第五話 『戦神の荒野』 その34
今夜も、『パンジャール猟兵団』は大忙しだ。『ヴァルガロフ』へと馬に乗って戻っていくテッサ・ランドールを見送りながら、ゼファーに乗った三人の猟兵は北へと向かう。
……オレの読みが正しければ、アッカーマンのヤツは、そろそろ動き始めていると思うんだがな。
あの馬車隊に何をさせたいか?……もちろん、輸送だろうな。馬車に難民から選りすぐった奴隷たちを乗せて、『南』に向けて運ぶんだよ。『フェレン』よりはるか南の貿易の街、『アルトーレ』にな。
アッカーマンは、辺境伯がしようとしていた事業を、半ば奪う形で継続するのさ。
辺境伯は、今では『ルカーヴィスト』どもとの戦いに集中しなければならない。政敵も多いとの分析だからな、『ルカーヴィスト』を野放しにしたせいで、民間人に大きな被害を出してしまったことは……彼の経歴に大きな汚点となっただろう。
払拭するには、『ルカーヴィスト』を退治するしかない。辺境伯は、北での戦につきっきりになる。功績があげられない内は、奴隷貿易どころじゃないさ。
だから、奴隷貿易はパートナーであるアッカーマンが中心に行う。今夜は、その第一号となる予定だった……アッカーマンは、あの輸送隊に『上等な品』を詰めて『南』に向けて輸送隊を出発させる予定だった。
だが、ヤツはスケベ野郎だし、しばらくは荒野を逃げ回るつもりだろうから……難民たちの中から、ヤツ好みの女を回収すると思うんだよ。まあ、仕事の出来る男として、この重要な仕事の船出を監督しようとするっていう、マジメな理由もあるかもしれん。
……どうあれ、お前は、今、どこにいるのかな、アッカーマン?……どこにいても、オレたちには、すぐに分かるぜ。何せ、『狼男』のジャン・レッドウッドに、お前はにおいを覚えられているんだからな―――。
「―――アッカーマンのにおいが、う、動いています!」
「ふむ。どこに向かってだ?」
「……ず、ずっと北から、『ゴルトン』たちの馬車が集まっていたところに、向かっています……っ」
「そういうことだ。ゼファー、全速力で『ゴルトン』たちの輸送隊が集まっている場所へと向かえ!!」
『らじゃー!!』
ゼファーが北西に向かって急ぐ。長い夜になってしまったが……もうすぐ、それも終わろうとしているな。かなり疲れちまっている……だが、もう一踏ん張りだぜ。
オレは指をそろえて、急いでくれるゼファーの首根っこを撫でてやる。ゼファーは気持ち良さそうに首のつけ根を揺らしたよ。
皆を労ってやりたい……今度の戦いは、皆、相当に疲れているはずだ。長い旅をした。馬の脚で、ゼファーの翼で。この戦神の教えが息づく、悪人だらけの荒野の旅は、過酷なものだよな……。
今夜も、かなり長い夜だったがな。アッカーマン。お前を殺せば、今夜の仕事はようやく終わりだぜ―――明日からもハードな日々だろうが、それでも。今夜が終わることが、オレはうれしいよ。
……あの丘で殺された難民たちの、仇を討てるな。ああ、竜太刀に宿る、黒く焦げた魂たちが、ざわついているよ。殺せ、殺せ、私たちの無念を、晴らしてくれ……そう訴えてくる。分かっているよ、オレは、ヤツを許すことはない。
「―――あ、あれです!!あの馬車ですよ!!」
ジャンの声が星空にそう告げる。ゼファーは首を左に傾ける。漆黒の翼が、空のなかで動き、竜の金色の瞳が、7キロほど先を走る六頭引きの大型馬車を見つけていた。
『……あれだね!』
「う、うん!!そうだよ、ゼファー……あそこに、あの馬車のなかに、あ、アッカーマンがいるんだ……っ」
「六頭引きの馬車だな。護衛も、それなりに乗っていそうだ」
「ど、どう攻撃します?」
「サクッと行くぞ。ゼファーの火球で、馬車を引いている馬どもを焼く。横転させて、猟兵三人で襲うぜ!!」
「……好みの策だぞ、長よ!!」
「は、派手なカンジですけど、手っ取り早そうでいいですね!!」
『りょーかい。『ほのお』をためておくね……っ』
「ああ。オレの魔力も、少し渡す」
竜と竜騎士のあいだにある契約のおかげでな。オレとゼファーは、魔力の受け渡しも出来る。ゼファーは、体力も魔力も使い過ぎている。ちょっとでも、負担を減らしてやりたいのさ……。
竜の口のなかに、魔力が集まり。その鋭くて巨大で、無数に並んだ牙の歯列のあいだから、黄金色の光が漏れていく。
六頭引きの馬車に迫る。豪奢な造りの巨人族でもゆったりと乗れそうな、大きな馬車だな。頑丈さは十分にありそうだがね。上空からの竜の爆撃に、耐えられるとは思えない。まあ、実際にやってしまえば分かるさ―――。
「歌え、ゼファーぁああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
歌と共に、黄金色を帯びた竜の劫火が獲物へと向かう!!それは無慈悲で残酷な、復讐の熱量だった。馬どもの足下に着弾した次の瞬間、大地が爆ぜて、灼熱を帯びた暴風が地上を焼き払っていく!!
「ひひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいんんんんッッッ!!?」
馬たちのいななきが、空しく夜の闇に響き。壊れた馬車は、焼け死んだ馬の一頭に車輪を乗り上げて、宙に舞う。高速で走っていた馬車は、宙のなかで大きく傾いていき……やがて激しく大地に叩きつけられていた。
それでも、頑丈な『ゴルトン』の高級馬車は粉々になることはなかった。無意味に空回りする車輪は、車軸に対してよく油が塗り込まれていたことの証だろう。
整備されたばかりの、その立派な馬車は、このとき死んだ。
『ちゃくりくーっ!!』
猟兵が地上に降りた竜の背から放たれる、獲物を見つけた猟犬のように、オレたちは無慈悲な殺戮者へと化けるのさ。
「……く、くそ……っ。な、なにが……起きた――――――」
投げ出された御者に、ジャンがサーベルを叩き込む!!鋭さは無いが、力と速さは達人に近い。その斬撃を浴びた巨人族の御者は、即死していた。ジャンの桁違いの腕力ならば、パンチでも十分だと思うが……まあ、いいさ。
オレとシアンは馬車に迫る。馬車からは、アッカーマンの護衛と思われる巨人族の戦士たちが、ぞろぞろと出てくる。四人……アッカーマンはいない。馬車のなかで、様子を見ていやがるな。
「……だ、誰だ、お前たちは!!」
「『パンジャール猟兵団』だ!!オレが団長!!名は、ソルジェ・ストラウス!!アッカーマン、焼き殺されるか、オレと戦って死ぬか、さっさと選べ!!」
「オレたちのボスを、殺せると思うなよ、傭兵ごときがああああああああああッッ!!」
長剣を抜いた巨人の戦士が、オレに斬りかかってくる。いい腕だ。あの馬車の横転でも、大ケガを負わなかったことは褒めるべきだな。鍛錬と、判断力……場数をこなした、一級品の護衛ってことさ!!
ガギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッッ!!!
竜太刀と、巨人の剣士の長剣がぶつかる!!鋼が競り合い、闇のなかで火花が散る。巨人族の2メートル越えの体格は、その鋼に巨重を与えてくる。いい力だ。体格差を感じるが……ストラウスの剣鬼も、力自慢でなッッ!!
「ぐううう!?き、貴様、片腕で……オレと、ご、ご、互角ぅううッ!?」
互角ではない。圧倒的に、オレの方が力だけなら上だった。巨人族の豪腕は、大したモノだが……それらは、主に体格に依存した力。ただの重量差。だから、爆発的な鋭さに、欠けちまうときもある。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
オレは歌う、血潮を戦意の熱で燃やすために!!怒れる竜が、力を放った時のように。押し合う鋼を跳ね上げる!!力任せの技巧だよ。巨人族の剣士が持つ長剣が、大きく虚空に押し上げられていた。
「ぐう……ッ!?」
腕力で崩したその巨人の剣士に、斬撃を連続で叩き込む!!
