第四話 『祈る者、囚われる者』 その27
「さすがは、『アルステイム/長い舌の猫』のヴェリイ・リオーネだ」
「よく知らないでしょ、私のこと?」
「乱世で三度も同じ側の者として会えたら、親友みたいなものさ」
「傭兵の発想ね」
「まあな。それで、情報通の君に頼りたいんだが、教えてくれるかい?……オレが仕留めるべき相手のことをね」
『お師匠さま』。その人物。キュレネイ・ザトーを『ゴースト・アヴェンジャー』にした存在……薬物やら呪術を使い、彼女を『変異』させた悪人。どうにもこうにも、許すための理由が無いヤツだよ。
「……ええ。教えてあげる。その人物の名前は、『アスラン・ザルネ』……『ゴースト・アヴェンジャー』の頭領ね」
「……なるほど。たしかに、キュレネイたち若手の戦士が、『お師匠さま』と呼ぶに相応しそうな立場だ」
「そうね。生き残った大物は、そいつぐらいでしょう」
「四大マフィアも、『ゴースト・アヴェンジャー』を仕留めているわけだ」
「ええ。彼らは、元々、少数精鋭だしね。戦闘能力はかなり高いけれど、『マドーリガ』の戦士の血脈がチームを組んで襲えば、問題なく殺せるわ」
「……『ゴースト・アヴェンジャー』は40人程度いたと、キュレネイは語っていた。どれぐらい、君らは殺した?」
「半分は殺していると思うわ。奇襲と……そして、大神官の報復に来た連中を、返り討ちにしていくことで」
「ほう。雄壮なことだ」
「『返り討ち』は……ちょっと盛りすぎたわね」
「だろうな。『ゴースト・アヴェンジャー』は、かなりの手練れだ」
「正確には被害者を大勢出しながらも、コツコツと連中を削っていった。レートは、あちらさんに有利だったの。たくさん殺されちゃったわ。でも、こちらは数が多いの」
「……物量の差は、戦いで最も有効な勝因だからな。弱くて劣っていても、数がいれば勝てる」
「そうね。私たちは、かなり大勢殺されちゃったけど、『ゴースト・アヴェンジャー』を20人は殺しているわ……」
「母体の『オル・ゴースト』を潰された上、手勢は半減か。そして、連中は方針を変えたというわけだ。北の山岳地帯に引きこもり、四大マフィアに不満を持っていた貧しい農民や労働者を、味方につけてテロリストに育てあげた……『ルカーヴィスト』の誕生だ」
「この短期間で、色々とこの土地に詳しくなっているじゃない、ソルジェくんてば?」
「君が教えてくれないからな。あちこち回って、足と腕力で集めて来たよ」
「……『ゴースト・アヴェンジャー』がいたからね。あまり、核心に迫るような情報を与えたくなかった」
「うちのキュレネイを何だと思っているんだ」
「もちろん、『ゴースト・アヴェンジャー』よ。ソルジェくんにとっては、別の尊い存在なのかもしれないけれど……アレと戦い続けて来た私には、信用すべき存在じゃないわ」
ヴェリイ・リオーネからは、『ゴースト・アヴェンジャー』への嫌悪を感じるな。当然なことに、気分が良くなるような態度ではない。
「……ヘソ曲げないでよ?」
「曲げちゃいないさ」
「曲げてるし、子供よね、男って」
「オレなんざ、どうせ野蛮人だからな……で。けっきょくのトコロ」
「なに?」
「『ゴースト・アヴェンジャー』ってのは、『何』なんだよ?」
「……『オル・ゴースト』の暗殺部隊。重要な任務に就く、上級戦士」
「身分ではない。本質的なことだ。一体、どんな存在なんだよ?」
「より『変異』した人類ってことね」
「……薬や、呪術で?」
「そうね。私たちの宗教……戦神バルジアが『姿を変える神』だということは理解しているわね?」
「君たち四大マフィアに冠する名も、それぞれが戦神の変化した姿だったな」
「そう。私たちは、『姿を変える神』を崇拝して来たし、戦神の教えに従う形で、犯罪結社を成立させてもいる……戦神の教えを基本的には尊敬して実践することで、秩序を作りあげてきた」
「君らの組織哲学は、戦神バルジアの教えが根底にあるというのか?」
「ええ。そんな敬虔な戦神信徒である私たちにとって……異種族間の混血で、『姿が変わること』は……他の土地のように嫌悪の対象には、それほどならなかった。むしろ、その『変異』を、私たちの祖は神聖視さえした」
「……『狭間』が受け入れられている理由か」
「我々らしく、他の土地では『悪』とされていることが……『聖なるもの』だったりするわけね」
「……それで救われている者たちもいるさ」
その言葉を口にしながら、オレは思い出していた。昨日、オレたちが殺した若いテロリストも、同じようなことを話していたよ。『オル・ゴースト』があったことで、救われていた者たちもいた……。
「そうね。この土地に流れてくる『狭間』もいた。多くは、搾取の対象になるけれど、それは『狭間』じゃなくても同じこと。ここでは、『狭間』が苦しむことはないわ」
「……その点だけなら、この土地は素晴らしいんだがな」
「ええ。そうかもしれない。さて……それじゃあ、本題に戻るわね」
