第五話 『戦神の荒野』 その33


「…………っ!?」


 深緑の瞳に、意志の輝きが復活する。彼女は、右に左にと視線を動かして、状況を確かめようとしている。オレと目が合う。というか、おれはシアンを自分の背中に隠すようにしていた。二人が目を合わせれば……また戦いを再開するかもしれないからな。


「……ソルジェ・ストラウス……?」


「そうだ。オレだ。テッサ・ランドール」


「……そうか……私は、負けてしまったというのか…………?」


「ああ。君は負けた」


「……くそ……っ」


 彼女はあの金色の戦槌を地面に置いた。シアンが、オレの背中から顔を出しながら、テッサに言い放つ。


「……悪くない、腕だったぞ」


「『虎』……ッッ」


「おい、暴れるな。ドワーフの血を引いていなかったら、首の骨が折れちまっていたような深さで、蹴りが入っちまっていたんだぞ?」


「……思い出して来たぞ。そうだな、私は顔面に……足刀を叩き込まれたのか」


「……力任せに暴れすぎた。残りの体力と魔力を、使い切りながら、私に迫った」


「足りなかったというわけかッ」


「……私の、勝ちだ」


「知っている!!」


 ……この二人は仲良くなれないかもしれないな。不安を覚えるが、オレは仕事を忘れない。


「……それで、気はすんだか?」


「……すむわけないだろ。負けたんだからな」


「そうだな。だが、ブチ切れまくっているときよりは、冷静に見える」


「暴れる元気もないってだけだ」


「いいことだ。さっきよりは、マトモにハナシが出来そうだよ」


「……私に、四大マフィアをまとめて……辺境伯を討てというヤツか」


「そうだ。まあ、座ろうぜ。立っておくのも辛いだろ」


「……ああ」


 オレと『マドーリガ』の次代の長は、荒野に座った。酒でもあれば、注いでやるんだがな。今あるのは、水の入った水筒だけだった。差し出すと、無遠慮に奪われて、ガブ飲みされちまった。


 その様子を見て、シアンが近づいてくる。


「……それで。テッサ・ランドールよ、お前は、どうするんだ?」


「……ハイランドに屈しろというのか?」


「……それが、お前の仲間を、最も多く守るだろう。それが、イヤか……?」


「……いや。それについては、認める。悪い案ではない。帝国とつるんでいられる時期だって、長くはないってことは、分かっていたからな」


「……お前は、ハイランドの『虎』と戦った。抗ったぞ。誇りは、示した……」


「……『虎姫』」


「……長は、この『ヴァルガロフ』に、ハイランドの兵士を、多く置きたいわけではないぞ。むしろ、それとは逆だ」


「どういうことだ?……何を企んでいるのか、教えろ。私が断れば、殺すんだろ?……ならば、教えてくれてもいいことのはずだぞ?」


「……長よ。教えてやれ」


「ああ。テッサ・ランドール。オレが考えているのは、ハイランド王国軍を無傷のまま、ゼロニア平野を東へと渡らせたいということだ」


「……帝国との決戦に使える、ハイランドのヤツらを……温存させたいというわけか?」


「そうだ。そもそも、『ヴァルガロフ』は守りにくい。平坦過ぎるからな。大軍に呑み込まれてしまう。無敵のハイランド軍でも、取り囲まれては、実力を発揮することが出来なく消耗する。ここは守りにくい土地なんだ」


「一足飛びに、隣の土地まで進軍させたいということか」


「そうなる。つまり、『ヴァルガロフ』にはハイランド軍が長居することはない。『自由同盟』の一員になれば、物資や戦力も出してもらわなくてはならないがな。ハイランドの兵士に略奪されるよりは、悪くはないハナシだろ?」


「……悪くは、ないな」


「君が望む最良の形は、オレには分からない。だが、オレたちと組むことで、君が得るモノは小さくはないはずだぞ……知っているんだろ?ぜんぶ、理解してはいるはずだ」


「……ああ。分かっているよ。私だって、ガキじゃないんだ、若く見えてもな……『ヴァルガロフ』は……誰かと組まなくては、この乱世を生き抜けない。辺境伯ロザングリードとの付き合いは、悪くはなかったが……ヤツも、もう終わりか」


「終わる。ハイランド軍が来るんだ」


「……お前が呼んだか?」


「多少は、その日が近づいたかもしれない。だが、彼らは元々、この土地に侵攻する予定だったからな」


「後手に回ってばかりでは、弱者であり少数である者は、勝つことが出来ないからな。生存さえも、危うくなる……乱世で、弱いことは、あまりにも罪だな、ガルーナの竜騎士よ」


