第四話 『祈る者、囚われる者』 その29
これから辺境伯の軍隊と、『ルカーヴィスト』どもの戦が始まる。オレたちが今すべきことは……?
「しばらく様子見だ」
「……まあ。スマートね。敵同士を、ぶつけ合わせるということ」
「ああ。そんなところだよ。『北』については、放っておいても辺境伯と『ルカーヴィスト』の戦いにはなるだろう」
「そうよねえ。辺境伯さんは、退くわけにはいかないものね。ここで退けば、面子に関わる……辺境伯の地位を、失うかもしれないわ」
「彼のライバルは、多いんだろう?」
「多いわ。お金になる土地だもの……もしかすると、アッカーマンは、ロザングリードよりも手なずけやすい取引相手を見つけているのかもしれないわね」
マフィアが地方長官を取り替える力を持つか。腐敗ここに極まれりだな。
「……だったら、失敗するわけにはいかない。テロリスト退治をする必要が出ている。『山賊狩り』ほど、地方長官にとっては、分かりやすい手柄はないだろうからな」
「でしょうね……なら、様子見でいいのね。まあ……正直、私にはすること無いけど?男の子じゃないから、空も飛べないしね?」
「『ゼファー/男の子』に乗れば、君も飛べるが?」
「……ソルジェ・ストラウスさま。あの、ヴェリイさまを戦地に向かわせるのは、あまりにも危険です!彼女は……『ルカーヴィスト』に狙われているんですよ?」
マジメな『垂れ耳』のニコロ・ラーミアがそう主張した。至極、当然な言葉ではあるな。しかし……。
「冗談で言っているんだ。彼女を、戦場に引きずり出すメリットはない」
「す、すみません」
「いや。いいさ。いい部下だな」
「ケットシーっていうか、犬みたいな部下だけどね?」
……犬か。なんとなく、ヴェリイはニコロに対して当たりがキツい。彼を信頼しているのだろうし……恋人アルトの護衛としての仕事を失敗したことを、怒ってはいないだろうが……。
『ゴースト・アヴェンジャー』の上位者は、かなりの強さだ。『アルステイム/長い舌の猫』の凄腕暗殺者である彼女自身も、まったく勝てなかったわけだからな。強者に敗北することは、責められることではないものだ。
「……まあ。いいさ。ニコロは君を心配してくれている。そういう部下がいるってことはさ、君には幸せなことだよ」
「もっと頼れる部下ならいいんだけどね?」
「いいヤツだぜ」
「それだけじゃ、足りないかも。私の部下にはね」
「……精進します」
「……前向きな、言葉だ」
シアン・ヴァティは教官職を務めたせいか、若者が前向きに鍛錬することを評価できるようになったらしい。昔から、訓練大好きな人だったけどね。
「さてと。辺境伯も、戦力をかき集めて移動しているところだろうが、山岳地帯に戦力を結集させられるのは、早くても明日の朝ってところだ」
「今夜はゆっくり出来るってこと?」
「……推奨しかねるぞ」
「シアンの言う通り。オレたちは、今夜も忙しいよ……ゼファーが、ここにいるんだぜ」
「……む。そう言えば、ゼファー」
『なあに、しあん?』
「他の者は?……オットーたちが、行動を共にしていたはずだ」
『うん。おしごとがね、おわったから。『どーじぇ』たちを、てつだいにきたんだ!』
「……ほう。早い仕事だな」
「今回は、『助っ人』も優秀なのが付いていたからね」
天才錬金術師でもある『ハーフ・コルン』のゾーイ・アレンビーに、『メルカ・コルン』にして我が妹分、ククル・ストレガだよ。錬金術師としての知識は、ガッツリあるし、戦闘能力もかなり高い。有能な助っ人として、存分に機能してみせたようだ。
『いまはね、ぞーいは『めるか』にもどって、しょるいを、るくれつぃあと、ぶんせきしているの!くくるはね、みあと、かみらと、おっとーといっしょに、ひがしの、きゃんぷちにいるよ!!』
「……働き者たちだ。しかし、ククルとは、誰だ?」
「オレの妹分だ」
「……妹分?……ふむ。色々と、しでかしているようだな」
