第五話 『戦神の荒野』 その40


 夜の闇のなかで大忙しだ。ゼファーに乗って南下していく。難民たちと再び合流するのだ。彼らのペースは順調で、脱落者はいない。ケガ人や病人も、若者たちで上手くカバー出来ているようだな。


 後を追いかけて見張りをつづける敵の騎兵も、二騎だけ。戦力の差をよく認識しているらしい。ゼファーで上空を旋回しながら偵察し、敵が他にいないことを確かめると地上へと降りたよ。


 ……まだまだ、働くぜ。若いゼファーもさすがに翼が疲れて来ていると思うが、より多くの策を打つ。オレはガンダラと、あの優秀な青年、ガームルを呼んだ。この二人を連れて、もう一度、ゼファーで馬車強盗をすることになったよ。


 北東に向かう。東の空が明るくなろうとしているな。朝陽が始まろうとしているが、オレたちは仕事を続行する。『ゴルトン』の駅馬車を、再び強奪していた。ジャンが見つけ、シアンが上空から襲いかかって確保した。


 その盗んだ駅馬車で、あの輸送隊のある場所に向かう。御者席には、ガンダラと上着を身につけたアッカーマンが乗っていた。アッカーマンは、もちろん死体だよ。


 筋肉質のコイツは、死後硬直も早い。だが、服の下ではロープと木の棒なんかで支えている。背後には、ジャンがコッソリとアッカーマンの死体を支えている。ジャンの筋力なら、まったくもって問題はない作業だ。


 アッカーマンは目を閉じ、腕を組ませている形にしているんだよ。遠くから見れば、死体には見えないさ。


「……器用なことを、考えるものですね」


 駅馬車のなかにいるガームルが、感心しているのか、わずかな呆れもあるのか、そんな言葉を口にしていたな。


「まあな。バカみたいな作戦だが、悪くはないだろ?」


「バカにはしていませんよ?」


「そうかい?」


「ええ。オレは皆さんを尊敬していますもん。魔法みたいですよ、一晩で、これだけのことをしているなんて」


「竜の圧倒的な機動力があってこそだ」


「たしかに、そうですけど。皆さんも、本当にスゴい」


「……そうでなければ、帝国には勝てないからな」


「……でも、さすがに、かなり眠たそうですね」


「まあな。だが、眠るわけにはいかないさ。そろそろ、君の演技を見守る必要があるからな。もしものときは、オレたちが君を助けて、どうにかする」


「いえ。きっと、大丈夫だと思います」


「ああ、アッカーマンの死体もあるしな」


「きっと、上手く行きますよ。ヤツの服、とても豪華で派手ですから」


「外していた指輪もはめてやったしな」


「あんなに、指輪をはめていたら、指を動かしにくそうですね?」


「戦うときは律儀に外していたよ。普段は、バカみたいに指につけまくっているらしい。悪趣味な金色のネックレスもな。露骨な成金趣味だ」


「……どういうヒトだったんです?」


「悪人だ。ヒトの命が銀貨に見えるような男さ……そして、金の亡者だ。クズ野郎だったが、戦いの腕だけは、かなりスゴかった。もう少し疲れていたら、死んだのはこっちだったかもしれない」


「……でも、ストラウス卿は、仲間の仇を討ってくれました」


「ああ。まだ、殺さねばならん男はいるが」


「辺境伯ロザングリード……ですね?」


「そうだよ。ヤツを殺し、辺境伯軍も潰す」


「出来るんですか、そんなことが?」


「出来るよ。君はイヤがるかもしれないが、『マドーリガ』……マフィアたちの一つも仲間に引き込めた。ドワーフの戦士だ。彼らがいれば、どうにかなるさ」


「……オレたちも、使ってもらえますか?」


「……意志がある者は、受け入れる。強制はしたくない。アッカーマンにも言われた」


「何を、です?」


「……君たち難民を、オレは兵士として利用している。それは、とても悪いコトだとな」


「でも、そうすることでしか、帝国は倒せません」


「そうだ。だからと言って、どこまでも倫理を捨てていいわけじゃない。理想を捨てれば捨てるほど、ヒトは醜くなる。そんなことをあまりしていると、オレが欲しい世界からは遠ざかる気もする」


「……難しいですね、理想を追いかけるということは」


「元々は、ユニコーン隊だけでも、足止めぐらいなら、どうにかする予定だったし……足止めしているあいだに、ハイランド軍がゼロニア平野を通り抜ければ、御の字だった。しかし……欲が出てはいる。より多くの敵を倒したくなっている……悪い癖だ」