「ああ。頼むよ」
オレは知りたいんだ。『ゴースト・アヴェンジャー』という存在が、一体どういう存在なのかについて……。
「『姿が変わること』に聖なる価値を見出していた私たちの先祖は、それを研究していたわ。血統を管理したりして、世代を超えて、どんな『変異』が発生するかをね」
「そいつが、この土地の人種的な多様性を保証していたということか」
「それも大いにあるでしょうね。宗教は倫理の形状を定義するもの。私たちが多様な人種に寛容なのは、独自に変化した戦神バルジアのおかげ」
「……他の土地の戦神の教えとは、異なるわけか」
「アレンジが入っているわ。独自に変化した。このゼロニアの土地が、幾度も戦乱と支配者の変遷を繰り返して、人種や文化、さまざまなモノがごちゃ混ぜになった土地だもの。変化はつきものだし……」
「……それを許容してくれる、戦神バルジアの教えは都合が良かったわけだ」
「そういうこと。よくお勉強しているわね、この土地を」
「色々と体験させられているから、学ぶことも多かったさ」
「とにかく、この土地は地政学的な宿命やら何やらの結果として、独自色の強い戦神バルジアの教えと、それを実践することで仲間を守る自警団―――今の、四大マフィアを創り上げた」
そう。自警団。考えにくいハナシだが、今の四大マフィアの祖は、そういった存在であったらしい。開祖と呼ばれる、ベルナルド・カズンズは、なかなかの善人だったのかもしれないな。
今の現状を見れば、きっと説教したい気持ちで一杯になるだろうがね。
「四大マフィアと『オル・ゴースト』は、戦神への宗教的熱意を実践する。『人体の変異』の研究ね。異種族間の交配において、姿が変わること……そして、それぞれの種族の持つ能力的な特性が変わることも理解していった」
「……そこまでは、分かっている。そこからが聞きたい」
「ええ。研究の結果、幾つものことが分かったけれど。最も大きな発見……というか、発想は、『任意の形に変えることで、目的に適う能力を持った戦士が作れそうだ』……という考え方でしょうね」
「……血統を管理し、薬物や呪術で……『理想の戦士』を作るというわけか」
「そうよ。そのために、さまざまな子供たちで実験がなされた」
「子供を使ったのか」
「にらまないで。その怒りは正しいわ。でも、私に怒らないでね?」
「分かっているさ、今日は、もう八つ当たりはしない」
「ソルジェくんはいい子ね」
「ああ、いい子にお話ししてくれ、ヴェリイお姉さま」
「軽口は叩くのね。まあ、ソルジェくんらしいかもね……子供たちを使うには、理由があった」
「……子供の方が、変異させやすい」
「ええ。その通り」
「悪人ってのは、合理的だな」
「そうね。子供たちには、おそらく、成長するための素因が残っているのでしょうね。年齢に応じて、ヒトの体にも様々な変化が訪れるから……とにかく、様々な『血』の子供たちで多くの実験が行われて……その結果、『最良』が見出された」
「『灰色の血』。より多くの種族が混じった血統か」
「『灰色の血』の子供たちは、『変異』を起こす薬や呪術によく耐えたし、結果が導き出せやすかった。力を強くしたい、魔力を高めたい、色々とね」
「……『予言者』もか?」
「……ええ。アレキノみたいな子たちも、後天的に改造された存在ね……」
「ろくでもないハナシだ。彼は、人生を間違いなく狂わされているぞ」
クマの人形の耳を噛み千切り、それをモグモグしている。これが改造と能力の代償だというのなら、あまりにも残酷なハナシだ。
「同意するわ。多くの子供たちを、犠牲にした……アレキノも、能力を獲得したのでしょうけれど、それ以外はダメだった。今でも、かなり特殊だけど……ずいぶんとマシになった方なのよ?」
「……どこかにある、恐怖の穴蔵から、彼を見つけ出して来たわけか」
「ええ。『首狩りのヨシュア』を探すために、色々な場所を探った。その結果、『ゴースト・アヴェンジャー』の位置と……彼らの視点を通じて、限定的に未来を知覚する能力者……俗に言う『予言者』を発見した……それが、アレキノね」
「……つまり、『ゴースト・アヴェンジャー』とは、『オル・ゴースト』の『道具』として、ヤツらのオーダー通りに改造されちまった、哀れなガキどもの成れの果てか」
「……そうよ。そして、彼らは例外なく、洗脳下にある……その洗脳を行い、操っている存在と私が予測しているのが……」
「……『お師匠さま』……『アスラン・ザルネ』というわけだな」
「ええ」
「オレが、ぶっ殺すべき存在について、よく分かった。そいつは……北の山岳地帯にいるわけだ。おそらく、『ルカーヴィスト』の基地だか……宗教組織だから、教団本部とかかな?……とにかく、その邪悪なテロリストどもの巣窟に、いるってわけだ」
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