第四話 『祈る者、囚われる者』 その32


 オレの命令で全員、ゼファーに乗った。その直後、鼻息荒いゼファーは灰色に乾いた『渇きの湖』の湖底を蹴り、漆黒の翼で空を激しく叩くのさ。


『いくよ!!おおいそぎで、いくんだ!!みんな、つかまっていてね!!』


「おうよ!!ヴェリイ、オレに抱きついておけ!!」


「分かったわ!!あはは!!空飛んでる、すっごーい!!はやーい!!」


「……初めて竜に乗っても、怯えんか」


 シアンがどこか呆れたように、はしゃいでいるヴェリイを評価していたよ。


「ヴェリイさまは、少し変わっていますので……」


 犬と呼ばれる忠義者でさえ、ヴェリイの心情を理解できないらしい。そんなに激しく羽ばたく竜の背に、抵抗があるものかね?……まあ、別にいいけどな。今、大事なのは、そんなことじゃない。


「……それで、ソルジェくん。ラナって子が、あちらさんの『予言者』で、私をハメた子なのね?」


「君をハメたのは、アスラン・ザルネだ」


「……そうね。その子も、アレキノみたいな子なのね……?」


「おそらくな。脳に霊鉄を差し込まれ、呪術を刻まれている。幸せな日々を、過ごしちゃいなかっただろう」


「……残酷だな。悪人の、道具とされたか……ッ」


「そうだ。だが、シアン。彼女は、助けてやれる」


「……追いかけているのか」


「ああ。呪いを追いかける、魔法の目玉の新能力でな……オレを通じて、ゼファーも覚えたぜ」


『うん!ぼく、つよくなったよ!!』


「……そうか。どうあれ、哀れな被害者だ。助けてやるぞ」


「ああ。すぐに、たどり着く。遠く離れた場所に、連中はいない……」


「でしょうね。私の『読み』より、ずっと早く動けたからね。覗かれていたわけね」


「そうだ。アレキノより、『機能』が上のラナにな」


「うちのアレキノを馬鹿にしないでよ?」


「語弊があったよ。アレキノとは、別のタイプの『予言者』だろう。持って生まれた才能や、呪術や薬物の違いさ。『予言者』は……生み出すことが難しい存在で、不安定だ。『ゴースト・アヴェンジャー』よりも、はるかに作りにくい」


「犠牲者が、多いということですね……アレキノさまを見つけたとき、幾つかの資料も回収出来ました。子供と思しき……脳の標本」


「……『失敗作』たちか……ッ」


 嫌悪を帯びたシアンの言葉が、ゼロニアの空に痛々しく響いていた。


「……そうだろうな。『オル・ゴースト』は、多くの『灰色の血』で、『ゴースト・アヴェンジャー』や『予言者』を製造しようとして来た。引くほど多くの犠牲を伴っての行為だ」


「……痛ましいハナシね。開祖、ベルナルド・カズンズは、『灰色の血』を尊ぶようにと語ったはずなのに」


「……悪人の組織の哲学など、歪み、堕落する。理想を捨てた者は、高みを目指せん」


「黒尻尾ちゃんの、言う通りね……悪人同士が、犠牲を増やしながら……欲を求めて堕落していった。四大自警団の誇りも、今では無くしてしまったわ」


「無くしたのなら、創るしかない。まだ生きている。生きている限りは、多くのことが出来るもんだぜ?」


「……欲しければ、勝ち取れってことね」


「乱世の流儀だよ。誇り高く生きることを目指すのに、まだ遅くはないぞ、ヴェリイ・リオーネ。君は、マフィアかもしれないが……ヒトを助けることの価値を理解している」


「くすぐったくなるわね。そうやって、女口説くの?」


「勧誘しているのさ。一緒に、欲しい世界を創らないかとな」


「……『自由同盟』には、入るわよ?」


「それから先だ。いつか、ガルーナに来い」


「ヨメとして?」


「いいや、戦士としてだ。アレキノや、ラナのような者にも、居場所を与えてやれる。この土地では……『予言者』は利用されかねないからな」


「……そうね。アレキノの未来も、考えてあげないと。養子みたいなモンだし」


「君自身の未来もな」


「ええ。考えておくわ、ガルーナ王さま」


「……長よ。今は……」


「ああ。分かっている。そして、見えたぜ、アレだ」


『ばしゃ、はっけん!!あそこから、あかい『いと』が、のびてるんだよ!!』


「……暴走していますね」


 紳士の声が、神妙な響きを帯びて、そう述べた。状況を短く的確に表現している言葉だったよ。その馬車は、全力で暴走していた。東に向かって、荒野の道をとんでもない勢いで走っていく。二頭引きの馬車。馬は……正気じゃない。


「……あの馬ども、呪術を、刻まれている……」


「みたいだな。死ぬまで走るぞ、全力で」


「……長とゼファーが、呪いを追いかけられるのならば……アレは、『囮』か」


「そうだ。アスラン・ザルネに、『自分の魔力を追いかけられるかもしれない危険性を教えてやった』からな」


「……まんまと、ソルジェ・ストラウスの口車に、操られたか。あの馬車にいるのは、『予言者』だけか」


「そうだ。ラナを『囮』として、馬車を暴走させている……オレとゼファーが、ヤツを殺すことよりも、ラナの保護を優先するとも教えてやった。呪術師らしく、ルールを把握してくれるマジメで賢いヤツらしい。だから、オレの罠にハマったのさ」


