第五話 『戦神の荒野』 その36


「……クソッ!!テメー、本当に人間族なのかよ……ッ」


 竜太刀が与える死から逃げおおせたアッカーマンは、斬られた腹を撫でながら、不機嫌そうに吐き捨てていた。


「軽い傷だぞ、深くはない」


「……ああ。腹が斬り裂かれることに比べれば、大したことはねえか……くそ、肘なんてザックリ切れてやがるッ!!」


「そこも皮が斬られただけ。筋肉は、つながっているぜ……まあ、動くには問題ない」


 正直、あんな防ぎ方をするとは思っていなかった。咄嗟のこととはいえ、竜太刀の鋼に肘鉄打ち込んで来るとはな。


「いい肘だったぜ。あの一撃がなければ、貴様を殺せていたんだがな」


 いい判断でもある。体に打撃を喰らう覚悟はしていたが……あの行動は想像の範疇になかった。備えていない動作だからこそ、オレの動きは弱くなった。


「たしかに、そこらに、よくいる天才ごときじゃないよ。ヤツらとは、全くもって次元が違うぜ。アッカーマン、お前はクソ野郎だが、本当にいい剣士ではあるな」


 その技巧と発想と、身体能力にだけは、素直に感動してやるよ。コイツは、ホンモノのバケモノだな。防御、たしかに地味だが、あそこまで極めたものを見せつけられると、驚くぜ。


 シアン・ヴァティも楽しそうだ。尻尾をビュンビュンと振り回しながら、腕を組んでガマン・モードだな。自分が戦いたがっている。気持ちは分かるが、疲れすぎている身体ではアッカーマンとの戦いは止めておくべきだ。


 明日からも、まだ仕事は続くし……アッカーマンを舐めてると、大ケガするぜ。コイツは本当に、そこらの天才が虫けらに見えてくるぐらいには強いぜ。防御と回避に関しては、剣士としては誰よりも高性能だろうよ。


「……クソ……ッ」


 ヤツは巨人族には珍しく、感情表現が豊かだな。死ぬほどオレが嫌いだってコトが、一目で分かるような顔になっていやがる。


「……ああ、ホント……ムカつくぜ!!……このグレートなオレさまに、一撃入れやがるとは……死ぬほど、ムカつく……たかが、ガルーナの負け犬野郎の分際でッッ!!」


「たしかに、オレは負け犬野郎だな。故国も守れん、役立たずで無力な騎士だよ。でも、負けから学べたことも多いのさ」


 色々と学んだ。たくさん負けて、ギリギリ生き残って、色々と知恵もついた気がするし、長生き出来たおかげで、技巧もかつてより深まった。


「オレは戦場で、9年も負けつづけたよ、闘技場の『無敗』の剣闘士サンよ」


「……ゴミが、大エリートさまの腹を斬りつけやがったのかよ」


「そんなトコロだ。それで、アッカーマン」


「……なんだ、クソ赤毛……?」


「長剣を失ってしまったな?……そろそろ、本気を出してくれるか?……剣術だけじゃないだろ?」


「……現役時代のオレを知っているのか?」


「いいや。ただの観察と予想だ。お前の腰には、手斧がある。小さいが、分厚く折れない高純度の黒ミスリルか……超高級品ってカンジの逸品だな」


「お前みたいな蛮族野郎が、想像も出来ねえほどに金をかけたヤツだぜ……」


 そうかもしれん。オレには、あの小さな斧に金貨を何十枚も注ぎ込むような趣味はないが……おそらくは、そうでもしないとアレは作れんだろう。


「黒ミスリルってのは、固いが、武器にするには難しいんだぜ?……鎧みたいな板状に加工するのは簡単だが、こんな風に柄と刃が一体になったモノを造るのは、本当に難しく、何より金がかかっちまう」


 アッカーマンがその黒い手斧を取り出す。柄と刃が一体。壊れることのない、頑丈な手斧だろう。アッカーマンは、その愛しい鋼を、左の指を用いて、手のひらでくるりと回して見せた。


 巨人族の手の大きさならではだな。デカい手のひらに、長い指……それがないと、手斧をあそこまで指で操ることは難しい。慣れ親しんだ動作だ。ヤツは、指でその黒ミスリルの逸品を自在に弄んだあとで、指を絡めて握りしめていた。


