第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その34


「―――この呪術を構成する要素は、強い『自己嫌悪』だ。『生まれ変わり』たいと強く願う者には、必ずそれがある。使命感だけとは、とても思えないな」


 明るい感情や、善意の感情では、おそらく術式に組み込むことが出来ないのさ。それらは予想が出来ない。正義は、人それぞれによって形が違うものだし、愛情も人によって形が違う……何を好きになるかは、千差万別だ。


 しかし。ネガティブな感情は、多くの人物に共通しているし、共感することも簡単だ。呪術という複雑かつ、対象者を選ぶ、繊細な術の発動条件として組み込むためには、おそらくポジティヴで読めない感情は不向きなのだろう。


 呪術というモノの仕組みの一端を、オレは理解しつつあるようだ。『生きた呪い』と出遭うということは、経験値になってくれるってことさ。


『……あの子供殺しの農夫は、自分の罪から逃げたかったんですね。自分のことが、それぐらい嫌いだった』


「おそらくな。だからこそ、強力な『変身』を行えたのだろう。呪術に取り込まれやすい過去の持ち主だった」


「この男も、そんな過去があったのでありますか?」


「魔法の目玉でヤツの過去を見た。敬虔なイース教徒の貧しい両親に、売り払われた。引き取られた先というか……コイツを労働力として買った男女から、性的な虐待を受けていたらしい。劣等感のカタマリだ。まあ、社会に色々と裏切られて来た男だということさ」


 ……悲しい人生だったのだろう。しかし、誰しも色々と背負い込んでいるものさ。己の苦しみが、他者から幸せを奪う行為を正当化する理由になどならない。


 そんなことは、分かっていたか?……認めたくないだけで、分かっていたかもしれないな。ガキってのは、そんなものさ。居心地の悪くなることを認めるということは、ガキには難しい。


 だからこそ。逃げたかったし、変わりたかったか。その願望こそが、『殲滅獣の使徒』になるための動力というわけだ。ホント、サイテーな呪術を組んだ者がいる。


「『ルカーヴィスト』は、排除せねばならん悪だ。ヤツらの行いは、帝国人だけでなく、あらゆる者に牙を剥くことになる……少なくとも、この呪術を行える者たちだけは、排除しなくてはなるまい。数は、そう多くはないはずだ」


『と、特別な呪術ということですか……?』


「イエス。これだけの呪術が使える者は、そうはいないはずであります。おそらく、これは貸与された力。でなければ、この程度の者には、扱うことは出来ない」


『与えられた力……つまり、『親玉』を殺せば、この呪術は、消えちゃうってこと?』


「そうであります。この呪術を組み上げた『者』を仕留めれば、機能はしない。何となくですが、そう感じるのであります」


『な、何となく?』


「不満が、ありますか?」


『う、ううん!!……不満とか、ないよ。キュレネイの勘って、ほとんど外れないもん』


「イエス。私は、仕事の出来る女でありますからな」


 そうだ。キュレネイ・ザトーは仕事が出来る子だ。そんなキュレネイが、オレと同じ考えを口にしてくれたことは心強い。キースは才能がある呪術師だったのかもしれないが、彼には、あまりにも過ぎた力であることは明白だ。


 戦うことで肌で感じ取ることの出来た、数々の未熟。完成された戦士とは思えないし、呪術師としての教育を受けた期間も長いものではあるまい。つまり、この呪術をキースが独自で開発することが出来たとは思えない。呪いの『源』は、別にある。


 おそらく、『オル・ゴースト』に起源を持つ呪術師が、キースの師匠なのさ。そいつを仕留めれば、呪いで人々をモンスターに変えるという戦術を封じることが出来る可能性もある。


