第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その8


 オレたちは馬をあの平和な人生を望む門番に預けて、オレたちを呼びに来た門番について城内に入った。


「すまんな。客が来ていてよ、担当の騎士サマが対応に追われているそうだ」


 ……アッカーマンのことだろうな、その客ってのは。


「……ワガママな客なのか?」


「ん。そうだな。かなりのワガママなヤツだ。でも、我々のような下っ端は気にしなくていい。ロザングリード卿と、騎士サマたちが相手をしてくれている」


「そうか。VIPが来てるんだな」


「そういうこったよ。本来なら、騎士サマの一人が、お前たちがちゃんと馬を扱えるかどうかを見るはずだったが……試験はナシでいいそうだ」


「ほう。どんな試験が予定されていたのかね?」


「さてね。馬上で、弓でも撃たせたか?」


「そんなのはガキの頃からやっていたさ」


「なるほど。頼りになりそうだ。遊牧民の出かい?」


「ああ。険しく、寒い、山と崖と、巨大なモンスターがいる土地で育ったよ」


「……あのヒョロイ男も?」


「あいつは森の中で育った。オレの遠い親戚だ」


「……こう言うと失礼かもしれないが、冴えなさそうだぜ?」


 ジャン・レッドウッドは、初対面の人物に高く評価されることが少ない青年だった。ジャンと初めて会って、その内側に秘めた戦闘能力に気づける者は多くはいない。見た目だけでは、本当に冴えなさそうな青年だからね。


 腰に差しているサーベルは、彼が初めての給料で買ったものであり……中古の品だ。とはいえ、ドワーフ族が打った鋼で作られた一振りである。頑丈さはお墨付き。ジャンの脅威的な腕力で振り回しても、折れることも曲がることもない。


 とはいえ、頑丈さ意外には取り柄のない剣でもある。切れ味はそこそこだ。まあ、長持ちしているから、元は十分に取れたような気もするな……。


「……馬には乗っていたが、顔色が悪そうだ」


「……あの顔色の悪さは、ジャンにとっては通常運転だよ」


「そうか……まあ、他のヤツらでサポートすればいいか」


 足手まとい認定されてる。仕事を見せてもいないっていうのになあ。


「そ、それと……」


「どうした、口ごもって?……これから同僚になるんだ、仲良くしようぜ。オレたちに聞きたいことあるのなら、何でも好きに聞いてくれ」


 この兵士も情報源だからな。さっきの兵士よりも、社交性が高そうだ。仲良くしておくと便利そうだよ。


「そ、そっか。な、なあ。お嬢ちゃん?」


 ……キュレネイに興味があるようだ。兵士は、立ち止まり、緊張した顔をキュレネイ・ザトーに向けるのさ。


「あ、あの。君って、名前は?オレは、トマ・ファーガソンって言うんだけど」


「私の名前は、キュレネイ・ストラウスであります」


 妹役だからな、その名字をキュレネイは選んだようだ。


「そ、そっか。キュレネイちゃんか……い、いい名前だね」


 門番くんは、キュレネイちゃんに惚れているのかな。無表情で無口な、美少女さんだから、仕方がないが……いい徴候だな。より多弁になってくれそうだよ。


 恋する者の口は軽いものだ。まあ、見栄を張り、誇張した情報を伝えてくる可能性も否めんがな―――さて。彼との友情を深めるために、演技をしよう。


「―――その子は、オレの妹だぞ」


「え、ええ!?そ、そうなのか……あ、あんまり似ていないんだな?」


「フクザツな家庭であります」


 変な設定が増えちまったな。似てない兄妹で良かったと思うが……。


「そ、そーか。異母兄妹とかかなあ!?」


「そういったところであります」


 うむ。フクザツな虚構は、管理するのが難しくなるのだが……。


「それでさ。キュレネイちゃんは……こ、恋人とかいるの?」


 グイグイ行くな。かなりキュレネイの無表情な美少女フェイスの虜になっちまっていやがる。そうか。こんな田舎だ。出会いとか、極端に少ないんだろうな……顔のいい女とか、みんな『ヴァルガロフ』に出て行きそうだ。