熟練の剣士である彼は、竜太刀の斬撃を二度は防げたが、三度目で大きく腕を斬られてしまう。剣士として死んだ彼に、すみやかな慈悲を与える。命乞いなど聞く耳はない。この襲撃は、闇に葬られるべき仕事だからな―――。
駆け抜けながら斬撃を放ち、巨人の腹を深々と斬り裂いた。命が壊れる感触を指で確かめながら、オレは次の剣士に挑んでいた。
その剣士は、先ほどよりも若くはあったが……足を捻挫していた。打ち合えたのは、ただの一度。足が使えず、固まった動きでは、駆け込みながら叩き込んだ竜太刀の威力を受けきることは出来なかった。
闇に巨人の剣が舞い、無防備になった彼の胴体を斬撃が斬り裂いていた。十数秒の出来事だった。シアンも、二人片づけていたな。護衛は排除した。アッカーマンも、仲間の魔力が消え去ったことぐらい分かったのだろう。
観念したかのように、横倒しになった馬車の中から這い上がって来ていた。
「……クソッ!!やっぱり、お前は、『自由同盟』の犬だったのかよ?」
馬車の上で、その上半身裸のアッカーマンは、オレを見下ろしながら言い放つ。
好きな言葉ではない。いや、犬は好きだが。犬呼ばわりされることは、楽しいもんじゃない。怒りっぽい蛮族のオレは、その安っぽい言葉に反応していた。
竜太刀を持ち上げて、敵の血と脂に汚れてしまった鋼の切っ先をヤツに向ける。
「……オレとの、一対一での勝負がいいか?それとも、すぐに死にたければ、竜で焼き殺すというのもありだぞ」
「……ハハハハッ!!なんだ、そりゃあよう?……けっきょく、助かりそうにねえじゃないか?」
「ああ。悪人は、死ぬんだよ。こんな星が綺麗な夜にはね」
「はあ。『パンジャール猟兵団』……ソルジェ・ストラウスか……お前さん、なんで、あのとき『フェレン』にいやがった?」
「教えて欲しいか?」
「まあなあ。アレだけが、腑に落ちなかった。他のことは、たいがい、オレの思うがままに動いていたんだがねえ?……なんで、あのとき、あそこにいた?」
「難民を探していた。お前が辺境伯ロザングリードと組んでやろうとしていた、人身売買の組織を潰すための一環さ」
「……はー。つまらんぜ。そんなことのために、お前は動いていたのかい?難民どもを、救う?……そんなクソみたいな理由で動いていたヤツのせいで……死ぬってのか?このグレートなオレさまがよう……?」
「自業自得というヤツだ。お前が、もっと慎ましい悪党だったら、殺すことまではしなかっただろう」
「……難民どもが、奴隷になる?……悪いモンじゃねえだろ?……野良のまんま、死んじまうヤツも大勢いるんだぜ?裕福な家に、オレは彼らを売り払うつもりだったんだぜ?美人の女は、スケベどもと遊んでるだけで、野良仕事もしなくてよくなる。一種の慈善事業だ」
「人生観に大きな相違があるらしい。お前とは、話しているだけでもイラついてくるようだ」
「合わなさそうだぜ。テメーら『自由同盟』だって、オレたちより悪人だろ?……兵士として難民どもを消費したい。ああ、奴隷と兵士じゃ、どちらもクソだぜ?犬っころだ、犬っころ。誰かに支配される犬になる……どうせ犬なら、生きてるだけ奴隷の方がマシだろ?」
「長話しても、ムダだぞ。周囲には誰もいない。腕に覚えがあるんだろ?だから、上着を捨てて、身軽さを得た。生き残る道は、ただ一つだぞ、闘技場の無敗のチャンプ。オレたち三人と、竜を一匹。四人抜きをすれば、お前は明日からも楽しく悪の道を歩めるぜ」
「……はあ。厄介なヤツに絡まれちまったようだ……まあ、いいさ。四。たった四つの敵しかいねえ……悪人なりの、意地の見せ場だぜ……」
アッカーマンが鋼を抜いた。ヤツは……まるで『虎』のように、左右に鋼を握っていたよ。アッカーマンは、二刀流さ。ロングソードを左手に。ミドルソードを右手に握っていたよ。
二振りの打ち合わせて、打楽器のように音を奏でる。何度も、何度も、カンカンカンカン!!……やかましい音だったが、ヤツなりの儀式だったようだ。
顔が変わっていた。『ゴルトン』の悪人、運び屋アッカーマンから……闘技場の無敗の王者にね。剣闘士時代のセレモニーか、あの鋼を打ち合わせる儀式は。
獣のように鋭い貌に化けた巨人は、その巨体に見合わぬ素早さで、馬車の上から華麗に跳んだ。遊び心を知っている男だ。空中で無意味に一回転しながら、大地に降りやがった。
二刀流を振り回し……体にかつての戦いの記憶を呼び覚まし―――ヤツは、オレに言い放つ。
「来やがれッ!!傭兵ごときに、オレさまの首が落とせると思うなあッッ!!」
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