第五話 『戦神の荒野』 その38


 悪人は、ようやくあきらめていた。ヤツは、這いつくばった姿勢が許せないのか、無理やりに仰向けになった。死ぬのが早くなるだけの行動ではあったが、もうそれ以上、動くことは出来んだろう。


「…………なんで……あの膝蹴りまで……読まれた?」


「あそこまでは、お前を攻略しかけたヤツがいたのか」


「……まあな……若い頃、一度だけ、油断していたら……ハーフ・エルフの野郎に、負けそうになった……咄嗟に、蹴りを入れて、助かった…………今度は、油断も、しちゃいなかったのによ…………」


 アッカーマンは星を見ている。オレではなく、ただゼロニアの荒野に広がる夜空を見つめていた。揺れる瞳で、力はないが……ヤツの唇は歪む。笑っていたよ。


「…………誰よりも、稼いだ……生涯に、死ぬ日まで……ケンカにも、殺し合いにも、負けなかった…………奴隷どものあいだに生まれた、クソ惨めな男にしては……上出来ってもんだろう……」


「そうかもしれんな。お前は、悪人だが、生きざまは貫いてみせた。お前は、知恵も武術も大したモンだ。性格が、もう少しマシだったなら、『自由同盟』に誘ったんだがな」


「……金になりそうにねえ……それに……オレは、惨めな亜人種どもが、死ぬほど大っ嫌いなんだよ……」


「知っているよ。だから、容赦なく斬れた」


「……お前も、死にかけただろ?」


「ああ。久しぶりにな」


「……『ヴァルガロフ』に、生まれていれば良かったな……お前が、オレにもう少し近い性格をしていたら……必ず、オレの後釜になった……」


「オレのこと、大嫌いだろ?」


「……ああ。お前だって、そうだろうが、クソ蛮族…………なあ」


「なんだ?」


「さっきの続きだよ。どうして……読めた?……あの、膝蹴り……オレの、最後の奥の手だぜ?……練習は、怠らなかった……お前は、反射したワケじゃない……アレを、『誘った』……つまり、知っていたはずだ」


「……昔、アゴの骨を割られかけたことがある。ガンダラという、知的な巨人族にな」


「なんだ、それ……ズルいぜ……」


「そうかもしれん。だが、人生で偶然に得た経験が、勝敗を左右することもある」


「お前みたいな…………貧乏そうな、蛮族に……ガルーナの負け犬なんぞに……一度も負けたことのねえオレさまの人生が……誰よりも、稼いだ、オレさまの、グレートな人生が…………劣っているとはなあ……」


「悪人過ぎた。もしも、お前が難民たちに、わずかな同情心があれば、オレはお前ほどの有能なヤツを、殺すことはなかっただろう」


「……難民ねえ…………弱者は、いつだってよう……強者のエサだ…………金になるのなら、オレは…………自分よりも、惨めな連中だって……食うぜ…………そいつが、『ゴルトン』のアッカーマンよ」


 アッカーマンが、己の体に彫らせた、『ゴルトン/翼の生えた車輪』のタトゥーに、あの大きな手のひらを叩きつける。


「…………ああ、ちくしょうめえ…………儲かったはず、なのによう…………」


「懲りん男だ。お前には、やはり地獄がよく似合う」


「……ああ……お前もだぜえ、竜騎士…………お前……難民どもを、兵士にするんだろ?……そして……帝国との戦で、大勢、死なせちまうんだ…………」


「否定はしない。オレも、地獄に落ちるようなコトはしている」


「悪人だな…………へへへ……好きに、なれそうだぜ…………」


「……神には祈らないのか?……戦神バルジアは、生まれ変わる神。転生を祈りながら死ぬのが、お前たち信徒の最期に相応しいんじゃないのか?」


「……あいにく…………オレの信仰は、ニセモノだあ…………神なんて、信じちゃいねえよ……イースはお袋を見捨てたぜ…………バルジアは……ジェドのオジキから、最愛の女を奪っただろ…………信じられるかよ、そんなもんがよ…………」


