第五話 『戦神の荒野』 その8


 ゼファーの飛翔は相変わらず速い。若い竜の無尽蔵の体力は、翼の羽ばたきに力にあふれたペースを維持させる。風を突き破るような勢いで東へと向かい……すぐさま、例の教会が見えて来た。


 荒野のただ中に作られた、オレたちの難民キャンプである。


『とうちゃくー!!』


 上空で旋回しながら、ゼファーは叫び……地上では若干の誤解があるのか、難民たちが叫びながら荒野を駆け抜けていく。


 ……初めて竜を見たのだから、しょうがないことだ。だが、ゼファーと触れ合ってくれたなら、この圧倒的な愛らしを、皆、すぐに理解してくれるはずなんだよ。


 でも、残念ながら、今は仕事をせねばならない。ゼファーをナデナデする会は、お預けだろう。


 ゼファーの旋回は、大地にゆっくりと近づいていき、やがて、その巨大な爪が荒野を踏んだ。


「……ゼファー!!」


『あー!!『まーじぇ』っっっ!!!』


 正妻エルフさんが走って来た。とても素早い動きでね。あの狩人の技巧に満ちた俊敏な脚で、ピョンと跳び、そのままゼファーの大きな顔に抱きついていた。


「おかえり、ゼファー」


『うん。ただいまー、『まーじぇ』……』


 ゼファーの鼻がピクピク動いて、リエルのにおいを嗅いでいる。長い尻尾が、ゆっくりと動いていた。


「……うおおッ!!?ストラウス隊長……っ。マジで、竜騎士だったんだ!?」


 馬を操る人間族の戦士が、ストラウス隊の言葉が聞こえて来た。経歴詐称でもしていると疑っていたのだろうか?


「ああ。オレは、竜騎士だからね。竜に乗っているのが真の姿だ。すまないが、難民たちに小さな誤解があるようだ。彼らに、説明をして来てくれないか?」


「『小さな誤解』?……ああ、そうですなあ。たしかに、小さな誤解でしょうな。8メートル以上は、軽くありますが……」


「……ゼファーを矢で射る者が現れては、大変だ。急いでくれるか?」


「了解!……隊長の竜だって、みんなに報告してきやすぜ!!」


 馬を巧みに操って、戦士は難民キャンプを駆け抜けていく。気さくなベテランの言葉なら、皆、受け入れやすいだろうさ。


「……団長、シアン、ゼファー。お疲れさまです」


 ガンダラがやって来たよ。オレはゼファーの背から飛び降りて、彼に近づいていく。


「他の皆は?」


「ギンドウは例のモノを造っていますよ。難民の中に混じっていた木工職人たちと共に」


「助かるね。地味だが、有効な道具だ」


「ええ。ジャンは警戒に出てもらっています」


「そうか。キュレネイは?」


「彼女は先ほどまで眠っていましたが。大量の昼食を食べた後で、ジャンと交替するために馬に乗って出かけました」


「……そうか。ガンダラ、ちょっと内密にしたいハナシがある」


 こちらの雰囲気を察してくれたのだろう。ガンダラはあの知性と冷静さで作られた黒い瞳で観察するように見つめてあとで、こちらにおいで下さい、という言葉と共に、あの教会の裏手に向かった。


 そこには革製の大きなテントがあった。ガンダラが集中して作業するために作った、専用の『書斎』ってところかな。


 リエルが刻みつけたと思われる、『静音』の紋章がテントの革には輝いていた。中の会話を盗み聞きさせないための仕組みだし―――ガンダラが無音で作業に集中するためでもある。


