第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その14


 荒野をさすらうようなハメになっている戦士たちばかりだからな、ロザングリードに対する忠誠心ってのは皆無だった。自分たちが残酷な賭けの対象にされちまっていたと気づくと、彼らの目的からは辺境伯への仕官という要素は抜け落ちていた。


「20枚の金貨を求めての共同戦線ってことだ、いいな?」


「……ああ。いいぜ。皆、文句はねえはずだ」


「よし。それじゃあ……って。2人足りないな?」


 数を数えてみると、8人しかいなかったよ。オレはあの部屋に10人の戦士がいたことを覚えている。


「どこに行った?」


「ヤツらの馬は脚が速い……オレたちを出し抜いて、そのまま先行してる」


「ほう。騎兵8人を、置き去りにしたか。大したもんだ」


 競り合いにもさせなかったか。圧倒的な馬たちだ。想像を超える相手は、想像が及ばない。


「どっちのも、かなりのいい馬でな。オレたちの馬とは違う」


「……どんなヤツらだ?」


「元・帝国軍の兵士らしい。ルードと帝国の戦で、敗残兵になった騎兵たちだ」


「ほう」


 そいつは運命を感じさせる連中だ。


「ルードの兵士に襲われて、命からがら戦場から逃げ出したらしいが……隊に合流したあとで処罰されたそうだ」


「処罰?」


「戦線の崩壊は、一部の騎兵たちが命令に反して、逃げ出したせい。そんな言いがかりをつけられたようだ」


「なるほど。上官たちの保身の犠牲か……戦争に負けた理由を、そいつの上官は部下に押し付けて来たわけか」


 切ないもんだが、戦場ではよく聞くハナシだ。戦での敗北は罪深い。責任を問われる者は、不名誉な死罪に処されることも少なくはないのだ。死の罰へと追い込まれそうなとき、ヒトはどんな恥ずべき行いをも選びうる。


「ああ……そんなところだよ。連中は、そのまま逃亡兵の烙印を押されて、追放されたようだ」


「第七師団の騎兵か。エリートではあるし、生粋の帝国人だ」


「そうらしい。2人とも、名誉を回復したがっているようだな」


「辺境伯に仕官するのが、目的か。仲良くやれそうにないかもしれん」


「……連中は、マジメだよ。さすがは、元がつくとはいえ、エリート兵士だ。酒も女も飼わずに貯めた金で、高い馬を買ったらしい。馬を使う仕事に、自信があったということだろう」


 失われた名誉を求めている連中か。辺境伯に裏切られようとも、悲惨な仕打ちをされようとも、脱走兵の汚名を返上するためになら、ヤツの部下になろうとするかもしれない。


「お兄さま、どうするでありますか?」


「……どうもこうもないさ。このまま『シュルガンの枯れ林』に向かう。熟練の騎兵が二人いたところで、『カトブレパス』の相手がつとまるとも思わんよ。死んでしまっているかもしれんが……そこまでは、面倒見切れんからな。全員、歩調を合わせて南下するぞ」


 馬は十分に休めたはずだ。オレはさっきまでペースに戻り、戦士たちを引き連れて移動を開始する。そのまま、しばらく道沿いには走っていると、立ち枯れた白い木と出会えるようになった。


「……枯れた木か」


「『シュルガンの枯れ林』が近いことの、現れでありますな」


「知っているのか、キュレネイ?」


「ノー。でも、枯れ林という名前から考えると、この木は予兆のようであります」


「たしかにね。まあ、地図からするとそろそろだし……南の方には、白い林が見えているな……あそこが、『シュルガンの枯れ林』か。あの場所を知っているヤツは、いるか?」


 戦士たちに期待したのだが……やはり流れ者ばかりか。この土地の事情に詳しいヤツはいなかった。誰もが口を閉じたままだったよ。


「呆れたな。ウワサ話も、聞いていないのか?……貴族の変な仕事を請けたんだから、もっと情報収集しようぜ?」


「いや……オレたちも、雇われたばかりなんだよ。馬の仕事だって言われて、来たんだが、馬に乗るような仕事じゃなくて、馬車の整備ばかりさせられていた……厩舎の掃除もな」


「荒くれた旅の戦士たちが、そんなことに素直に従ったか」


「仕官も目的だったからな。マジメに働いておけば、評価が少しでも上がるだろ?荒野で特訓もさせられた。何日もな。体力や武術も見られたし、文字が読めるかとか、計算が出来るかとかもあった」


「そいつは念入りな試験だったな」


「『フェレン』にいなかった時間の方が多い。まあ、試験ってだけじゃなく、訓練も兼ねていたんだろう。あの執事にしごかれる、おかしな日々だった」


「あの執事か……」


 ファリス王国の騎兵の特訓ね……なかなかにハードそうだ。


 しかし、あの老人がこの連中の特訓に付き合っていたということは、ロザングリード卿は、しばらくこの土地に居続けたのだろうか?他にも城を持っているらしいし、この土地はあまりにも辺境すぎる……。


 悪人だが、仕事熱心だということか?奴隷貿易のルートの構築に、『カトブレパス』対策。この何もない土地で、ヤツは仕事を続けていたということか?


 禁欲的な環境だな……酒や麻薬、もしかしたら女も手土産にしてやって来たアッカーマンの誘惑に、引っかかりやすそうだ。


「……辺境伯には、会ったのか?」


「ん。二度ほどな。声をかけられることはなかったが……荒野での訓練を、見物しに来られていたよ」


「二度か」


 この連中を見るために?……一度だって十分だろう。よほどヒマだったのかもしれない。ふむ……ヤツは長らくここにいる?……仕事のため?……指示を出すだけの仕事だし、この土地に引きこもる理由としては、やや弱い。遊びも嫌いな男じゃないようだしな。


 ……他の理由があるのか。


 ふむ。たとえば、脅威を感じているってのはどうだ?


