第四話 『祈る者、囚われる者』 その28


 『アスラン・ザルネ』、オレの野蛮な脳みそにある、三日以内にぶっ殺してやるランキングの一位に確定だよ。


「……殺す気満々って顔しちゃってるわねえ?」


「さすがは、『アルステイム』の凄腕暗殺者だな。蛮族の表情を読むことにも長けているらしい」


「同じ穴のムジナだもん。分かるわよ、その眉間のしわに、感情的な殺意と……その瞳には冷静さ。アスラン・ザルネに出会う方法が、分かっているのね?」


「ああ。完璧にではないが、おそらくアッカーマンのおかげで出会えるよ」


「あのエロハゲのおかげ?」


 ヤツにセクハラでもされたことがあるのか、ヴェリイ・リオーネはアッカーマンのことが嫌いらしい。オレもヤツのことを好きなわけではない。だが、この状況を作ってくれたことには感謝もしている。


「『フェレン』が襲撃されたことは知っているな」


「ええ。『ヴァルガロフ』に流れてくる情報は、全て知っている。半日より前のことは、さすがに分からないけれどね」


「『ルカーヴィスト』のヤツら、辺境伯の命を狙った。今までは、違ったんだろ?」


「そうね。辺境伯の介入は、『ルカーヴィスト』には損だもん。露骨に戦うことは避けて来た。お互いにね。『ルカーヴィスト』の一番どうにかしたい敵は『オル・ゴースト』を滅ぼしたアッカーマンと、四大マフィアだから」


「……優先すべき、獲物がいた。新たな獲物を作るのは、愚策」


 シアン・ヴァティが静かに語る。


「そうだというのに、ヤツらは、行動方針を変えた……そうせざるをえない状況に、追い込まれつつあったか。あるいは……機が、熟した」


「……ああ、その通りだよ、シアン。『ルカーヴィスト』たちは、今まで以上に攻撃的になっている。ヤツらの動機を完全に把握することは困難だが、辺境伯との戦を覚悟したことだけは分かる」


「……こちらとしては、想定外だった。アッカーマンが介入しているのかしらね」


「そう感じもする。だが、『ルカーヴィスト』は『フェレン』を攻撃することで、辺境伯ロザングリードを敵に回す覚悟はしていたはずだ……あそこにはマフィアはいない。辺境伯の城と、一般人と―――運河を使う予定の、人身売買の拠点だけがあった」


「全て、辺境伯のモノね。つまり、辺境伯にケンカ売ることを、躊躇わなかったわけね」


「そうだ。狂信者だって、自分の攻撃が何を招くかぐらいは理解していたはず。『ルカーヴィスト』は、辺境伯ロザングリードとの戦を許容していた……これから、辺境伯の軍隊が動く。『ルカーヴィスト』どもを駆逐するためにな」


「……でしょうね」


「そうなれば。オレたちには好都合。『ルカーヴィスト』も、辺境伯も敵だからな。お互いつぶし合ってくれるのなら、ハナシが早い」


「……『自由同盟』の目的が達成されやすくなるのね」


「君も、オレたちの側だぞ。ニコロから聞かされている。君は、オレの仲間だよ。一緒に戦うことになる。ファリス帝国を滅ぼすか、オレたちが死ぬかの戦いだ」


「わかってるわ。それが、私と『ボス』の選択……『アルステイム』の選択にもなる。期待しているわよ?……私たちは、『仲間』……『自由同盟』にかけ合って、安全を保証してもらうわ」


「ああ。そいつは任せろ。君らが組んでくれるのなら、大きな仕事をこの地で成せる。それは、『自由同盟』に大きなメリットを与える。『自由同盟』は、君たちを歓迎するしか出来なくなる」


「ウフフ。貸し借りの世界ね?……そういうの、好きだわ。分かりやすいし、『アルステイム』流で、肌に合うわ」


「……悪いようにはしない。オレは、『仲間』を裏切らないよ」


「そうね。そうだと思うわ」


 少しだけ呆れている顔に見えるのは、キュレネイ・ザトーを信じているオレを、どこか哀れに思っているからかね?……構わないさ。


 もしも、キュレネイを縛る呪いがあるのなら―――呪いの主である『お師匠さま』こと、アスラン・ザルネを、ぶっ殺しちまえばいいだけのハナシだ。


「これから先については、ソルジェくんを頼るわ。よろしくね」


「ああ。任せろ」


「……それで。『ルカーヴィスト』と辺境伯の衝突は不可避な状況になった。事態は、どう進むと考えているの?……軍隊の戦は、専門外。プロの傭兵の意見を聞かせて欲しいわね」


「ああ。辺境伯の軍勢は、難民たちをせき止める仕事をしていた東から、北へと動く。『ルカーヴィスト』どもは、北から逃げないだろう」


「……『ヴァルガロフ』を攻撃しないの?」


「戦力差が、大きいからな。マフィアどもと戦うだけで、互角。辺境伯の兵士が加わるのならば、戦力差はさらに開く……狭い山岳地帯で、大軍に囲まれぬように戦う。ゼロニア平野に出れば、取り囲まれて殲滅される」


