第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その15
白く立ち枯れた木々のあいだを、11頭の馬が駆け抜けていく。オレたちは例の報告書を信じることにしていた。『カトブレパス』の首を刎ねるために、大剣を装備している者たちが前列を務める。
「注意点の確認だぞ!!『カトブレパス』の目を見るな!!伝説の正体は不明だが、ヤツの目を見ると心臓が破壊されるらしい!!つまり、死ぬってことだッ!!」
「目を閉じて、接近すべきか!?」
「やれるのならな」
「……う。ちょっと、ムリかもしれん」
「剣を使える者は、馬で駆け抜けながら、ヤツの首を断ち斬ることを狙うぞッ!!一撃離脱、ヤツの毒の息を浴びるよりも先に、斬撃を叩き込んで離脱する!!呼吸は止めておけ!!」
「む、むずかしそうだな……ッ」
「全員で挑めば、ヤツが迷ってくれるはずだ!!速攻が決まれば、それで良し!!攻撃が外れたら、旋回して、ヤツに再び一撃離脱の斬撃を浴びせにかかるぞ!!……いいか?剣を持たない者は、ヤツの周囲を走り回り、ヤツの気を引きつけるんだ!!」
「攻撃役と、囮役ってことか?」
「ああ。馬の脚の速さを使うぞ。それに、躍動する馬の巨体を見れば、戦士よりも馬を見てくれる可能性もある。馬を盾にするんだ!!」
「う、馬を死なせることになるかもしれんが……っ」
「馬を失った者には、より多くの報酬を与える!!これでいいな!!文句があれば、戦列から離れろ!!」
臆病風に吹かれた戦士たちが、何人か逃げ出すかと思ったが―――この戦士たちは、それほど臆病ではないようだ。怖がってはいるだろうがね。それでも、金貨が欲しい。切実な欲望のために、彼らは命を賭ける。
じつに、傭兵らしいね。
金のために、命がけで敵を殺しにかかるってのはよ!!
「……だん……す、ストラウスさん!!」
先頭を走るジャンが叫んだ。戦士たちが緊張の度合いを強める。なかなかのギャンブル的な作戦だからな。命知らずな我々でも、大なり小なり緊張するものさ。
「見つけたか!?」
「し、死体の方です!『カトブレパス』は、いませんが……し、死体が、あります!!」
立ち枯れた木々のあいだにある、乾いた地面。そこに新鮮な赤が広がっていた。帝国軍の脱走兵にされた、哀れな騎兵たち。エリートとしての矜持が、そうさせたのか。己が人生の汚点を拭い去るために、再び帝国の兵士になろうとしていた連中が、死んでいた。
肉塊が転がっている。
むせかえるような血の激臭のなかに、内臓と血が飛び散ることで描かれた深紅は存在していた。あれが、ついさっきまでヒトと馬であったのか?……無残に転がる肉塊どもは、どうにもこうにも生物らしさを連想するのが難しいほどに、ただの物体のように見えてしまう。
命を宿していた物体というよりは、なんだか千切れて壊れた人形の部品を見ているかのようだった。
その凄惨さに、目を引かれてしまうのか。我々、『カトブレパス』討伐隊は、馬の足を止めさせてしまっている。周囲には、敵意を感じない……なんの魔力も無い。
「ジャン、ヤツは、いるのか?」
「い、いえ。いないですね……で、でも。あんまりにも臭すぎて、どこからいきなり出てくるかは分かりません」
「『カトブレパス』に奇襲されたら、距離を取れ!!一撃離脱の戦術を心がけるぞ!!」
「お、おお!!」
「……し、しかし……こ、これが……あ、あいつらかよ……っ!?」
「ヤツら、武術の腕も、馬術も……相当なモンだったはずだぜ……ッ。そ、それなのに、こうも一方的に食い散らかされるというのかよ……」
「う、う、うげえええええッ」
「ば、ばか!!死体に、ゲロなんてかけてやるなよ……ッ」
戦士たちに動揺が見られるな。オレたち猟兵は平気。オレはグロいのへっちゃらだし、キュレネイも動じることはない。
ジャンは気弱だけど、ヒトの死体とかには何も思わないタイプだから。『社交性の無さ』が、こういうときばかりは、有利に働いているというかもしれんな。
平然とした顔で、細切れになった死体を見つめているよ。指を動かしながら、ブツブツ言っているな。肉塊を数えている?……いいや、探しているのさ。足りないものがあるからね。この赤い海のなかには、あるべきものが二つほど無い。
「だん……す、ストラウスさん。この死体たち、頭がありませんね」
「ああ。噛み砕かれているのかもしれんがな。頭蓋骨らしき骨片も、ない」
「つまり、首から上を食い千切られているでありますか?」
「だろうな。肉を切り裂くには不向きな形状の、曲がった牙というハナシだったが、なかなかどうして、素晴らしい切れ味を発揮しているようだよ」
飛び散る臓腑と肉塊の海……そこには確かに、あるべき頭部がない。全身を力尽くに切り裂いたというのに、頭部だけは喰らったというのか……?頭を喰らうのが、好きなのか―――?