 こちらには切り札が二つ出来た。オレの『呪い追い/トラッカー』と、ジャン・レッドウッドの『鼻』だ。


 ……さてと。ジャンの鼻には、もう一つ、頼りたいことがあるな。


「ジャン。辺境伯とアッカーマンは?」


『は、はい……あいつらは、遠くに行っています。かなりの速度で。馬車じゃなく、脚の速い馬に乗っているみたいです……『ヴァルガロフ』の方に、向かっていますね』


「追いかけるでありますか?」


「……いや。オレたちも連戦と長距離移動で体力を使いすぎている。それに、『フェレン』の安全を確保しておきたいところだ」


『そ、そうか。怪物になってしまった人たちは、元には戻れない……まだ、村のなかに怪物がいる可能性もありますね。『なりかけ』だと、判別がつきにくいですし』


「あくまでも、優先すべきは納屋に捕らえられた難民たちの救助だ。そして、民間人の無意味な死者を減らすこともな」


「了解であります。では、さっそく、ストラウス隊に合流し、命令するであります」


「……くくく。あいつら、すっかり、オレたちのチームだな」


「一蓮托生となりつつあります。この土地では、我々の戦力は貧弱。馬を扱えて、戦闘能力もそれなりにはある彼らは、利用すべき力」


『……し、信用しても大丈夫かな?』


「裏切れば、私が殺すであります」


『そっか……脅せば、命令を聞いてくれるかもしれないね』


「……ヤツらも報酬を提示すれば、協力を惜しまないだろう。食い詰めているだけで、帝国軍への憧れが強い連中じゃない。仕事先が欲しかっただけだからな。報酬は、ここに山のようにある」


「略奪するでありますな」


「おいおい、人聞きが悪いぜ?正当な報酬だ。オレたちが来なければ、アッカーマンはともかく……辺境伯はくたばっていただろう。辺境伯の命の恩人だ、金貨20枚で済ませたら、むしろロザングリード卿に失礼というものだ」


『アッカーマン……ほ、本気を出していなかったようにも見えました』


「まだ底を見せてはいない。ヤツ一人だけでなら、この場も逃げ延びることが出来ただろう。全盛期なら、オレたち猟兵にも迫る力があったかもしれんな―――さて、とにかくストラウス隊と合流しよう。彼らの力が必要だ」


 オレたちはテロリストどもの死体が転がる、辺境伯の書斎から脱出する。城内のあちこちに使用人を庇って立て籠もっていた戦士たちに、村の安全を確かめさせるため、村の見回りを命じた。


 ……オレたちと組むことにリスクと拒絶がある者は、この命令の最中に、どこかへ姿をくらますだろう……オレたちは納屋へと向かう。納屋に閉じ込められていた難民たちを救助した後で、この納屋に火をかけて燃やしたよ。


 収容施設が無ければ?


 『フェレン』を奴隷の輸出拠点としては使えないだろう。他の納屋―――ジャガイモ用の納屋は、どうにもボロくて、大幅な補修をしなければ奴隷を監禁するための施設としては不向きだろうからな。


 難民のなかには、薬を打たれている者たちも少なからずいて、そいつらはフラフラしているが……『輸出用の奴隷』として選抜された者たちばかりだから、体力そのものは十分にあるだろう。


 キュレネイが回収した『ガイドライン』によると、奴隷に与えられた薬は鎮静剤の一種。持続時間は半日ほど……まあ、そのうち元気になりそうだなってコトは理解出来た。


 難民たちには選択肢を提示した。


 一つは、このまま西を目指して、ゼロニア平野を西へと進むという道だ。彼らは難民として、西の『自由同盟』の土地を目指して旅をして来たわけだからね。もちろん、家族と離れ離れになっている難民たちもいる……難民キャンプに戻りたいと願う者も多かった。


 もう一つの選択肢は、オレたちと共に北上し、あの教会周辺に立て籠もることだ。真の意味での難民キャンプを、あの土地に建てるというわけさ。けっきょく、ほとんどの難民たちがコレを選んでくれた。


 西に向かうにしろ、東に戻るにしろ、北上しなくてはならないことは同じだからね。百五十人近くの健康な大人たちだ。武装もすれば、なかなかの戦闘能力だろうよ。


 ……そうだ。彼らの分の慰謝料も頂戴するつもりだ。色々な形でね。


 辺境伯の兵士たちの死体、そして城内の武器庫。それらから難民たちは『武器』を回収したよ。自衛手段はあった方がいいからな。槍や剣……そして、食糧も可能な限り回収して、馬車や荷車に乗せたのさ。


 略奪?


