第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その7


 浮かない顔でカミラが帰還する。


『み、見つかりませんでした……っ」


 『コウモリ』から、ヒトの姿に戻りながら、彼女も目をこすった。


「泣くでない、カミラ。一つの可能性を、我々は発見したのだから」


「え?な、なんですか!?」


「……北の戦場に、キュレネイが単独で乗り込んだ可能性だよッ!!」


 ミアは夕焼けが始まった空をにらみながら、そう宣言する。


「そ、そんな、た、大変じゃないですかああああッッ!?」


「……だが、可能性は、否定できん。アスラン・ザルネを、仕留めに行ったのだ」


「ザルネ……!?ど、どこの悪人ですかっ!?」


「……キュレネイの師匠のような存在だ。キュレネイを洗脳し、操れる可能性がある、ほとんど唯一の人物だ」


「そんなヤツがァ……ッッ!!」


 カミラの怒りと共に、『闇』の魔力が昂ぶっていく。凶悪なまでの魔力と、荒々しい波動を感じる……今のカミラは、200人の雑兵がいても倒せないさ。カミラの闘志に呼応するように、猟兵たちは殺気立つ。


 アスラン・ザルネがこの場にいたら?


 ……一秒以内に、細切れにしているだろう……ッッ!!


「み、みなさん!!冷静に!!……あくまで、可能性ですよ!!……焦る気持ちは、痛いほどに分かりますが、ここは冷静に動くべきです」


 ククル・ストレガが殺気立つオレたちに、そんな助言をくれた。たしかに、ククルの言う通りではある。あくまでも、可能性だ。


「……と、とにかく今は、状況を整理しましょう。キュレネイさんが、北に向かったとして、どういう手段を取れるのでしょうか?」


「……移動方法のことか、長の妹分?」


「はい。そうです。ゼファーちゃんに乗れば、ソルジェ兄さんにバレてしまいますし。北の山岳地帯までは、かなりの距離がありますが」


「徒歩ではあるまい。馬での移動だ」


「馬っすか?……並みの馬なら、ここからなら、丸一日以上はかかりそうっすよねえ」


「……いや。そうとは限らんぞ?」


「どういうことです、ソルジェさま?」


「『アルステイム』の、連絡網がある。彼らは、早馬を用い、北部の戦場と、高速で移動出来るルートを構築しているはずだ」


「なるほど。戦場の情報を、集めてくるわけっすねえ?……なら、早馬のリレー方式?」


「用意しているだろうな。各地に、早馬を配置しておき、それを乗り継ぐことで、かなりの短時間で北と『ヴァルガロフ』をつなぐルート。そういうものを、『アルステイム』なら作っているさ」


