第五話 『戦神の荒野』 その1


 食事を済ませたオレたちは、ミーティングを始める。『予言者』の二人は、この場から離れて、『治療室』へと向かったよ。アレキノの『私室』だ。呪術を封じる力がある結界が施されているらしい。そして、アレキノの主治医もいるそうだ。


 アレキノもだが、ラナについても診察して欲しいところだな。ああ、二人のカルテを書き写してくれとも頼んだよ。


 医療記録に、オレの魔眼が見た、二人の脳に差し込まれている霊鉄……それらをルクレツィアに知らせれば、何かいい治療法をアドバイスしてくれるかもしれないからね。


 オレがあの二人にしてやれることは、他にない。残念ながら、戦士が貢献出来ることは無くなった。これからは治療の時間、専門的かつ高度な医学や錬金術の知識を有する賢者たちの力を借りるべきだ。


 そして、戦士はこの世界に理想を実現するために、血なまぐさいミーティングをしようじゃないか。


 ……『クルコヴァ』とも顔を合わせてハナシをしてみたいところだが、その時間も無さそうだ。『アルステイム』は長が血なまぐさく交替したばかり。ゴタゴタしているだろうからな。


 第三者であるオレの相手をしているヒマなんて、彼女にはないだろう。


 しかし、悪の組織の良いところというかね。上層部が変わったとしても、『生業』は動いているそうだ。『アルステイム』の詐欺師も泥棒たち……末端にして主体である連中は平常運転さ。


 リーダーが変わろうとも、生活が変わるというわけじゃないからね。『アルステイム』の実務的能力は失われていない、昨日も今日も明日も、盗人は盗み、詐欺師は騙すというわけだ。


 オレのオーダーを、『アルステイム』は実行してくれるのさ。


 不偏なる犯罪者どもに乾杯!


 ……なんて言葉を口に出来るほど、オレのモラルは低くはないが……それでも、今は利用出来るもの全てを利用すべきだろうよ。オレの目的を成さねばならないからな。


 何か?……幾つかある。欲深いことにね。


 最優先すべきは、東にいる難民たちを西へと届けること。これは変わらない。そして、もう一つの大きな目標は―――。


「―――この『ヴァルガロフ』を、『自由同盟』に組み込みたい」


「……ハイランド王国軍に、占拠させたいわけね?」


「そうだ。そして……それ以上のことを成したい」


「……どういうこと?」


「大きな勝利だ。そして、この『ヴァルガロフ』を戦火に焼かれることもなく、手に入れたい。悪徳に満ちた土地だが、戦略上、重要な都市だし……何より、君たちの故郷を戦で破壊されて欲しくない」


「それは、私たちもそうだけれど……出来るの?この土地は、攻撃されやすい土地よ。ハイランド王国軍が陣取るのなら、辺境伯の軍勢だけじゃなく、帝国軍が雪崩込んでくるわよ?」


「ああ、ここは手を出しやすいが、守りにくい土地でもある」


 攻め手に有利で、守り手には不利。とくに、オレたち『自由同盟』のような少数派が、この土地を占拠すれば?……帝国軍の多勢に囲まれ、撤退を余儀なくされるわけだ。


 結局のところ、『ヴァルガロフ』に『自由同盟』の軍勢が居座るということは、あまりにも不利なことさ。


 そこに、『自由同盟』……どころか、この大陸でも兵士の質では、間違いなく『最強』であるハイランド王国軍を投入する?……勿体ないことだな。戦になれば、兵士は疲れる。弱兵を相手にしたところで、体力的にはボロボロになるもんだよ。


 戦えば、休息がいる。それは『圧倒的な強者/虎』の群れであるハイランド王国軍でさえも、例外ではない。ヒトの体力は有限だからね。最強の軍勢を、ここで疲弊させるのは勿体ないのさ。


「―――だから。この土地を『自由同盟』側に組む込みはするが……大規模な軍隊を、長期間、居座らせるつもりはない」


「……え?どういうこと?」


「最強のハイランド王国軍が、居座るべき場所は、この『ヴァルガロフ』じゃないってことさ。この誘惑の多い土地に、元・『白虎』の連中を解き放つ?……争いの源だし、せっかく、やる気になっているらしい『白虎』の『虎』どもが、腐っちまう」


