第五話 『戦神の荒野』 その7


 長い寄り道になってしまったが、すべきことは色々と出来た。とても有意義な時間を過ごせたと思う。ゼロニア平野の『地図』を手に入れることが出来たのは、大きな収穫だし、『アルステイム』の人々とも絆を深められた気がする。


「……それじゃあ、オレたちは難民キャンプへ向かうよ」


「そうね。私は……あの子たちに事情を聞いてみるわ。これまで、どんな『予言』をしたのかが分かれば、『ルカーヴィスト』の作戦も読めるかもしれない」


「作戦か……たしかに、気になるところだ」


 山岳地帯で『シェルティナ』を使う。いい戦術ではあるが、それだけで辺境伯の軍隊に勝利出来ると思えるかね、アスラン・ザルネのような慎重な男が……。


「……『首狩りのヨシュア』から、地図を回収していたな」


「次の作戦かもしれない地図ね。アレも、同時に分析してみるわ。アッカーマンはソルジェくんに任せる。私たちは、『ルカーヴィスト』について調べておく……ヤツらについて気になることはない?」


「……そうだな。ヤツらの呪術師の一人を……ああ、『シェルティナ』に化けたヤツなんだけど。そいつを魔眼の力で覗いた夜に、変な夢を見た」


「どんな夢?」


「『ルカーヴィ』の『肉』を、その呪術師の腹に、アスラン・ザルネと思しきヤツが埋め込んでいたよ」


「グロい夢ね」


「オレの心が病んでいる以上の理由が、その夢にあると思うか?」


「つまり、それが正夢かどうかと?」


「ああ。『予言者』ぶるつもりはないが、ヤツの心を覗いたときに、ヤツの記憶も奪っていた可能性がある」


「それを夢で見たの?」


「かもしれん。なあ、アスラン・ザルネどもが、『ルカーヴィ』に相当する生物……それを、連中は保持している可能性はあるか?」


「……そうねえ。『ルカーヴィ』ねえ……」


「荒唐無稽なことを訊いている自覚はあるが、何か、思いつくことはないか?」


「『ルカーヴィ』はともかく……バケモノなら思いつくわね」


「『シェルティナ』か?」


「ええ。『シェルティナ』に化けた呪術師の腹に、その『変異』を誘発する素材として、以前、『シェルティナ』になったことのある人物の肉でも埋め込んだのかも?」


「そんなことで、『変異』を促進出来るのか?」


「さあね。接ぎ木みたいな仕組みかもって、思っただけよ」


「接ぎ木か……」


 人体に対して考える発想ではないと思うが……腹に謎の肉を埋める時点で、マトモなハナシではなかったな。


「肉を受け継ぐことで、より『変異』が進むのかも?」


「『シェルティナ』は、かなり悲惨な姿をしていたが……あれよりも、さらに『変異』する可能性があるのか?」


「いい?『ルカーヴィスト』は狂信的な宗教団体でもある」


「君を殺すためにも手が込んでいたしな。わざわざ、聖者の受難の地で首を落とそうとしていた」


「そうよ。あいつらはテロリストだけど、教義を追及するわ。戦神バルジアは時と場合において姿を変える神……そして、『ルカーヴィ』は、終極の姿。世界を滅ぼし、再び始まりに導くという役目をも持っている」


「滅びの神か」


「ええ。山火事みたいなものね。森を全部焼いてしまうけど、再び新緑が生えてくる。伝承では、『私/暗殺巫女』が召喚する役目を司るのだけれど―――」


「―――君は、渇きの湖で処刑されそうになっていた。アレが、その儀式には思えん」


「ええ。あれは、ただの上位聖職者用の処刑の仕方でしかない。『ルカーヴィ』の召喚の仕方なんて、私には伝わってはいないのよ。血筋としては残っているけど、神秘の儀式は失われている」


 そいつは、めでたいハナシだった。世界を破滅させる神など、呼ばない方が健全だろうからな。


「……だが。そうだとすると、ヤツらが『ルカーヴィ』を呼ぶ手段が無い」


「無いから探していた。そして、見つけたのかもしれないわ」


「『シェルティナ』を、接ぎ木していく方法?」


「『暗殺巫女』ではないけれど、『敬虔な信徒』の命を喰らうことで、その姿を変えていく。より、強大なバケモノに『変異』を続けるのかも?……『それ』を、彼らは『ルカーヴィ』と呼ぶかもしれない」


「……自分たちの命と信仰が注がれたバケモノ……もとい、『神』か。ヤツらは喜ぶかもしれないな。まるで、『神』の養父や養母になれた感覚でも得られるかもしれん」


 そうだとすると……。


「……ヒドいハナシだ。あんなバケモノに命を捧げるとはな」


「ソルジェくんが、疲れて変な夢を見ただけの可能性もあるわ」


「そうだといいな。アスラン・ザルネの呪術の犠牲者は、もう見たくはないものだが」


「『シェルティナ』は開発済みよ。ヤツらはそれを大量生産するでしょうね」


「ああ、あの策は、辺境伯の軍隊との戦いには、かなり有効そうだよ。使うだろうな」


「……気になることは多いわね。『シェルティナ』の術を、アスラン・ザルネはどこから知ったのかとか……『オル・ゴースト』の秘伝だったとしても、何故、今になって?」


「……そこらも探ってくれるかい?」


「ええ、『アルステイム/長い舌の猫』の名にかけて」


 役割分担は必要だ。大きな仕事を成すためには。戦神の教えに詳しくもないオレは、『ルカーヴィスト』の考えを読むことは難しそうだ。ヴェリイは、この土地の女で、『暗殺巫女』とやらの家系だ。