 祈る神を失ったのは、オレも同じだな。神など、誤魔化しだと個人的には考えている。世界には、残酷すぎる現実が多く在り、それらには救いなどがない。


 善良なる神などいないのだ。


 いるのは、いつも悪神ばかり……。


「言い残すことはあるか?……オレにではなくとも、お前の大切な者に」


「…………ハニーには……遺言状は……いつも、持たせてあるんだよ…………」


「殊勝な心がけだ。なら、そろそろ楽にしてやるぜ。巨人族は体が多い分、血が抜けきって死ぬまで時間がかかっちまうだろうからな。オレは、やさしいヤツなんだよ」


「…………どこがだよ………………おれの、グレートな、技に…………惚れちまっただけだろう…………」


「……まあ、そうかもな」


 否定は出来ん。というか、たしかに真実ではあるな、この悪人の言葉も。惚れてはいる。この悪人の人生観は否定したいものだが、大変に腹立たしいことに、コイツの技巧は超一流という言葉では追いつかない。


「……防御に関しちゃ、たしかに『最強』の一人だった」


「…………そうだろう……?……オレが、あと10才、若ければ…………もっと、いいキレしていたんだがな…………」


 見てみたかったかもしれない。


 いや、素直になるか。


 見てみたかったぞ、アッカーマン。お前の、今よりスゲー全盛期ってヤツを。


 ガキの頃に、このクソ悪人が、『ヴァルガロフ』の闘技場で勝ち上がる姿を見せつけられちまったら―――憧れちまっていただろうな。強い者には、弱い。それが、オレだ。


「……仮定のハナシは、さみしくなるぜ」


「…………そう、だな………………ソルジェ・ストラウス……」


「どうした?止めが欲しいか?」


「いいや……そうじぇねえ…………オレにも、ヨメがいるんだ……」


「遺言状はあるんだろ?」


「……ああ……それは、問題ねえんだが…………一人、ちょっと、厄介なヤツが……いるんだよ」


「……辺境伯か?それとも、『ルカーヴィスト』の……アスラン・ザルネか?」


「…………違うな……あいつら、オレよりアホだ…………殺し合って、つぶし合う。オレの予定通りにな…………」


 けっきょく、アッカーマンは『ほとんど全て』を操っていたようだ。『ルカーヴィスト』どもも、辺境伯ロザングリードも……全てを操り、自分だけ儲けようとしていた。


 誰よりも稼ぐということが、アッカーマンという悪人の生きざまであったから。


 その他は、ほとんどどうでも良かったのだろう。サイアクの極悪人だが……。


「……誰が、お前の『家族』の脅威になるというんだ?」


「…………殺して、おいて欲しいヤツが…………いる」


「オレに依頼か?」


 意外なことだ。この男にだけは、仕事を頼まれるとはないと思っていたのだがな。『家族』は、極悪人でも大切らしい。


「……誰だ?ハナシだけなら、聞いてやるぞ」


「…………『彼』だよ…………」


「『彼』?」


「……ああ。『ジェド・ランドール』だ…………」


「……どうして、テッサの親父を殺したがる?……お前の後見人みたいなモンでもあるんだろ?」


「…………ジェドのオジキは…………オレには、いいヤツだがよ…………ちょっと、危ねえトコロが、あるんだよ…………オレが……いねえと……オジキの、『裏』の顔に、備えるヤツがいなくなる…………」


 ……場合によれば、殺さなければならないほどの危険があるのか?だとすれば、テッサ・ランドールでも、対応出来ない問題かもしれないな。彼女は、父親を殺せないだろう。


「ジェド・ランドールに、何があると言うんだ……?」


「…………オジキは……ある意味…………ザルネの、クソ野郎よりも…………危ねえんだよ…………オジキは…………ザルネよりも…………『オル・ゴースト』主義っていうかな……」


