第五話 『戦神の荒野』 その2


 もう一つの『アルステイム』への『お願い』。それはアッカーマンの命令書を『偽造』することに比べると、かなり簡単そうなことだった。


「―――『詳細な地図』が欲しい」


「……それだけ?」


 やっぱり、そんな言葉を返されてしまったな。『アルステイム』の能力からすれば、こんなことはお願いの内に入らないのかもしれない。しかし、誤解があってはいけないから、より正確に伝えておこうか。


「そう。『詳細な地図』……この土地は戦火に巻き込まれて来た歴史がある」


「ええ。ゼロニアは、北部の山岳地帯以外は、ほとんど平坦な土地だものね?」


「大勢の軍隊が進軍しやすいわけさ。そして、そんな戦の度に、『道』は整備されて来ているはずだ」


 軍隊にとって『移動』ってのは大変な作業だ。少しぐらい大きな道であったとしても、そこを大勢が同時に通ることは難しくなる。


 渋滞するってことさ。どんなにいい馬がいようとも、どんなにムチャして歩兵に走らせても、道が狭くちゃ、渋滞しちまい動きが悪くなるのさ。


 だから軍隊は移動しやすい平地を進みたがる。そして、その平地だって、進みやすさを維持するために、先遣隊に邪魔そうな岩を排除させたり、道ばたに穴でもあれば、そいつを埋めたりするものさ。


 敵が待ち伏せに使いそうな森や林なんてあったら?火を点けて焼いてしまうことだって、十分にありえるだろう。


 軍隊は環境の破壊者でもある。数万人の軍勢がいれば、水源を飲み尽くすほどの勢いで水を飲むし、暖を取るためや、食事を作るために森の木々を伐採して、薪を作ることもある。


 数万人の胃袋を満たすために、狩りをして、山の生き物をまるごと狩り尽くすこともあれば、そこらの畑や村を襲って、全てを略奪することも多い。


 軍隊が移動する度、その土地は壊れてしまうということさ。人類が教訓にすべき事実の一つだろうが―――今は歴史の悲しみよりも、今からやる戦に有効な道具の確保が先だ。


「軍隊は、進行速度を保つために、自分たちで道を整備する。乱暴にすることもあれば、丁寧に敷石で舗装することだってある。この荒野にも、あるんじゃないか?……砂に埋まりかけた進軍用の道の数々が」


「……『昔の戦』で使われた『道』のこと?」


「そうだ。このゼロニア平野を駆け抜けた、各国の軍隊たち。それらが、作った道があるはずだ。それらは……他の道に比べて、軍隊を走らせやすい。大きな合戦があった、古戦場……そういうものには、一つや二つ、そういう道があるはずだが」


「……なるほどね。行商人や旅人、『ゴルトン』たちの駅馬車の道……以上に、軍隊の移動の適した道」


「駅馬車の道も使うと思うが、一本では足りない。ルートが多い方がいいんだ。無数のルートを分けて、走り抜けられるのなら……進軍速度を確保できる。渋滞しないから」


「わかったわ。アントニオ、リン、地図を持って来なさい!!あるだけ、全部よ!!」


「はい、ただちに!!」


「いますぐ、ぜんぶ、持って来ます!!」


 若いケットシーたちは素早かった。食堂から出て、数分後には戻って来る。彼らは食堂のテーブルに、何枚もの地図を開いていく……古いモノも、新しいモノも存在していたよ。


 ヴェリイ・リオーネが、それらの地図が何なのかを教えてくれた。


「まず、これが現在の『ゴルトン』が使っている地図よ」


「何でも、盗んでいるんだな」


「ええ」


 ケットシーの泥棒は、自慢気に笑っていた。『アルステイム』のメンバーにとっては、褒め言葉でしかなからないらしい。


「君らの手癖の悪さには感動するよ。つまり、コイツは、密貿易の道か」


「そうよ。公式には乗らない道ばかり……荒野にも、たしかに走りやすい場所がある。穴や岩が少ない道がね。見えない道よ。それに詳しいのは、何だかんだで『ゴルトン』」


「その地図を盗んでいる、君たちもね」


「まあね」


「しかし、国境も貫く、荒野の抜け道か……それぞれのルートの色が違うが、大きさを現しているわけか?」


「そうよ。赤が一番大きな馬車でも余裕で通れる道。青は馬一頭が限界ね。そして、黄色は、それらの中間というところよ」


「仕事が細かいな……街道と、街道のあいだを、縫うように走っているわけか」


「関所にぶつからないようにって、作られた道が多いわけだしね」


「なるほど。この道は、『ゴルトン』たちの馬と車輪が削り続けた道か……信頼して良さそうな道たちだ」


「これだけで足りる?」


「他にもあるのなら見せてくれ。情報は多いにこしたことはない。他のは、どういう地図なんだ?」


 オレがそれらの地図に食いついたことに、ヴェリイは気分を良くしているようだ。『アルステイム』の実力を、オレに披露するのが嬉しいらしい。


 まあ、気持ちは分かるよ。オレだって、猟兵たちの仕事が褒められたら嬉しいもんね。


「こっちは、羊毛商人たちの使っていた貿易ルートで……こっちの、ちょっと古くてボロボロなのが、羊飼いたちが使っていたものよ!」


 使い込まれた感じの羊皮紙に、古びたインクで無数の文字が書き込まれていた。羊の群れとか、オオカミやモンスターの襲撃情報も書かれている。


 羊飼いたちが、しっかりと使い込んで来た、信用のおける地図だ。羊が落ちた崖についての情報も詳しく書いてあるな……コイツは、いい地図だ。羊飼いにとっても、オレたちにとっても。


