第四話 『祈る者、囚われる者』 その34


 ゼファーの圧倒的なまでの機動力は、オレたちをまたたく間に、ヴェリイ・リオーネたちの『隠れ家』へと導いていた。空の旅は快適だった。『予言者ラナ』もゼファーの背を気に入っているようだった。


 彼女は、アレキノと比べるまでもなく、かなりマシだ。体力的には大きく弱っているものの、脳へのダメージはアレキノほどではない。ちゃんとした受け答えが出来るようだしな。


 あとは……アレキノが、安定する。『予言者』同士がそろうと、心が安定するのかもしれないな。同類がいるという安心感なだけかもしれないが、それだけでも十分に、この傷つけられた子供たちには大事なことだと思う。


 ヒトの輪に入るべきだ。この悲惨な犯罪の被害者である子供たちを、温かく庇護する集団に、二人は囲まれるべきだ。


 ……人肌に比べると、やや熱いものだが、竜の背中はとても温かい。オレの膝のあいだにいるラナは、温かいね、という言葉をつぶやきながら、ゼファーの背中をなでてやる。


 ゼファーは、また仲良しの『予言者』が増えていたよ。


 ……さて、『隠れ家』に着いたオレたちは、当然ながら警戒されたな。彼らは竜が来ることなんて知らないからね。高い塀に囲われた、大きな屋敷の屋根に、ケットシーの暗殺者たちが現れる。弓を持っていたな。


 そこにいるのは、ヴェリイの腹心たちだよ。


 だから、ヴェリイ・リオーネの姿を見ると、状況は一変する。殺意は消えていた。警戒する心は残っていたがね。竜が家の近くにやって来れば、竜騎士の家系以外は、わりとパニックになるもんだ。泣いて叫んで、神に祈ったとしても、不思議ではない。


 ……竜は、あまりヒトを襲わないんだがな。敵意を向けたりすれば別だが。基本的に、ヒトよりは温厚な生物なのだが……どうやら、大きな誤解が世間には蔓延しているらしい……差別されることには、慣れているよ。


 ケットシーの暗殺者たちはパニックにはならないが、圧倒的な戦闘力を有している、可愛いオレのゼファーに対して、強烈な警戒心を崩すことはなかった。屋根から屋敷のなかに戻っていったが、窓からは鋭い視線が放たれている。


 まあ、しょうがないさ。


 見張りは、見張るのが仕事だしな。


 ……彼らからは、いいニュースが聞けたよ。


「ヴェリイさま!!『クルコヴァ』さまが、『アルステイム』の新たな長です!!」


「……そう。さすがは、私たちの『ボス』ね」


 オレが待ち望んでいた情報の一つだった。ヴェリイ・リオーネの『ボス』が『アルステイム』を掌握した。組織の新たな長は、『クルコヴァさま』になったらしい。対抗出来る存在は、皆、彼女とその手勢により、消されてしまったのか。


「……他の連中は?」


「敵対する幹部の首は、ほとんど取りました。乱暴者のヤマカシたちも、捕らえて殺しています」


「ヴェリイさまを追って『サール』に来た連中も、ソルジェさまとシアンさまが仕留めました。アビルドたちです……いい腕でしたが、彼らの忠誠は変わらない」


「最小限の傷で済んで、良かったわ」


 ……なんとも、血なまぐさい抗争だったようだが、半日足らずで終わったことは幸いだな。長引けば、せっかくの『アルステイム』がダメージを負ってしまう……『暗殺と情報戦のプロフェッショナル』。この有能な組織を、失うことは避けたい。


 オレたちは、歓迎されたよ。


 昼飯には、やや遅い時間だったが、『隠れ家』の連中に誘われた。長距離移動と戦闘をこなし、魔力も使い、救出劇も行った。かなり、疲れてはいるからな。オレたちは昼飯をご馳走になることを選んでいた。休息も、戦士には大事だ。断る理由もなかった。


 ツタの這う、灰色のレンガの壁を抜けた先には、広い中庭と、三階建ての大きな屋敷があったよ。豪邸だな、どんなに過小評価したとしても。


「……これで、『隠れ家』か?」


「黒尻尾ちゃん、隠れているのは名義としてよ?……この屋敷は、帝国商人アンディ・マッカラムさんのお住まいよ。帝国貴族の血を引いていて、辺境伯ロザングリードが開くパーティーの常連サンでもあるわ」