「ふむ……ならば、それを使って、北に向かったのだろうか?」


「ああ。『アルステイム』とオレたちは、協力関係だからな」


 ―――ニコロ・ラーミアと組んでいるのなら、キュレネイはその高速の移動方法を使わせてもらえるだろう。女で身軽なキュレネイなら、早馬の速度も保たれる……。


「……馬の配置と、その数次第だろうが……場合によれば、数時間で、到着するか」


 地図を広げながら、シアン・ヴァティはそう語る。そうだ。全力疾走する早馬を、乗り継げば……こちらの予想を超えるほどの速さで、北の戦場にまで入れるだろう。


「……それじゃあ、役割分担しようッッ!!」


 ミアが宣言する。


「どういうことっすか、ミア?」


「ギンドウちゃん、私たちは、たくさんの仕事があるよね?」


「まあ、難民どもの護衛だけでもゲロ吐くレベルでハードっすけど。オレのは、『南』関連っすけど、一応、あっちはバトンタッチ済みだし……」


「うん。『南』はおいといて、とりあえず、『西』にある敵の国境。ここにいる連中にも、陽動をかけないといけないよね」


「メンドイっすけど、そんな作戦っすねえ。そのあとは……北の山岳地帯から、テロリストを狩り尽くして戻って来る、辺境伯軍のお相手っすね」


「うん。本来は、『援軍』で足止めしておくだけの予定だったけど……ドワーフさんのマフィアが、手を貸してくれるから、殲滅しちゃうんだよね?」


「ああ、そうだ。『援軍』と『マドーリガ』と『アルステイム』……この三者の連合で、辺境伯軍を仕留める」


「……北に行くメンバーは、その戦に参加する人たちが、都合がいい。きっと、キュレネイを連れて、北から戻る頃には、辺境伯軍も南下してくるもん!」


「たしかに、軍隊とカルトじゃ、戦力が違うっすもんねえ」


「ああ。勝敗は火を見るよりも明らかだ。『ルカーヴィスト』どもが、一体どれぐらい、持ちこたえられるかってとこだな」


「……だから、キュレネイを見つけて、北から戻り次第、偵察した情報をソコに伝えて、すぐ戦になるから……えっと―――」


「―――『北に行くチーム』、『西で小細工しかけるチーム』、『マフィア軍』と作戦を練るチーム……それら三つに分かれるってことっすねえ?」


「そう、言いたかったの、それ!!ゼファーが、ジャンを捕まえて戻るよりも先に、役割分担を決めておくの!!ちょっとでも、早く、キュレネイを追いかけるために!!」


「なるほど。その通りだな……では、ソルジェ。決めてくれるか?」


「……ああ。まあ、大体決まっているコトも多いからな、今、決めるか……まずは、『マフィア軍』……っていうか、『ヴァルガロフ軍』に派遣するのは、ガンダラだ」


 辺境伯軍との戦の仕方を、ガンダラが教え込む。これは外せない。今夜の内にでも、ガンダラはテッサ・ランドールのもとに行くことになっている。


「次に、『西で小細工しかけるチーム』だが……リーダーは、オットー。作戦を指揮出来る能力は、彼が一番だろう」


「そうっすねえ。オットーさん、マジメっすもーん」


「これは、少人数での妨害工作になる。『コウモリ』の反則的な力も要る」


「……じ、自分っすね!」


「そうだ。カミラも、外せない」


 砦への侵入能力の高さは、昨夜証明済みだ。カミラ・ブリーズの侵入・妨害工作は、誰にもマネが出来ない。


「そして、爆弾による破壊工作もな。つまり、ギンドウ、お前だ」


「……了解っすわ。北の山んなかを走り回る体力は、ねえっすもん!」


「ここは三人でいい。暴れ回って、『砦に対する攻撃があるように見せかけるだけ』だからな。まあ、ハイランド王国軍のサポートもあるから、難しくはないし、ムリをする必要もない」


「……分かりました!ギンドウさんと、オットーさんを、自分が守ります!」


「頼むぜ」


「ふむ。ならば、他の者が全員で、ゼファーに乗り、北に向かえばいいわけだな?……ソルジェ、私、ミアとシアン姉さまとジャンと、ククル」


「……ううん。リエル。それだと、多い」


「多い?」


「うん。残念だけど、ジャンの鼻があれば、そんなに人数はいらないよ」


「……たしかに。口惜しいが、ヤツの鼻には、勝てんな」


「だから……四つ目の仕事を、すべきだよ」


「四つ目の仕事?」


「うん。可能性は少ないとはいえ、この難民さんたちの行進を、敵軍に攻められる可能性もある……ジャンもゼファーも、いなくなると、敵の接近を把握しにくくなる。そんなの、みんなスゴく不安になるもん」


「……ふむ。確かに、ここを守る者も要るな」


「……キュレネイを見つけるのは大切なことだもん。でも、私たちは、猟兵!『パンジャール猟兵団』は、お仕事も達成するべきだよ!!……さっきは、一瞬、忘れちゃっていたけど……ここの皆を守るのも、私たちの仕事!!」


「……そうだな。それが、オレたちのすべきことだ」


 キュレネイ・ザトーを見つけて、連れ帰るのも大切だが……この難民たちを守ることも大切な仕事だ。猟兵が、全員が、離れるわけにはいかない……。


「……ミアよ、言わんとすることは、分かったぞ。ソルジェよ……私と、ククルがここに残ろう。私は、ストラウス隊とのコンビネーションもあるし、この辺りの土地を見回り、地図も読み込んでいる。敵の偵察兵を、狩り尽くすのは、私が適任だ」


「ああ。頼めるか」


「うむ」


「わ、私も、ここにですか?」


「そうだ。ククルよ、ついさっき、確実に証明されたが……お前は我々よりも、かなり賢いし、冷静ではないか?」


「そ、そんなことは……」


「謙遜するな、事実だぜ。お前がここを守ってくれるなら、オレたちは安心して仕事に迎える」


「ソルジェ兄さん……はい!わかりました!!お任せ下さい!!…………で、でも」


「なんだ?」


「……北に、キュレネイさんが向かったことが、前提で、ハナシが進んでいますが?他の可能性は、考えなくても、いいのでしょうか?」


「くくく!……猟兵の勘ってヤツと、キュレネイとつるんだ時間のおかげかね。キュレネイは、絶対に、そうするだろうなって気がしているのさ。そうだろ、みんな?」


 猟兵たちはうなずいたよ。ガルフ・コルテスの教えを、オレたちは受け継いでいる。もしも、自分が死なねばならない時が来たのなら―――どうにもならなく、追い詰められてしまった時が来たのなら。


 『パンジャール猟兵団』の『敵』を、一人でも多く道連れにして死ぬ。それが、仲間への……『家族』への、最後の愛情表現だと、オレたちは知っているのさ。悲しいことであり、誇らしいことでもある。オレたちは、最強の傭兵―――猟兵なのだ。

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