第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その12
その騎士は亡くなったようだな。犬死にとは思わんよ。経緯は分からないが、きちんと主に情報を伝えた。
報告書のような日記のような、症状の重さは不明だった。おそらく、かなり混乱していたのだろう。ヒトの精神を不調に導く毒の可能性はある。『垂れ首の屍毒獣/カトブレパス』は、つまり、毒だらけってことさ。
オレはキュレネイとジャンに、目を通したばかりの遺言書めいた羊皮紙を手渡す。この二人にも読ませておくべきだ。殺された騎士からの主への情報さ。知っていて損することはない。
気を引き締めてかからなければ、オレたちも彼の後を追うことになる。毒使いや呪術師なんていう、『罠』を張るような戦い方をする連中は、注意が必要な敵だよ。
書類は、他にもあったが……この小さな城を抜け出し、中庭を歩きながらも読み続けたよ。
地図だな。
これも汚い文字では書かれているが、書いてある内容は細かい。さっきの男が遺したものだろうよ。『シュルガンの枯れ林』の地図だ。この『フェレン』からは南に15キロほどか。馬で道沿いに進めば到着する……街道と運河は、この枯れ林の間を抜けるか。
奴隷貿易の『道』の妨げにはなるな、『カトブレパス』の存在は。本気で走れば馬に追いつくか。ヒトを喰うモンスターってのは、貪欲なものさ。多くの難民たちを載せた馬車や船に、襲いかかって来るかもしれない。
唐突な不運……というわけでもないようだ。『カトブレパス』の目撃は、書類の記載によれば5ヶ月も前のことだ。ヤツは幾つかの土地で目撃されている。移動しながら、好ましい住み処を探しているようだな。
繁殖期……なのか?
あるいは、出産とか産卵の時期?
どこで発生したのかは不明なようだが、このゼロニア平野のあちこちに出没している。何かを求めて彷徨い歩いていたようにも見えるな。そして、『シュルガンの枯れ林』に棲み着いたのは二ヶ月前か……それから二ヶ月は動いていない。
ヤツの旅は、ここで終わったらしいね。何を見つけたんだか。モンスターの生態に詳しい学者にでも意見を求めたい。あるいは、この希少なモンスターの場合は、歴史の研究家か。
次の書類は、『アーキャヴィ』という大学からの手紙。
歴史学者のマリス・カート氏から、辺境伯ロザングリードにあてた手紙だよ。『カトブレパス』という『伝説のモンスター』を、退治した戦士たちの記録を、辺境伯は求めたようだ。
希少なモンスターだ。交戦経験のある戦士を探すのは難しい。辺境伯は、『伝説』についての方を調べたようだな……。
―――ロザングリード卿。依頼された、『カトブレパス』退治にまつわる伝説についてでありますが……信用のおけて、なおかつ、具体的な退治法が描写された物語は7つしかありません。
そして、どの物語も結末が似ております。『カトブレパス』を倒した者たちは、みな、その柔軟で、骨の数の多い『首』を切り落としている。首を斬り落とすことは、容易いことではありません。
かなり積極的な近接戦闘を行うことになります。
毒の息を吐くモンスターに対して、それを行うことは至難の業ですが、おそらく『カトブレパス』を退治する方法で、最も適している作戦は、その攻撃であると考えられます。
仕留められた『カトブレパス』の解剖あるいは、解体の記録は多くはありません。『カトブレパス』の毒性を警戒するあまり、ほとんどの場合、その場で焼却処分されてしまうからです。
適切な判断であるとは思いますが、学術的な損失は大きい。
そういった事情により、解剖学的な弱点を、貴方さまに教えることは難しいのが現状です。また、焼け残った骨格にまつわる記述に、『巨大な肋骨があり、それらは癒着していた』……とありました。
胴体に槍が刺さらないことに関しては、この強靭な肋骨が槍の先端を弾いたことによるものとも考えることが出来ますが、皮膚や毛皮、あるいは肉そのものが、想像を絶する頑強さを持っている可能性も否定は出来ません。
唯一の確かな退治法は、その首を刎ねることです。
そして、胴体は攻撃すべきではないことも。
現時点で、私があのモンスターを退治するためのアドバイスをあげるとすれば、その二つだけです……犠牲になられた、騎士殿たちが命がけで伝えた情報は、おそらくは正しいものと考えられる。
……頼りにならない答えですが、責任をもって伝えることが可能な答えは、先ほど述べた二点だけでありますな。
……それと。
これは、退治方法の助言ではないのですが……。
辺境伯閣下のお耳に、どうしても入れておきたい事実がございます。
『カトブレパス』の毒についてですが……この毒を研究することで、ある種の病気に対しての特効薬が発明されるかもしれません。
多くの治療薬は、毒薬を研究することの副産物として発生しても来ました。治療薬とは、肉体を冒す症状に対しての根本的な解決手段、あるいは抑制手段です。
毒とは?……症状を作り出す薬です。毒を研究するということは、症状を研究することでもあるわけです。とくに症状の『原因』を……つまり、病の原因そのものについて、毒薬を分析すれば、発見出来ることもあるわけです。
毒の『何』が、その症状を引き起こすのか。
その原因となる物質や、体内での仕組みを特定することが出来たならば?