「……全て、偽りか」


「もちろん。おかげで、この屋敷には、誰も近寄ろうとはしないわ。辺境伯は、たくさん税金を納めてくれる、マッカラムさんのことを気に入っているもの」


 『アルステイム』の……というか、ヴェリイ・リオーネの戦い方を見せてもらっているようだ。こんな巨大な『隠れ家』を作るとはね。頼りになる女性だ。おそらく、ここだけじゃないはずだ。あちこちに、『隠れ家』を持っているんだろうよ。


 そのノウハウを、伝授してもらいたいところだ。オレたち『パンジャール猟兵団』の『隠れ家』と来たら、基本的に廃墟だからな……贅沢を覚えたいわけじゃないが、やはり、廃墟よりは、こんなきちんとした屋敷の方が、体調管理をしやすいもんね。


 偽・帝国商人の屋敷に入る。


 ああ、中は外より豪華だったよ。完全な貴族趣味というか、赤い絨毯に、豊かさをひけらかすような調度品の数々。荒野なんて見飽きているだろうに、荒野の絵まで壁に飾られている……。


「……辺境伯の趣味に、合わせたか?」


「そうよ。『フェレン』の砦も、こんな風だったでしょう?」


「ああ。ここに、辺境伯を招いたことがあるのかな?」


「3度ほどね。その時は、ケットシーは屋根裏や壁の中に隠れていた。雇われの人間族たちが、貴族のフリをして、いい商談を結べたわ」


「……君と組めたことを、光栄に思うよ」


 素晴らしく有能な詐欺師だ。もちろん、誉めているのさ。彼女たちが仲間になるなんてね。出来なかったことが、どれだけ出来るようになるのか。


 大物帝国貴族を騙せる演技力。なんとも得難い力だよ。


「大した二枚舌でしょう?……辺境伯も、ヒトの子よ。欲望につけ込めば、騙せるわ。怪しんでいても、問題はない。怪しくても、美味しいエサなら……食べてしまうものよ」


「君を、ガルフ・コルテスというオレの師匠の一人に、会わせてみたかったよ。ほとんど同じコトを言っていたからね」


「素晴らしい師匠を持っているのね、ソルジェくん」


「まあね」


「……時間があれば、じっくりと語り合いたいところだけど、今は、ゴハンにしましょう」


「そうだな。腹が減っては戦争も出来ん。ラナ……メシは食べられそうか?」


「……うん。大丈夫……」


「頭が痛いとか、体調が悪くなったら、すぐにここの連中に相談しろ。ここの連中は、お前をいじめたりはしない」


「……うん。そうする」


「いい子だ」


「すっかり、お兄さんみたいね?」


「愛着はわくよ。オレは、妹を失ったことがあるから」


「……悲しいことが多い時代だわ」


「まあね。でも、メシの時間ぐらいは、笑っておくべきさ」


「いい言葉ね」


 さて。メシの時間を楽しもう。なにせ、かなり腹が減ってきているからな。辺境伯を満足させたらしい、貴族趣味の食堂だよ。ああ、使っている木の色がワインレッドで高そうだな。


 なんとも貴族的な食事が出てくるんじゃないかと身構えていたが、今日は『真実の姿』で対応してくれるらしい。


 マフィアの昼飯だもんね。豪華じゃなくて、どちらかというと一般的だった。豪華な食堂のテーブルの上に、三日月型の揚げパンがやって来たな。周囲の空間とのギャップがスゴいが、悪くない。


 帝国貴族のフルコースなんて出されても、困ったしな。マナーとか、分かんない。マフィアにも劣る蛮族っぷりを晒すことにならなくて、良かったと思うんだ。


「こいつは、何ていう料理なんだ?」


「『チェブレキ』ね」


「ほう」


 一口かじってみる。揚げたてだから、熱いが、それが美味いな。薄めの小麦粉生地に、ミンチ肉を包んでいる。ジューシーだよ。刻んだ玉ねぎとニンニクと、コリアンダーがミンチ肉には混じっている。あと、チーズがたっぷりと入っているな。


 揚げ立ては間違いなく美味いヤツだよ。表面にかけられている、ケチャップベースのソースともよく合う。ミンチ肉の甘味とトマトの酸味は最高のコンビネーションの一つだろう。


「美味しい?私たちの伝統的な揚げパン?」


「ああ。美味いよ。これを嫌いな男は、あまりいないはずだ。肉の旨味と野菜とチーズ。肉大好きのガルーナ人には最高の昼食だよ」


「そうだと思ったわ。マッチョ野郎って、大体、こんなの食べさせておけば嬉しそうな顔になるもんね」


 そんなに男の舌って単純じゃないんだと否定したいけれど、マッチョ野郎の一人として喜んじまっているから、オレにそんな発言をする資格は無かった。あの子たちも、アレキノとラナも、この三日月型の揚げパンを気に入っているようだ。