 革製テントのなかに入ると、コーヒーの香りがした。密閉性の高さのせいで、コーヒーのにおいがこもってしまっているのだろう。


 落ち着く空間か?……狭いテントで巨人族のスキンヘッドと対面していることを考慮すれば、かなり落ち着く空間だ。


 書類があちこちにある、この殺風景な環境よりも、頼れる副官殿が側にいるという意味でな。


「……秘密にすべき情報が、ありますね?」


「さすが、ハナシが早い」


 オレは、最初に、ヴェリイの救出劇の顛末を語った。『予言者』の力を、報告すべきだからな。


 『ルカーヴィスト』の幹部であるアスラン・ザルネのこと、『アルステイム』との協力関係が結ばれたこと、ヴェリイから最高の『地図』をもらったことを報告だ。


「こいつが、その『地図』の模写だ」


「ふむ。すでに、フクロウでロロカに送ったと?」


「ああ。オレが頭のなかで合成したヤツをな。彼女は、それを地図に起こして、ハント大佐に送るだろう」


「なるほど。渡りに船となるでしょう」


「……ハント大佐は、動いているのか?」


「ええ。連絡がありました。ハイランドから動き始めています。ハイランドの西の国境線にいた兵力を、東に向かわせて……主力不在の穴を守ります」


 すみやかな動き。やはりシアンからの情報の通りに、ハント大佐は前のめりになるほど進軍したがっていたか。内政は混乱をしているようだな。まあ、外敵作れば国ってのはまとまるものさ。


「……上等だ。ハイランドの西は内海だし、ザクロアとアリューバがいる。がら空きにしちまっても、守りは十分」


「新たな命令も届いていますよ。団長のアイデアに乗るためには、ハント大佐も安心しておきたいのでしょう」


「当然だな。辺境伯領の『西』の国境の守り。そこを、弱体化させておくとハント大佐には有利だ」


「ええ。追加された命令は、『西の国境』の守りに対する『妨害工作』。ゼロニアの土地に、ハイランド王国軍が入りやすくするためにです」


「入っちまえば、かなり楽にこの荒野を走れるんだがな」


「そうでしょうな。『地図』のおかげです。そして、『辺境伯軍の足止め』と……『東』の『難民キャンプの掌握』」


 仕事が盛りだくさんだな。


 『西の国境を妨害』。


 『北の辺境伯軍の足止め』。


 『東の難民キャンプの掌握』……あと、『南』もあるんだよね……とりあえず、順番よくクリアにして行くか。まずは『東』だな。


「……オットーから報告は?」


「フクロウが来ました。辺境伯は、やはり北部に軍隊を集結しているようですね。短期決戦で、『ルカーヴィスト』どもを排除するつもりです」


「だろうな。長期間かけても得るモノはない」


「『東』の守りは、かなり薄くなっている……難民の意志次第では、突破も難しくはないでしょう……被害は出ますがね」


「あまり被害が出る状況は、避けたいもんだ」


「もちろん。スマートに、すり抜けようと思います。『アルステイム』は、例の品を提供してくれそうですか?」


「ああ。あと二時間半もすれば、ここに届くはずだ。物資と共に」


「それならば、どうにかなりそうですな―――難民キャンプにいるマフィアの数は、そう多くはないようですし」


「キャンプの難民を説得出来れば、問題はなさそうだが……北部の農園に売られた難民たちとは、接触出来ていないままだが……その変わり、『フェレン』に売られていた連中は大量に確保できた」


「彼らには、名前と家族への伝言を書いてもらっています。自筆で」


「いいアイデアだ。オレたちを信用してもらいやすくなる……何人かを、あっちに連れて行くことが出来れば……信用度は高いか」


「ケイト・ウェインが志願していますな」


「……彼女は、北部に家族が売られている可能性が大きいが?」


「リーダーシップのある娘です。そして、賢い。彼女の両親をすぐに見つけることは現状では、不可能です」


「……苦労させてしまっているな」


「彼女の選択を尊重しましょう。ケイトは聡明です。彼女は難民たちにも状況を正確に伝えてくれるでしょう」


「頼りにするか」


「恩には、後から報いることも出来ますよ」


「……報酬は支払うさ。必ず、彼女の両親を探す」


 北にも、すぐに行かねばならなくなるわけだしな……。


 そのあとは細かなことを連絡しあったよ。脳みそが忙しい日だが、仕方がない。今度の戦は広範囲だし……そして、複数の戦場が発生する。『ルード王国軍』と、『グラーセス王国軍』も……動いてくれているからね。ドワーフたちの傷も、癒えているのさ。


