第五話 『戦神の荒野』 その39
「よいしょっと」
ジャンが布に包んだアッカーマンの死体を、ゼファーの背に載せる。育った環境が特殊なせいか、ジャンはあまりにヒトの死体について嫌悪感が少ないように思えるな。
……まあ、猟兵らしくていいか。
「……よそ見を、するな」
「ああ、すまん。いい戦いだったんで、疲れちまっている……勝利の余韻にひたる間もなく、おかしな依頼をされちまったがな」
「……そう、だな……」
「まあ、それよりも今は……」
「……この馬車を、探るか」
そうだ。アッカーマンの乗っていた馬車だ。ゼファーが頭を使い、横転した状態から戻してくれている。頭を使ったというのは、知恵うんぬんということではなく、頭部と筋力を使ったという力強い作業のことさ。
オレとシアンはその馬車に乗り込むと、床に転がっていたアッカーマンの上着を回収する。いい小道具にはなるさ。コレがあれば、『説得力』が増す……。
あとは書類も回収するよ。あるはずだぜ、輸送隊に出そうとしていた命令書だとか、人身売買のための輸送路を記した地図だとかがな。
他にも、色々な悪事にまつわる書類がありそうだ。アッカーマンの手荷物は、回収して損することは何もないだろう。何というか、ヤツのバッグの中には巻かれて保存されている地図が、ウジャウジャと出て来たな……そして、品物と金額が書かれた帳簿……?
ガンダラに見せよう。
疲れて眠たくなっているオレの頭じゃあ、こんなものは分析出来そうにない。ガンダラなら何かが分かるかも?……悪事についての証拠だとしても、全てがオレたちの役に立つとは限らん。
……ガンダラになら、コレを誰に渡すのが得なのかを判断してくれるだろう。『アルステイム』や『マドーリガ』に渡せば、喜びそうだな。
『ヴァルガロフ』で最も稼いだ悪人、アッカーマンの仕事の内容を知る機会だ―――場合によれば、誰にも明かすことなく焼いた方が良いかもしれん。不道徳的な役にしか立たないのであれば……保存する必要もない。
判断は、賢い副官殿に任せよう。
馬車の後から、書類、大量の貴金属、金貨、アッカーマンの服などを回収して、ゼファーに馬と巨人族たちの死体と一緒に燃やさせた。
アッカーマンが死んだとは、『ゴルトン』と辺境伯軍には悟られたくはない。ヤツが死ねば、ヤツの後釜になろうと『ゴルトン』の悪人どもが想定外の動きをするかもしれないし、辺境伯の行動も読めなくなる。
……辺境伯ロザングリードには、朝が来る頃には連絡が行くだろう。難民たちが西へと突破したことと、あの南北の砦が手痛い打撃を被ったことが。
ロザングリードは、難民たちを奴隷とすることをあきらめるだろうか?……あの川と砦が存在した場所だからこそ、難民たちを留めることが出来た。あそこを難民たちの『牧場』として使えたわけだが―――もう、難民たちは自由を得ている。
そして、武装もしているな。
2万6000のうち、どれだけが武装しているかは不明だろうが、砦を襲撃する能力を持っていることと、騎兵150を殲滅する力があることは認識しているはず。もはや軍隊とも呼べるな。
『ルカーヴィスト』がどれだけ粘るかによるが、ハイランド軍の侵攻に備えている状況で、領内に2万6000のコントロール不能な勢力がいることは、大きなリスクだ。奴隷貿易については、あきらめそうなものだが……。
悪人の考えは分からないトコロがある。リスクが増えすぎているからな。辺境伯ロザングリードは、もう奴隷貿易をあきらめるかもしれない―――しかし、マフィアどもは、どうだろう?
金稼ぎが何よりも好きなアッカーマンは、『もう一度やろう』と言い出すかもしれない。
……なにせ、難民は、まだ来るだろうからな。帝国が人間族第一主義を貫き、亜人種族を排斥する以上、西へと逃げ延びようとする人々は、いくらでも来るさ。
あの川と砦を使うことで、難民たちの『牧場』は再起動することは可能なのだ。辺境伯が、この土地の主導権を握りつづけられたなら。
そして、『ザットール』。彼らは北部に大量の奴隷を送り込み、イシュータル草の栽培に従事させているそうだ。『白虎』という麻薬輸出の『得意先』が消えた今、『ザットール』は窮地にある。
帝国内への麻薬を運び込み、そこで大稼ぎしたいはずだな。『ザットール』にとっても、辺境伯ロザングリードの奴隷貿易は、魅力がある。ヤツらはその産業に『投資』しているだろうから。
奴隷貿易の出資者の一人でもあるのさ、『ザットール/金貨を噛む髑髏』のエルフどもはね。資金面で、奴隷貿易を援助する。その見返りは二つだろう。一つは奴隷貿易で得られる利益を、『ザットール』が回収すること。
もう一つは、奴隷貿易のルート……運河にせよ、陸路にせよ。『帝国貴族/ロザングリード』のみに許された、特別な貿易の『道』も『ザットール』の稼ぐ場所になる。
奴隷だけでなく、麻薬も運ばせるのさ。貴族の商売には、帝国軍も役人も、検査が甘くなる。帝国は、戦費を調達するために、貴族に貿易のための『免許』を高い金で売り払っているんだよ。
その『免許』にまつわる産業は、帝国軍を支える資金源だからな。多少の怪しいトコロがあったとしても、詳しく調べることはないのさ。
帝国内に大量の麻薬を運び込もうとするのなら、ロザングリードと組むという選択は、『ザットール』の連中には妥当な選択ではある。
……つまり、辺境伯は、奴隷貿易から『手を引きたくても引けない状況になりつつある』。『ゴルトン』と『ザットール』の援助を受けているからな。
逆に言えば?
