第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その6
ゼファーに乗り、オレは上空へと向かう。魔眼の力を使う。全力でな。周辺を飛び回りながら……オレは、情報を探す……情報を探すが……移動する難民たちしか、オレは見つけることが出来ない。
他には、何も見つけられなかった。
「……クソッ!!」
『……『どーじぇ』……』
「……すまない。お前に、怒鳴ったんじゃないんだよ、ゼファー。オレは、自分に腹を立てているんだ」
『……きゅれねいの、まりょくも、あしあとも……わからない……』
「……オレたちでは、キュレネイを探せない。そうだ、ジャン……ジャンの鼻なら、彼女を追いかけられるはずだ……ッ。ジャンは、どこだ!?」
『さがそう!!』
ゼファーが難民たちの行進に向かい、高度を下げていく。その行進の上空を飛びながら……ジャン・レッドウッドの姿を探した。しかし、ジャンまでいない。
『……じゃん、いない……?』
「おかしいな。あいつは、周辺の警戒に出ているはずなのに……そうか」
『え?なに?なにか、わかったの、『どーじぇ』?』
「キュレネイは、賢い子だ。ジャンがいれば、追跡されることも理解しているはずだ。だから、おそらく……ジャンをどこかに追い払っている」
何か適当な命令を、ジャンに与えている可能性があるな。たとえば、『ヴァルガロフ』まで走って、道が安全なのかどうかを確認してこいとか。あるいは、背後を警戒するために、無意味なほど広範囲を警戒して来いとか……。
キュレネイは賢いから、ジャンを騙すなんて朝飯前だ。ジャンも、ヒトを疑うようなヤツじゃないし、キュレネイの命令に逆らうような立場じゃない。ジャンは、オレたちの中で一番の下っ端なのだ。他の猟兵の命令に、逆らうことはない……ッ。
『じゃ、じゃあ。じゃんは、とおくを、はしらされているの……?』
「おそらくな。冗談みたいに遠くまでマラソンさせられているかもしれない」
……もしかして、ギンドウたちの作った、『アレ』を運ばされているのか……?可能性もあるな。『アレ』は、すごく地味だが……『南』の作戦には、重要な道具ではあるんだ。
馬で運ぶ予定だし、今ごろ、それなりに南に行っているはずだ。まいったな……。
どうする?
ゼファーに、追わせてみるか?……確かな情報ではない。ただの勘でしかないぞ?……しかし、ジャンがいなければ、彼女を追いかける確実な手段はなさそうだ。アレキノやラナたち、『予言者』に頼る……不確定だな。
あの二人は、キュレネイ・ザトーに深い感情はないだろう。ラナに至っては、キュレネイを予言出来るのかも、よく分からない。
「ゼファー!地上に降りてくれ!……オレは、仲間たちと情報を共有する」
『ぼくは?』
「南に向かってくれ、ジャンがいるかもしれない。いたら、連れ戻してくれ!!」
『らじゃー!!』
ゼファーは低空を飛行し、オレはそこから『風』を体にまとわせながら飛び降りる。ゴロゴロと地面を豪快に転がりながら落下のダメージを分散させ、その回転の勢いを使い立ち上がると、荒野を走る。
見つけているぜ、『マージェ』を!!オレの正妻エルフさんであられる、リエル・ハーヴェルちゃんをな!!彼女、馬に乗っているぜ!!
