第五話 『戦神の荒野』 その35
来やがれと言われてしまったしな。オレは攻撃を仕掛ける。アッカーマンに迫り、竜太刀で斬りつけた!!
ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンンンッッッ!!!
正面からの攻撃だ。これが当たるとも考えちゃいなかったが、やはりヤツは当然のように竜太刀の斬を受け止める。左のロングソードと右のミドルソードを、交差させながら、竜太刀を防いでいた。
甲高く歌う鋼から、火花が散る。腕力をはかる―――アッカーマンは、細身の巨人族の割りには筋力が強い。
その腹から胸にかけてに刻まれた、『ゴルトン/翼の生えた車輪』のタトゥーが交差する鋼の向こう側に見える……その肉体はよく鍛え上げられ、脂肪がほとんどついていない。
堕落した日々を過ごしながらも、武術の鍛錬は継続して行ってはいたようだ。
ヤツとオレは、お互いを押し込むように体重と力を浴びせ合いながら、間合いを取る。離れた瞬間、再びオレは斬撃を叩き込む!!
威力よりも、速度重視の斬撃だった。速さと鋭さに踊る斬撃の連鎖を、ヤツは長短二つの剣で受け流しながら、オレの右側に回り込むとステップを踏む。横に動きながらも、微妙に前後に動いている。それに上半身もな。
急所の連なる場所である肉体の正中線を、常に鋼に隠すように、オレから遠ざけるように揺らしている。リズムを取りながらのそれらの所作は、繋ぎ目がなく稼働する。
熟練で磨き抜かれた技巧ということさ。アッカーマンは、闘技場の剣闘士としてのキャリアで完成させた闘法を体現している。その動きの意味は、分かりやすい。
防御と回避に特化した技巧……『無敗』。なるほどな、あの長い手脚から生み出す、長大な間合い。長剣を持った左腕を伸ばすことで、ヤツは相手を牽制しつつ、巧みな足さばきで左に回りつづけることで、常に相手の攻撃から距離を取る。
突っ込んできた相手には、右のミドルソードで対応するか。巨人族の体格を、よく活かした戦い方だな。こと防御に関しては、完璧かもしれない。
槍使いよりも間合いを遠く感じるほどだ。蜘蛛のように長い手脚に、前手が握るロングソードか。こちらの利き腕が持つ鋼の背後に回り込もうとする動き……リーチを防御に使っているぜ。揺れる上半身も攻撃しにくさを作りあげる……。
防御の達人か。
……探るように、斬撃を連続させる。間合いを詰めて、ヤツの懐に迫るが、アッカーマンの蜘蛛のように長い脚は、大地を蹴って竜太刀の間合いに影を残して消えていた。
当ててやるつもりだったんだが、全てを躱されていたよ。間合いを作り直したアッカーマンは、再び長剣を持つ左腕を、こちらに伸ばすようにして来る。
なんというか、やはり蜘蛛を連想する。長い手脚とリーチ……瞬発的な動きもある。オレの追撃を振り切れるほどのバックステップの使い手は、なかなかいるものではないよ。
……そして、あくまでも反撃を実行出来る間合いには残っている。反撃可能ということを、ヤツは武器よりも守りに使っているのさ。こちらが不用意には飛び込めない状況を用意している。消極的な戦い方だが……ここまで徹底されたものは見たことがない。
しかし……。
「……いい守り方だな、アッカーマン。それで、お前からは攻撃して来ないのか?」
「……ああ。4人抜きしなくちゃならねえんだ。じっくりと、見定めてから攻撃してやるよ」
「消極的なんだな」
「闘技場で見つけた、『一対一』のコツだ。グレートなオレさまは、このコツで、誰にも負けなかった」
「……蜘蛛の巣が見えるようだな。不用意にお前の懐に飛び込んじまうと、長い手脚に絡み取られるような気配がする」