「……ああ」


 そうだ。弱さは、何という罪なのだろう。


 荒野に呑まれようとしている城塞を見つめた。『ヴァルガロフ』の兄弟のような街は、欠片もなくなり……かつて街を守るという役目を果たせなかった城塞だけが、風のなかに立っている。


 みじめで、悲しい、戦士の死骸だ。


 まるで、オレと同じだった。


 ガルーナの竜騎士として、ガルーナを守れなかった。オレたちは、あまりにも罪深い。弱くなければ、強ければ……勝てていれば、多くを失わずに済んだはずなのだ。


「……傷つけてしまったかい?」


 深緑の瞳が、星明かりを反射させながら、オレを見ている。


「感傷的にはなったよ。オレは、君の気持ちが少なからず分かる」


「似ているな。『侵略者』に奪われるという痛みを、私とお前は知っている」


「そうだね。でも、大きく違うコトが、一つだけあるよ。オレは、この城塞と変わらない。誰も守れず、果たすべき役目を失ったまま、荒野に突っ立っている。でもね、君の『ヴァルガロフ』は、まだ存在しているじゃないか?……そいつは、大きな違いがあることだ」


「……私は、守れるだろうか……?あの、クソッタレで……悪人だらけで、まったく美しくもない街だが。ずっと、この地に在って欲しいと、祈らずにはいられない、あの『ヴァルガロフ』のことを……」


「守れるさ。オレは、そのために大陸を走り回った。『パンジャール猟兵団』を作ったのはね……ファリス帝国を倒すためだけど……そいつは、けっきょく、ガルーナみたいな国を作りたくないからってコトでもある。オレたちは……君の剣にもなれる」


「……マフィアの女に雇われるのかい、西の英雄、ソルジェ・ストラウスが?」


「君は、もうマフィアじゃないさ。『マドーリガ』も『アルステイム』も、悪人の群れではなく、自警団に戻る。『ヴァルガロフ』を守る、戦士になるんだ。君が、そういう女なら、オレは、いくらでも……君の剣になれるよ」


「……騎士に、剣を捧げられるか。なんだか、本物のお姫さまにでもなったかのようだなあ。くくく!」


 お姫さまは、理想的には育たなかった胸元に指を突っ込んで、いつもの葉巻を取り出した。あの白くて強い歯で、先端を噛み千切り、指先に『炎』を呼んで、口に咥えた葉巻に火を点けちまうのさ。


「『ヴァルガロフの姫』には、相応しい態度だよ」


「まあなあ……おい、ソルジェ・ストラウスよ?」


「なんだい、姫さん」


「……お前と、組んでやる。『虎』もハイランドも気に食わんが、私もガキじゃない。よりマシな方と組む。帝国が、いつか私の『ヴァルガロフ』を、ぶっ壊したりしないようにな。力を、貸してくれるんだろ?……私の故郷を、私に守らせてくれるな?」


「よろこんで力を貸すぞ」


「そいつは、頼りになるなあ……私は、この城塞のさみしい雰囲気は、嫌いでね。たとえゴチャゴチャしていて、ダメな悪人どもがひしめこうとも……『ヴァルガロフ』の夜景が好きなのさ」


「あの街にも、いい面は色々とあるさ。悪人も多すぎるけどな?」


「……我々には、産業ってものが足りないからな。軍靴に踏まれ、戦火に燃やされた土地に、生産性を求めるのは難しい。儲け優先で、悪行に走り……守るべき産業を衰退させた結果だ。必要悪だ。根っからのクソは、数少ないぞ」


「……君は、オレよりも、かなり賢そうだ」


「教育ってものを、施されている。ガルーナやハイランドの蛮族とは、一味違うんだ」


 見栄を張りたいところだが、オレはそんなに大した教育を受けてはいない。四男だったしな。一番上の兄貴は、かなり賢かったような気がするが……。


 しょせんは蛮族だなってほどの知性しか、持っていなかったよ。


「私に、魔術を教えてくれたのは短い耳のエルフだし、戦槌を教えてくれたのは親父。酒の作り方を教えてくれた一番の職人は人間族で、流通の仕組みを教えたのは巨人のジジイ。金の数え方を教えてくれたのは、猫耳女さ」