「ど、どうしたのだ、ソルジェ!?」
「ちょっと緊急事態だ」
そう言いながら、オレも彼女の馬に乗る。彼女の背後に、座ったよ。
「敵か?」
「……いいや。もっと難しい……リエル、お前はキュレネイを見ていないか?」
「ん?そういえば、一緒に昼寝をしていたが、いつの間にかいなくなっていたな」
「……そうか」
「どうかしたのか?」
「……面目ないハナシになるんだが、ちょっと聞いてくれるか。他の仲間たちのトコロに、馬を走らせながら」
「うむ。分かったぞ」
「助かるぜ」
リエルの馬の背に揺られながら、オレは彼女の長い耳に事情を説明する。バカな男だと幻滅されるかと考えていたのだが、そこまでクソ野郎とドン引きされることはなかった。
「……なるほどな。たしかに、褒められたハナシではないが、事情は分かった」
「……情けないハナシだよ。オレは、キュレネイを裏切っている」
「考え過ぎている。キュレネイを守ろうとしただけだ。それに、そうしなければ、『アルステイム』も納得しなかっただろう……」
「ああ……そうだが、この結末を招いたのは、オレのミスだ」
「そうかもしれん。でも、落ち込むな。落ち込んでも、何も状況は改善されないのだからな」
「……ああ」
「す、すまぬな。ちょっと、語気が強くなってしまったか?……お、怒っているわけではないのだぞ?……お前が、落ち込みすぎているから、励ましてやりたかったのだ!」
「励まされているよ。ありがとう、リエル」
「……うむ。それならば、良いのだ!……あ!シアン姉さま!」
馬に乗るシアンがいた。彼女もだが、ゼファーの動きを見て、猟兵たちは集まりつつある。最後尾を守るオットーと、先頭を歩くガンダラは、配置を変えることは無かったが、他の連中は全員集合してくれたよ。
あの薄情なギンドウさえも、この場所に来てくれたのだ……ギンドウは、ジャンという『乗り物』がいないことを不満に考えていたらしいが、理由はどうあれ、来てくれただけでありがたい。
オレは全員に事情を説明する。
「……なるほど。そんなことが起きていたんすか。あのキュレネイが、団長を暗殺?ないっすねえ、そんなことは……」
「ああ、そうだよ。それなのに……オレは」
「……私も、見張っていれば良かった。あまり、キュレネイに張りつけば、勘づかれると考えていたが……そもそも、皆で、共有すべき予言だった」
「シアンさん……でも、ソルジェさまと、シアンさんの判断も分からなくはないっすよ。キュレネイちゃんを、追い詰めてしまうことになった可能性は、あったわけですし……」
「……今は!……落ち込んでいる場合じゃないよ!……反省も後!……今は、キュレネイを探すのが先!!」
ミアが涙目になりながらも、そう主張してくれたからね。オレの脳みそは、前向きに考えることが出来た。そうだ、キュレネイを探さなければならない。
「……彼女を最後に見かけたのは、メシ食って寝たあたりか?」
「そうだな。皆で、一緒に昼寝してしまった……だが、私が起きたときは、すでにキュレネイはいなかったぞ」
「リエル、それは、どれぐらい前だ?」
「……むー。一時間近くは前だな……今、夕方の5時前だから、4時ぐらいだろうか」
「……一時間以上は前か……二時間前かもしれないということか」
「……ニコロ・ラーミアを、尋問するか」
「やめとけ、シアン。あいつはこの件に関しては、死んでも無言を貫く」
「……む。そうか……」
「……手がかりは、無さそうですね。ジャンくんがいれば、鼻で追跡出来そうですが」
「ジャンも行方不明だ」
「ジャン、この肝心なときに……っ!!」
ミアがジャンにキレている。カミラは、そんなミアの頭を撫でてやっていた。ククルは挙手しながら発言した。
「あ、あの。ソルジェ兄さん」
「なんだ?」
「……もしかして、この難民の列に隠れている可能性とか、無いでしょうか?」
「盲点だったな。ヒトを隠すには、ヒトの中か……」
「これだけ、たくさんのヒトがいれば、その中に隠れることで、追跡を逃れられるかもしれません。ソルジェ兄さんや、ゼファーちゃんから、逃げおおせることは、かなり難しいです。私なら、そうしながら、隙をうかがうかも……」
「……『私』、ちょっと『コウモリ』に化けて、人混みの上を飛んで来ます!!』