「イメージしているモノの一つだ。蜘蛛……あれは、最高の捕食者だろう?速く逃げ、素早く攻めてもくる……己の間合いに飛び込んでくる獲物を待つ」
「それが闘技場のコツか?」
「……お前たちのような『戦場』で戦うヤツらは、攻撃を信仰しているフシがある」
「……まあな」
「無数の敵が相手なら、その理由も分かるぜ。1人でも多くの敵を斬らないと、囲まれちまうからな。だから、じっくり時間をかけることには、意味がない。攻撃こそが、最大の防御。敵を減らせば、敵から囲まれない」
「いい分析だよ」
実際に、その通りだと、オレも考えている。戦とは、どれだけ相手の数を減らすかが肝要だ。戦士と戦士が衝突するその瞬間、最優先することは、相手を殺すことだ。
攻撃して敵の数を減らす。それが戦士が持つ最大の役割である。可能ならば重たく巨大な鋼を用いて、一撃必殺の強打をブチ込む―――それが最大の目的だ。
……闘技場の剣闘士であるアッカーマンからすれば、オレたち戦士の哲学に文句があるらしい。
「……多対多。あー、雑なハナシだよ。極めて雑だ……お前たちは、そんな雑な考え方を闘技場にも持ち込みがちだ」
「何が言いたい?」
「防御を疎かにしているってことを言いたいんだよ。一対一で戦う状況に、お前たち戦場から来たヤツらは、あまりにも雑なスタイルで挑む……だから、オレはそんなマヌケどもには負けなかったのさ!!」
そう言いながら、アッカーマンの攻撃が始まる。長剣を細剣のように使いやがる。長い腕で、突いて来た。速く、リーチのある突きだ。竜太刀を合わせるように突いて、ヤツの突きを反らす。
続けざまにヤツの長い右腕が、こちらの頭目掛けて突きを放ってくる。左右の剣による連続の突きだ。威力は薄いため、竜太刀で打ち払い続けることが出来るが、いい連続技だったよ。
しかも、この攻撃をしながらも、アッカーマンは逃げている。リズミカルに蜘蛛の脚は動いていた。オレの背後へと回り込もうとしながら、それを嫌い、ヤツを追いかけながら前身するオレの出鼻を挫きにかかる。
攻撃しているフリをしながらも、ヤツは守りを固めているのさ。並みの剣士では、この突きだけで串刺しされていくな。この戦士の突きは鋭い。
威力こそはない。だが、この手数に圧倒されて、徐々にさばき切れなくなり……一撃一撃、削られるように傷を負わされていく。動きが鈍れば、ヤツは必殺の強打を打ち込んでくるだろうし……焦って突っ込めば?
「……ハハハッ!!」
こんな風に、軽やかなバックステップで、エビみたいに後ろに跳んで躱しやがる。躱すだけはなく、次の瞬間には、また長い右腕で突いて来やがるな。オレはその突きを打ち払い、ヤツの懐に入り込みながら返しの胴斬りを叩き込むが、右のミドルソードに防がれる。
アッカーマンは、いつの間にやらそのミドルソードを逆手に持ち構えていた。長い指をもつ巨人族は、その中型の剣をナイフみたいに指のなかで踊らせるらしい。必殺の胴斬りが、完璧に受け止められていた。
ぶつかり合った鋼から、巨人族の体重が伝わってくる。細身とはいえ巨人族、その重量は人間族であるオレの比ではない。体格が大きいということは、有利なものさ。
……凡庸な剣士ならば、ここで終わっていただろう。このミドルソードかち上げの威力をもらえば、返しの胴斬りを仕掛けた方の動きが止められてしまう。動きが止まれば、このカウンター攻撃に威力はない。
蜘蛛の巣に引っかかった虫けらの気持ちになるだろうさ。この防がれたカウンターの後には、蜘蛛の襲撃が待っているからな。ヤツの長い左腕の長剣に、背中から叩き斬られてしまうと予測しながら、殺される。
だが……オレは、それほど並みではない。ミドルソードに受け止められた竜太刀に、体重を与えるように前屈みになりながら、さらに踏み込む。
「……ッ!?」