「……見事なモンだ。剣術以上に、得意そうだ」


「ああ。オレさまの原点にして、最強の武器だ」


「そんな小さな斧に縁があるのか」


「あるぜ?……いいか、闘技場ってのは、賭博もある。殺し合うヤツらが二人いて、そいつらのどちらが勝つか、金を賭ける」


「だろうな」


「オレは、12の時がデビュー戦だ。相手は15才。人間族のガキさ。身長はオレの方がデカかったが……体重は向こうの方があった。あっちは、オレより上等な父親に育てられていたんだろう」


「12才で、殺し合いか」


「ああ……お前の初めての人殺しより、若いのか?」


「そうかもしれんな」


「ハハハハハッ!!……ああ、ヒトより優れているコトが多いってのは、自尊心を満たしてくれるもんだぜ。いいか、負け犬?……オレは、負けなかったぞ。親父が酒と麻薬に溺れているクズでも……オレは、『ヴァルガロフ』で誰よりも稼いだ男になった」


「……その小さな斧でか?」


「そうだぜ?……この斧を、バカにするもんじゃない。ヒトを殺すのに、十分に足りる。頭をカチ割れるし、骨も砕ける。投げるにしたって、剣よりマシだし、壊れることもないんだ……だが、皆、これを弱いと考えている。だからこそ、12のオレは、コイツを選んだ」


「……オッズを上げたか」


「ガルーナの野蛮人らしく、勘が優れているようだ」


 褒められたようなバカにされたような気持ちだが、ガルーナ人が蛮族ってことは『ヴァルガロフ』にいるヤツらの共通認識みたいだし、実際、蛮族だから文句は言えんな。


「……お前のようなアホにでも分かる通り、コイツは一見貧弱だ。だからこそ、周りの連中は15才の剣士に金を賭けた。オレは、にやついていたぜ!!……にやつきながら、あの斧で、馬乗りになったヤツの頭を砕いてやったッッッ!!!」


「大金星か。体格と武器と年齢で劣るガキが、勝ってみせた」


「そうだ!!親父に、かなり盗られたが、オレは、大きく稼いだぜ!!あれから、オレは手斧ばかりを選んで、大勢の頭をカチ割って稼いだ!!……だが、あるとき気づいたぜ。強すぎると……自分に賭けても稼げねえ」


「結果が見えた賭けでは、ハナシにはならんな」


「……まさか、死ぬわけにもいかねえ。だから、相手に賭けて負けるのも難しい。なら?どうするか?……オレは、『弱く見える努力』をした」


「……防御を磨いたんだな」


「ああ。攻め込まれるシーンを、客が見れば?……こう思い込む。あいつも、その内、負けるさ。次こそ負けるはずだ……と。本質的には、『よそ者』であるオレを嫌う客は、オレの死に期待した。オレを殺してくれそうな相手に賭けて、オレに稼がせてくれたんだよ!!」


「絶対に勝てる賭けか」


「毎回、全財産を賭けていたぜ!!勝つ自信が、あったし……負けたら、よそ者で嫌われ者のオレは殺されちまうに決まっていたからな」


「……よそ者は、ある程度、歓迎される街だと考えていたが―――」


「―――愛想がいいのは、カモに出来る金があるヤツに対してだ。ガリガリに痩せこけた逃亡奴隷の親子なんざ、誰が欲しがる?」


 アッカーマンは血走った眼で、感情的になっていたよ。軽んじられて来た幼少時代が、ヤツに劣等感と向上心を植え付けたようだな。


「……ガルーナの負け犬よ。オレの母親は、『マドーリガ』の売春宿で、変態どもに嬲られて死んだぜ。他に仕事がなかったから、それをしていたが……」


「悲しいハナシだ」


「笑えるハナシでもあるぜ?……オレの母親は、三人を相手しても、銀貨2枚しか貰えていなかった。変態どもに嬲られて、死んでも……葬式もしてもらえなかった。オレの母親は、改宗を拒み、イースを信じていたからな。この街では、価値のない、イースを」