「―――こいつらの死に方を見るに、腹を空かせていたわけじゃない。捕食の行動であれば、報告と違う」
「ど、どういうことだ?」
「腹は減っていなかったが……機嫌が悪かったんだろう。食わずに、ズタズタに切り裂いたのは、報復だ。喰らっていない。腹が空いてはいなかったのさ」
「……報復?」
「そうだ。『垂れ首の屍毒獣/カトブレパス』は、頭を攻撃するのが好きらしい。長い首を素早く動かし、覗き込む……だが、心臓が呪術で壊れるよりも前に、ヤツは首を噛み千切る早業もしてくるようだ」
「すさまじく、速くも動けるってことか……」
「ああ。馬の速さに追いつけたから、こうなってる。馬より遅い生き物なら、馬に追いつきバラバラに切り裂く手段は無かろう。爆発的な加速と、長い首による攻撃……それで長大なリーチを作っているのさ」
「サイテーだな……勝てる気が、しなくなって来たぞ……ッ」
「だが。いいニュースもある」
「え?」
「おそらく、この二人の兵士たちは、ヤツに一太刀浴びせたのだろう。有効打をな。見ろよ、あそこ。騎士剣が転がっているが、刃に白い脂がついている」
……それと、柄には兵士の腕がくっついていた。肘から先のものと、肩から先のものがある。どちらの鋼にも刃こぼれがあり、血の赤と白い脂肪の切れ端が付着していた。
「強い斬撃を与えたようだな。柄に絡んでいる指の位置と角度から考えて……オレたちのプランと同じように、馬で加速しながらヤツに斬撃を浴びせたんだよ」
「だ、ダメだったということか!?わ、我々も同じ作戦だが!?」
「まあ、待てって。断言するのは早計だ。かーなり、刃こぼれが大きい。首にブチ込んだわけじゃない。おそらく、巨大な肋骨が鎧のように重なっている胴体に叩き込んだ」
「でも……胴体は、攻撃しても深手を与えられなかったんだよな?」
「4人組の騎士サンたちは、そうだった。槍で突いても、深手を与えられなかった。しかし、馬の加速を帯びた、切り裂くような斬撃ならば、ヤツの骨にまで達する打撃を与えられるようだな」
「突くより、斬るが、有効というわけでありますか?」
「おそらくな。ヤツの体毛みたいなモンも付着している。血に染まっているが、刃に絡みついているな」
……ヤツの胴体部の無敵の防御力を作りあげているものは、重なり合う太い肋骨だけではない。骨に付着する筋肉と脂肪……そして、分厚い『毛皮』だ。刺さった矢を吐き出す不思議な毛皮。ヤツの防御力を作りあげる、大きな要素の一つさ。
「……この反撃の威力から察するに、ヤツはかなり痛かったようだ。矢や槍で攻撃した時をはるかに超える報復行為だからな……つまり、馬上からの斬撃ならば、矢を無効化する毛皮をも軽々と切り裂けるようだ」
「馬上からの斬撃は、有効ってことか?」
「当たった場所も有効そうだ」
「ど、どこに当たったのか、分かるのか?」
「馬上から剣を薙ぐように放つ……背中の上にしか当たらん。そこへの斬撃は有効ってことになる」
「そ、そうか……そこが、ヤツの弱点の一つ?」
「ああ。ヤツの首はとても長い。背中の筋肉は、それを支えて動かすために、見かけ上かなり強靭で大きい」
「大学教授の残したスケッチの一枚には、背中の筋肉がこぶのように大きいともありましたな」
「そうだ。攻撃が有効そうじゃないほどに、分厚い筋肉だよ。だが、すくなくともそこを覆っている毛皮と筋肉は、斬撃の質ならば、深く斬り裂き骨まで通すってわけだ……なあ、ジャン」
「は、はい!」
「血の臭いを追いかけろ。新鮮なものをな。『カトブレパス』は、長大な首を支える巨大な筋肉を切られた直後、そいつを風より速くぶん回している」
大ケガした直後に、怒りにまかせて大暴れだ。そんなことをしたら、どうなるというのか?
「反撃のラッシュを繰り出しながらも、ヤツの傷口は、その反動をモロに浴びて、かなり開いたハズだ。その傷口からは、ヤツの新鮮な血が、止まることなく流れている」
「わかりました!!追いかけます!!」
「……お、追いかけてもいいのか?手負いの獣は、危険だと聞くが……」
「元気な獣も、とても危険だと考えられるであります」
「揚げ足を取らないでくれよ、お嬢ちゃん……なあ、ダン・ストラウス。同じ作戦でいいっていうのか?」
「ああ。問題はない。これ以上、根拠が欲しいか?」
「あるならな。みんな、納得していた方が、動きやすいってもんだ」
「分かった話してやる。いいか?この兵士たちは、ヤツの首を動かすための筋肉を、深く痛めつけているんだぞ。つまり、今、ヤツは最大の武器であり、弱点でもある、首の動きが鈍っているはずだ。首狩りに、最適なシチュエーションだぜ」
「た、たしかに……ッ」
「それにつけ込むためにも、急ぎたい。『カトブレパス』は、かなりの再生能力があるらしいからな。ヤツの首刎ねを実現するのなら、今が最良のタイミングだ」
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