ミドルソードにかけられていた体重と圧力。その威力を弾き返しながら、鋼に火花を散らせつつ前進を続行した。まあ、抑え込まれていたはずの前に逃げて、ヤツの左の斬撃を空振りさせていたのさ。
そのまま、身を起こしながら、攻勢に転じる。空振りは怖いものさ。動きを制限されちまう……アッカーマンの身のこなしの性能は……今、落ちているんだよ。
斬撃の嵐を叩き込んでやる。
逆手に握られたミドルソードが、二度、三度と竜太刀の斬撃を受け止めた。アッカーマンは、たしかに防御を戦いの要に据えていたな。空振りした左の斬撃は、強打と呼べるほどの力を込めてなかった。
重傷を負わせる程度の威力さ。だからこそ、また後ろに逃げることが出来た。だからこそ、オレの竜太刀の威力にミドルソードを握る指が耐えられたんだよ。
こちらの攻撃を止めるために、再び左の長剣による長い刺突が放たれた。それを受け止めた瞬間、ヤツは後ろに逃れてしまっていた。
間合いを取ったヤツは、汗をかいてはいるが……冷静な顔を崩さない。攻撃を防げる自信を深めたのだろうな。想定外だったのは、一瞬だけだろう。オレの体格と人種から、威力を計算していた。
そこらの人間族なら、アッカーマンの力と体重に止められたままだったさ。ベテランならではの、判断ミスとも言える。
十数手打ち合ってみたが、アッカーマンが『無敗』だった理由に触れている気がするな。間合いを制するのが上手く、逃げ足も速いと来ている……。
防御に特化しているとは言え、攻撃の鋭さがないわけじゃない。安全圏まで逃げたと判断すると、十分に有効な左の刺突を、オレの背後に回り込みながら連続させて来る。こちらを休ませたくないのだろう。
自分は安全圏に留まりながら、長いリーチでこちらの体力を削り取ろうとしてくる。ヤツのほうがリーチがあるからね、オレもヤツからあまり離れ過ぎるワケにはいかないというわけだ。
イヤな戦い方だし、派手さには欠ける。しかし、とてつもなく合理的ではある。
オレはこの大ベテランの剣士に、ペースを握られそうになっているのだからな―――アッカーマンは、この動きを長くつづけられるからこそ、『一対一』では無敗だったようだ。
……アッカーマンが、仲間たちと同時に戦わなかった理由も、今では分かる。自分の護衛である戦士たちが負けてしまう強敵相手に、ヤツが生き残れる道は、一つだけだ。
襲撃者のリーダー格を捕らえて、人質にでもする。
つまり、このオレを半殺しにして、人質に使うのさ。リーダーを殺されて欲しくなければ、撤退しろと要求するんだよ。それだけが、唯一、自分が生き残れる道だと判断していた。
だからこそ……オレと一対一という状況を作りたかった。そのために、自分の部下が犠牲になることまで利用した。『多対多』の乱戦になれば、コイツの『一対一』の技術は破綻する。背後が隙だらけだからな。
戦場の『多対多』を想定する武術とは、アッカーマンの戦法は、あまりにも相性が悪い。だからこそ―――仲間を殺させて、この状況を作った。
闘技場での『無敗』……そんな美味しい獲物が提供する『一対一』の魅力に、戦士は引っかかると踏んだわけだな。
まったく。罠に、バカを引っかけるのが上手いヤツだよ。
腹立たしいのは、『一対一』ならば、勝てる可能性があると考えているところだ。オレに勝てると考えているところか……しかも、まだ……全力じゃない。
コイツは、踊るようにリズミカルだ。体力を消耗し、汗をかきながらも、こちらを削っている……見事なモンだが、まだ全力じゃない。
腰の裏に、手斧を下げているな。動きの邪魔になる重量物だ。上着まで捨てて身軽さを求めるお前にしては、あまりにも不自然。そいつが、お前の最強の武器なんだろ?……それを、まだ使っていないということに、オレは腹が立つ。
だから?