 専門家に任せて……オレは、アッカーマン対策と行こうか。この屋敷を出発する前に、ラナと……アレキノにも挨拶しておこうかと思ったが、ラナは医者の診察を受けたあとで、眠りについているとのことだった。アレキノは、フツーにお昼寝らしい。


 わざわざ二人を起こさなくてもいいか。二人とも『予言者』としての力を使ったのだ。疲労が大きい可能性もある。


 しっかりと、休ませるべきだな。


 医者によれば、ラナの『改造』の段階は、やはりというか……アレキノに比べると、かなり初期の状態のようだった。日常生活を送ることも、可能かもしれない。それは朗報ではあったよ。


 ……すべきことをしよう。


 オレとシアンはヴェリイの『隠れ家』から出ると、ヒマそうに日向ぼっこしているゼファーと合流した。


「待たせたな」


『ううん。『どーじぇ』、しあん、おしごとおつかれさま。とぶの?』


「ああ。お前の力を貸してくれるか?」


『うん!もちろんだよ!』


 ゼファーの尻尾が、嬉しそうに天へと向かって持ち上がる。オレたちの役に立ちたくて仕方がないのだろう。ゼファーも、『パンジャール猟兵団』の一員だからな。


『のって!のって!!どこでもいくよ、どこにいくの!?』


「……まずは、『マージェ』のトコロに寄るぞ」


『やった!『まーじぇ』、げんき?』


「元気だ。ガンダラもギンドウもジャンも……キュレネイもいる」


「……会うのか?」


「ああ。そんなに警戒しすぎるな」


「……猟兵に対して、気を抜けるか」


 そう言われると反論しにくいが……するよ。


「キュレネイ・ザトーは、裏切らないよ」


「……異論はない。しかし、操られる可能性もある。この土地の呪いは、強いぞ……」


「猟兵は、呪いよりも強いさ」


「……『ヴァルガロフ』のマフィアを、発展させた呪いだ。しかも、我々は、その呪いを使い、ヴェリイ・リオーネを救出した」


「アレキノの力は、たしかに本物だろう。だが、それでもオレは疑えない。キュレネイ・ザトーは、呪いになど負けない」


「……分かった。その認識でいろ。ただし、私は、備える。ヴェリイ・リオーネとの契約だ。反故には、出来ん」


「……ああ。それでいい。君がオレの護衛についていないことが『アルステイム』にバレると、『アルステイム』の若手が、キュレネイに『予言』のことを伝えるかもしれない。そうなれば、彼女がどんな行動に出るか、分からんからな」


「……殺される心配は、しないのだな」


「ああ。ありえないことだからね」


「……そうか。これ以上は、何も言うまい。お前は、その意志を貫け。見届けてやる」


『……しあん、『どーじぇ』と、けんか?』


 幼い声が、心配そうにつぶやいていた。シアンは首を振る。あの長くてサラサラな黒い髪が、荒野の風に優雅に揺れていた。彼女はゼファーを指で撫でてやる。


「……いいや。長と私は、仲良しだ。ケンカではなく、仕事のハナシだ」


『そうなんだ。あんしんしたー』


「よーし、シアン。ゼファーに乗れ、教会に向かうぞ」


「……ああ」


 ゼファーはオレたちが背中に乗ると、嬉しそうに走り始めていた。ムダの多い飛び立ち方だが……今は、この無邪気さに癒やされたかった。


『とぶよー』


「ああ、飛んでくれ、ゼファー!!」


 荒野の風を翼で受け止めながら、ゼファーは羽ばたき、その巨体を空へと浮上させた。高く高く飛ぶのだ。解放感を味わうために。空を楽しむための飛び方で、ゼファーは蒼穹に踊る。


 ……顔が緩む。悪意と戦いの緊張に包まれた大地から、離れることが出来たからだろうかな。オレも、この土地の毒々しさに疲れを感じているのかもしれない。


 マフィアの抗争に、暗躍する邪教。辺境伯の人身売買組織に、アッカーマンの策略。痛ましく脳を『改造』された子供たち。バケモノに生まれ変わりたいと願う、北部の貧農。このクリーム色に乾いた大地には、厄介事が満載だった。


 だが、幼きゼファーの瞳は、オレなどとは異なる視点を持っていたんだ。


『たくさん、ともだちができたよ!あれきのは、『まーじぇ』おもいのいいこ!らなは、やさしくなでてくれる!』


「……そうだな。いい子たちだ」


『うん!だからね、わるいやつを、おいはらうんだ!ここは、あれきのと、らなの、おうちなんだから!』


「……ああ」


 そうだな。すべきことをしようじゃないか。『パンジャール猟兵団』として、すべきことをする。悪人どもを、排除しよう。そうすることで、あの子たちは幸福に近づけるはずだ。


 善良なる者たちのために、悪人を鋼で切り裂く。猟兵の仕事なんて、いつも、とてもシンプルなことだった。疲れが消えるよ、竜の言葉に癒やされて。オレはニヤリと笑うのさ。

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