第四話 『祈る者、囚われる者』 その31


 9年前。


 オレは色々と失ってしまった。故郷も、竜も、家族も、仕えるべき王国も……色んなものを失ってしまったが、残ったものが一つある。アーレスのくれた、新しい左の目玉さ。


 バルモアの剣士に片目を斬り裂かれたオレを哀れに思ったのか、アーレスは死にかけていたオレを魔力で蘇生されると同時に、左眼をくれた。どういう呪術となったのかは、アーレスさえも分かっていなかったようだ。


 呪術は、ルールに縛られて強さを増すが……その根源にあるものは感情や、願いや、祈りなんていう、原始的で揺らぎやすいものなのだろう。揺れて変わりやすい心という動力を、律して保つためにこそ法則で縛るだけのこと。


 本質的には、心など……空のように縛ることなど叶わぬ存在だ。誇り高きアーレスの心は死を悟り、実際、死んでしまっていたが、それでも、ただ伝えたかった。自分の無念を、恨みを……そう望んだからこそ、呪術は成ったのだ。強い感情が、呪術を刻むのだ。


 あの日。オレの魔法の目玉には、死者と語らう力が宿った。


 本当に不思議な力だが、このおかげで……オレはセシルの骨も、お袋の骨も……見つけることが出来たんだ。焼け落ちた、竜教会の残骸の底から。


 ……なあ、『首狩りのヨシュア』よ。


 まだ、生まれ変わっちゃいないんだろ?死んだばかりだ。お前は、まだ、そこらにいるはずだ。だからよ……兄貴の義務を果たせ。オレは、セシルを救えなかったが、お前の『妹』は、まだ生きている。


 生きているんだぞ。


 だから、死霊と話せてしまう、この頭のおかしいオレに、教えてくれ。彼女のことを、何でもいいから……教えやがれよ。彼女が反応する言葉を……。


 ……助けてやりたいんだ!!


 オレは、小さな女の子が、苦しんでいる姿には耐えられない。


 どうしたって、セシルのことを思い出すんだよ。


 オレの死んだ妹だ!オレが、守れなかった妹だ!!泣きながら、オレを呼びながら、焼け死んでいった、あの子のことを!!


 ……だから、力を貸せ!!お前は、あの子の、兄貴だろうがッ!!


 一緒にいた。


 一緒に生きていた。


 そんな子はな、血などつながっていなくても、男は、兄貴として助けなければならんのだ!!過ちに気づけたお前なら、もう分かるだろう?……彼女を、このままアスラン・ザルネの道具になどしていてはならん!!兄貴ならば、妹を、助けてみせろッッ!!


 おい、『首狩りのヨシュア』!!


 死んでいたとしても、オレと組めば、まだ彼女のためにお前はしてやれることがあるのだ!!だから、さっさと!オレに、お前の力を貸しやがれッッ!!


 ……祈るように、死者を見つめる。ヴェリイ・リオーネの復讐の刃に、心臓を貫かれて横たわる銀色の髪の少年のことを……見開いたまま、空を見つめる赤い目は、微動だにすることはない。当然だ。命は、とっくの昔に消えていたから。


 荒野は、無音。


 風も消えて、無音。


 全ては無音だが……『そいつ』が教えてくれるんだ。


「…………」


 アレキノの口が、ゆっくりと動いていた。声はない。音はない。だが、魔眼がその唇の動きの意味を悟らせる。


 ヨシュアはオレを嫌っているようだからな。あいつ、そういえばオレが話しかけると、攻撃的になりやがったからな……ガサツで粗暴な男が嫌いらしい。というか、オレは偉そうだからだろうか。少年ってのは、尊大な態度をした大人の男ってのが大嫌いなものさ。


 死んだ今でも、好きになれる要素はないらしい。だから?……だから、オレの声を聞いても、オレに話しかけてはくれなかったようだな。


 それでもいいさ。


 アレキノを経由にして、教えてくれるというのなら。かえって意味のあることだ。アレキノの片目……左目は、もう彼女とはつながっていない。アレキノは自分を取り戻している。ヨシュアが、この子にも力をくれたのかもな。


 脳を霊鉄と呪術と薬物で……さまざまなモノを使って改造されて、破壊されてしまったアレキノの脳と心は、状況を完全には理解出来てはいないだろう。


 でも、理解出来ていなかったとしても、すべきことが分かるときってのはあるものだよ。


 お前も、どこかの暗いところから、ヴェリイ・リオーネに助けられたんだものな?……誰かに、何かをされちまうとよ、自分だって、してやりたくなるもんだぜ、男の子はよ。そうでないと、背中がむず痒くて、いけねえよなあ……ッ。


 ―――『どーじぇ』!!……けはいが、どんどん、うすくなるよっ!!