 よく食べているよ。


 ラナも、体調は大丈夫そうだ。アレキノがそばにいることで、落ち着いているのかもしれない。腕のいい医者に診察してもらいたいところじゃあるが、今のところ、健康そうだ。とりあえず、安心しておくことにするか。


 より改造されているアレキノだって生きているんだ。心身へのダメージはともかく、命に関わるということは無さそうだからな。


 今は美味しそうにジューシーな三日月に夢中だ。二人とも、かなり痩せているからな、たくさん食べて欲しいんだよ。この肉たっぷりの揚げパンなら、栄養はたっぷりだからな。


 しかし……やはりというか、このミンチ肉は羊肉だったよ。『アルステイム』には羊に対する思い入れでもあるのかと訊ねれば、彼らと羊とのあいだに歴史があることを教えてもらえた。


 『アルステイム』が、まだ盗人や詐欺師になるより以前……つまり、マジメに自警団をやっていた時に、彼らがこの土地で最も力を入れて飼育していた家畜が羊だったらしい。


「……荒れ果てた土地で、私たちみたいな弱小種族が生きていくにはね、羊みたいな荒れ地に強い家畜が必要だったの」


「なるほど。たしかに、荒野や高原でも見かける生き物だ」


「先祖たちは、羊を最大限に利用した。羊皮紙に学術書を書き写して、子供たちに学ばせた。羊毛を刈って、服を作り、テントも作った。角を加工して、笛にして売り、肉と脂は私たちの飢えを満たしてくれたのよ。強敵に襲われた時は、羊の群れと一緒に逃げたわ」


「縁が深い家畜なわけだ」


「その伝統を、忘れたくはないの。みじめな歴史だったとしても、歴史は歴史。私たちを強くしてくれた歴史の一つよ。環境が悪くても、知恵と身軽さに頼り、悪人渦巻くこの土地でケットシーの『アルステイム』は生き抜いたってわけ」


「いい物語だよ。君の叔母に化けていた『クルコヴァ』は、そんな深い意味を込めて羊の肉を鍋で煮込んでいたわけか?」


「バレていたのね」


「細かいコトには、蛮族のくせに、よく気がつく方でな。『家族』を失った君が、オレたちみたな流れ者を、『家族』に会わせることはないさ」


「……そうね。彼女こそ、私の師匠であり、『ボス』……『クルコヴァ』よ。お婆さんっぽく化けて、レストランを経営しているという『嘘』に隠れていたわね。いつもは、別人が経営しているわ」


「アレキノの『予言』で、キュレネイとオレたちを知ったか」


「ええ。『魔王』が来る……そう言われてね。酒場で聞いた、西の怪物の歌が思い浮かんだわ。利用出来そうだから、接触してみることにした。私たちにとって厄介そうだったら殺しておこうかとも思った。まあ、会った瞬間、戦力の差にドン引きしたけどね」


「オレたちは、殺されるような生き物じゃないからな」


「まったくそうね。あきらめたわ。だから、当初の予定通りに、『ボス』のいるレストランに誘ってみたの」


「……『クルコヴァ』に、オレたちを観察させたか」


「ええ。私たちと組めそうか、そうでないか。ソルジェくんみたいな怪物が、敵になったら困るからね。見定めることにしたのよ、私の『ボス』はね」


「結果は?」


「……合格だったわ。『クルコヴァ』の勘は外れたことがない。ソルジェくんは、我々と組める人物だって、ニヤニヤしてた」


「愉快な御仁だな」


「褒めていたわよ。全員、隙が無いんだって。ゴハン食べて、笑っているあいだでさえも、あの『クルコヴァ』が暗殺出来そうにもない連中って……ホント、ソルジェくんところはムチャクチャね」


「お褒めにあずかり光栄だ」


「……それで、手紙を書くんでしょ?」


「……ああ。テッサ・ランドールにな。『アルステイム』には、オレが色々と注文つけてもいいわけだろ?」


「ええ。『クルコヴァ』は、『自由同盟』と組む。そうでなければ、この乱世で『アルステイム』を守れないと判断したのだから」


「頼りになる。他の仕事も頼んでいいか?……アッカーマンを殺した後でも、しばらく、ヤツの人身売買の『陸路』が動いてもらった方が、都合が良くてね」


「……まあ。何を、どこに運ばせる気なのかしら?」


「良いものを、適切な場所に運ぶんだ。ちょっと遠いが、彼らの輸送能力なら、十分さ」

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