「信じるものは変えられなかったんだろう」


「いい言葉だ。オレさまのブレぬ心は、母親ゆずりだなあ!!」


「金が大好きか」


「そうだ!!オレは、信じているぜ……金が好きだ!!銀貨一枚でも多く稼ぐ!!誰よりも多く、稼ぐ!!それがな、オレのガキの頃からの、唯一にして絶対の夢だッ!!」


 ゼロニアの荒野の星空へ、欲深い巨人の男は両腕を大きく広げていた。


「星よりも多くの銀貨を!!オレは、稼ぎたかったぜ!!……そして、実際に、オレは稼いだんだ!!『ヴァルガロフ』の誰よりも、多くの金をッッ!!」


 アッカーマンは自分の人生を、楽しそうに回顧する。歪むほどに深い笑顔で、ヤツは最底辺から至高の勝者にのし上がった自分の物語に感動しているようだ。


 水を差してやりたくなるのは、オレの性格が悪いからかね。


「……母親を、『マドーリガ』の売春宿で死なせたというのに、テッサの母親が病気になったときは、いい医者を探したんだってな」


「……ああ。探した。どうせ、助からない病気だったからな。それでも、一番、良さそうな医者を探してやった……何でか、分かるか?」


「金になったからか」


「そうだ。ジェド・ランドールの親分は、色々と女がいたくせに、愛妻家ではあったからなあ。ジェドの親分は、オレにたっぷりと金貨をくれたよ」


「何でも自分の利益のために動く男だな」


「そう、オレさまは徹底しているんだよ。だからこそ、誰よりも稼げた!!金があればなあ、ヒトを操るのも簡単になる!!金に引かれて、ヒトは、何だってしやがるんだからなあ!!オレはな、操ったぞ!!欲深い金の亡者どもを制して、誰よりも稼いだんだ!!」


「……好き勝手に、この土地で稼ぎまくって来たか。なら、もう十分だろう」


「……いいや、これからも稼ぐ」


「この状況を、生き抜くつもりか?」


「……そうだ。可能性はあるからなあ」


「オレを人質にしてかよ」


「分かっているじゃないか。お前は、それなりに価値がある。クソ野郎だが、死んで欲しくないと願うヤツもいるだろうよ……とくに、お前の飼ってる竜は、お前を死なせたくはないだろう?」


 野心に歪む欲深い笑顔は、ゼファーを見つめていた。


『……っ?』


 ゼファーは、アッカーマンに戦闘力由来ではない、不気味さを覚えたようだ。純粋な仔には、アッカーマンってのは見せたくない生き物だ。『ドージェ』は、ゼファーを背中に隠すよ。


「……おいおい、アッカーマンよ。まさか、竜騎士を人質にして、竜を使おうってか。色々と、変なことを考える男だな、貴様は」


「羽根つきトカゲなら、オレを好きなところに運べるだろう……?」


「―――オレに勝てたらのハナシだ。勝てる見込みなんて、貴様にはない」


「……そうとも限らんさ。お前たちは、あちこちで暴れている。『フェレン』でも……それに、『背徳城』でも……マフィアに『ルカーヴィスト』に……今夜も、戦って来たか?」


「まあな」


「疲れているな。疲れた身体ってのは、厄介だぜ、ガルーナの負け犬野郎」


「……そいつを差し引いても、負けないよ」


「『一対一』なら、オレさまは勝てるぜ?……お前、グレートなオレさまの本気を見たくなった。その時点で、お前は勝利には不必要な動きをしているな」


「……何が言いたい?」


「油断しているんだ。それこそが、つけ込む隙の一つだよ。そして、何よりもオレは、お前よりも元気だぞ、ガルーナの負け犬野郎」


 利き腕の左手には黒ミスリルの手斧を握りしめ、右手にはミドルソード……巨大な蜘蛛野郎は、両腕を大きく広げて―――魔力を使う。『風』の魔力か、巨人族には珍しい。『雷』の才を持つ者が多いんだがな……。


 アッカーマンは、『風』をその身に宿らせていく。速度を上げる『風』の祝福だ。温存させていた力の全てを、これからの数十秒の戦いに注いでくれるつもりだな。


 ……ヤツの言う通りで、少し恥ずかしくなるんだがね。オレは、アッカーマンの本気が見たいと願望していた。だから、嬉しくなるのさ。


 いい敵だ。ガルーナの剣鬼の血が、歓喜の熱量を帯びていくのが、分かるよ。

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