何だか誤解されているようだ。まあ、いいけどね。長い物語については、今度、酒でも呑みながら語り合おうじゃないか。
「あら。ソルジェくんの夫婦生活が崩壊するような話題?エルフちゃんに、チクったら面白いことになるタイプの話題かしらあ?」
「……そういうのじゃないよ」
「なんだ。つまんないわね」
ヴェリイは、どうにも悲惨な恋愛を見たがる、不思議な癖があるな。新たな幸せを、誰かが彼女に与えてやればいいのにな。ニコロは、ヘタレだし……まあ、彼女は美人だから、そのうち、いい男が寄ってくるだろう。
……しかし。
『大きな子供』がついてるがな。アレキノという、ちょっと特殊な少年が。彼女が引き取ることになるのだろうか?……放置することはなさそうだがね、ヴェリイはやさしいから。ああ、アレキノは、またクマちゃん人形を、噛んでいる……。
あの頭に入っている霊鉄を除けば、回復するのだろうか……?それとも、一生こういう状態なのか。霊鉄を、抜くのは難しそうだが―――『融かす』ってのは、どうだろうかな。ルクレツィア・クライスなら、そういう薬を錬成出来るんじゃなかろうか。
血に融けて、脳を周りながら霊鉄をゆっくり融かしていけば?アレキノの脳は、少しは回復の兆しを見せるんじゃないかね。
……余計なお世話にはならんだろう。今度、ルクレツィアに訊いてみよう。彼女は現代最高の錬金術師じゃあるだろうからな……。
「……とにかく、『北』については様子見だ。戦が始まった後の方が、オレたちが動き回るチャンスも増える」
「火事場泥棒の発想ね?」
「……そんなところだ。戦が始まってからでも、ゼファーで出撃すれば間に合う」
『うん!どこでも、すぐに、つれていってあげる!』
「頼りになる男の子ね、ゼファーちゃん」
『うん!う゛ぇりいも、いきたいところがあったら、いってね!!』
「ああ……癒やされるー!!ねえねえ、ソルジェくん、ゼファーちゃんには弟とかいないかしら?」
「いないな」
「残念!!養子にしたいレベルなのに!!」
「気持ちは分かる。待ってろ、いつか、世界の空をゼファーの子孫で一杯に埋め尽くしてやるからな」
「……いいわね、それ!!」
「……正気か、この女」
「……ヴェリイさまは、少し、変わっておられるんですよ。時々、理解しがたいワガママを言うこともあるんです……」
犬並みの忠誠心を持つ紳士的な部下が、愚痴っている。しかし、『世界の空を竜で埋め尽くす計画』は、オレの意に反して、ウケが悪いな。どうしてだろう?……ゼファーのように愛くるしい生物が、空を見あげたらウジャウジャいるとか?
ヨダレが、ダラダラ垂れちまうレベルの眼福シーンだと思うのだがな……。
……いいさ。たんに時代が追いついていないだけなのだろう。いつか、必ずそうしてやる。世界中の空で、愛くるしい竜が羽ばたく日が来るのだ。そうして、世界は竜を愛でる習慣を手に入れるんだよ。
「……長よ。これから、どうするつもりだ?」
「ん。竜を繁殖させてだな」
「そんなことを、訊いていると、思うか?」
「いや……違うんだろうな」
シアン・ヴァティが、オレの竜繁殖計画に乗る気じゃない派閥のヒトだってことは、知っているよ。残念ながら、このことでは彼女と意見の一致は難しいらしい。
「……オレたちは、難民キャンプの状況を知らない。ゼファーがいるんだ。一度、その様子を見ておきたい。オットーたちとも、作戦を話し合いたいしね」
「……そうだな。戦力が、そろってきている。そして……敵の囲いが、薄まる。『パンジャール猟兵団』だけでも、かなり大きな仕事が出来る」
黒い尻尾が楽しげに、荒野の風に踊っていたよ。戦いの気配を求めて、シアンの心は弾んでいるのさ。
「ああ。猟兵だけでも、かなりのことが出来る。だが、オレたちだけじゃない」
「……む」
「そうよ、黒尻尾ちゃん!!私もいるわよ?……そして、私の『ボス』は……『アルステイム』の新たな長よ」
「『アルステイム』の力を借りることが出来るってのは、頼もしいよ」
