ほ、本陣にも達するハズ」
「……暗闇と、混乱……奇襲には、持って来いだな」
「キュレネイは辺境伯の首を欲しがっているのか……?」
アスラン・ザルネの首を狙っていると考えていたが、いや……どちらも狙っている可能性がある。この状況は、たしかにチャンスではある……辺境伯の本陣、その背後の守りは、いくらか薄いだろうからな―――。
「―――ヤツらが占拠しているのは、山の中腹部の丘の上だ」
「……つまり、天然の、城塞か」
「ああ。北東から攻めるには、ちょっとした段差がある。そこに、柵でも打ち込めば、十分な砦になるってことさ。大なり小なりの罠も仕込めば、かなりの防御力だ」
「しばらく敵は動いていないんだよね?その作業をする時間は、たっぷりある!」
「そういうこと。辺境伯軍は、精強だ。よく訓練されているし、物資も十分に運びこんだはずだ。短期決戦だからな、食糧よりも、今夜だけもてばいい簡易な防衛陣地を築くための柵の材料を。今夜、怖いのは『シェルティナ』の特攻だけだからな」
「……しかし、対応されている。絶対の自信があるなら、偵察兵に、見せる」
「ああ。防御を固めたことを『あえて知らせて』、『ルカーヴィスト』の攻める気持ちを折りにかかる……柵で、一瞬でも『シェルティナ』を止められるなら、弓矢を浴びせて槍を突き立てられる」
「で、でも。柵って、騎兵を止めるヤツですよね?……な、なんだか、ここまで圧勝しているのに、ここで使っちゃうんですか?」
「ハイランド王国軍には、騎兵は少ない。つまり、ここで使ってしまっても問題はない」
「……『虎』の、双刀は……馬上では、威力を発揮しにくいからな」
そうだ。『虎』の双刀は、馬の上ではリーチが短いからな。肉弾戦では、脅威的な強さを発揮するがね。馬上では、その攻撃力も半減するのだ。
それに、ハイランドは森林と、高台……騎兵の威力を殺しまくる土地が多い。大メシぐらいではない、荷運びようの短躯で小柄な、そういう馬ばかりが重宝されて、騎兵は育たなかった可能性もある。
ハイランドの土地で、騎兵が多くても、あまり使い用がないのは事実だからな……。
「じゃ、じゃあ。ちょっと、ボクたちには、ラッキーな展開ですね。騎兵止めの柵を、ここで使ってくれたなら」
「まあな。その上、辺境伯がハイランド王国軍に、どんな戦い方をしたいかも予想がついてくる……」
そもそも、陣地を構築することを避けるということだ。砦ならばともかく、荒野に即席で作ったような陣地の防御は貧弱だ。そんなものを『虎』に夜襲されたら?……一晩で全滅だな。
辺境伯は、防御には西の砦を使いたいのだろう。砦ってのは基本的に攻めにくく、ハイランド王国軍対策に、二重三重の土塁やら城塞が設置済みだからな。ハイランド王国軍でも攻略には時間がかかる。
防御は砦に任せ……攻撃は日中に限定し、平野部での騎兵による攻撃ばかりを行い、夜は距離を取って攻撃しないかもな。『虎』と言えども、騎兵に追いつけるのは一瞬……遠征のあげく、馬と競走なんかしていたら、体力がもたない。
辺境伯ロザングリードは、そもそもハイランド王国軍に『勝てる』なんて『思っちゃいない』のさ。撤退してもいいから、時間をかけて弱らせればいいと考えている。粘れば、他の地域から帝国軍が動くだろう……。
精強かつ大軍である、ハイランド王国軍。『それ』と対等な状況でぶつかれば、帝国の侵略師団も『質』で負けてしまう。だからこそ、警戒して、今まで、ハイランド王国と距離を開けて来た。
この土地に10万集めても?……ハイランド王国軍6万との決戦になれば、双方全滅になれば、敵サンとしては上出来だ。だが、もしも、ハイランド王国軍が2万の損害で、10万の帝国兵を殺してみせたら?
すでに三つの師団を失っている帝国軍は、回復しがたい痛手を喰らうことになる。ハイランド王国軍に、どこまでも領土を食い破られると考えているだろう。『元気なままのハイランド王国軍に、大軍をぶつけることは避けたいのさ』。
当然だ。武術の達人ばかりで構成された軍隊など、反則級の強さに決まっている。しかも元・『白虎』たちは己の名誉回復のために、死をも厭わない心理状態だというのだからな。こんな軍隊に、誰が勝てるというのだ……?
……帝国からすれば、『ヴァルガロフ』も辺境伯軍も、『使い捨ての盾』でもいいという考えなんだよ。
ロザングリードが『一度』、負けたとしても、それは完全な敗北ではない。時間を稼ぎ、ハイランド王国軍を疲弊させて、大軍で包囲しやすい『ヴァルガロフ』にハイランド王国軍を『駐留させられたら』?