奴隷貿易を止めようとすると、その両者に裏切られる可能性があるのさ。切り捨てようとしていた『アルステイム』は、元々、敵みたいなものだからな。奴隷貿易をあきらめると、『ヴァルガロフ』の怖い四大マフィアの内、三つは敵に回すことになるわけだ。
三つも敵に回したとき、『マドーリガ』はどう動くかね?……ヴェリイ・リオーネは言っていたな。孤立すれば、狩られる。孤立を『マドーリガ』は選ばないだろうよ。
ロザングリードは奴隷貿易から手を引いたら、地獄が待っているのさ。『ルカーヴィスト』に、ハイランド軍に、四大マフィアが敵になる……サイアクの状況だな。だから、ヤツは奴隷貿易を維持しようとする可能性もある。
この奴隷貿易を仕切っているのは、アッカーマン。
……オレたちにとっては邪魔者だが、ロザングリードには頼みの綱だ。アッカーマンは、たしかに全てを操っていた。主導権を完全に掌握してはいたな。
奴隷貿易を維持しようとロザングリードが考えてくれているあいだは、サイアクの状況にはなりそうにない。それはオレたちにとって、大きな救いだ。
今、西へと向かって逃げている2万6000の難民を拘束しようとするかもしれないし……あのキャンプを維持しようとするかもしれない。ろくでもない状況ではあるが、本当の意味でのサイアクになるよりはマシだ。
オレたちにとって、サイアクな状況ってのは何か?
……皮肉なことに、ロザングリードにとっても同じ状況だよ。奴隷貿易を、彼が完全にあきらめてしまった場合だ。
全くもって機能しないと、ロザングリードが判断したとき、さっきの理屈に乗っ取り、四大マフィアは敵に回るさ。それは、ヤツにとってサイアクの状況なのは確かだ。外にも内にも敵だらけだからな。
じゃあ、そうなってしまったとき、ヤツはどうするか?
戦場を識る者ならば、答えは一つ。敵が多いなら、さっさと殺すしかない。一秒でも早く、一人でも多くを殺す。それだけが、多対多という戦において、自分を守る最良の方法だろうよ。
つまり、奴隷貿易の破綻をロザングリードが認識してしまったとき、ヤツは全てに対して牙を剥く可能性があるのさ。『自分の商品』ではなくなった難民たち、それをヤツは殲滅するだろうさ。商品どころか敵だからね。
それだけじゃない。四大マフィアもそうだ。
元々、亜人種の集団など、帝国人からすれば排除すべき存在でもある……この土地が亜人種だらけだし、四大マフィアが辺境伯に利益をもたらす存在だからこそ、攻撃を控えて来ただけだ。
敵に回るのが確実ならば?……ロザングリードは四大マフィアだって裏切って殺すに決まっているよ。ロザングリードは、甘くはない敵だ。ヤツは自分の領地を拡大した封建領主……戦上手だ。あの執事も、『北の砦』の指揮官も……かなりの強者。
最前線にいないヤツらでも、あのレベル。北部に集まっている連中は、なかなか怖い存在の気がしているぜ。辺境伯の命令があれば、四大マフィアを殲滅することに、ためらいもないだろうし。おそらく、その準備もしているはずだ。
奴隷貿易の破綻は、ロザングリードが抑えている攻撃性を完全に解放するキッカケになりかねない。
だからこそ……オレたちはアッカーマンの死を、隠蔽しなくてはならない。奴隷貿易の中核を担う存在である、アッカーマンが死ねば、奴隷貿易も終わり。ロザングリードが攻撃的になりかねない。
ならば、アッカーマンを行方不明にすればいいわけだ……いや、それ以上のことをする。生存を偽装すれば、ロザングリードはアッカーマンが死んだとは思わない。
アッカーマンが死んだと思わなければ、ロザングリードは、まだマフィアたちを利用できると考えつづけるかもしれん。
……少なくとも、時間稼ぎにはなるだろう。オレは、可能ならば四大マフィアの兵力全てを仲間に引き入れたいからな。ロザングリードが、四大マフィアに襲いかかるタイミングは、先延ばしにしておきたい。戦うにしろ、結集してからが一番いいさ。
四大マフィアが、個別に辺境伯軍に挑めば?……各個撃破されて、ムダに死者が増えてしまうからな。
……アッカーマンの『生存を偽装する』。これは、確実ではないが、時間稼ぎにはなるはずだし、何より、アッカーマンを利用するこも出来るからな。ヤツが生きていれば、『ゴルトン』は機能しつづける。
アッカーマンの命令なら、あの輸送隊は何でも言うことを聞くだろう。運んでもらうつもりだぞ……?彼らならば、怪しまれることもなく……『あそこ』に、こちらの戦士たちを送れそうだからな。
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