 まあ、そうだけども、正当なる慰謝料とも言えるだろう。


 ジャンには、ヒト型に戻ってもらい、宝探しをさせた。あの脅威的な嗅覚が狙うのは、辺境伯の城に隠された金庫だ。ジャンは金貨の臭いを嗅いで、その場所を見つけた。分厚い金庫を、腕力で破壊して……袋一杯の金貨を回収して来たよ。


 ……いい子だ。ギンドウ・アーヴィングには、出来ない行いだろうな。一枚も自分のモノにしちまわないなんて。ちょっと要領の悪さも感じるが、ジャンらしいマジメさだと、その善良さを褒めておこう。


 略奪作業……もとい、物資の獲得が一段落した頃、オレたちは合流する。ストラウス隊は、誰も逃亡していなかった。


「村の連中は、大人しいもんっすよ。生き残りの兵士も、抵抗する素振りも見せない」


「生き残っていた兵士がいたのか?」


「ああ……門番の片割れさ。混沌の最中、家に逃げ戻って、家族を守っていたらしい。大ケガしているけど、命に別状は無さそうだった」


「……そうか。いい知らせだよ」


「とはいえ……村人たちには、負傷者も多いし……みんな、ムチャクチャ暗い」


「なんていうか、隣人を食っちまったことで、みんなドン引きしているみたいだぜ」


「……気持ちは分かる」


 あまりにも罪深い行いだろう。隣人同士で食い殺し合った。その記憶が残っているとはな……一生モノの傷を残している。かけてやれる言葉が見つからないが、オレたちもすべき仕事がある。村人たちの心のケアにつきあっているヒマはない。


「よく働いてくれたな。報酬を分配するぞ。一人、金貨10枚ずつだ」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「すっっげええええええええええええええええええええええッッ!!」


「さっすが、ストラウス隊長っすううううううううううううッッ!!」


「大泥棒だああああああああああああああああああああああッッ!!」


「おいおい、人聞きの悪いコトを言うんじゃない。正当な報酬だ。『フェレン』と辺境伯の命を守ったのは、事実上、オレたちだからな」


「たしかに!!」


「その通りだ!!」


「……とはいえ。盛大に略奪しているの事実だ。辺境伯の雇われになるのは、難しいだろうよ」


「……まあ。ヤツに仕える気は、そもそも失せてたことだしなあ……」


「そうそう!オレたち、仕官は似合わんさ」


「ああ。根無し草の傭兵稼業……そういうのもいいもんだよなあ!」


「……ここから南下して、他の土地に逃げるのもいい。金貨10枚と、君らの腕があれば十分に再出発が出来るだろう。その土地で仕官するのもありだし、畑や家畜を買って、のんびりと暮らすことも悪くない……だが、もう一つの道もある」


「……隊長と一緒に行くってヤツですかい?」


「そうだ。『自由同盟』の傭兵になる道だ。報酬は約束しよう。馬を巧みに操れる君たちの輸送能力を、オレは求めている。人生を『自由同盟』に捧げろとは言わない。これから一週間のあいだだけ、オレに雇われてくれないか?」


 ストラウス隊の8人のベテラン戦士たちの選択……?


 ヤツらも傭兵。稼げそうな仕事には食いついてくれたよ。オレも、なかなか人気があるらしい。オレたちは、馬車を巧みに操れる戦士たちを手に入れていた。戦略の幅が広がるハナシだし……コイツらと仕事をまた出来るってのは、何だか嬉しい気がするのさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る