第二ラウンドは、帝国側の有利な状況でスタートする。
帝国の侵略師団の一つと共に、帝国で最もこの土地に詳しいロザングリードは兵士を引き連れて戻って来るだろう。
そして、ロザングリードの助言に従い、侵略師団は容易く『ヴァルガロフ』を奪還するかもしれない。ゼロニア平野は軍隊が動きやすい土地だ。攻撃に向き、防御に向かない。大軍を運用出来る帝国軍は、『ヴァルガロフ』を包囲攻撃するかもしれん。
アッカーマンが生きていたら、その戦ではロザングリードに手を貸しただろう。『ヴァルガロフ』内で、ハイランド王国軍に陽動をかけることも出来たから。アッカーマン亡き今でも、アッカーマンのポジションに成り代わりたい者は、大勢いるだろうさ。
内側から妨害されて、外側を包囲されれば、最強のハイランド王国軍と言えども、敗北は必至だ。そのまま敗北し全滅することを避けて、ハント大佐は祖国に引き返す可能性が高い。
ゼロニア平野の『次の支配者』は、ハント大佐であるのは、ほぼ確実ではあるが―――『その次の支配者』は、ロザングリードである可能性もあるのだ。
西に撤退し、守りの姿勢になるハント大佐の前で、ロザングリードは今までと同じように、あるいは今よりも大きな権威と権益を手にする可能性がある。
もしも、そうなれば?
……元々は、ファリス帝国と親交のあるハイランドだからな。帝国は、一時的な休戦条約でも持ちかけるかもしれない。
ハント大佐も内政を疎かには出来ない状況ではあるからな。もちろん、ハント大佐は断るだろうが―――彼の部下や、王国の上層部は不満を抱くかもしれないし……何より、『自由同盟』の国々が不安がるだろう。
ハント大佐が生きているあいだはありえないはずだが、ハイランドが帝国と親交を結び直し、帝国軍の通過を許したら?……アリューバもザクロアもお終いだ。
その後で、陸路と北の海を使い、大量の軍勢が『自由同盟』の土地を北から順に殲滅していく可能性も出てくる。
……辺境伯ロザングリードが、ハイランド王国軍と戦い、時間稼ぎに成功すれば、この悪い流れが実現する可能性がある。
『自由同盟』は小国の同盟であり、出来たばかりで歴史も浅く、友好国ばかりというわけではない。ザクロアとアリューバは古来からの敵であるし、グラーセス王国は鎖国を貫いて来たために、他国から外交的な信頼はないのだから。
オレたちにとって、ロザングリードと辺境伯軍という存在は、排除すべき敵の一人じゃあるんだよ。
だから……キュレネイは、全力でヤツの首を斬り落としに行くのだろうか?
そう判断しても、全く不思議ではない。ヤツのいるであろう本陣は、北と東には分厚いが、南からの山道に対しては防御が薄い。キュレネイの単騎駆けでも、ヤツに接近して仕留める可能性は少ないものの、あるわけだからな―――。
「―――辺境伯軍の本陣に向かうぞ。キュレネイが行くというのなら、オレたちも行く。彼女の援護をしてやるべきだ」
「そうだね!単独で、敵陣に突っ込むなんて、ムチャすぎる!……特攻とか、させちゃダメだよ。私たちも攻撃すれば、敵を混乱させられる……その隙に、どうにかキュレネイを見つけて、確保しよう!」
「あ、あそこに攻撃仕掛けながら、キュレネイも確保するの?……そ、それって、む、ムチャ過ぎないかなあ?」
「ムチャでもやるの!……キュレネイが逃げるのなら、麻痺毒でも何でも使って、縛ってでも、無理やりに連れ帰るの!!」
ミアは雨が落ちてくる夜空に向かって、拳を突き上げながら宣言する。たしかに、ジャンの指摘も分かるが、オレはミアの言葉に賛成だ。
「『ルカーヴィスト』が何を仕掛けてくるのかは分からんが、それに便乗することが出来れば、辺境伯の排除も、キュレネイの確保も同時に行うのはムリではないだろうな」
「……アスラン・ザルネの策は、読めないのか?」
「同時に、あちこち攻撃しているだけだからな……強いて言えば、やけに燃えていたな。物資を破壊したいのかもしれないが、ムダに燃やせば闇を利用しにくくなる」
「……そうなったとしても、燃やすことを、目標にしたのか」
「そうだろうな。ヤツらは少数だから、複数の目的の達成よりも、一つの何かに集中するさ……何を、燃やした?……戦場に、何か変化は起こったか……?」
「さっきは、スゴく燃えていたけど……今は、雨のせいか、とても暗いよね?」
「松ヤニとか油が入った樽が『炎』で壊されて、も、燃えていたからね……でも。雨が強まったおかげで、火事も消えちゃって…………あれ?」
「どうしたの、ジャン?」
「……キュレネイに似たにおいが、ち、近づいて来てるんです……」
「キュレネイに近づいているからだろ?」
「い、いえ……そうじゃなくて……『こっち』に、来てる……?」
『……ッ!!『どーじぇ』、みんなッ!!……おそらに、なにかいる……ッ!!』
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