第四話 『祈る者、囚われる者』 その26
泣きつづけるヴェリイ・リオーネがそこにいる。『首狩りのヨシュア』は、とっくの昔にくたばっていたが、彼女はヤツの死体に乗ったまま泣いていたよ。
「……君の出番ではないのか」
目の前にいるニコロ・ラーミアにそう訊ねていた。ニコロは、否定の動きをしたよ。首を横に振りやがる。
「……いいえ。私には、その権利はないのです」
「彼女の恋人を守れなかったから?」
「……はい」
「そうかい。アルトの遺言を、君はねつ造して、彼女に伝えたんだろ」
『やっぱり』。
ヴェリイ・リオーネには、バレていたようだがな。
「……その罪も、明らかになってしまいましたしね」
「悪くない嘘だと思うぜ。慰めの嘘が、いる状況だってあるさ」
恋人が殺されて、流産しちまったばかりの女性には、嘘でもいいから希望がいるもんだと思うよ。きっと、ヴェリイ・リオーネは怒っちゃいないだろうよ。まあ、怒られた方が、このマジメな紳士の心は、軽くなったりするのかもしれないが。
「嘘をついてまで助けようとする女が、泣いているというのにな……そばにも駆け寄れないのか?」
「……すみません」
「まったく……オレは、よくよく、恋するヘタレな男に出会っちまう運命なのかね」
「……そうなんですか?」
「そうらしいよ。さてと……ヘタレな男に変わって、騎士道を実践してくるか―――」
騎士らしく、泣いている彼女を抱き上げて、あの少年の死体から遠ざけてやりたい。そんなことを考えていたら、オレのとなりを彼が走り抜けて行く。アレキノだった。
あの心を壊された少年が走り、ヴェリイ・リオーネのとなりに向かう。オレは、『ゴースト・アヴェンジャー』の死体に彼を近寄らせたくはないのだが……シアンは、泣きわめく女に近寄らない、ヘタレな男どもに呆れて、アレキノを放したのだろう。
「……う゛ぇりい」
アレキノの幼く、精神的な不安定さを感じさせる、とまどい声が、彼女の名前を呼んでいた。ヴェリイは……アレキノを見て、少しは落ち着いたようだ。
「……アレキノ……無事だったのね。良かったわ」
「……うん」
「痛いところは、ない?……ごめんね。無理やり、地下の穴なんかに、投げ込んでしまって……暗いの、怖かったでしょう?」
「なれてるから……だいじょうぶ……」
慣れているから、か。心が痛むセリフを、『灰色の血』の子供たちはガンガン、オレに聞かせてくるな。
悲しみよりも、怒りが湧くのは、オレが乱暴者だからだろうか。それを恥じるつもりはない。乱暴者が、殺すべきだ。コイツらにそういうコトを強いた、クソどもをな……。
背中の竜太刀のなかにいる、アーレスも賛成だって唸っているのが分かる。鋼が静かに鳴り、熱を帯びているからね。背中が、かなり熱い。
「……う゛ぇりい……なか、ないで……くまを、かしてあげる、から……」
「いいわよ。大丈夫。私は、もう泣いていないから。あなたのクマは、いいのよ。あなたが持っていなさい」
「……うん……あれ?……くまが……ない?」
『……『どーじぇ』』
オレのそばに近寄っていたゼファーが、静かな声を使った。その声にうなずく。オレの雑嚢のなかに、アレキノのクマ人形が入っている。アレキノに近寄りながら、オレはそのクマ人形を返してやる。
アレキノは、相変わらずオレが苦手なのか、オレの目を見ることなんて無かったが、あのズタボロのクマを奪い取っていった。もちろん、礼とか、そういう言葉はなかった。無くさないように、持っててやったんだがな。
まあ。別にいいんだよ。持つべき者のところに、あの人形も帰れて幸せ―――ああ、どうだろうか。アレキノは、またあのクマちゃんにかじりついている。歯を使って、クマちゃんを構成する布きれを、噛み千切ってしまうよ。
わずかな間だが、クマちゃんを雑嚢に入れていた身からすると、少し心が痛む光景だった。ああすることで、アレキノは幸せなのかもしれないが……ちょっと、クマちゃんが、かわいそうじゃないだろうか?
「……起きろ。死体の上に、またがっているものではない」
騎士の役目を『虎姫』サマに取られていたよ。シアンが、ヴェリイの手を握り、その場から起こしてやっていた。
「ありがとうね」
「……気にするな。ヘタレな、男どもの代わりだ」
オレはヘタレなつもりじゃなく、空気読んでいたらタイミングを逸しただけなんだが。そう自己弁護する言葉は使わないことにする。カッコ悪いからね。恥の上塗りはゴメンだよ。
アルトを守れなかった護衛、ニコロ・ラーミアの背中を見る。彼は、ゆっくりと、左脚を引きずりながら、ヴェリイの側へと歩いて行く。処刑される予定の罪人みたいだな、と、失礼なコトを考えてしまう。
バチン!!
乾いた音が響いて、ニコロ・ラーミアの左の頬がビンタされていた。
「……いらない嘘は、つかないように。私には、アルトのニセモノの言葉なんて、必要じゃないのよ」
「……はい。もうしわけありませんでした」
上流階級の執事のように、ニコロはキレイな角度でおじぎをしていた。あの悪い左脚のことを考えると、その動作は、かなり辛いものなんじゃないかな。
『……びんた。こわい。『まーじぇ』みたい』
「……『マージェ』は怖くない。悪いコトしないと、ああならない」
『あのひとは、なにをしたの?』
「たぶん、そんなに悪くないコトだろ」
『そんなに、わるくないのに……?』
「ああ。男には、黙って打たれておいた方が、いいときだってあるのさ」
『そーなんだ。おとこ、たいへん!』
「……ホント、そうなんだぜ……」
いつか、ゼファーも男の大変さを知る日が来るのだろうか?……ニコロ・ラーミアのように、複雑な大変さでなければ良いのだがな。
「……長よ。コイツは、何かを持っている」
猟兵シアンは働いていた。死んだばかりの『首狩りのヨシュア』の服を探っている。そして、服の内ポケットから、何かの書類を取り出していた。
「なんだ、それは?」
「……開けてみる……ふむ……地図だ」
立ち上がったシアンが、その地図を広げながら、こちらに近づいてくる。というか、全員が近づいてくるな。アレキノもだ。まあ、アレキノには、ヤツの死体の側にいて欲しくはないがね。
とにかく、ビジネスだ。
「えーと、どこの地図だ……山だな。多くの山。そして、アントン・ファーム、ケスリン・ファーム……農場の名前が、あちこちに書かれている。つまり、こいつは北の山岳地帯の地図か」
「そうみたいね。ふーむ。なるほどー。『ルカーヴィスト』たちの、『次の動き』について、分かるかもしれないわ」
「……作戦用の、地図か?」
「そうよ。黒尻尾ちゃん」
「……『虎』に、ケンカを売っているのか?」
「いいえ。親愛を込めてよ。いいじゃない、私たちの仲でしょ?」
「……どんな仲だ?」
「私に、仇討ちをさせてくれたわ。親友みたいなものね」
「……ずいぶん、一方的な友情だな」
「なに?イヤなの?」
「……なれ合いは、嫌いだ」
「ソルジェくんとはラブラブなのに?」
「……殺すぞ」
……オレとラブラブだって評価されると、殺意が湧くのかい?……ちょっとだけ、心が傷ついた気がする。まあ、オレを害虫みたいに嫌っているわけじゃなくて、たんにからかわれたことに腹を立てているだけだろうがな……。
「殺しちゃダメよ。せっかく、いい友だちになれたんだから?……男なんて、私に痛い注射を刺したり、嘘ついたり、ぬいぐるみを噛み千切っているだけだし?……女も、いいかなーって?」
「……私は、レズビアンでは、ないぞ」
シアンは女性にモテるな。背が高くてカッコいいカンジの美女だからかね。背が高い筋骨隆々の蛮族よりは、モテるのは事実だよ。
「私もレズビアンじゃないけど……はあ、ダメ男ばかりを見ているとね?」
「おいおい、ヴェリイ。男は、注射刺したり、嘘ついたり、ぬいぐるみを噛むだけじゃないぜ?」
「なにが出来るのよ?」
『そらが、とべるよ!!』
「……まあ!!とってもかわいい!!……大きくて、トカゲみたいだけど」
『とかげじゃなくて、りゅうだよ』
「うんうん。わかってる。ちょっと似ているだけだもんねえ?」
そう言いながら、ヴェリイ・リオーネはゼファーに抱きついていた。
「あら。意外と温かいのね?金属とか、岩みたいに冷たいのかと?」
「竜は爬虫類ではない。変温動物じゃなく、恒温動物だ」
「でしょうねえ。空を飛ぶのだから……山って寒いし、お空も寒いんでしょ?」
「ああ。青いモンは冷たいよ」
『う゛ぇりい、かしこいね!』
「まあ。あなたも私の名前を覚えたの?賢いわね!」
『えへへ。『どーじぇ』が、う゛ぇりい……って、よんでいたもん!』
「ああ……可愛い声ね。癒やされる。竜騎士って、ズルいわ。いつも、この子と一緒だなんて……ねえ、君、名前はなあに?」
『ぜふぁー!』
「ゼファーね、力強くて、カッコいい名前だわ!!」
『……えへへ!『どーじぇ』、ほめられた!!』
「そうだな。良かったな」
『うん!!』
「……それで、ヴェリイ・リオーネ」
「あら。何かしら、親友?」
「……仕事のハナシを、しろ」
「……ああ。そうね。ちょっと、恋人の仇を討てたものだから。舞い上がっていたのよ。周りの男どもは、役立たずばかりだしね」
「役立たずだって?……君のために、荒野をかけずり回って、たくさんヒトを斬りまくったりしたけどね?」
あと、巧みな話術とゼファーをダシにして交渉した。君が守りたいはずの『アルステイム/長い舌の猫』のケットシーたちを、死なせることなく説得してみたりな。色々と、活躍したはずなんだがね……。
「そうなの、がんばったのね。ソルジェくんも」
「オマケ扱いかよ」
「褒めてあげたじゃない?」
「ああ、そうだったな。それで……冗談はさておき。たしかに、シアンの言う通りだぜ。その地図があれば、『ルカーヴィスト』どもの次の行動が読めるってのなら、聞かせて欲しいもんだぜ」
「……『ルカーヴィスト』と戦うつもり?……貴方たち、『パンジャール猟兵団』の役目は、難民たちを『西』へと導くだけじゃないの?」
「最優先事項はそれだが。『ルカーヴィスト』も殲滅したい。ヤツらは、看過出来ない悪事を働いているようだからな」
「……そうね」
「……それに。少し、気になる予言もされてしまったからな」
「予言?……アレキノに?」
「ああ。オレの仲間が、キュレネイ・ザトーが、オレのことを『斬る』。彼は、そうオレに予言してくれたよ」
「……そんな……本当なの?アレキノ?」
「……うん……あいつ、しぬよ……」
顔を向けることは、またしても無かったが。アレキノの傷だらけの人差し指が、オレを指し示している。
「そんな……残念ね」
「……気にしていない。ありえないことだからだ」
「アレキノの予言は、当たるわよ?」
「当たらないさ。コレに関してだけはな」
「……あの子を……あの『ゴースト・アヴェンジャー』を、どうにかすべきよ」
……彼女が、言葉を選んでくれて助かった。『どうにかすべき』。いい言葉だ。もしも、『殺すべきだ』と言われていたら、また激怒しちまうところだったよ。
「……ねえ。対処を考えなくちゃ?」
「それについては、こちらでやるさ」
「ちょっと、怒らないでよ?……私は、ソルジェくんのことを案じているのよ?」
「……分かっている。だが、大丈夫だ。キュレネイが、自由意志でオレを殺そうとすることなど、ありえない」
「スゴい自信ね……男が、女に殺される理由なんて、たくさんありそうだけど?」
「キュレネイ・ザトーには、そんな理由はない。オレは、彼女を信じるし、疑う余地はない……だが」
「だが?」
「……『お師匠さま』。キュレネイや、『首狩りのヨシュア』を『作ったヤツ』……そいつなら、キュレネイに、オレを斬ることを無理強いさせることが出来るかもしれんな、とは考えている。オレは……そいつの命令を、多分、昨日も今日も潰しているからな」
「『フェレン』も……そして、『私の処刑』も?」
「ああ。そいつに心当たりはないのか?……『ゴースト・アヴェンジャー』の『教官』のような連中であり……呪術師だか、錬金術師だか……あるいは、その両方の才能を持つ人物……もしかしたら、アレキノを『呪った』のも、そいつかもな」
「……考えられる人物に、心当たりはあるわ。一人だけね」
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