「……いいえ。帝国人は、数が多いですから。ちょっとでも、多く殺さないと。オレたちは身を守ることも、出来ない。帝国人は、残酷です。オレたちは、それを知っています」


「……そうだな」


「―――そ、ソルジェ団長!」


「どうした、ジャン?」


「も、もうすぐ到着しますよ」


「分かった。では……準備はいいな?」


「はい!ガンダラさんは御者の服を着ていますし、オレはアッカーマンから褒美としてもらった金の指輪を、はめていますしね?」


 ニヤリと自信ありげに笑ったガームルは、その太い指にはめられた純金製の指輪を見せる。


「下品な感じのいい輝きだ」


「ええ。『裏切りの対価』にもらった品としては、良い品です」


「そうだ。君は、仲間である難民たちから引き抜かれた存在。もしも、ヤツらが難民の移動を、『北の砦』からの連絡で知っていたとしても、慌てるなよ?」


「はい。『アッカーマンさま』からの、命令文を伝えるんですね」


「ああ、それだけで十分だ。だが、もしものときは全力で逃げろ。上空では、ゼファーとシアンが待機している。二人を頼れ。オレたちも、君を守るために動く」


「……どうにかなると信じてます」


「ああ。どうにかする。だから、安心して仕事を果たせ」


「……イエス・サー・ストラウス!!」


 若く優秀な巨人族は、元気に返事をしてくれた。そうだ。オレは、行動方針を貫く。彼を犠牲にするつもりはない。頼むぜ、カリスマの『アッカーマンさま』よ。お前なら、言葉じゃなくても、そこにいるだけで部下を従えさせられるだろ?


 命令文は有効だった。お前がそこにいれば、説得力はさらに高まるだろう?……もしも失敗したら?……巨人族の輸送隊全てに襲われるか。そんなことより、有能な輸送隊を使えなくなることの方が、大きいか。


 未来は読めん。確実なコトなど、何もない。上手くやれよ、ガームル。


 ……馬車が停まった。


 ガームルは、冷静な顔になりながら、馬車から飛び出して行ったよ。オレは魔眼でゼファーと心をつなぐ。ゼファーの視点を間借りして、その輸送隊に元気良く走って行くガームルを見下ろしていた。


「みんなー!!アッカーマンさまから、伝令があるぞ!!」


「……ん。お前、昨夜の伝令か……?」


「ああ。伝令もだが、あそこを見てくれよ?アッカーマンさまがいるだろ?」


「なに?……あ、ああ!ほ、本当だ……!!」


「しかし……なぜ、駅馬車などに……?」


「あちこちで、色々なコトが起きているみたいだからな。アッカーマンさまは、用心深いのさ。いつもの豪華な馬車は、ちょっと離れたトコロに置いている」


「でも、なんで、御者と?」


「駅馬車の中に入るの、貧乏臭くてイヤだって言っていたよ」


「なるほど……あのヒトらしいな」


「じゃあ、ちょっと挨拶を―――」


「―――待てって!アッカーマンさまは、ムチャクチャ急いでいるんだよ?」


「む、そうか……」


「ああ……それに、かなり眠たそう。辺境伯の相手も、疲れるみたいだね」


「だろうなあ」


「……こんな朝早くに来られたのだ。眠たかろうな。我々も、そうではあるが……」


「でも、アンタたちは眠たがっている場合じゃないぞ。アッカーマンさまから、命令が出てる。これだよ」


「……うむ。これか」


「……今後は、何が起こっても、その命令を実行しろってさ。絶対に、その場所に行き、その場所にいる人たちを乗せて、指示された街に向かうんだ」


「お前、この中身を知っているのか?」


「はぐらかされながらだけど、少しは聞かされてる。いいか?オレは、アッカーマンさまに気に入られたみたいなんだ。この指輪を、もらえるぐらいだからね?」


「……おいおい!マジか……?」


「ダイヤだろ、コレ!?」


「……アンタたちも、しっかりと仕事を果たしたらいいさ。そうすれば、アッカーマンさまは褒美をくれる。とんでもなく大事なビジネスだ。急いだ方がいいよ。アッカーマンさまも、すぐに移動を始める……って、ああ、置いて行かれそうだ!!待って下さい!!」