その毒性物質を中和、破壊する魔術的・薬物的、あるいは呪術的な特性を帯びた物質を類推できます。つまり、症状に対する治療薬が完成するわけです。それは何年もかかる研究になることもあれば、一晩で完成することもある……毒とは、貴重な研究資料なのです。
そして、この『カトブレパス』が使うと言われている『心臓を止める呪い』については、彼らの体から発する呪毒が原因であろうと、私や多くの呪毒の専門家が考えて来たのです。
つまり『カトブレパス』の毒を研究することで、突発的に発生している心臓の急病……致命的な発作に対する、効果的な治療薬への開発につながる可能性が秘められている。
もしも、それが開発出来れば?
医学的な大発明であることはもちろん、多くの患者を救うことにもなりますし―――何よりも、多額の利益を生み出すことにもなる。可能であれば、この邪悪なモンスターの毒液を、回収していただけないでしょうか?
『カトブレパス』の遺体を、完全な状態で保存し、私に提供していただくことは出来ませんか?……もちろん、この研究が実を結べば、急性心臓病の新薬を発売する権利は、辺境伯にお譲りいたします。
私は、その新薬を開発したという名誉と、少々の報酬、研究資金やそれを行うための設備や、それを構築するために必要な辺境伯の助力さえあれば、他には、何も求めるものはありません。
もしも、専門家の助けが必要ならば、私が辺境伯殿の領地に足を運びます。
退治にも、その死体の保存にも、私は尽力し、必ずや辺境伯の期待に応えてみせるでしょう。私と、手を組みませんか?……いい返事を待っております。
……マリス・カート氏は、なかなかの野心家であられるようだ。それに、いい研究者でもあるかもしれない。彼の『カトブレパス』の毒に対しての考察が正しいもので、その研究が理想的に進み、大いなる発見をすれば?
そこら中の年寄りの心臓を襲っている、死に至る発作……そいつが治療出来るというのだからな。まさに、医学的な大発明だよ。
しかし……。
ヤツの死体を保存しろなどとは、言われちゃいない。首を持って帰れとは言われたがな。首にある毒が、心臓の死に至る発作を起こしている……?呪術ではないのか?……いや、あるいは呪いを発生する毒液を、持っている?
分からんな。
ガンダラ……というより、ロロカ先生あたりの知恵を借りたい。我が聡明なる妻、ロロカ・シャーネルならば、この手のことにも理解が及んでいると思うのだがな。錬金術師としての知識もあるし、そもそも知識そのものが豊富だ。
海のように大きな知恵と知識量を頼りたいところだが、この場にいないのだから、どうにもならない。
……しかし、この手紙をあの執事殿がオレに見せるということは?
ミスではないだろうな。これはオレに開示してもいい情報となるわけか。何となくオチが読めて来たような気もするね。マリス・カート氏からの手紙を、キュレネイに手渡す。そして、次の書類に視線を向けた。
報告者:マリス・カート
『カトブレパス』に関する考察を、大きく変えねばなりません。これは、心臓病などではない。心臓発作などではなく、とてつもなく強力な呪い……犠牲者たちの遺体を解剖した結果、彼らの心臓は破裂していました。
心臓の筋肉の壁が引き裂かれています。これは、私たちが期待していた、心臓の致死性発作とは、あまりにも違う。とてつもなく、強力な呪術でしかありません。
『カトブレパス』の体液を回収することは、大きなリスクでした。
研究を……つづけることは危険です。死体から発生したガスを吸うだけで、三名の助手が胸痛を訴えたあげく死亡しました。あまりにも、危険です。
……残念です。
私は、辺境伯の期待を裏切るようです…………私も、胸痛が始まりました。霊草を詰めたマスクでも、防止の効果がありません。これは、あまりにも危険……ああ、心拍数が、歪んでいるのが分かります……心臓が、おそらく、物理的に破壊されている……。
……そうか。
『炎』の魔力……それを、暴走させられているようです……いい発見です。この手紙の内容を…………がっか……い………に………………。
……研究は上手く行かなかったようだ。医学的な発見を成し遂げるということは困難なことらしい。とくに、伝説を持つ毒の魔物を研究することは、とてつもないリスクを伴う行為のようだよ。
辺境伯ロザングリードは、マリス・カート氏の死で、ヤツの死体の保全をあきらめたようだ。オレも、医学的貢献を考えることは、止めておくとするか。命を救うことは、あまりにも門外漢だし……モンスターに殺されている場合でもないからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます