第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その8
……ゼファーがジャンを見つけたのは、それからすぐ後だった。ジャンは、やはりキュレネイに騙されていたようだった。
ギンドウの作品を載せて、『南』に向かった馬車に追いつくと、ジャンは馬たちに混じって恐ろしい勢いで馬車を牽引していたようだ。少しでも早く、その馬車を目的地まで届けるために……そう騙されてしまったらしい。
もしも、オレがそんなことを頼むとすれば?
ゼファーで、ジャンをその馬車まで運ばせて、そこから牽引させるじゃないか。そっちのが、ずっと効率的である。ジャンはそう言われると、な、なるほど!……と、つぶやいていた。
素直なことは美徳だが、あまりにも素直過ぎるのも、考えものではあるな。ジャンが帰ってくるまでに、難民たちはあの教会の周辺にまでたどり着いていたよ。『アルステイム』と『マドーリガ』の物資が運び込まれていた。
そして、『最新』の、北部での情報も。
『アルステイム』の早馬のリレーは、北部の山岳地帯で繰り広げられている戦が、どのような状況なのかを伝えてくれたよ。
……朝の戦いは、オレは知っている。『アルステイム』の情報も、経緯は一致していたな。優秀な偵察兵がいるようだな。山のなかを走り回りながら、戦場を観察していた凄腕たちが。
最高の偵察兵たちだよ。竜で上空から見ていたゼファーと、ほとんど同じような戦況を言い当てているのだから。多分、敵の伝令も、何人か殺して、情報を奪い、観測以上の情報収集もしているな。敵兵を拉致して、尋問してもいるだろう。
……まあ、手法はどうあれ有能なことには間違いない。
そんな彼らの信頼できる情報によるとだ―――アスラン・ザルネの策にハマり、朝の戦で自軍の兵士を削り取られてしまった辺境伯ロザングリードは、犠牲を出しながらも確保した山道を通り、山岳地帯の中腹にまで軍隊を進めていった。
その場所は、他に比べればなだらかであり、軍隊の拠点とするには、丁度良い場所とのことだ。辺境伯軍の主力部隊は、そこに陣を構えていた。
昼になるまでは、その作業が続き……『ルカーヴィスト』側は攻撃に出なかったらしい。その後、昼飯を食べ終わった辺境伯軍は、拠点から全ての方角に向かい、部隊を進軍させる。
敵のテリトリーの内部から、四方八方に圧をかけるような戦い方だ。『ルカーヴィスト』どもの縄張りを、爆破するように辺境伯軍は広がり、散発的な戦闘が各地で続いた。
『ルカーヴィスト』は疲れていたのかもしれないし、仕掛けていた罠も尽きたかのようだったそうな。各地で追い詰められていったものの……北東部に関しては、状況が異なっていたらしい。
互角の戦闘を繰り広げていた。『シェルティナ』も多く投入されていたし、森のなかにいる凄腕たちも多かった。おそらくは、『ゴースト・アヴェンジャー』と、アスラン・ザルネだろう。
大回りして、北東部から囲い込もうとしていた部隊は殲滅されていた。『ルカーヴィスト』たちは、そこを陣取り、戦力を集中させたらしい。
辺境伯軍は、北東部以外の全てで勝利したものの……山道を走ることに疲れた部隊は、中腹の拠点に集合し、それ以上の攻撃をすることは出来なかった。そして、夕方が訪れようとしている。
アスラン・ザルネは、この一日を生き延びてみせたようだ。
……『ルカーヴィスト』側の被害は不明だが、辺境伯側は死者と重傷者・行方不明者を合わせて、2000はいるらしい。1万6000の主力部隊は、1万4000まで減ってしまったようだ。
辺境伯ロザングリードは、まずまずの勝ちを収めたというわけだよ。死傷者は少なくはないが、日数をかけることなく、敵を潰すことには成功している。兵士の損耗と引き替えに、目的は果たしているだろう。
『ルカーヴィスト』どもと共倒れになればありがたいが、さすがにそれは期待出来なかったようだ。
この分では、決着はすぐにつきそうだ。
明日の昼頃には、『ルカーヴィスト』どもは殲滅される可能性がある。『ルカーヴィスト』のやれることは、今夜、散発的に襲撃することぐらいだろう。闇に紛れての攻撃で、いくらか辺境伯軍に打撃を与えるのさ。
朝が来れば、ゆっくりと辺境伯軍は進み、物量を使い押し込んで、昼には疲れた前列を交替させて……温存していた元気な部隊で徹底的に潰すのだろう。それで、終わりだ。『ルカーヴィスト』は、このまま何か『切り札』でもない限りは……夕飯前には全滅さ。
火を見るよりも明らかだったことが、起きようとしている。
……アッカーマンに踊らされた可能性があったとしても、こうなることを『ルカーヴィスト』どもが予想していなかったはずもない。
やはり、『何か』があるのだろう。それは、あの北東部になるのか……それとも、『ヴァルガロフ』になるのか……?