 ……ああ。分かっているさ。だが、安心しろ、アレキノの瞳は、片方だけだが……まだ、つながったままだ。


 だから、オレは彼女に伝えるんだよ。伝えなければならない。死者の願いを……ヨシュアの祈りを。


「……『ラナ』!!いいか、よく聞け、『ラナ』ッ!!」


 アレキノの瞳が開く、右目の瞳孔だ。『予言者ラナ』が反応している。名前を呼ばれたことで、彼女は心を揺さぶられたらしい。分かっているさ。アスラン・ザルネは、君のことを名前では呼ばないだろう。


 無機質に、道具につけられた名前のように呼ぶかもな。よく切れる、ハサミを愛でるように。機能を褒めるために呼ぶかもしれない。そういうのはね、違うんだよ。名前を呼ぶという行為の本質とは、まったくもって違うんだ。


 でも、ヨシュアはそうじゃなかっただろう?……アイツも、正常な心を持ってはいなかったが、同胞を心配していたよ。そんな気持ちを持つ男は、妹の名前を、道具のように呼ぶことはない。


 ……君が、能力を発揮出来なかった日でも……その男みたいに、苛立ち、役立たずのゴミだと叫び、殴ったりはしなかっただろう。知っているぞ、オレは、アスラン・ザルネの行いを……見えている。アーレスの眼が、君の記憶を、見つめている。


 あの日だって、ヨシュアは君の名前を呼んだ。感情の無い声だったな。だが、君はヨシュアの声に宿る意味を理解出来た。慰めようとしてくれていた。心配していたんだな。壊れた心でも……君のことを、ヨシュアはどうにかしてやりたいと願っていたんだよ。


「暗がりにいる君を、名前で呼ぶのは、ヨシュアだけだ!!……君の名を、オレが知っている理由はな、ヤツが、君をそこから助けてやりたいからと祈ったからだ!!君の生き方は、間違っている!!そのまま、道具でいるな!!」


 アレキノの脳にある霊鉄に、魔力が走る。アスラン・ザルネが怯えていやがる。理解出来ない状況に、脅威を覚えている。アレキノとラナのつながりを、切ろうとしているのか。


 苛立ちを覚える。


 苛立ちを覚えるが……同時に確信する。ヤツには、もう『予言者』がいない。ラナの『替え』があるのなら、呪術を停止するよりも先に、ラナを殺すだろうよ。その方が、確実で安全だ。


 オレが呪術から、ラナの魔力を探って、竜に探させているってことには気づいているだろう。ゼファーを見た。ゼファーが飛んでいる。何をするために?……ラナの魔力を見つけて、急行し、彼女を助け―――ついでにお前を焼き殺すためだ。


 そんな危険な状況だというのに、お前は道具を殺さない。他に、『替え』がないからだ。追い込んでも、お前はラナを殺せない。他にない道具だし……いい素材だと考えている。殺すのは勿体ないとな。


 だが。足枷だ。『灰色の血』であるお前だけならともかく、『予言者』であるラナを連れては、逃げるための機動力が確保できないさ。


 怯えて、慌てているが……ずる賢いヤツだ。


 ラナを捨てるしかないのなら、最後に利用する方法があるだろう?気づけよ、この言葉で、そいつを選べ。合理的な悪人ならば、気づくはずだ。


「―――ゼファーは……『竜は、君を縛る呪術を嗅ぎ取ろうとしている。いや、魔力だけでも追跡出来る。追いかけられるんだ。君のことを、助けられるぞ』……」


 霊鉄の魔力に、反応が見られる。恐怖が消える。怯えが薄らぐ。いい考えを手に出来たらしいな。


 そうだ……お前はラナより自分が大事だ。自分が助かるために、最善を尽くす。そうさ。賢いお前は、完全にオレの罠にかかった。お前は、これで絶対にラナを殺さない。殺せば、魔力を探れる竜が……お前にたどり着く可能性が増えるからだ。


 利己的な悪人で助かるよ。


 偉大な呪術師であろうとも、手のひらの上で操ることが出来る。


 これで、ラナを追跡出来る状況になったとしても、彼女が殺されないという確信を手にした。むしろ、アスラン・ザルネは妨害を緩めている。いや、もう彼女の側にいないだけか。オレの勝ちだな。さて、ヨシュア。君の妹を助けに行くぞ。


「……いいか、ラナ。怖いヤツは消えただろう?……あとは、君の勇気次第だ。ヨシュアの、ただ一つの願いのために、居場所を、教えろッッ!!」


 アレキノの鼻から血が垂れてくる。アレキノは左右に揺れながら、その口は動く。少女の声で……『予言者ラナ』の声で、つぶやいていた。


「…………よしゅ、あ…………っ」


 ―――みえた!!みえたよ、『どーじぇ』!!のろいが、どこからきているのか、みえたよッ!!


 強まったラナの魔力が、ゼファーとオレの『呪い追い/トラッカー』を完成させる。アレキノから、赤い『糸』が北北西の方角へと伸びているのが分かる。ゼファーの視界からでも、その位置が分かる―――なるほど、悪人なりに考えやがった。


 ―――け、けっこうはやく、うごいているよ!?ばしゃで、にげられちゃう!?


「ゼファー、お前の速さなら、まったくもって問題ない!!来い、オレを乗せろ!!」


『うん!わかった!!』


 急降下して来たゼファーが、大地をズシンと揺らしていた。オレは、鼻血を流しているアレキノを担ぎながら、仲間たちに叫ぶんだ。


「全員、ゼファーに乗れ!!『予言者ラナ』を、助けに行くぞッ!!」

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