「……たしかに。この女どもの、助力があれば……長の計画も、現実味を帯びる」
「……なーに?大きな企みがあるっての?」
「ああ。『ヴァルガロフ』を、戦火にさらす確率を、大きく下げるための策がな。君たち『アルステイム』がオレに協力してくれるのなら、その仕事を成せる」
「……責任、重大ですね。でも、やりがいがありそうですね、ヴェリイさま」
「そうね。『ヴァルガロフ』が受けるダメージを、減らせるのね?」
「そうだ。そのためにも、今、成すべきことが二つある」
「……二つ?」
「一つは、アッカーマンの排除だな。ヤツのスケジュールも密になって来ているはずだ。難民たちを奴隷として売りさばこうというのなら……そろそろ動くさ」
「あのエロハゲが、難民キャンプに手を出すと?」
「辺境伯領の、東の警備が薄くなる。難民たちが突破してしまう可能性が出てくるぜ。そうなれば、辺境伯も『ゴルトン』も『ザットール』も大損だ。せっかくの投資と準備が台無しになる」
『マドーリガ』だけは、ダメージが少ないだろうがな……それでいいさ。組むべき戦力を有しているのは、テッサ・ランドールの率いる『マドーリガ』だ。ドワーフの戦士たちならば、軍隊としても即・機能するだろう。
『ザットール』の動きは分からんが……この戦で、彼らの麻薬農園が無事に済むとも思えんな。ダメージは、かなりのものさ。
「……アッカーマンも、尻に火がついているのね」
「ああ。オレはヤツに見られてしまった。オレが具体的に誰かまでは分からないだろうが、『自由同盟』の気配は感じているだろうからな。それに……」
「それに?」
「賢い敵はね、オレの行動を読んでくるんだよ。ヤツは、オレよりかなり賢い。だからオレがするコトも、読めちまうさ」
「ソルジェくんは、何をするというの?」
「幾つか段階はあるが……当初の仕事を全うしようと思う」
「……難民たちを、『西』へと移動させる、か」
「ああ。計画とは、かなり変わるが……せっかく、東の警備を手薄にしてくれるというんだからな。このタイミングを突かないで、どうするというハナシだ」
オレはスケジュールを気にしたいわけじゃない。計画の実行よりも、結果の方を気にしたいんだ。最高のチャンスに、動かないほどマヌケではない。
辺境伯領内に難民たちを入れさえすればいいんだ。『アルステイム』の協力は手に入りそうだ。まあ、確かめなくてはならんが、ヴェリイやベテラン暗殺者の様子では、『ボス』は『アルステイム』を掌握するだろう。
あとは、クラリス陛下と……ハント大佐……そして、ロロカ・シャーネルと、『ストラウス商会』……何とか、このタイミングなら、間に合ってくれそうだな。とくに、ハント大佐。フクロウが伝えているだろうし、独自の監視網にも引っかかっているんだろう?
敵が、『薄まっている』んだぜ?
アンタは、この機を逃すほど、ノロマじゃないよな……?
「……それで。ソルジェくん、もう一つは?」
「ああ。アレキノ、こっちに来てくれるか?」
アレキノは、ムシしていた。だが。こちらを見ている。そして……オレの魔眼は見切っているぞ。『呪い追い/トラッカー』は、やはり、使えそうだ。
オレはアレキノのそばに行き、アレキノの頭を左右の手で固定する。
「ちょっと、うちのアレキノをいじめないでよ?」
「そ、そうですよ、ソルジェ・ストラウスさま?」
保護者の猫系コンビに文句をつけられる。オレは肩をすくめてみせた。
「……いじめやしないよ。ちょっくら、『あいさつ』をするだけさ」
「……ほう。見られているのか」
さすがにシアン・ヴァティは鋭いな。『虎』の勘かな。シアンの能力に敬意を表するために、口元をニヤリと歪めながら……オレは、アレキノの瞳を覗き込む。正確には、その先に……その奥で、こちらを見ているクソ野郎を睨んでいるのだがな。
「よう、『アスラン・ザルネ』。初めまして、ソルジェ・ストラウスだ」
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