第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その13
『フェレン』生まれの門番の男たちから、預けていた馬を返してもらったよ。
「他の連中から、かなり遅れてしまっているが、いいのか?」
「ヤツらに協調性はあったか?」
「いや。なかったね。お互いがライバルだってことを、態度で示すかのようだった。馬体をぶつけるようにしながら、団子になって走っていったよ」
……ああ、まったく。期待を裏切らない連中だよ。金貨20枚と仕官の道というエサに釣られて、必死になっちまっているらしい。欲望まっしぐら。オレたちが助けてやらないと、『垂れ首の屍毒獣/カトブレパス』のエサになるコースから外れそうにない。
「そういう競馬をしちまうと、馬の脚は長くはもたんよ。『シュルガンの枯れ林』に競馬狂どもがたどり着くより先に、オレたちの馬は追いつく」
「ほう。馬にくわしいんだな?」
「さすがだよな。オレたちは、荷運び用のロバしかしらねえ。馬に乗って、剣やら槍やらよく振り回せるもんだ」
「なんでも慣れさ。獣の背に乗るということは、相手への信頼がいる。お互いを知らせ合い、邪魔をせず、すべきことに集中すればいい」
馬を撫でてやった後で、その背に跳び乗る。馬はオレを落とそうとはしない。する必要がないのさ。オレは彼の負担にならないようにしている。背骨が生み出す重心に、こちらの重心をやさしく乗っけてね。
彼に知らせている。君の体をオレはちゃんと知り尽くしている。背骨の形状、筋肉の付き方、腹の太さから見て取れる内臓の重さも。暴れてもムリだよ。君はオレの支配下にある。そういうメッセージを送りつけてもいるんだ。
どこか脅すようにもね。強さを示すべきだ。獣と共に在ることを望むのならば。
「大人しいな、アンタの馬?」
「大人しくさせているからな。だが、場合によれば敵の兵士も蹴り殺す。気高い動物だ。ヒトのことなど、本質的には見下しているよ」
「そうかいベテラン。オレも馬を借りて、練習してみようかな……?」
「がんばれよ?……でも、正直、ムリするな。あのモンスターは強すぎる。騎兵で挑んでも勝てないかもしれんぞ」
「……まだまだ仕事をするつもりだからね。死なないように、サクッと殺すよ」
「大した自信だな!」
「武勇伝を聞けるように、祈っておいてやるよ!イースさまの覚悟を、君たちに!」
女神イースとは不仲な立場の気もするな。『カール・メアー』の女戦士を失神させたことがあるような男だし。でも、この気のいい男の祈りは、素直に受け止めておくとしようか。
口元をニヤリと歪ませながら、馬に走れと命じたよ。黒い馬は、南に走り去った同族たちを追いかけたかったようだ。ヒトによる交配と調教の結果、この家畜は走るためだけに特化させられている。
戦士というよりも、兵士に近い動物だな。義務のように走りたがるのさ。
『フェレン』のジャガイモ畑のあいだを、馬は駆け抜けていく。荒野の風を大きな鼻先で吸い込みながら。蹄は乾いた大地を蹴って、人馬の重みに速さを帯びさせていくのだ。
背後にキュレネイとジャンの馬もついてくる。キュレネイは何でも器用にこなすから、乗馬も達人だ。乗り方は、馬と一つになる。馬の負担を減らしているな。あの細い腰をくいっと後ろに動かして、骨盤でしっかりと馬の背に乗っている。
流麗な姿だ。キュレネイ・ザトーの動きには、いつだってムダがない。
……ジャンも、それなりに乗馬が得意だな。獣は、獣を識るんだろう。ジャンの乗った馬は、ジャンに忠実になる。圧倒的な脅威の前に、全ての獣は媚びへつらう。ジャンは理解していないようだが、馬はジャンに威圧されている気持ちになっているのだ。
反抗する気持ちさえも塗りつぶす。絶対的な恐怖に呑まれて、ジャンに忠誠を示している。説得力のある乗り方で、思い知らせるようにコントロールするオレとは、似て否なるものだ。オレは王道、ジャンは覇道。キュレネイは一体化だ。
三者三様の乗り方があるものさ。けっきょくのトコロ、獣にヒトが乗るという行為に、決まった答えはない。馬とて性格があるし、その日の気分もある。この黒い馬の気持ちも察してやりながら、それにオレが従っているところもあるんだ。
敬意と支配と妥協をつかい、ヒトは馬に乗るのさ。竜に乗ることと比べれば、あまりにも容易いことであはあるが……なかなかに奥深いものだよ。