「恋人、でありますか?」


「あ、ああ。いるのかなあ……って?」


「キュレネイには、そういうのはいないよ」


 いる設定にされては、せっかく、キュレネイに惚れてくれているトマ・ファーガソンを、情報源として使いにくいからな。


「そ、そっか。へー、そうなんだー」


「イエス。私には、恋人は必要がありません。なぜならば、お兄さまがいるからであります」


「え?」


 お兄さま……新鮮な響きだな。ふむ、ブラコン設定か。まあ、家族愛の強い女子ってのも魅力的なもんだしな……。


「すでに、私のお腹のなかには、お兄さまとの新たな命が宿っているのですから」


「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 オレ、他人であるトマ・ファーガソンと同時に叫んでいた。まるで、古くからの仲良しみたいに絶叫がハモってたよ。あんまり突拍子のない設定が追加されてしまったもんでな、ついつい大声が出てしまった。


「な、な、な、何やってるんだ、兄妹で!?」


「……い、いや、ちょっと事情があってな」


「団長……奥さんが、三人もいるのに……キュレネイにまで?」


 ジャンが、ショックを受けている。オレを見て引いているんだが。あんなに忠誠度マックスであるはずの部下が?……おかげさまで、キュレネイの発言に、説得力が増していた。


 トマ・ファーガソンの精神が、さらに衝撃を受けて締まっていたよ。


「い、妹を孕ませるわ、ヨメは三人いるとか、お、お前、何を考えているんだ!?」


「オレは一夫多妻の文化圏の男だから、ヨメが三人いるのは全くもって問題がない」


「近親相姦はマズいだろ!?」


「ノー。愛があれば、問題ありません。せっかく授かったこの子の存在を、祝福してあげるべきであります」


 キュレネイが無表情のまま、オレの子がいるという設定の腹をやさしい手つきで撫でていた……なんて演技をしているのだろうか。


 もしかしなくても、シャーロン・ドーチェあたりから提供されたシナリオなのだろうか?……あの、恋愛小説と官能小説の区別のつかない男からの入れ知恵か。


「……そ、そうか……た、たしかに……赤ちゃんに非は無いことだよな」


 トマ・ファーガソンが説得されている。気のやさしい男だな。


「きゅ、キュレネイちゃん。いい子を、産むんだよ?」


「イエス。人生最大の任務の一つであります」


「う、うん……兄ちゃん。アンタ、ヒドい男かもしれないけど、キュレネイちゃんを幸せにしてやってくれよ?」


「ああ。それに関しては全力を尽くす。オレは『家族』の幸せを望む男だ」


「……へへ。そうかい。じゃあ、そうしてやれ……オレは、キュレネイちゃんのことを、キレイさっぱり、あきらめるよ」


 ……それは、そうだろうな。こんな恋愛に立ち入る勇気って、普通の精神状態のヒトにはなさそうだ。しかし、トマ・ファーガソンにもお調子者の血を感じるな。キレイさっぱり、あきらめるとか―――お前の恋愛は、入り口の手前で頓挫したくせに?


 ちょっと、図々しいセリフのようにも聞こえる。


「オレ……やっぱり、分かった。美少女って、みんな危険なんだ」


「突然、何を悟ったんだ?」


「美少女たちとの恋愛は、かなりの覚悟がいるってことさ。オレみたいな田舎者の男は、美少女を求めていては、一生、結婚なんて出来ない。いや、手を繋ぐことさえ不可能だ」


「そ、そんなこと、ないですよ、ファーガソンさん!!」


 ジャン・レッドウッドが感情移入しまくってる。ヒトから影響を受けやすい子なんだよな、我らが『狼男』くんもよ。


「あ、あきらめなければ、手を繋ぐことぐらい!!」


 ……うむ。心に、寒気が走った。なんとも志が低い目標だよ。子供でも、そこを目標には設定しないんじゃなかろうか?せめてキスだろ?


「いや。ムリだよ。青年。オレたちのような凡庸な男は、美少女たちに触れることなど叶わんのだ。現に、こうしてチャンスが巡って来たと思った瞬間、即座に敗北だ。滅多打ちにされての大負けだよ。これが、オレたち運命に選ばれなかった男の限界なんだよ」


