第五話 『戦神の荒野』 その32
『戦槌姫』テッサ・ランドールの息は乱れていた、あの戦槌を振り回しながらシアン・ヴァティを追いかけてみせたんだ……疲れてしまうのは当然のことだった。
だが、回避に徹したシアンの体力も減っていた。今日は働きすぎだったからな。元からの疲労に、あれだけ動かされたら?……いくらシアンでも疲れてしまう。
ボロボロの城塞に、退路は断たれた。
この状況を掌握しているのは、テッサ・ランドールにしか見えない。だが、誰よりもシアンと戦ったことがあるオレの心は、シアンの敗北を予感することが出来ないのだ。追い込んだのか?……それとも、そこに誘ったのか。
……シアン・ヴァティは何かをするつもりだよ。黒い尻尾が、ゆっくりと波打つように動いていた。
テッサ・ランドールは躊躇することは無かった。膠着状態を彼女は嫌う。当然のことだ。機動力のある獲物を、自由にしたくないからこそ、これまで散々、追い回してきた。絶好の機会に怯むほど、闘技場の女王は鈍くない。
最高のタイミングだったよ。金色の戦槌は、神がかった速度で打ち込まれて来た。やはり、瞬発力だけなら―――彼女の方が速いかもしれんな。筋力任せの超加速を帯びた、殺す気にあふれた突撃は、『虎姫』に向かって叩き込まれていた。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!
城塞の一部が、爆発したかのように吹き飛んでいた。金色の戦槌は、全てを破壊したのだ。石で組まれた城塞は、その強打の前に砕かれ……飛び散った破片が宙を汚す。
シアンは、その突撃を避けていた。上に跳んでいたよ。金色の戦槌の一撃を、彼女は跳躍一つで躱していた。縦への跳躍力と、その速さ……この戦いでは、見せていない動きだったな。
深緑の瞳が、上空へと跳んだ『虎』を追いかける。睨みつける。空中から襲撃されることを警戒している?……いや、『虎』の双刀が、牙のように振り落とされる瞬間を待っていた。限界まで引き寄せて、『雷』を放つつもりだったようだ。
だが、シアンの脚が選んだのは、『虎』が使う、最高の襲撃方法ではない。彼女の脚は、城塞を蹴り、夜空へと舞った。なるほどな。シアンがしたかったのは、これか―――。
「―――や、やった!!シアンさんが、ヤツの背後を取りましたよ!!」
『すごい、しあん!かろやかー!!』
そうだ。シアンは突撃してきたテッサ・ランドールの頭上を大きく越えて、彼女の背後を取っていた。絶好の攻撃位置だ。斬りかからなくても、刀を投げつけることだって出来る……絶好の位置だった。
しかし、テッサ・ランドールの指が動き、金色の戦槌を持ち替えている。戦槌を縦に降るための持ち方から、横に振るための持ち方に変えていた。
そして、腕力自慢の『戦槌姫』は、さらに力を解放して暴れたよ―――『想像を超える』、バカげた力だった。カウンターとして放つための『雷』を、『チャージ』へと変質させていたか。
……城塞に深々と突き刺さっていた戦槌が、恐るべき速さで横に振られていた。
いや、速さもだが、それを成し得る筋力にこそ驚くべきだ。大石と土のカタマリだぜ?……何百キロか、あるいは何トンにもなるであろう重量を、彼女は動かしていたのだ。
どうなったかと言えば、大量の土砂と岩が、矢のような速度でシアン目掛けて迫っていた。大地の津波のようだったよ。
『城塞の一部』を、テッサは力任せに、投げつけて来たのさ。
朽ちかけていた城塞を引き裂くように、衝撃が走るのが見えた。戦槌のスイングが放つ力の余波だけで、ああまでなるのか。
土と大石の弾丸の群れは、あらゆるものを呑み込もうとするかのような勢いで、たった一人に降り注ぐ。逃げる?……いいや、逃げられなかった。逃げる範囲が無かったから。シアンは……その土砂の津波に対し……『切り札』を使っていた。
……シアン・ヴァティの肌に、漆黒の『呪印』が走る―――『虎』の『男』は肌に縞模様のタトゥーを入れる風習があるが、女性にはないと考えていたんだが……。
ふむ。違っているな。そうじゃない。そもそも、ジーロウ・カーンあたりが入れているタトゥーこそが、ある意味で『まがい物』ってことだろう。あれは体現することが出来ない者がやる、レプリカのようなものであり、シアンの肌に浮かんだ呪印こそがオリジナル。
『真なる虎』の『姿』ってわけだ。
シアン・ヴァティは『真なる虎』へと化ける。降りかかる土砂に混じる、岩石を、彼女は見抜いていた。その岩に対して、赤熱を帯びた斬撃を放つ……放ちまくった。ただでさえ速い、彼女の双刀による剣舞は、いつもの数倍は速いということだけは分かった。
……それだけでもない。双刀の刃からは、『赤い風』が飛んでいく。オレの魔剣に印象が似ているな。魔力を破壊力として、『飛ぶ斬撃』として放つ。シアンは、それを無尽蔵に乱射していた。
『真なる虎』が放った、『赤い嵐』は……岩石を斬り裂きながら、破裂もさせていた。双刀の剣舞で、絶対的な防御の空間を作っていた。どんなに多くの矢の雨を降らされたとしても……『赤い嵐』の剣舞を越えることはないだろう。
「な、なんですか、あれ!?」
『いっしゅんで、なんじゅっかいも、きって……きられたら、ばくはつしたね』
目撃したそのままのことしか、オレにだって分からない。