 ガンダラがいいアドリブを入れていたし、そのアドリブにガームルもよく反応していた。動き始めた馬車に、ガームルは走って追いつき、馬車の中に乗って来たよ。


「……いい演技だったぞ。完璧に見えた」


「オレも、自分でそう思いますよ」


 役者の才能がある。あるいは、スパイの才能があるのかもしれない。ゼファーは上空から、あの馬車隊の動きを観察していた。槍を持ってこちらを追いかけて来る気配はないな。


 あの命令書をじっくりと見つめ、周囲の者たちと顔を見合わせているが……すぐに行動を開始した。『ゴルトン』の馬車隊は、まっすぐに南に向かって走って行く。『アッカーマンの命令』に従って行動するために。


 全力で走れという命令を渡したが、本当に全力だな。しかし、なんという速さなのか。さすがは『ゴルトン』だな……予想よりも早く、合流地点に到着するかもしれない。命令にも忠実に働きそうだしな―――。


「―――団長、どうですかな?」


 御者席にいるガンダラが声をかけてくる。オレはニヤリと笑いながら、彼に返事をするのさ。


「巨人族の役者さんたちのおかげで、完璧に騙せたようだぜ」


「ふむ。『北の砦』からの連絡も、入っていた可能性はありますが……アッカーマンのカリスマは、そんな連絡よりも、彼らにとってはずっと重要らしいですね」


「そうだろうな。アッカーマンも、不測の事態は想定していたのかもしれない。場合によっては、どこかに雲隠れする気もあったかもな」


「ハイランド軍が攻めて来たら、アッカーマンの命は危険に晒されるでしょうからな」


「ああ……あの輸送隊は、奴隷貿易のために集められたものだろうが……それ以外の用途としても使うつもりだったのかもしれないぜ」


「なかなか、小賢しい男だったようですな」


「ああ。賢くて狡くて、クソ野郎だった。だが……もうこれ以上、悪事は働かない。気になる置き土産は、されちまったがな」


「……『ルカーヴィ』が存在している、ですか」


「……呪術で生み出した怪物ってトコロなんだろうがな……」


「厄介ですな」


「そうだな…………」


 ああ、クソ。さすがに眠くなって来た。『ゴルトン』の輸送隊を操れて、安心しちまったせいだろうな。気になることも多いが、いくらなんでも睡眠不足だ。


「……馬車を止めます。アッカーマンの遺体を、そちらに移しましょう。団長、シアン、ジャンは、馬車のなかで眠っていて下さい」


「……アッカーマンの死体に、添い寝されながらか」


「ええ。死体が馬車から落ちないかと心配しながらでは、速度が上げられません」


 なるほどな、と思った。ジャンが必死に支えている。アレもアレで、地味に疲れる労働ではあるだろう。


「……それに。『強敵の死体と共に寝る』なんて、ストラウスの剣鬼には、相応しい状況じゃないですか?」


「……たしかにね」


「私は、団長が頭のなかで創った『地図』の出来を確かめます。理論は完璧ですが、実際にはどれぐらい時間を短縮出来そうか……試してみるのが一番でしょうから」


「ああ。そうだな。ガームルは?」


「オレは、まだ起きていられそうです」


「手伝ってもらうことにします。フクロウで送るべき情報も、幾つかありますから」


「ガンダラ、君は寝ているのか?」


「寝ていませんが、団長たちより動き回ってはいませんから」


「……頭脳労働もキツそうだがな」


 ああ、まぶたが重たい。これ以上、ムリして起きていても、役には立ちそうにない。ガンダラの提案に乗るとしようじゃないか。


 馬車は止まり、着陸したゼファーからシアンが降りて来た。ジャンが、アッカーマンの死体を運んできた。ゼファーは、周囲を警戒しながら旋回し……その後で、オレの頼みを聞いてくれる。


 北部の偵察に向かうのだ。辺境伯が、どんな動きをするのかを、上空から具体的に見下ろしてもらいたいのさ。ゼファーも働き過ぎだが……若い竜は、空を飛ぶのが好きだしな。


 オレとシアンとジャンは、保存食の干し肉を食べた後で、アッカーマンの死体があるその駅馬車の中で仮眠を始めた。


 仮眠というか、さすがに三人とも疲れているのか、すぐに寝てしまったよ。かなり速いスピードで走る馬車のなかは、寝心地が良くはないはずだが……オレたちの睡眠欲の前では、何らの妨げにもならなかったよ。


 寝るなら、全力で寝る。それも『パンジャール猟兵団』らしさではあるからな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る