カミラが無数の『コウモリ』に化けて、難民の列の上空へ向かって飛んで行く。『コウモリ』になっているときのカミラ・ブリーズは、無数の視野を持っている。あの人混みを探すのには、持って来いの能力ではあるな。
「……でも。お兄ちゃん……キュレネイは、カミラの『コウモリ』も知っているよね?」
「対策するかもしれないな。しかし、今は消去法でもいい。探すべき場所が減れば、ありがたい……」
「……やはり、決め手は、ジャン・レッドウッド。あの、鼻血オオカミめ、どこを、ほっつき歩いているッッ!!」
「無意味にはうろつかないさ。キュレネイの策だ……」
「……じゃ、じゃあ。ソルジェ兄さん」
「なんだ、ククル?」
「その、別のアプローチで問題解決を目指すのは?」
「別のアプローチ?」
「キュレネイさんの行動を、予測するんです」
「……キュレネイの、行動…………『予言者』の予言を、回避するには……」
「あるんですね!?どんなことをすれば!?」
「……その予言に出て来ている、『ゴースト・アヴェンジャー』を……つまり、キュレネイを、『殺す』ことだ」
「え……」
「わあああああああんんッッ!!キュレネイっっっ!!!」
ミアが泣いてしまう。泣きながら、リエルに抱きついていた。リエルはミアの頭を撫でてやる。
「……りえる、りえる……っ。きゅれねいが、じさつしちゃうよう……っ」
「……大丈夫だ。キュレネイは、そんな愚かなマネはしない」
「……うんっ」
「す、すみません。軽はずみな提案を、してしまって……」
「いや。謝ることはない。それに……いい考え方なんだ。キュレネイの考えを読む。つまり、行き先や、居所を予測出来れば……捜索は容易くなる」
「……そうですね。では、キュレネイさんが自殺すること以外に、その予言を回避する方法は、ありませんか……?」
ククルの言葉に、オレとシアンは顔を見合わせた。
「……長よ」
「……ああ。もしかしたら」
「な、なに!?どんなことがあるの!?どこ探せば、キュレネイ見つかるのっ!?」
「キュレネイが、裏切ることはない。あくまでも、自分の意志ではな」
「……だが。『ゴースト・アヴェンジャー』らは、何か、特殊な措置を受けている」
「特殊な措置、ですか?……それは、一体?」
「呪術や、薬物による、心身の『改造』のようだ」
「……っ!?」
「『変異するほどに有能』……そういう言葉を、彼らの一人、『首狩りのヨシュア』は語っていた。キュレネイもだが、彼らは、どこか精神や感情の面で、不安定さがある」
「……脳を、改造されているわけですね」
「その可能性はある。手段は、分からんが……彼女らを、洗脳し、操る方法があるのではないかとも、オレは予想していた」
「……そして、それを、成せるとすれば……ッ」
「ああ。『お師匠さま』―――『ゴースト・アヴェンジャー』たちの師であり、おそらく『ゴースト・アヴェンジャー』を、『改造』した張本人……アスラン・ザルネだ」
「そいつが、悪の大ボスなの!?」
「少なくとも、キュレネイの精神を、操ることが出来そうな人物であるのは確かだ」
「ふむ。ならば、キュレネイは……」
「ああ、アスラン・ザルネを殺して、予言に抗おうとしているのかもしれない」
……拷問しても、答えやしないだろうが。ニコロが『納得』する『答え』の一つには、なるかもしれない……ニコロも、アスラン・ザルネの力を目の当たりにしているからな。
『予言者』と『ゴースト・アヴェンジャー』の製造者、アスラン・ザルネ。キュレネイ・ザトーを洗脳する可能性がある、ほぼ唯一の人物。そいつが、今どこにいるかを、ニコロも把握していたはずだ。キュレネイに、ヤツの情報を渡して困ることはない。
「……キュレネイは、北に向かった可能性がある。辺境伯軍と、『ルカーヴィスト』たちが殺し合う戦場に……一人で潜入した」
「ひ、一人で、戦場って!?……し、死んじゃいますよ、そんなムチャ!?」
……だからこそ、だろうな。ニコロ・ラーミア。お前は、キュレネイ・ザトーの死を望んでいる。あの予言を回避し、オレを生存させて、オレにヴェリイを守らせようとしているのか―――。
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