「『ヴァルガロフ』のオール・スターたちから、色々と教わってきたか」


「15のとき、大学にも行ったぞ。4年かかるところを、1年半で済ませたがな」


「いかんな。オレよりも根本的に違う人種の気がしてきたぜ」


 ときどきインテリっぽく見えるのは、それが彼女の本性の一つだからだな。いいことだ。賢い女は偉大な支配者になりそう。バカな男がクソみたいな支配者にしかならないんだから、色々と正反対の人材なら、いい国作りしそうだぜ。


「邪悪なトコロがあるのは、お前も私も同じだろうがなあ?」


「まあ、オレも君たちの密造酒を、馬車に積みきれないほど買ったこともある」


「ククク!不味い酒だったろう?……安く買える酒は、クソ不味いぞ」


「良いものが欲しければ、金を惜しむなってことは、学べたよ」


「いい勉強だ。身をもって知る過ちは、問題点の認識に役立つ知性を作るはずだ」


「……まあね。悪いコトは、あんまりすべきじゃないってことは、よく分かったよ」


「我々を反面教師にするのは、いい考え方だ。さてと……バカなハナシはこれぐらいにしておいて……私は、具体的に、どうすればいいんだ、騎士殿?」


「『アルステイム』の長が変わったことは、知っているな?」


「ああ。『クルコヴァ』……あちらの最強の暗殺者だ」


「彼女たちと連携しろ」


「連絡係に、猫を使うか。悪くないな。あいつらは、『ゴルトン』よりも速く走る。馬の背に乗るには、軽い者がいいからな」


「そうだ。連絡を密にして欲しい」


「……街に戻れば、『クルコヴァ』に挨拶代わりの密会と洒落込むよ。新たな『アルステイム』の長に、挨拶しておきたいからな」


 いい口実が出来ているな。『クルコヴァ』とテッサ・ランドール、『アルステイム』と『マドーリガ』のリーダーが会うってのも、おかしなハナシじゃない。


 『ゴルトン』にケンカ売っているテッサは、『アルステイム』とまでもめたくはなさそうだしね。


「……彼女たちは、状況を理解するだろう。そして、君に協力する」


「……暗殺者たちを使い放題か」


「そのあとは、君が、『マドーリガ』の全権を掌握し、両者の同盟を築け」


「……おい?親父を殺せとでも?それは趣味じゃないぞ」


「手段は任せるよ。とにかく、君が『アルステイム』と手を組み……どんな形であれ『マドーリガ』を掌握するんだ。まずは、そいつを成してくれるか?」


「ああ。容易い。そこまでは、容易いな」


「そうだ。それから先は、かなり大変ではある。辺境伯を仕留めてもらわなくてはならない……」


「猫の全数は知らんが、『マドーリガ』の戦士は5000ほどだぞ?」


「精強なら、いい数だ」


「腕はいいさ。親父の時代よりも、私の方が鍛えている。四大マフィアは、支配するつもりだったからな」


「そうか……君らは、北部にどれだけ兵力がいる?」


「今はいない。『背徳城』が、どこかの誰かに攻撃されたもんでな。全戦力を『ヴァルガロフ』に集めている。『ゴルトン』に使うためだが……辺境伯が、『ルカーヴィスト』どもとの戦を始めるらしからな……状況次第では、援軍となる予定だった」


「いい信頼感だ。敵の戦列に紛れ込めるのなら、戦がずっと楽になる」


「私は賢い方ではあるが、戦はシロウトだ」


「近いうちに、とびっきりの軍師を、君のところに派遣する。辺境伯との戦は、それで問題がないさ」


「……頼りにするしかないから、するぞ、ソルジェ・ストラウス。下手な仕事をしてくれるなよ?」


「ああ」


「しかし。アッカーマンはどうする?……アイツは、脅威的に勘がいいし、知恵も回るんだぞ?……ヤツには、独自の情報網もある。『ゴルトン』以外のマフィアにも、ヤツのスパイが紛れているようだが―――」


「―――ヤツは、問題ない。これから、殺しに行くから」


「……ほう。そいつは、面白そうだな」


「アッカーマンは、難民たちを奴隷にして、売り払おうと画策した張本人。オレたちが掲げる『正義』の敵だ。生かしてはおけない」


「……いつか、私が殺すと思っていた相手だったんだがな……」


「悪いが、ヤツはオレが斬るよ……そしたら、『ゴルトン』は機能不全だ」


「……そうだろうな。事実上、ヤツがリーダーだからなぁ……ククク!……『ゴルトン』の拠点を制圧するのも、悪くは無さそうだ」


「じゃあ、君は『ヴァルガロフ』に戻れ。オレは、アッカーマン狩りに行く」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る