「なるほどね。入り組んだ山にいたほうが、『ルカーヴィスト』は安全ってことね」


「そうだ。そうなると……アスラン・ザルネの戦術が見えてくるってわけだ。『殲滅獣の使徒/シェルティナ』を使おうとするはずだ」


「生まれ変わりを求める信徒に、強力な呪術を刻み……『変異』させて作った『聖戦士』……というアレね?」


 『聖戦士』か……あまり、ピンと来ない言葉だったな。


「アレは、実にグロテスクな見かけをしているがな。皮膚が剥がれて、中身が巨人族よりも大きくなっている。たしかに、戦闘能力だけは常人のそれではないがな。戦闘用のバケモノだ」


 一流の戦士ならば、問題なく一対一で倒せるだろう。しかし、誰もが一流の戦士であるわけでもない。それに、体格と体重で大きく劣る以上、立ち回りが重要になる。だが、狭い山岳地帯では、動き回るに十分なスペースを確保出来るとは限らない。


「それで、その『シェルティナ』は、人間族が化けたのよね?……アッカーマンは、『フェレン』の人間族が化けたぞって、あちこちに『宣伝』していたようだけど」


「辺境伯を『ルカーヴィスト』との戦に引きずり込むためだろう」


「なるほどね。それで、人間族だけなの?」


「……人間族かどうかに、こだわるな?」


「ケットシー族に有効だったら、大変でしょう?……『ボス』に連絡して、仲間を避難させる必要が出てくるじゃない?」


「たしかにな。安心しろ、『変異』した者は、『ルカーヴィスト』の呪術師も含めて、人間族だけだ。しかも、辺境伯の兵士は除外されていたな」


「ふーん。つまり、ターゲットを限定することで、呪力を高めたのね」


「おそらくな。そして、この呪いは警戒していると、効果が薄いという大きな欠点がある。オレも、オレの新たな戦友たちも、人間族だったから、呪いにはかかった。だが、簡単に防ぐことが出来たぞ」


「警戒するだけで防げる程度の呪い?……かなり、貧弱ね」


「さすがに、不意打ちでやられるとキツいようだがね。自己嫌悪を引き出される悪夢に、ハマるらしいな」


「転生を望みたくなるような悪夢ってこと?」


「そうさ。乱世を生き抜く者には、ありがちな願望かもしれんな。まあ、強力な呪いだからこそ、発動の条件も厳しい……警戒されると、おそらく効かない……だからこそ―――」


「―――『フェレン』で、『ルカーヴィスト』への警戒が薄い、人間族の民間人に使ったということか」


 やはり、シアン・ヴァティとは馬が合う。


「……そうだ。四大マフィアの連中は、『シェルティナ』の呪いに耐えるさ。『ルカーヴィスト』の呪いだと気づけば、彼らの心は揺るがない」


「……だからこそ、『フェレン』の農民さんを、生け贄にしたってこと?」


「そうすることで……『恐怖』を与えるためにでもある」


「恐怖?……なるほどねー。『不発の呪い』じゃ、『怖くない』ってことね」


「人間族で構成されている辺境伯の軍隊を脅すには、『フェレン』の農民たちは、いい犠牲者というわけだ。この呪いが、『人間族に有効』……そう認識させるために、ヤツらは農民たちを犠牲にしやがったのさ」


「……辺境伯も帝国の兵士たちも、知らないものね?……自分たちには、その呪術が効かないってことを。だとすれば、山岳地帯での戦いにおいて、その認識は、辺境伯側の不利に働くわね」


「そうだ。呪いを浴びれば、バケモノにされる。そして、味方同士で殺し合うハメになる……『そう思い込ませれば』、辺境伯の軍隊は、戦略を限定される」


「……群れを、小さくするだろうな」


「シアンの言う通りだ。被害を小さくするためには、それしかねえもんな?」


 少数で動くしかない。どんな呪いなのかを理解していないなら、もっとも被害を減らすために取るべき策は、少数での部隊運用……呪われてバケモノになって、仲間同士で殺し合いになっても……人数が少なければ、被害も最小限になる。


「―――はあ。『ルカーヴィスト』にも、性格の悪い軍師がいるものね」


「ああ、まったくな。でも、そういう悪人がいるからこそ、策が読めるというものさ。悪人ってのは、どいつもこいつも合理的に動こうとするからな」


「ソルジェくんみたいな戦いのプロが仲間だと、心強いわ。敵の考えが、どんどん見抜けるんだから」


「心理戦だけでなく、地理的条件も大きい。山岳地帯は、障害物も多いだろうし、大軍で動くには不向き」


「山道は細いものね。大所帯で動こうとすれば、渋滞しちゃうわ」


「ああ。大規模集団では、動きにくい。元々、辺境伯の軍隊は、戦力を分散することに意義を持っていた」


 理想を言えば、複数の道から小部隊を無数に送り込みたいところだろうな。


「その上で、『フェレン』で見せつけられた呪いのせいで……辺境伯の軍は、規模をより小さくしながら行動する必要を感じてもいるのさ」


 環境と、警戒心。その二つが、辺境伯の軍が選ぶべき戦術を浮かび上がらせている。戦場で、非合理的な戦術を採ることは、勇気がいる。なかなか選べないものさ。まして、得体の知れない敵にはな……さらに言えば、辺境伯は、背中を信じてもいない。