 この土地の唯一いいことは、さびれているということだ。この悪徳に栄えたゼロニア平野の中でもさびれた土地。辺境伯なんていう、この土地の『王さま』がだ。こんな場所にずっと引きこもっているとは、誰も思いそうにない。


 それを利用して、『隠れているのか』?……もちろん、神出鬼没のテロ組織である、『ルカーヴィスト』から。


 『ルカーヴィスト』どもは、戦神バルジアの『堕落した信徒/四大マフィア』を裁くために活動しているようだが、イース教徒に対してはどうなんだろうね。


 『ヴァルガロフ』に対する侵略者であり異教徒である、辺境伯ロザングリード。『ルカーヴィスト』は、そんな人物に対して、好意的な態度を取り続けるのだろうか?……少し考えにくい気がするよ。


「……辺境伯ってのは、どんな人物だ?」


「神経質そうな中年貴族って風貌だ。豪奢な服装だった。貴族趣味が強いらしい。目の周りのくぼみが深くて、警戒心の強そうな瞳をしていたよ」


「そうかい。オレは、ロザングリードを見たことが無かったから、参考になったよ。それで、君たちは、あの老執事の特訓に耐えて、ロザングリード卿に雇われたわけか」


「ああ。色んな試験もパスしたあげく、ようやく雇われて、この制服を貰えたってわけだよ」


「だが。その努力もムダになったわけだ」


「……ああ。幸か不幸かな。ロザングリード卿に仕える気持ちは、アンタ同様に、オレも消えちまったよ」


「いいことだ。貴族の悪癖は治らんよ。残酷趣味を執行することが出来る者は、残酷な振る舞いになれていくものさ。一種の性癖だからね」


「サド野郎ってことか?」


「端的に言えばそうだろ?部下の命で、賭けをするんだぜ。高度な教育と、実績を兼ねそろえる有能な貴族のはずの彼は……『ヴァルガロフ』に毒されているのさ。関わっていると、ろくなことにならん」


「そういう目線で考えれば、ヤツとの縁が切れることは、いいことなのかもしれんがな。せっかく決まりかけた仕官が、消えちまうっていうことは、あんまり……幸せなことじゃない」


「ロザングリードに仕える方がいいか?」


「……いいや。それはないな。だが……また流浪の身になるのかと思うと、少し考えてしまう」


「暗い顔をするな。何にせよ、必要なのは、まとまった金だろ。『カトブレパス』を仕留めてしまえばいい。金が手に入る。他の選択肢は、ないはずだ。ロザングリードとの関係性は、その後でも選ぶことが出来る。イヤなら、逃げちまえばいいだけだからな」


「たしかに、それはそうだ」


「―――だ、だん……じゃなくて、す、ストラウスさん!!」


 ジャン・レッドウッドがオレを呼んだ。慌てた表情をしているな。


「どうした、ジャン?」


「あ、あの……林の中から、新鮮な血の臭いがします……ふ、古い血の臭いは、スゴいんですけど……」


「新たに犠牲者が出たということか」


「は、はい。そうだと思います」


「血の臭いなんて、しないぜ、兄ちゃん?」


「ジャンは狩りの天才なんだよ。血の臭いを嗅ぐことに関しては、猟犬よりも鋭いのさ」


「……マジかよ?人間族だよな?」


「え?」


「ん?……ちがう、のか?」


「そ、そ、その―――」


「―――オレの親戚だよ。生粋の人間族だが、森育ちで小さな頃から狩りばかりして来たからな。そういう特殊な感覚が身についちまっているのさ」


「へえ。いろんなヤツがいるもんだな」


「は、はい。ぼ、ボク……そういうの、得意なんですよ、あ、あはは……」


 もう少し社交性とか話術力を上げて欲しいものだ。どうすれば上がるのだろうか、そういう能力って。ジャンが『ヴァルガロフ』で気のいい巨人族の婆さんからもらったという、『人見知りが治る本』に期待するしか無いのだろうか……。


 ……まあ。


 冗談はさておき。


 オレも感じるぜ。あの『シュルガンの枯れ林』……白骨みたいな、白い枯れ木が立ち並ぶ、不気味な場所から―――ヒドい悪臭が漂ってきていた。


「南西から風が吹いている。その風に、鉄臭い血が混じっているのを感じるだろ?……一週間後の戦場跡みたいな臭いだ」


「……ん。そう、だな……『カトブレパス』の犠牲者たちの、腐敗した肉の臭いか……」


「肉食の大型のモンスターだ。食糧を、『保存』する癖もあるかもしれない。『保存』した死体が、腐って悪臭を放っているのかもしれないな」


「毒に、悪臭に……最悪な戦いになりそうだ」


「ジャン。新鮮な血の臭いを追いかけられるか?……おそらく、先行していった二人のうちのどちらかか、どちらともだ」


「は、はい!!つ、ついて来て下さい、だん……ストラウスさん!!」


「……アンタ、ダン・ストラウスっていうのか?」


「まあ、そうだな」


 オレの新たな偽名が誕生していたよ。ダン・ストラウスくんさ。


「……オレの名前など、どうでもいい。ジャンの後を追いかけるぞ!!」


「おうよ!速攻だな!!『カトブレパス』の首を、叩き落としてやろうぜ!!」

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