馬は黒くて大きな目玉で、先行する兵士たちの馬が残した足跡を追いかける。このオスの馬は、他の馬に踏み荒らされた道を好まないようだ。足跡と、おそらくは残存する馬の体臭に、やや苛立つようにして速度を上げる。
好きにさせてやりたいところだがね、そのペースで走らせると道半ばでバテてしまう。この馬は自分が長旅をしていることに、まだ気づいていない。若く未熟な馬だから、自信が現実よりも大きいんだよ。
舌鼓を鳴らしながら背骨を動かし、彼の重心に圧をかけてやる。望んでいる動きではないと、指摘してやったんだよ。馬は気づいてくれる。オレの重心移動の意味を悟り、速度を調整しなおした。
コイツは従順なんだが、どこか傲慢な馬でね。楽な姿勢を求めつつも、より速く走ろうとするんだよ。乗り手を邪魔な重さだとも考えているらしい。その性格を理解してやれば?重心のかけ方で、動きを操れる。
そして、語りかけてやるのも重要だ。馬はそれなりに賢さがある。
「……大丈夫だ。オレも競走で負ける気はない。オレが他の馬に追いつかせてやるから、安心しておけ」
「ブヒン!」
大きな鼻を小さく鳴らし、馬は返事してくれた。完全なる意志疎通ではないが、十分な理解をしただろう。感情を込めて、こちらの願望を認識させるように感情をそえた言葉だ。闘争心を伝えてやったのさ、この他の馬に劣ることを許さないワガママな若造に。
馬は理想的なペースで走り出す。
これなら、武装したヒトを背負った馬の脚でも、『シュルガンの枯れ林』までペースが保つ。ゆっくりと急ぐ。それで最良の結果は得られる。
走ることを追求されて血統までデザインされた獣は、移動の理屈に対して、獣ならぬ理解力を持っているからね。こちらの提案に従ってくれることも多い。いい子だ。若くて未熟だが、前向きで積極的。だから、この馬を選んだのだがな。
性格が合う。
それが馬選びの最大のコツだよ。
……商人馬術が、戦士たちの馬術よりも移動距離ではるかに優れている事実はね、商売人って人種が、客の顔色をうかがいながら、己の態度を選ぶ能力に長けているからでもあると考えている。性格に合わせる力があるから、馬の脚は速くなるんだよ。
それと、商人たちが馬に多くを求めず、移動能力を追求しているところもいいのかもな。騎士や軍人は、馬に要らない規律を求めすぎだ。
本能を殺しているよね。馬は、しょせんは家畜であり、上品なお嬢さまではないのだ。着飾ることも、礼儀作法もムダな重さになるだけ。本能を殺してしまうから、能力が限定されてもいる。
なんでも得る物と失う物が、表裏一体で存在しているのさ。何かを手にしたとき、何かを失う。騎兵は馬を愛しすぎている。そのせいで能力を減らしているのだ。騎兵は、戦士でも上流の血筋が多いから、狭い価値観のお坊ちゃんが多い。
与えられる物が多すぎた男には、能力を構築するための代償を理解することが出来ないものだ。
『ゴルトン/翼の生えた車輪』どもの調教は、戦士の自己満足を排した、徹底した商人馬術に根ざすものだ。馬にムダな期待をしちまっている戦士たちの馬術に、『移動』という仕事で負けることなど絶対にない脚をしているんだよ。
その事実を証明するために……ってワケじゃあ、もちろんないが。オレたちは『シュルガンの枯れ林』に向かって、馬を走らせる。
ギンドウ製の懐中時計が、半時間の消費を告げるころには……バテた戦士の馬たちが見えてくる。お互いを出し抜くために、走り抜いたようだし、馬の背の上で暴れてしまったか。素人じゃないからね。暴れざるをえないように誘導されたってことだよ。
馬の気を散らすための小細工を、使いまくり、下手すれば体当たりぐらいは何度もしたんだろう。仲間ではなく、ライバル関係。悪く言えば敵。悪意を帯びた競馬の果てに、自滅し合ってしまったようだな。こういう荒れた競馬には関わらんことだ、ケガしちまうよ。
「……よう。追いついちまったぜ」
「……新入りどもか!!」
「クソ、話しかけるな!!」
人気がないようだな、オレたちは。まあ、乗ってる馬もオレたちの方がいいし、乗ってる戦士の腕は雲泥の差ではある。彼らだって分かっているだろう。オレたちには勝てそうにないことぐらい。