 『オレたち/未知の勢力』についても警戒しているだろうし、アッカーマンについてもだ。ビジネス・パートナーだろうが……辺境伯からすれば、友情だけで接するわけにはいかないくせ者さ。


 これだけ混沌としている戦場では、慎重に動くはずだ。ギャンブルをするにしたって、このタイミングじゃない。最初は、ベターな動きをせざるをえない。結果として、山道に、複数の小部隊を投入する。本陣の守りは、厚くしてな……。


「……狭く逃げ場の無い土地に、少数の戦力で進軍すれば?」


「『殲滅獣の使徒/シェルティナ』が、より威力を発揮しそうなシチュエーションの出来上がりってわけね。少数の部隊に対して、巨大な怪物を使うってのは有効そうだわ」


「狭く、広がることの出来ない戦場で、十数人の部隊を、数体の『シェルティナ』が襲う。『シェルティナ』の戦闘力を、最も有効に活用出来るというわけだ。しかも、不気味な『シェルティナ』の姿は、帝国人どもを不安にさせる。自分も、ああなるのかと」


「心理的にも、有効な策ってことね……」


「実際は、呪いが辺境伯の兵士らを襲うことは無いだろう。時間の無駄だし、使われても効果が無いとバレたら、戦略的な優位が消えるからな……『脅し』として機能させるだけ。そっちの方が、より戦場では有利だ。相手を恐怖に陥れ、行動を操るのさ」


「本当に、性格が悪いヤツね」


 まるで、その言い方だとオレへの悪口みたいに聞こえる。でも、そうじゃないさ。この策を実行しようとしている連中に対しての、怒りだよ。彼女も殺しのプロだ。合理的な理由で、暗殺者としての職業倫理を穢す行為を、受け入れるようなタイプじゃない。


 彼女は……偉大なプロフェッショナルだよ。


 『ルカーヴィの暗殺巫女』として―――恋人の仇である、あのヨシュアにさえも、祈りの言葉を口から吐かせた。彼女は、美学を曲げるような女じゃないってことさ。


「……ソルジェくん。この敵は、たしかに生かしておけない気がする。仕事の達成のために、民間人を犠牲にする……そういうヤツに、私の故郷の土を踏ませておきたくないわ」


「そうだな。軽蔑に値する、大クソ野郎だ。だから、オレが殺すよ、『アスラン・ザルネ』をな」


「彼が、『フェレン』の襲撃を指示した者だと?」


「他にいるのか?」


「……いいえ。宗教的な指導者たちは、別にいるみたいだけど……軍事面に関しては、そうね、アスラン・ザルネがトップでしょう」


「実戦経験を感じる策だからな。そのリーダーさんよりも、アスラン・ザルネの方が怪しい。100%とは言えないが、95%以上で、アスラン・ザルネが指揮しているさ」


「それを見抜く。いい傭兵ね」


「まあな。『パンジャール猟兵団』は、狙った獲物を逃すことはない」


「……ヤツを、見つけることが出来るの?……今のトコロ、アレキノは彼について『予言』したことはないわよ」


「アレキノに頼らなくても、出来るさ。追跡するための手段を、オレは掌握している。二つの種類でな」


「どんなことかしら?……って、企業秘密?」


「君は、これから一生オレの仲間だから、話しても問題ないさ。オレの仲間に、『狼男』がいる。あいつがいれば、呪いの濃い場所も見つけられる。発生源さ。おそらく、そこの近くにアスラン・ザルネもいるはずだ。とっておきの戦術だ、失敗は出来ないからな」


 複数の場所で、『シェルティナ』を作っているとすれば……呪いの気配が最大の場所。そこに、アスラン・ザルネはいる……あるいは、重要拠点の近く。


「うちの『狼男』は、呪いの臭いを覚えているのさ。追跡は可能だ」


「……『背徳城』を襲ったオオカミって、もしかしなくても、その子?」


「他に、巨狼に化けるヤツは、オレの猟兵団にはいない」


「わかった。『狼男』の嗅覚ね。頼りになりそうだわ。それで、もう一つの手段は?」


「オレの左眼だよ。呪いを追いかけることが出来る」


「まあ!便利な瞳の持ち主ね?」


「ああ。そして、その精度は、より多くの情報を手にすることで高まっていく。アレキノの頭に埋められた霊鉄を見た。だからこそ、ヨシュアの頭にうごめく呪いをも見えた……オレの魔眼は、『ゴースト・アヴェンジャー』を縛る呪いを追いかけられる」

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