「……ヤツは、自分の保身のために、『予言者』を殺せなくなった……いや、長に、殺せなくさせられたか」


「ああ。もしも、ラナを殺せば?……ヤツの魔力の追跡に、こっちは全力を注ぐからな。ああして、ラナを馬車に乗せることで、オレたちを誘導した。おかげで、ラナを生きたまま助け出せそうだ」


「す、スゴいですね、ソルジェさま。敵を話術で、誘導するなんて……『アルステイム』も顔負けですよ……」


 詐欺師と盗人が生業の人々に、口車が上手ですねと褒められてしまったな。戦術としての言葉の力だ。褒められたことを素直に喜んでおくとしようかね。


「……んー。じゃあ、今ごろ、アスラン・ザルネは反対方向に逃げているのかしらね?」


「かもしれん。同じ方向ではないだろうがな……まあ、ヤツも相当な手練れなはずだ。人手不足だからかもしれないが、こうして前線の近くまで出張って来る……余裕があるのさ」


「『ゴースト・アヴェンジャー』のリーダーだもんね。錬金術師や、呪術師としても才があったらしいわ……」


「武術の腕も相当らしい。3年前とはいえ、うちのキュレネイ・ザトーが敵わなかった相手だ……四大マフィアとの戦いで、重傷でも負わされていないのなら、まだ腕前を保っているだろう」


「……そうでしょうね。知恵も利くわ。ソルジェくんに踊らされてはいるみたいだけど、騙されているわけじゃないものね」


「ああ。ヤツは最小限のダメージで逃げ延びる。そういう意味では、負けてはいない」


「それで、あの馬車を、どうやって止めるの?」


「乱暴には出来んな。幸い、平坦な道だ。あの速さで走っても、馬車がひっくり返ることも、可能性は低そうだが……このまま放置するわけにも、いかん」


『ぼくが、おさえようか?』


「……やめておけ、黒き竜よ。大クラッシュして、中身が、飛び散るのが……オチだ」


『……それは、だめっぽい……っ』


 大いにマズいだろうな。『予言者ラナ』も、吹っ飛んでしまう。


「えーと、高位呪術師の呪術を、解呪デキるヒト、ここにいるかしら?……とくに、魔法の目玉を持つソルジェくんに聞いているんだけど?ケットシーは出来ないわよ?」


「出来んな。自分にかけられた呪いを、根性で解くことは多いんだがな」


「……アホみたいな解呪方法ね」


「そういう君だって、『暗殺巫女』だ?巫女だろ?……解呪ぐらい出来ないのか?」


「名前は継いでるけど、技能は継げてない。そもそも、『暗殺巫女』は、殲滅獣を呼ぶような存在だしね……」


「解呪して、馬をなだめるのは難しそうですね。馬の体力が切れるまで走らせるのは?」


「……問題が、ある。二頭で引いている。どちらかが先に、体力が尽きれば……横転するぞ」


 馬の体力は均一じゃないからな。二頭いれば、先にどちらかが動けなくなる。片一方の馬だけが元気な状況だと、アンバランスなわけだ。ああ、アスラン・ザルネはそれも考えていたのかね……困難なミッションではある。


「……とはいえ、馬どもも走りすぎだ。先ほどよりも、速度は遅くなっている」


「ああ。馬車を引いて走るような速度じゃない。競馬並みの速度だからな……今の速度なら……飛び移れそうだ」


「あの馬車に?」


「そうだよ。あの馬車、かなり大型だからな。オレとシアンが飛び移って、中に入り、ラナを確保。ゼファーから吊したロープで回収するってのはどうかな」


「どうかなって、あなたたちしか出来そうにないわね、そんなワケ分からない軽業。やれるのなら、やるべきね。応援しておいてあげるし、ロープぐらいは持っててあげる」


「よし。それじゃあ、さっそく始めるか。アレキノ、落ちるなよ?」


「……」


 無言だが、脚をバタバタさせている。猫背のままだが、安定した姿勢。竜乗りの才能が少しだけありそうだな。


 問題はなさそうだ。オレは雑嚢から、鈎つきロープを取り出すと、ヴェリイに手渡した。そして、ゼファーに低く飛ぶように指示を出す。あの馬車に近づいていく……屋根が見える。かなりの速度だが、竜騎士は、竜からのダイブを失敗しないもんだ。


「じゃあ、行ってくるわ」


 気楽な言葉を残して、オレは宙へと飛んでいた。数秒の滞空時間を経て、馬車の屋根に着地する。屋根に穴が開くかとも心配してが、頑丈な造りをしているおかげで、壊れなかった。


 シアンは、オレよりはるかに安定した飛び移りを実行していたよ。事もなげってのは、こういうことだ。自分たちのことながら、とんでもなく器用なモンだな。『アルステイム/長い舌の猫』顔負けなのは、口車だけじゃなさそうだ。


「……長よ」


「……ああ、すすり泣く声が聞こえる。騎士さまと、『虎姫』さまの出番だな」

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