 色々なハナシを早口で交わした。


 ガンダラはオレの考えをよく見抜いてくれるから、十伝えるのに、三つでも伝えたら自動的に補完してくれる。


 こちらを無表情で見下ろしながら、彼の口から飛び出してくる、『わかりました』、の説得力が半端ないよ。本当に分かっているんだから。とんでもなく安心する。


 彼からすると、オレなんて本当にアホな動物に見えているんだろうなと感じるが、自虐は止めておこう。戦場で自信喪失するのは間違いだ。過剰な自己評価もダメだがね。


 ほどほどの頭の良さが、ガルーナの蛮族なんかには丁度いいさ。悪くもなし、良くもなし。オレぐらいの脳みそしている方が、丁度いいって、ガルフも褒めてくれていたもんね。


 ……ああ。


 昔を思い出す。


 ガルフがいた頃?


 いいや、それよりももっと昔だ。


 お袋によく言われた。オレたち赤毛の四兄弟は、どいつもこいつも言いにくいことを、最後に取っておく癖があるのだと。バカの血は濃いのだろう。男兄弟が4人もいるのに、どいつも同じ習性を宿しているとはな……姉貴とセシルは、そうでもなかったが。


 言いにくいことを、告げるんだ。


 キュレネイ・ザトーとの『予言』について語ったよ。


「―――『予言』されたわけですな、キュレネイに、殺されると」


「ああ。そうだ。信じちゃいないけど……外れたことはないらしい」


「回避する手段は、一般的には『予言』に出ている『ゴースト・アヴェンジャー』を殺すことですか」


「そうだよ。一般論だけどね。オレは、それを選択しない」


「シアンが護衛についた。ふむ。なるほど、分かりました。団長の好きにして下さい」


「いいのか?」


「ええ。シアンがいるなら、問題はありません。ああ、誤解しないで下さい。彼女にキュレネイを殺せと言っているわけじゃありません。団長とシアンがいるなら、もしも、彼女が敵に操られとしても、問題がないというだけですよ」


「ああ。武装解除する。キュレネイを縛り上げて、薬物でも使うよ」


「問題ありませんね。とりあえず、彼女には秘密にしておきましょう。伝えた方が、彼女を追い詰めるでしょうから」


 同意出来る答えだった。ガンダラは、オレが彼女に『裏切り者を殺す役目』を与えていることを、勘づいているのかもしれない。賢いヤツは、オレみたいな蛮族の考えなんて見抜きやがるから。


 しかし、そんな賢いガンダラに、問題ないと断言されたことは、実にありがたいことだった。


「……気が楽になったよ」


「そうでしょうな。すべきことが分かっていても、心が拒むような道は、辛いものだ。コルテス老が、教えて下さいました。ヒトは、感情を捨てられないものです。迷って、苦しめばいいんですよ、それに相応しい選択をしたのなら」


 いつもより多く話してくれるガンダラがいたよ。オレはアホな蛮族だから、十伝えるためには十一ぐらいハナシておくべきだって配慮だろう。さすがは、オレの副官一号。


「……ああ。迷って苦しんで、信じておくさ」


「ええ。それで良いかと。猟兵は、負けるようには出来ていません。貴方も、そして、キュレネイ・ザトーも」


「……おうよ。じゃあ、行ってくる。『東』の難民たちを説得して、マフィアどもを排除してくる。動きやすくしておくさ」


「お帰りをお待ちしております。こちらは、この拠点を確保しつつ、関係各所に報告を行います……ザクロア軍も、動いていただきたいですしね。そうすれば、アリューバにいる団長の軍……『バガボンド』も動けますから」


「……戦をして、皆で仲良くなっちまうか」


「ええ。それこそが、軍事同盟の本質でもあります。戦線は、東に動きますよ。我々は守るだけの戦をしている状況ではなくなるのです」


「ああ。そうでなくては、帝国を妥当出来んからな。『未来』のために、働くぜ、『パンジャール猟兵団』はよ!」

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