『切り札/真なる虎』は、速さだけを上げただけではない。『一瞬の赤熱/ピンポイント・シャープネス』の時間を延長しながら、双刀から『飛ぶ斬撃』を放ち……斬られたものを『赤熱』の呪いで瞬時に爆砕しちまうようだ。
……アレを、オレに使ってくれようとしていたのか?竜鱗の鎧も、斬り裂かれて燃やされかねない威力だぜ、シアン・ヴァティ―――テッサ・ランドールに嫉妬する。須弥山の奥義を、最も近い場所で体験出来た。
初見で、味わいたかったもんだぜ、あの奥義をよ。
……本当に『強さ』を愛する戦士は、どんな脅威にも怯えることはない。嬉々として、その『強さ』を味わおうとするものさ。
オレもだし、テッサ・ランドールも同じだった。彼女は突撃していた。『真なる虎』へと変貌したシアン・ヴァティに。どれほどの脅威なのかは、彼女も理解しているよ。でも、だからこそ、踏み込み、攻撃を仕掛けてもいた。
自由にさせては、ならない相手だ。さっきよりも数倍な。目の前にいるのは、バケモノというのに相応しい存在だ。速さと威力を併せ持つ、色々と規格外の脅威。自由にすれば、成す術もなく一方的に狩られるだけ。
金色の戦槌も、暴れまくった。テッサもまた怪物である。獣のように歌いながら、『真なる虎』に襲いかかる。恐怖も迷いもない。『戦槌姫』は勝利をあきらめてはいない。
『ヴァルガロフ』の守護者としてのプライドか。
それとも、戦士として生まれてしまった者の宿命か。
目の前にいる強敵に対して、彼女も限界を超えた力を見せつける。戦槌を、右腕で振り回しながら、テッサは左手から『雷』を放つ!!『雷』で、戦槌を作っているのか!!戦槌の二刀流だ、初めて見るぜ……あんなムチャクチャなものはな!!
『雷』の戦槌は、大地に当たると爆裂し、『雷』の奔流を世界に解き放つ。コントロールは出来ていない。威力に任せた、暴発めいた術だ。しかし、殺傷力はある。何より、恐ろしく速い攻撃となって、『真なる虎』の神速の動きを抑制していく。
迸る雷電を浴びたシアンの脚は、神速を刻むためのステップを封じられる。
「私が、勝つんだあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
体力も、魔力も……命そのものを使い切りながら、テッサは戦槌を構えていた。振り上げて、突撃し、両手持ちへと変えて、全霊の一撃に全てを捧げる―――。
―――シアン・ヴァティも、その攻撃に動きを合わせていた。
後の先。
カウンターの一撃が、テッサ・ランドールの顔面に炸裂していた。横蹴りだ。跳ね上げるようなシアン・ヴァティの蹴りが、彼女を打撃し……その最後の力を振り絞った突撃を止めていたよ。
……意識を失ったテッサ・ランドールの小さな体が、その場へとゆっくりと崩れ落ちていった。戦士は、そうなったとしても、戦槌に絡めた指を外すことはない。
「……し、シアンさんが、勝ったあ……っ!!」
『やったー!!しあんの、かちー!!』
ゼファーの顔にジャンが抱きついて、勝利を祝っている。
しかし、完全に終わったわけではない。
倒れていたのは、一瞬だった。
本来なら首の骨が折れるほどに深く入った一撃だが、ハーフ・ドワーフの頑強な首はへし折れることもない。
死んじゃいない。
だから、テッサ・ランドールは、ゼファーとジャンの歓声が荒野に響いた直後には、再起動していたよ。ふらつきながらも起き上がり、起き上がりながらも戦槌を振り上げる。
「う、ウソでしょ……っ!?あ、あんなキツいの入ったのに……っ!?」
『がんじょう……っ』
テッサは構えている。
構えているな。
黄金色の戦槌を持ち上げて、シアンに対して振り下ろそうとしている……だが。
……オレは、城塞から飛び降りると、彼女たちの決闘の場に向かった。『真なる虎』は接近してくるオレに視線をくれることはない。獲物に、集中したままだな。
そして、テッサ・ランドールもそうだ。
まあ……彼女の場合は、少々、意味合いが違うがな。
彼女は反応することはない。立ち上がったまま、意識を完全に失っているだけだから。
「……あれだけ喰らって、立ち上がったか。シアン相手に、よくやったよ、テッサ・ランドール」
「……長よ。そいつを殺さなくても、いいのか……?」
「ああ。彼女も、子供じゃないって、自分で言っていたからな。ハイランドの『虎』に想いをぶつけることは出来ただろう。彼女が目を覚ましたら、もう一度、勧誘してみるさ。オレたちと組まないか……ってね」
「……してみるがいい」
「いい戦いだった」
「……フン。お前に、使うための……取って置きだったのだがな」
漆黒の呪印が、シアンの肌から融けるように消えて行く。彼女は、いつもの肌に戻っていたよ。
「スマンな。それなら、オレにも勝てたかもしれないのに」
「……どうだかな」
「最高にいい奥義だ。体力と魔力の消費が、キツいみたいだが」
「……そういう意味でも、取って置きだ」
双刀を鞘に納めながら、シアンは、ふう、とため息を吐いた。
「……また、お前を斬り損なった気がするぞ、ソルジェ・ストラウス」
「ククク。そうだな。だが、まあ……長くつるむ楽しさもあるだろう?」
「……否定は、せん。強者が、近くにいるのは……悪くないことだから」
「オレもそう思うよ……」
剣士同士で顔を見せ合いながら、似たような貌で笑った。テッサ・ランドールが意識を取り戻したのは、そんなときだったよ。
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