 地図を書くこともある竜騎士サンは、もう片方の地図についてもピンと来るよ。地図の書き方の癖が一緒だな。同じ山脈と、同じ星の位置から描いている。北の山脈にかかる、春の終わりの星座の一角を、道しるべにしながら作った。


 羊飼いたちの毛刈りの拠点と、羊毛商人のルートも一致している。つまり、羊飼いと毛皮商は『同胞』ってことだ。


「……コレは、君らのご先祖さまの私物か」


「そうよ。ちなみにだけど、『ゴルトン』のルートとも被っていないわ」


「ん。どうしてだ?」


「たんに、プライドの問題よ。『ゴルトン』たちは、自分たちの作った道じゃないから、他のヤツが創った道を使うのを嫌っているのよ」


「好き嫌いは良くないぜ。オレは、道を由来で差別したりしない」


「いいことね。私たちもそうよ。まあ、運び屋には、運び屋なりの美学があるんでしょうよ」


「『ゴルトン/翼の生えた車輪』の美学か……たしかに、美学を持たんプロ意識は、つまらなくはある。専門家ゆえのプライドか」


「そんなところでしょうね。これは、羊たちの群れと進んだ、我々の先祖がカタギだった頃のルートよ……言いたいこと、分かるかしら……黒尻尾ちゃん?」


「……その呼び名は、やめろ」


「いいじゃない。トモダチでしょう?……今度、一緒にお風呂に入りましょう。その尻尾を洗ってあげるから」


「……私は、レズビアンではないぞ」


「私もだけど。モノは試しって言うじゃない?」


 大人美女二人が一緒にお風呂か。何とも楽しそうな光景じゃあるな……想像すると、顔がニヤついちまうが、バカやってる場合でもないだろう。


 シアンは、ヴェリイの冗談を無視した。


「……お前たちの祖先が、羊と共に旅をしたルート。つまり、放牧のための道」


「正解。それで?」


「……この道には、羊が食べるための牧草が、生えていたわけだ」


「そうよ。お馬さんで走るのなら、ゴハンもあった方がいいでしょ?」


「悪くない発想だ。水飲み場も書いてあるのが、素敵だな」


「このルートは、草が多いのよ。今でも、少数の羊飼いが使っている。道は維持されているはずよ。道の太さは、『ゴルトン』の基準で、黄色。つまり、中型馬車なら余裕で走れるわ」


「いい情報だ。軍隊も駆け抜けられそうだよ」


「……む。長よ、これも見ろ」


 シアンがその地図を、オレの手元に持って来てくれる。ああ、探していたヤツの一つだな。


「……ヴァルカン王国軍の地図。30年前に消えた、荒野の雄か!」


「ええ。この地図が描かれたのは、40年前ね。当時は強国で、このゼロニア平野で無敗を誇ったわ」


「ヴァルカン人の騎兵は、ガルーナ人よりも残酷だったと評判だ……」


 なんだか同じ悪名高い蛮族の歴史に触れていると、少し感動してしまう。ヴァルカンの蛮族どもが、馬で走り回ったルートか……行軍に適した道の情報が、文明度の低そうな汚い文字で書いてあるぜ。


 地図に描き込まれている文章、綴りが間違っているよ。ああ、蛮族らしくていいな!低い知性に共感を覚える!そして……何より、コイツら……同じルートを何度も通っている。


 しかも、こいつはオレの記憶している現在の街道とも、明らかに違うルートだな。隠している道だ。舗装もすることも、目印も最小限にした。


 荒野の砂に埋もれて、敵兵には気づかれない、行軍専用の道か。『ゴルトン』や商人たちの、街と街をつなぐ道ではない。『何も無い土地』を、つなぐ道―――ゼロニア平野を大軍で走破するためだけの、隠された道だ。


「……コイツも最高に、役立ちそうだ。『ゴルトン』の道、君たちの牧羊の道。そして、ヴァルカン騎馬隊の隠された道……この三つを知っていれば、敵に発見されずに、荒野を駆け抜けることも可能そうだな」


「役に立つ?」


「とてもな。想像以上に、いい移動が出来そうだ」


「地図の模写もあるけど、いる?」


「ああ。もらえるのなら欲しいところだ。遠方にいる仲間に、送る必要もあるしな」


「ゼファーくんで?」


「いいや。フクロウの脚につけた輪っかでさ」


「……けっこうな枚数だけど?」


「この土地の地図そのものは皆、持っているさ。何せ、荒野は、あんまりにも平たいし、『目印/ランドマーク』も多くはないからな」


「なるほど。みなさん、簡単な地図なら持っているわよね。ハイランド王国は、『ヴァルガロフ』を侵略しようとしているわけだし」


「地図があるなら、道を足せばいい。つまり、その道を、言葉に変えて伝えるだけでも十分ってことさ。オレが、この地図を見て、必要なポイントだけを言語にする。そいつを暗号文に直し……フクロウで運ぶ。仕事は完了」


「器用なコトね?」


「竜騎士さんは地図を書くのも得意なんだよ。偵察能力の高さも、竜騎士の売りさ」


「ゼファーくんに乗って、偵察すれば、色んなコトが分かりそうね」


「ああ。そして……そもそもだが、完璧な地図を頭に持っていなければ、地表を這うことで形が変わる風に対応することなど出来ん」


「そこはちょっと想像がつかない言葉ね。竜騎士だけの感覚だろうけれど……とにかくソルジェくんたちなら、それをやれるのね?」


「オレはそのまま言葉にするだけだが……ロロカ・シャーネルなら、その言葉を地図に起こしてくれるだろうさ。ついでに、各国の首脳を説得するに足る文章も、彼女なら書けるよ」


 『ストラウス商会』……というか、『ユニコーン騎兵隊』も、今度の戦の重要な決め手になるからな。

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