「……『背徳城』の、上客にでも、なるだろうな」


 ここにいる誰よりも『虎』を知る『虎姫』が、眉間にシワを寄せながら断言していたよ。目に浮かぶ。『白虎』の『虎』が、再び堕落するその姿がな。その堕落を防ごうと、ハント大佐が激怒し、『背徳城』に火でも放つかもしれない。


「なあ、シアン。『ヴァルガロフ』には、やっぱりハイランド王国軍は、向いていないよな?」


「……ああ。毛ほども、向いていない」


 黒い尻尾がシュピンと空を切り裂くように動きながら、彼女は断言していたよ。オレでも目に浮かぶよ、堕落して、ジーロウ・カーンみたいに肥え太る『白虎』の連中の姿が。


「だから、ここにはハイランド王国軍の『新たな主力』……元・『白虎』を置かない」


「ふむ。私たちとしては、スゴく助かるけれど。それなら、どこに?」


「……『ヴァルガロフ』の人々が、『すでに用意してくれている場所』があるだろ。そこに物資を足すことで、素晴らしい前線基地に化けるじゃないか」


「……『あそこ』のこと?」


「ああ、『あそこ』のこと。他にないもんね。君がくれた情報は、かなり助かったよ。物資の備蓄状況が分かった。おかげで、賢い『自由同盟』の指導者たちを、納得させやすいから」


「……とんでもないヤツと手を組んじゃったかもしれないわね」


「おいおい、誤解するなよ。『自由同盟』は、いいトコロだぜ?」


「違うわ。ソルジェくんのことよ」


 ……オレは、君にはやさしい男だと思うけどな?


「ソルジェくん、『自由同盟』も四大マフィアも、自在に操ろうとしているわよね」


「人聞きが悪いぜ。操るわけじゃないさ。結果的に、そうなった方がマシだろって、色んなヒトに提案しているだけ。どこの連中も、賢くて、オレなんかが操れるようなタマじゃないさ」


「そうかしらね。まあ、頼もしくはあるわ。乱世で組むなら、そういう強さを持っているヒトの方がいいわ」


「オレも、君たちみたいなクールな人々と組めて、嬉しいよ」


「とにかく、『あそこ』を使うのなら、問題が一つあるわね」


「辺境伯の軍隊のことだな」


「そうよ。どうするの?」


「蹴散らすから安心しろ」


「……え?ハイランド王国軍が?」


「状況次第では、手を借りるつもりだが……テッサ・ランドールがオレの策に乗ってくれたら、ハイランド王国軍を使う必要も無いだろうな」


「『マドーリガ』と、辺境伯の軍を戦わせるつもりなの?」


「そうだよ」


「そうだよって?……彼女を、どうやって動かす気?」


「四大マフィアの盟主の座を与えるってのはどうかな」


「え?」


「アッカーマンをオレが排除すれば、『マドーリガ』が『ゴルトン』を制圧するのは難しくないだろう。君たち『アルステイム』が協力してくれるのなら、ますます簡単に『マドーリガ』が『ヴァルガロフ』を掌握するさ」


「……テッサ・ランドールを、この街の支配者にするっての?」


「ダメかな?」


「……いいえ。別に悪くはない、かもね。アッカーマンよりはマシって意味でだけど」


「彼女は分かりやすい人徳者でも、もちろん聖人ってわけでもないが、ハナシは通じそうだし、何よりも軍事力を有している」


 『マドーリガ』のドワーフ戦士たちは、十分な質を持っているからな。


「どうあれ、アッカーマンを殺せば、彼女が自動的に『ヴァルガロフ』のリーダーになっちまうさ。野心家で、腕もいい。戦力は桁外れだ」


「そうね。アッカーマンが消えれば、そうなるわね」


「『クルコヴァ』は、そういう野心はあるのか?……彼女が、どうしても四大マフィアの盟主の座が欲しいのなら、オレだって考えるが」


「……そこまではないわ。元々、『アルステイム』が滅ぼされそうだから、長の座を奪っただけのヒトよ。『アルステイム』の生き方を尊重している。私たちは、影の住人。支配者の質じゃない」