「……ジェド・ランドールは、つまり、『ルカーヴィスト』なのか?」


「…………お、い…………そる…………すとら………………」


 死の痙攣を、アッカーマンの体が始める。かすれた声に、生命の消失する徴候はあふれていた。魔力が消え去り……星を移す、巨人の黒い瞳に、闇が広がっていく。


「おい、死に際に、気になることを言い残すな!!……『家族』を守りたいというのならば、情報を、寄越せッ!!お前のような男が、『何』を恐れるんだッ!?」


「………………『オル・ゴースト』の墓穴から、『ルカーヴィ』を出すな。アレは、神さまじゃないが……マジに、いやがるんだぜ……』


 『ゴルトン』の悪人、アッカーマンは『殲滅獣/ルカーヴィ』は実在するという言葉を遺しながら、オレの目の前で死んでいた。


「……ソルジェ団長。あ、アッカーマンのヤツ、最後に何を言ったんですか?……ソルジェ団長なら、その……死んでるヤツの声も、聞こえるんですよね……?ボクには、おる……までしか、聞こえなかったんですが……?」


 ジャン・レッドウッドが、いつにも増して不安げな顔をしていた。オレは、どんな表情を浮かべていたのだろう。『ルカーヴィ』の『実在』を告げられて。


「……おそらくだが。『戦神』を、模造した兵器がある……」


「か、神サマみたいな……兵器……?」


「……呪術を用いて、創っていたのか、『オル・ゴースト』どもも」


「アッカーマンは、そう考えているようだな」


 この土地を思うがままに操っていたアッカーマンが、末期に遺した言葉だ。そいつを否定する気持ちは、どうにも起きなかった。


 ……ジェド・ランドールは、何かを知っているようだ。敬虔な戦神の信徒である、古い世代……ハーフ・エルフであるケイト・ウェインを、まだ子供である自分の息子に嫁がせようとしていた変わり者―――。


 ―――アッカーマンめ。これが、オレに対する嫌がらせの意味を持つ、ウソならばいいんだがな。


「……長よ。どうするのだ?」


「……どうするもこうもない。テッサは、『マドーリガ』を掌握してくれるんだ。『アルステイム』と組む……仲間だ。彼女には、ウソをつけん。知り得た情報を、オレたちは共有する……そうでなければ、信頼が壊れる」


「……そ、そうですよね。せっかく、テッサ・ランドールさんが、こちら側についたのに……あのヒトのお父さんを、ソルジェ団長が、こ、殺すなんて?……よくないです」


「良くないどころか政治問題レベルだ。せっかく『マドーリガ』と『アルステイム』を仲間にしたというのに……ドワーフの戦士がいなくては、計画が難しくなるぞ……情報を共有し、可能なら、テッサの納得を得た後で、ジェド・ランドールを拘束する」


「……殺すことに、ならなければ、良いがな」


「……禍根を残したくはない。残したくはないが……今は、今は……すべきことをする」


「……そうだな、それが、正しい。ジャン」


「は、はい!」


「……アッカーマンの死体を、回収しろ。ヤツの死体は、まだ、使える」


「りょ、了解です!」


 さすがはシアン・ヴァティ。少々、動揺しているオレに代わって、ジャンに指示を出してくれた。ありがたいな。冷静なベテランが側にいてくれるということは……。


 ……悩むべき情報ではあるが、今は、すべきことに集中しよう。アッカーマンの死体があれば……オレたちは、かなり大きなことが出来る。あの輸送隊を、オレたちの思うがままに操ることさえもな……。


 それが、報酬代わりってことにするか。アッカーマンよ。ジェド・ランドールに対しては、やれることをしておく。ただし、彼よりも、オレには優先すべきことがあるぞ。辺境伯ロザングリード……そして、アスラン・ザルネ。


 あいつらを、殺す必要がある……ジェド・ランドールよりも、そっちを優先するぜ、アッカーマンよ。

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