第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その33


 巨大に伸びた歪な骨。それに肉付けされた細い筋肉。不気味な腕が、オレ目掛けて振り下ろされてくる。太い指の先には曲がった爪が生えていた。『殲滅獣の使徒/シェルティナ』の殺意……それをオレは後ろ跳びで躱していた。


 大した力だ。床板に大穴が開いちまう。執事の爺さんがブチ切れしそうな暴挙だな。床をおおっていた素敵な絨毯までズタボロだったよ。


『それで避けたつもりかあああああああああああああああああああッッッ!!!』


 キースは冷静だった。戦闘の訓練を受けていたのかもしれない。あるいは、引き取られた先の養父と養母のことを、いつだって殺してやりたかったから、頭のなかでいつも暴力の連携を考え続けていたのかもね。


 床板に突き刺さった腕を、そのまま持ち上げるようにして、オレを追撃してくる。破裂した床板の破片が、宙に舞い、カビ臭いホコリが周囲を白くにごらせた。アッパーのように打ち上げて来た拳は、オレには当たらなかった。


 ……力は、かなりのもんだ。この3メートル級のバケモノに相応しい膂力だな。キースは怒りで冷静さを失っているが、打撃よりも掴まれることの方が、はるかに脅威度は大きいだろう。


 握力と爪で、ヒトの肉体は破壊されてしまうさ。あるいは、捕まってブン回されて、壁にでも叩きつけられたら、全身の骨が破裂して、平べったい竜騎士サンになっちまうかもしれない。


 ヒトの意識が多く残っているからこそ、あまりヒトから離れた攻撃を想像しない。それは、この呪術の弱点ではあるだろう。打撃?……人類が出せる、最弱の攻撃方法だ。その威力で打ち込まれても、即死どころか、タイミング次第では無傷になるかもな。


『ちょこまかと、動きやがるッ!!』


「お前が遅いのさ。こんなものか?君が、クソみたいにヒドい人生をやり直すために得た力っていうのは?」


『……違う!!こんなもののワケが、あるかああああああああああああッッッ!!!』


 キースが加速してくる。速いな。巨体の割りには、速い……開けた土地での動きを知りたいもんだが。辺境伯の大きすぎる書斎と言っても、縦横で30メートルと20メートルほどの広さしかない。平野を突進する時のスピードを想像することは出来んな。


 とはいえ。


 かなりのものだ。馬の動きに、追いつく可能性はある。スピードは問題はない。問題は、大きすぎるリーチから来る、間隙の広さか。なぎ払うように放たれた右腕の打撃を、オレは横に飛ぶステップを用いて、すり抜けてしまう。


「視線が高いのも考えものだな。足下をうろつかれると、動きが追いつかない」


 ミアの身軽さに、ガンダラが翻弄される理由だな。リーチがあり、それゆえの速さがあったとしても、細かな角度の微調整には劣るものだ。勇気と脚力と経験がいるが、あれぐらいの大振りを躱すことは戦士には難しくはない。


『クソがあああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』


 怒らせすぎてしまったか?出し惜しみしないのは、いいが、動きがあまりにも雑だった。巨大なだけに、予備動作が大きく、あまりにも目立つ。歪な形状に成り果てた骨格も、重心を予測させないほどではない。二つの腕と、二本の脚ではな、あまりにも見慣れた動き。


 拳と爪が、踊るような軽薄な回避を行うオレを追いかけて飛んだ。当たりはしない。不慣れでぎこちない正拳に手刀。体術?……武術の中でも、基礎ではあるが、実戦向きとも言いかねる手法。まともな戦士であれば、おおよそ躱しちまう攻撃だ。


 奇襲的に使うのなら、有効だが……正面から使われたところで、どうなるというものでもない。アドバイスをくれてやる。ヤツにとっては命と誇りがかかっている戦いかもしれないが、これはオレたちからすれば実験の一つに他ならない。


「巨大な腕も、武器が無ければ使い物にならんようだな」


『……ッ!?』


「巨人族よりもはるかにデカくなった。見た目もグロい。だが、武器を使わないのであれば、大した間合いにもならないし、スピードもそれほど出せん。欠陥の多い切り札だな」


『……うるさいッッ!!『シェルティナ』は、まだまだ、武器があるんだよッッ!!』


 そこらの柱でも引き抜いて、ブン回してくれたら、武器の使い方も見ることが出来たんだが。悪口の使い方を間違ったかもしれない。ヤツはオレのアドバイスを、素直には受け取ることが出来なかった。


 ヤツの右手の形状が変わる……ボキバキという骨を無理やりにへし折るような音がして、ただでさえ不気味な腕から、骨の刀が生えてくる。ヤツは、それを叩き落としてくるから……あえて竜太刀で受け止めるのさッ!!


 ガギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッッ!!!