だからこそ急いだが……同じ思惑の騎兵たちだらけだった。つぶし合いのレースは、勝者を作ることはなかった。協力するってことは大切だな。移動ってのは、チーム・プレーだからね。
「まあ、ゆっくり行こうぜ?……お前たちは、『カトブレパス』の恐ろしさを知らないようだからな」
「……なんだよ。お前は、何か知っているのか?」
兵士の一人が興味を持ってくれたようだ。いや、興味を示したか。他の連中だって、知りたがっているだろう。『垂れ首の屍毒獣/カトブレパス』。伝説のモンスターの一匹だが、知っているのは伝説だけ。
「ヤツは数ヶ月にわたり、この土地に君臨して来た。辺境伯ロザングリードも、正規の兵士や騎士を派遣したが、勝利に終わることはなかった。その事実を、君らは受け止めるべきだな」
「……強敵ってことかい」
「ああ。もっと正直に言ってやるとすれば、腕前が足りないよ。熟練と連携の取れた騎士たちが、4人がかりで攻めても……次の瞬間の反撃で、3人が殺されちまった。4人目も、攻略の手がかりを探ろうとしている内に、ヤツの毒で死んだ」
「……マジかよ……っ」
「いいか?真実を教えてやる。お前たちは、ロザングリードのギャンブルに付き合わされているだけだ。性格の悪そうな『ヴァルガロフ』からの客と一緒になって、辺境伯殿はお前たちで遊んでいるのさ」
「あ、遊んでいるって、どういうことだよ、新入り?」
「お前たちが何人死ぬのか、賭けている」
「はああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!?」
好奇心と社交性を持つ愛嬌のある兵士くんは、リアクションも大きかったな。おしゃべりなオレには、好ましい相手だ。
「ど、どういうことだよ!?」
「いいか?『カトブレパス』に、お前たちが勝てるとか、ロザングリードが考えるわけないだろう。正規の騎士が連携しても歯が立たず、『カトブレパス』の専門家を呼んで挑んだ作戦も、けっきょく、失敗に終わったんだぞ?」
「き、聞いてないぞ、そんなことはよ!?」
「聞かせたら、こんなに急いで『シュルガンの枯れ林』に向かわないだろう?賭けにならん。だから、執事殿は主の命に従って、お前たちに秘密にしていた」
「……それは本当の話か?」
馬の歩みを遅くして、オレの馬に併走してきた騎兵が問いかけてくる。思慮深そうな男だな。腕もいい方だし、年齢もそこそこ重ねてる。この集団が、仲違いを止めたなら、リーダーになれる男だろう。
「嘘はつかん。だが、執事を責めてやるな?彼は、執事としては正しいことをしているし、オレたち3人に、君らのフォローを任せたよ」
「……お前の言葉を、信じる根拠は?」
「真実が書かれてある書類があるぜ?読みたいか?疑り深い男は、真実を信じられるとも思えんがな」
この書類をねつ造したものだと考えるかもしれない。馬たちは、もう歩くも同然になっていた。ベテラン戦士に、あの書類を手渡してやる。騎士の報告書だ。
ベテラン戦士は、大なり小なりの傷の走る顔をしかめたよ。羊皮紙に描かれた文章に、好ましくない印象を受け取ったらしい。
「信じたか?」
「ねつ造するには、手が込みすぎている品だ」
「そうだな。いくらオレが賢くて器用でも、この土地に流れついたばかりで、そんな詐欺を用意出来るわけがない―――『カトブレパス』のウワサは、聞かなかった。ロザングリードが、口止めしていだんだろうよ」
……学者と組んで、大金稼ごうと考えていたろうからな。ウワサが広まれば、ハンターが来て、あのモンスターを狩り殺してしまうかもしれない。モンスター専門のハンターならば、伝説のモンスターも仕留めただろうからな。
ベテラン戦士が愛馬の背の上で、大きなため息を吐く。そして、言葉をつづけた。
「……結束すべきだな」
「ああ。『カトブレパス』の棲息地に、長らく潜むと、毒にやられるらしい。手分けも必要だし、死ぬのがイヤなら、連携して戦うべきだろうな」
「……報酬は?」
「金貨をもらって、山分けにする……そしたら、オレは降りるぜ。『ヴァルガロフ』に戻って、女を抱いて酒を呑む。仕官の夢も淡いものだ。部下の命を、オモチャにするような主に仕える?……自由の味を知っているオレたちには、許容しがたい愚行だろ」
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