―――ジェド・ランドールは、軟禁状態にあるらしい。テッサの判断による措置だ。一般的には、急病ということになっている。そのまま隠居することになったそうだぜ?……つまり、テッサは長に昇格した。
『アルステイム』に次いで、『マドーリガ』も、連日の代替わりだな。しかし、『クルコヴァ』とは異なり、衝撃はないだろう。なる予定のヒトが、なっただけだから。
ちなみに、『クルコヴァ』にも、テッサ・ランドールの元にも、アッカーマンは現れたそうだ。派手に、ご祝儀を置いていったらしい。もちろん、虚構だがな。アッカーマンは死んでいる。オレがこの手で殺したから、確実なことだ。
アッカーマンの『目撃情報』を流すことで、辺境伯にアッカーマンの生存を信じ込ませたいだけだ。辺境伯の攻撃性を抑制するために……。
辺境伯は、アッカーマンを疑い始めるかもしれないな。生存を疑うというよりも、裏切りをだよ。
『クルコヴァ』は、アッカーマンと組んでいた先代の『アルステイム』の長を殺した。アッカーマンと辺境伯にとって、彼女は『敵』のはずだからな。だが、アッカーマンは彼女が新たな『アルステイム』の長を祝った。
……悩んでいるはずだぜ、辺境伯は、その情報を伝えられて。アッカーマンに会って、説明をして欲しいと考えているだろう。どんどん考えるがいいさ、ロザングリードよ。少しでも考えて、集中力を使っちまえ。悩みが多いヤツは、判断ミスをするもんだからな。
1万4000の主力部隊を、もっと減らしてしまえば、こちらとしては楽になるんだがな。
戦場では、間違った情報を掴まされるってことは、怖いもんさ。今、この土地では鋼をぶつけ合わせる単純な殺し合いだけでなく、虚構を用いる情報戦と心理戦も同時に繰り広げられている。
『マドーリガ』が酒と肉を贈ったのは、オレたちだけじゃない。当然のように辺境伯軍の陣中にも、プレゼントしているよ。もうすぐ裏切る予定だがね。ニコニコしながら、テッサ・ランドールは酒を振る舞っている。
『アルステイム』も、影に潜み色々と工作してくれているな。アッカーマンの『目撃情報』だけでなく、ハイランド王国軍の『目撃情報』も流し始めているのさ。
『西の国境にハイランド王国軍が迫っている』……そんな噂をな。
そして、シャーロン・ドーチェから、フクロウで手紙も届く。ルード王国軍と、それに合流した一部のグラーセス王国軍が、東に向かって出発したと。ロロカ先生指揮下のユニコーン隊も、『荷物』を届け終えている―――。
「―――キュレネイの失踪以外は、順調ですな」
あの放棄された教会のなかで、ガンダラはそんな言葉でまとめたよ。
「ああ。だから、キュレネイさえ見つけて戻れば、完璧だ」
「分かりました。そうして下さい。こちらも色々と準備をこなします……そう言えば、この地下にいる彼は、どうしましょうか?」
「……バルモア人か」
「そうです。団長の怨敵の」
「あおるなよ?……ヤツは、役に立ってくれたからな。もう一度、役に立ってもらう。テッサの土産にしろ」
「ふむ。彼の仲間は、『マドーリガ』の酒を盗んでいた」
「そうだ」
「テッサ・ランドールに、差し出せと?……殺されるのでは?」
「そこはガンダラの話術の出番だ」
「……団長は、何をお望みで?」
「ヤツを人質にして、あの山賊どもを『仲間』に引き込め。『マドーリガ』が、酒を盗まれたことを許すことと、ヤツを無事に戻すこと。その二つを対価として支払うことで、山賊どもをコントロールしてくれ。50人規模の、熟練兵士。ムダにしていると勿体ない」
「たしかにそうですな」
「もしも、言うこと聞いてくれそうになければ、西の砦にいる辺境伯軍に、脱走兵がいることを密告してもいい。そうなれば、ヤツらに敵戦力が向かう」
「残酷ですが、いい手ですね」
「あくまで保険だ。望んでいる策は、仲良く一緒に働こうぜってことさ」
「そちらの方が、いい仕事を出来るでしょう」
「そう思う」
「……いいのですな。旧敵と組む。そんな状況になるかもしれませんが?」
「……試すなよ。オレも、色々と成長しているんだよ。迷いがないわけじゃないし、バルモアは間違いなくガルーナの敵だが……敵も利用して、仲間を助ける。そっちのほうが、今回は強そうだ」
「少し大人になられたわけですか」
「そうとも言える。とにかく、テムズさんには、ここから退去してもらおう。ヤツも脱走兵。帝国の敵になるしかない男だし……アレだけ脅してしまえば、ガルーナにケンカ売ることもないだろう」
「分かりました。テッサ・ランドールの、手土産にしましょう。『マドーリガ』の戦士は5000……50人の熟練兵は、貴重な駒となる」
「喜んでもらえると嬉しいね。肉と酒をもらった分、お返しもしなくちゃな」
……まあ、彼女にとって最大のプレゼントは、ガンダラをレンタルするということだろうがね。
「……頼むぜ、ガンダラ」
「ええ。団長も、キュレネイをお願いしますよ」
「ああ。必ず無事に連れ戻す」
「予言については、もう言いません。今、釘を刺すために言いましたがね」
「分かっている。オレも死なん、彼女も死なない。そうなるようにするさ」
「ええ。信じてますよ、団長。では、すべきことをしましょう」
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