「政治的な支配に興味がないってのなら、問題はないってことだ。野心家ロリ姐さんのテッサちゃんに、お手紙書くぜ」


「そうね。誰か、ソルジェくんに羊皮紙を持って来て」


「はい!ヴェリイさま!!」


 若いケットシーが、足早に食堂から出て行った。なかなか、いい動きだった。ヴェリイは尊敬されているようだな。


 しかし、羊皮紙か。いいね、『アルステイム』らしい。それも、オレと『アルステイム』が組んだことをテッサ・ランドールに悟らせるか?……まあ、気づくだろうな、彼女は賢いから。


「……それで、ソルジェくん。他にすべきことはあるかしら?」


「ん。積極的だな」


「色んなヒトの未来がかかっているものね」


「そうだな。今度は、大きな意味を持つ戦いになるぞ。これからの数日間が……『自由同盟』とファリス帝国との戦いにおいて、大きな転換点となるはずだ」


「それで、他にして欲しいことは?……アッカーマンを殺した後でも、ヤツの築いた『仕組み』が動くようにしたいって、言っていたわね?……盗んで来いってこと?」


「……そう。盗むか、偽造するか……どうにかして、『アッカーマンの命令文』みたいなものを手に入れられないか?」


「出来るわよ。どっちがいい?」


「……くくく!ホント、君は頼りになるお姉さんだよ」


「まあね」


「じゃあ。よりアッカーマンの部下を騙せるのは、どっちだ?」


「んー。本人に書かせることを除けば……盗んだものの方が確実かしらね」


「今までも、盗んでいるのか?」


「何枚もね。彼の筆跡を、マネ出来るわよ、うちの連中。ニコロもやれる」


「ホントか?」


「はい。戦士としては死にましたが、その他のことなら、ヴェリイさまのお役に立てるはずですから……文書の偽造についても、習得しています」


 『垂れ耳』の青年は、あの人懐っこい紳士的な微笑みを浮かべていたよ。どこまでもヴェリイ・リオーネに忠実な男だ。


「じゃあ、そういう手はずでいいか?……盗人が命令書を盗み、ニコロがアッカーマンの文字で偽の命令を上書きする」


「分かりました。それで、何と書けば……?」


「……ガンダラが書いてくれた、『下書き』があるんだ。コイツを渡しておくよ」


 雑嚢から取り出した『下書き』を、ニコロ・ラーミアに手渡した。


「……さっそく、仕事に取りかかります。二時間以内には、出来ると思いますが……?」


「早いな。盗み出すのは、そんなに簡単なのか?」


「ええ。アッカーマンの屋敷は、もう何年も前から『アルステイム』の密偵が、探りつづけていますから。彼の料理人の一人と、お気に入りの庭師は、『アルステイム』の密偵ですよ」


「……スパイは料理上手ってか」


「なによ、それ?」


「ルード・スパイのエリート一家が、そんなことを言っていたのさ。まあ、仕事が早いのなら助かる……そいつが出たら……この地図に書いている場所に、持って来てくれないかな?」


 『アジト』の場所を教えるのさ。『フェレン』から脱出して来た難民たちが合流したもんだから、何百人規模になっている。


 それだけの大所帯だから、もう『アルステイム』の人々にはバレている可能性もあるがね……彼らは、ヴェリイを探すために、荒野に散っていったわけだから。


「かしこまりました。四時間後に、お届けいたしましょう」


「頼りになるぜ。ついでに、武器も届けてくれると助かるな。難民たちが自衛するための武器は足りてはいないんだ」


「……細身の槍が、いい。連中には、軽くて使いやすい武器が、適している」


 教官の目線を覚えたシアン・ヴァティの推薦か。教官職をこなしたことで、彼女の能力も磨かれているようだな。


「……だそうだ。頼めるか?」


「可能な限りの本数と、食糧などもお届けいたします」


「さすがニコロだ。その気配りが、とても嬉しいよ―――さてと、あとは、もう一つ頼めるか?」


「いいわよ。私の命の恩人だもの。色々とお願い、聞いてあげちゃうわよ」

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