「……ファーガソンさん……っ」


「……志を、低く持つべきなんだ」


「え?」


「オレ、この村に、仲のいい女友達がいるんだ。その子の家族とも、仲がいい。正直、親御さんからも、娘のこと、何ならもらってくれるかとか言われてる」


 ……そんな子がいるのなら、そっちとくっつけばいいだろうに。


「そ、そんな子がいるのなら……!?」


「顔がな、微妙なんだ」


「え……?」


「不細工ってほどじゃない。でも、美しいとはとても言えない。そんなレベルの子でな。なんというか、ジャガイモが似合う顔をしているんだよ。ちょっと、太めだし」


 ボロクソに言っているな。


「彼女だって、モテない。だから、オレでも落とせると思う。正直、チョロいはずだ」


「ふぁ、ファーガソンさん……?」


「……青年。いいか?……妥協すべきなんだよ。美少女は、オレたちではムリだ。妥協して、目標を低く設定しろ。そうして、その妥協と結ばれるんだよ!!」


 ファーガソンに両肩を叩かれていたよ、ジャンは。とんでもない勢いで説得しようとしている。ファーガソンは、まるで自分に言い聞かせようとしているように感じる。彼は、おそらくその娘との、あまり乗り気でない結婚を成し遂げようとしているようだ。


「……オレは、妥協し、現実を受け入れる。美少女なんて、みんな罠なんだよ」


「わ、罠……ですか……?」


「そうだ。青年。忘れるな。オレの言葉を、受け入れるんだ。『美少女を追いかけるべからずだ』」


 変な言葉を聞いた。とてもカッコよくないセリフだと思うけど、なんだか男の心に響くような気もする。


「オレたちには、身の丈にあった恋愛をすべきだ。お前も、そうするんだぞ、青年」


「……ぼ、ボクには、まだ……分かりません……っ」


「分かる日が来る。お前には、オレと同じ臭いを感じるからな」


 憧れているヒトから言われた日には、感涙モノの言葉だが―――今このとき、トム・ファーガソンから、そんな言葉をかけられたジャン・レッドウッドは、表情を悲しみに歪めることぐらいしか出来なかった。


 いつものように不安そうな顔に、やるせなさの風味を帯びて、ジャンの茶色い瞳は、解放感をまとった賢者のような微笑みを浮かべるファーガソンを見ていたよ。オレは、ちょっと面白くなっていたから、声を漏らさないようにしながら、顔面だけで笑っていた。


 意地悪だって?


 そうだな。意地悪さ。傭兵で人殺しで、魔王だもん。


「……いいか。黒髪の剣士、ストラウスよ」


「なんだ?」


「あそこの扉から入れ。そこに、ロザングリード卿の任務を伝えてくれる執事がいる。長身で白髪の老人だ。彼から、仕事をもらうといい」


「わかった。君は、どうするんだ?」


「……オレは、門番という任務に戻る。現実にな。そして、今夜もジャガイモ女の家に夕飯をご馳走になりに行くんだ」


「ああ。君の恋愛に幸があらんことを」


「ありがとう。お前は、オレに現実を教えてくれた、イースの使いだ」


 女神イースが、オレを使いに選ぶことなど絶対にないだろうがな。


「……ファーガソンよ。オレは女神の使いではないが、アドバイスを送ろう」


「なんだい?」


「女性を侮らないことだ。チョロい女など、どこにもいない。その娘とて、お前は全霊で真摯な愛を伝えなければ、お前の妥協に気づく。そうなれば、お前のモノになどならないだろう」


「……わかったよ!ヨメが三人もいるような、イースさまの使いの言葉だ。心に刻む。オレは彼女の料理、とても好きなんだよ」


「その料理に匹敵するほどの愛情を、彼女に与えてみるんだな。そうすれば、上手く行くかもしれん」


「……わかった!そうする……じゃあな。お前たちも、仕事をがんばれよ!!」


「イエス。さよなら、ファーガソン」


「へへ!!じゃあな、美少女!!」


 そして、ファーガソンは立ち去っていく。キュレネイは、オレとジャンを見る。


「団長、ユーモアを実行したであります」


「……え!?キュレネイ、妊娠してないの!?」


「してるわけないだろ?」


「そうであります。ユーモアですよ?」


「そ、そうか……そ、そうですよね……驚いちゃった」


「お兄さまは、いつも私にやさしいでありますからな。初めて会った、あの日からずっと。いつでも」


「……そ、そうだよね……っ」


 ジャン・レッドウッドは騙されやすい子だな。なんだか、その純粋さが不安にもなる。そして、コイツは、オレのことをどんなスケベ野郎だと考えているのだろうか?……スケベな男だと認識されているらしい。


「さて。気を取り直して、進むであります」


 事件の始まりのヒトが、そう言っているので……オレとジャンは、黙って歩くことにする。敵地に潜入さ。老執事さんが待っているらしい。

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