 とんでもない重量がかかる!!押しつぶされそうになるぜ……ッ!!こちらの劣勢を見透かすように、キースの口が大きく開く。笑顔か。まったく……舐められると、腹が立つもんだ。


 しかし、『チャージ/筋力増強』を帯びた巨人族の強打に匹敵しそうな一撃だが……昨夜のテッサ・ランドールに比べれば、ぬるいもんさ。全身の骨格が、外れてバラバラになりそうって程じゃあない。たしかに重いが、鋭さってものが足らん。


 それゆえに……攻略することも難しくはない。


 雑味のある、この重量の加え方。動いて揺れる重心を、ずらすことは容易いもんさ。竜太刀でヤツの骨刀の圧を受け止めながら、一瞬、力を抜いて、ヤツとの力勝負に空白を招く。骨刀がオレ目掛けて落ちてくるが―――オレの体は回転しながら、キースの懐に潜る。


 力勝負ってのは、ズレが生まれると噛み合わんものさ。それを先んじることで、自由な動きを得られる。まあ、力のかかり方を読むコツと、瞬発的な加速を自在に出すための筋力はいるがね。つまり、蛮族ガルーナ人の剣鬼さんの、得意分野ってことさ。


 骨刀と竜太刀が、こすれ合いながら火花を散らし……瞬間の自由のなかにいるオレは、剣と舞う。回転しながら刃を外して……キースの懐に潜り込む。その場所で、肘を折り曲げ小さく回る。たった二つのステップを刻み、回避しながら攻撃の準備を完了させた。


 狙うのは、赤黒い筋肉が剥き出しになっている左脚。筋肉が爆発的に膨らんでいる太ももだ。オレに躱されることで崩れてしまったバランスを補おうと、必死に床板を踏んでいる。健気に頑張る左脚に―――竜太刀の斬撃は無慈悲に叩き込まれていた。


 回避の技巧からの連携。威力は少ない。威力は少ないが、熟練ってものがモノを言うのさ。敵の肉をどれだけ斬り、敵の骨をどれだけ断って来たか。その経験値が、威力の伴わない動きにさえ、鋭さを生む。


 そして。竜太刀ってのは、数々の魔法の鋼と、偉大なる古竜アーレスの『角』が融けた無敵の鋼。ドワーフの王に磨かれた、この刃の切れ味たるや、圧倒的であるのさ。


 その一太刀で、キースの巨大な脚は断ち斬られていたよ。一拍の間を置いて、『シェルティナ』の体が崩れていったな。オレを掴もうと伸びて来た左腕も、竜太刀で切り捨ててしまった。ヤツは左の手脚を失って、そのまま床へと沈み込んだ。


『……く、くそ!?』


「終わらせろ」


 興味は失せた。オレはキースに背を向けて、その場から歩いて後退する。問題はない。壁を蹴って天井近くに跳び上がったキュレネイ・ザトーがいる。彼女は、天井を手の平で押すとで、直下に勢いよく飛んだよ。


 狙ったのは、『シェルティナ』の背骨。キュレネイの稲妻のように速い蹴りが、横たわるヤツの背骨を粉砕しながら、その体を『く』の字に曲げさせた。大きく仰け反った、『シェルティナ』の首を目掛けて、ジャン・レッドウッドの牙が迫った。


『ひいいいい―――――――』


 バギュギリイイイ……ボギンッ!!……何とも残酷な音を背中に聞いた。『シェルティナ』の首を、ジャンの牙がもぎ取る音だった。巨大化した怪物も、自身よりもはるかに大きな獣の力には、抗う術など持たないようだな。


「……想定内ではあるか。個体の強さは、知れているな。大型のモンスターと変わらん」


「イエス。でも、どれだけの『数』が作られるか次第であります」


「……そうだな。これが、数百匹の単位になれば、かなり厄介だ」


「ヒトとしての意識が残っていることは、厄介であります」


「ああ、連携出来るってことだからな」


 完璧な連携を行う、大型モンスターの群れか。そんなものに突撃されたら、どんな精強な軍隊の隊列も、大きく乱されてしまう。


「明らかに、軍用の戦術の一端だ。コイツは、群れてこそ意味を発揮する兵器だよ。北部の山岳地帯とやらで、大量生産されているとすれば……厄介極まりない」


『……だ、大丈夫です。ボク、コレの臭いも肉の味も覚えましたから。コレが大量生産されているなら、その場所を特定出来る……はずですよ!!』


 ジャンが自信にあふれた言葉で、そう告げてくる。ホントに、食っちまったようだ。腹を壊すようなそぶりもないし、問題ない。さすがは、期待の若手ジャン・レッドウッドと言ったところだろう。


「……それを見つければ、ゼファーで爆撃するのも有りだな」


「今、その臭いはするでありますか?」


『え、えーと……この辺りにしか、しない……』


「……外の怪物どもとは、臭いが異なる?」


『は、はい。似たようなものですけど、ビミョーに違います。こっちの方が、露骨に、その……なんていうか、せ、説明するのが難しいですけど……よりヒトっぽくないです』


「ヒトから遠ざかっているということか」


『そ、そんなカンジですね!!』


「……想像はつく。これは、『生まれ変わり』を願う者のための呪術でもある。オレたちが最初にあった男は、かつて、行商人が連れていた娘を、友人といっしょに犯そうとでもしたのだろう。抵抗されて、殺してしまい、運河に捨てた」


「クズ野郎でありますな」


『……ホントだね。子供を殺すヤツは、悪人だよ……』


 どこかジャンがさみしそうな顔をしている。目の内側の毛皮が寄っているな。悲しい過去を思い出しているのかもな。ジャン・レッドウッドも、子供を殺したことがある。『ゼルアガ/侵略神』、アリアンロッドに『狼男』の血を覚醒させられて。


 虐待が横行する孤児院で、ジャンは初めて狼へと化け、そのままアリアンロッドに操られるような形で、同じ立場であった孤児たちを食い殺してしまった。孤児たちに残酷だった、大人たちもな……。


 それは罪だろう。背負い、一生、忘れることなく、苦しむべき事実ではある。しかし、それでも猟兵の絆は血なまぐさくも深い。沈む巨狼の鼻先を、二度ほど軽く叩いた後で、オレは自分の推理をつづけるのさ。

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