ちょっと、本気になってもらうぜ、アッカーマン。
……左の突きのラッシュから、オレには簡単に逃げる術がある。ヤツの突きが伸びきる瞬間に合わせて、オレはバックステップを刻む。突きを連続させるために、ヤツは腕を後ろに引かなくちゃならないからね。
その動きを成すためには、どうしても重心が後ろに傾く。横に動くことで、重心が後ろに行きすぎないように誤魔化していたとしても……後ろに逃げた獲物を、間合いに留めるために素早く反射するように前進することを体に覚えさせていたとしても。
この刹那……オレに、自由は与えられる。アッカーマンが前に出る。オレを蜘蛛の網に再び捕らえるために。用心しながらミドルソードは逆手持ちに化けていた。あいつを盾として使うためだ。
左の突きを『囮』にする……竜太刀で弾けと、誘っている。だから、無視するよ。シアンほどじゃないがね、オレもバックステップの直後に前に走れる―――そして、戦場にも防御ってのは、あるんだぜ。
死ななければ、傷を負うのも悪くない。肉を切らせて骨を断つ。そいつこそ、戦場剣術の防御の極意……鋭い突きを竜太刀で払うこともなく、ただ前に出る。沈み込みながら、ヤツの長剣の切っ先がオレを追いかけて軌道を変えた。
だが。頬の皮を斬るだけさ。戦士とすれば、傷とも言えんダメージだよ。オレは竜太刀を振るう。返しの胴斬り。凡庸な剣士なら、確実に死ぬ。天才なら、どうにか対応するさ。
ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッッ!!!
天才のミドルソードが竜太刀を受ける。さっきと同じ?そうじゃない。さっきとは別次元だろうよ。加速して前に出ていたお前は、このミドルソードに体重をかけ過ぎていた。そうしなければ防げなかっただろうがな―――。
「……ッッッ!!?」
気づいたらしい。前掛かりの体勢で、オレの斬撃を受けるという意味を。その、愚かさを。ヤツの長い右腕が、曲がっていく。竜太刀の威力に圧されて肘が曲がる。力勝負で、ストラウスの剣鬼に勝つのは難しい。
しかも片腕……利き腕でもない片腕でだぜ?……敵うわけがない。天才ならば、利き腕の左腕でオレを殺そうと攻撃を企てたかしれない。だがね、それをすれば死んでいたさ。
伸びきった肘を曲げて、長大な鋼を操る?……時間が足りない。攻撃するより先に、こちらが殺せたよ。天才くんは、自信過剰で死ぬモンだ。負けたことが無いヤツってのは、勘違いするからね。
……でも、アッカーマンは負けることを恐れて防御を磨いた男。つまり、天才以上さ。ヤツは選んだ。この期に及んで、ヤツらしく。防御って道をね。
指を長剣から放し……最速のスピードで、竜太刀の側面を抑えやがった。肘を打ち込みやがったのさ。そのおかげで、オレの斬撃が、わずかに威力を削がれていた。一瞬、逃げるための時間を、アッカーマンに与えていた―――いや、作られていただけだな。
竜太刀が振り抜かれ……アッカーマンの胴体を薄らと斬り裂いていた。ヤツは竜太刀に打撃を当てて作った時間を利用して、全力で後ろに跳んでいた。
空振りだ。ヤツの体には傷が入ってはいるが……死なない傷は、無傷みたいなモンだからな。ヤツは、天才剣士でも死ぬはずの運命から、自分を守ってみせたのさ。天才以上だ。防御に関しては、史上最高の剣士かもしれんな。
……さて。そろそろ、その全力をオレに見せてくれるかい、アッカーマン?
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