第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その7


「止まれ!」


「何の用だ、お前たち?」


 殺風景に乾いた大地に馬の足跡を刻んだ後で、体格のいい人間族の戦士に槍を向けられたよ。辺境伯の小さな城を守る、二人の門番たちは、いきなり現れたオレたちのことを歓迎することはない。


 馬の背から降りることもなく、唇を歪めてスマイルをつくる。


「おいおい。物騒だな。槍なんか向けるなよ?オレたちは、アンタたちの同僚になるかもしれないんだぞ?……今夜、一緒に美味い酒を楽しむためにも、仲良くしよーぜ?」


「……なに?」


「どういうことだ、流れ者?」


 門番たちから敵意は薄まる。オレの話術もなかなかのモンだろうよ。


「オレたちは流れ者だが、『ヴァルガロフ』に縁があってな。毛皮商のリオン・ジャールマを知っているかい?昨年の末に死んだ、バルモアの毛皮商さ」


「ジャールマ?……覚えがある。3年前の冬に、ヤツからキツネの毛皮の帽子を買った」


「そうか。そいつは、もしかしたら、オレたちが運んだ毛皮かもしれない」


「お前は、商人なのか?」


「まさか?この鎧に、デカい剣が見えるだろ?……フリーの傭兵だよ。リオンのオッサンには、何度も仕事を一緒にさせてもらっただけさ」


「雇われの護衛か」


「まあ、何でもするさ。今回も、オッサンから仕事をもらおうと『ヴァルガロフ』に行ってみたら……オッサンは亡くなっているし、彼の家族は故郷に引き上げていた。金払いのいい商売相手だったんだがな……」


「ハハハ。仕事にあぶれたってか?」


「そうだ。文無しになっちまう前に、仕事が欲しくてな?……『ヴァルガロフ』は金のかかる土地だ。楽しけどな」


「仕事を求めて来たってわけだな」


「ああ。オッサンの知り合いの商人からよ、『フェレン』って村で、馬の扱いが上手なヤツを探しているってハナシを聞いたんだ。んで、やって来てみたが、村の連中はシカトしやがる」


「ここいらの農民は、そんなものさ。よそ者を警戒している」


「みたいだな。どこの土地でも、剣を背負った旅人なんて歓迎されやしない。慣れているからね」


「傭兵稼業も大変そうだな」


「世界を見て回れる楽しみもあるぜ?いい酒、いい女……それに、初めて見る風景。世界中、色んなところに独特の楽しみ方ってのが、あるのさ。何百メートルも幅のある滝を、見たことは?オレはあるんだぜ」


「そうか、この殺風景な荒野にばかりいると、そういう旅行記めいた話は刺激があって実に楽しい……お前たちは、馬が使えるんだな?」


「ああ。山ほどの毛皮を、山賊相手から守り抜いて、『ヴァルガロフ』に運んだ。馬に乗っての戦いも、馬車での荷物の運搬も、どっちも得意だぞ?ああ、剣の腕も超一流さ!」


「なるほど。たしかに、募集はかけていた。人手が足りなくてあ」


 ……東に騎士団を派遣して、難民たちを通さないようにしているわけだ。手は空いちゃいないだろうよ。


「『ヴァルガロフ』は人間族が多いって土地じゃないから、馬を使える人間族って条件にあてはまるヤツは少なそうだね。ここらの運び屋は、『ゴルトン』の巨人族どもが幅を利かせているもんな……毛皮を運んで来たとき、若い巨人族に絡まれたことがある」


「……マフィアどもは、自分たちの仕事を取られることをイヤがったのかもなあ」


「で。どうなんだい?オレたちの仕事は、まだ、あるのかな?」


「待っていろ。担当の者を呼んでくる」


 門番の一人が、そんな言葉を残して城内に向かい歩いて行く。そいつの後ろ姿を、じーっと見ていたら、ここに残った方の門番が語りかけて来た。


「安心しろって、きっと、アンタらは仕事にありつけるよ」


「……そうか。正直、この殺風景な村に、運ぶようなモノがあるようには思えなくてな。間違って情報なんじゃないかと思った」


「まあ、そうだろうね」


「何を運ぶものがあるんだ?……それとも、もしかして、戦の準備か?どちらも対応可能だぜ?」


「騎兵を募集してはいないはずだ」


「なんだ、つまらんな」


「ロザングリード卿に仕官したいのかい?」


「流れ者の傭兵という日々も気楽なもんだが、せっかくの乱世。将に仕えて、出世の道を目指すというのも楽しそうだろ?」


「まあ、夢があるよな。我々のような平民が、封土をもった領主サマにまでなれるとしたら、こういう乱世だけだからね」


「……でも、戦の気配は無いってことか?」


「ああ。マフィアどもに、テロリスト、山賊……色々な問題は多いが、幸い、戦が近そうだってウワサは聞いちゃいない。蛮族連合どもの討伐に参加したければ、ロザングリード卿以外の貴族に仕官するべきだろう」


「そうか。でも、ロザングリード卿は、このあたりの地方長官だ。いい仕事をすれば、紹介状を書いてくれそうだ」


「……ま、まあ。そこまで就職に有利な紹介状を書いてもらえる仕事でも、無いかもしれん。なんていうか、その……『積み荷』を、運ぶだけだからな?」


 ―――言葉を濁したがるところを見ると、この門番は『積み荷』が捕まえた難民たちだってことを知っているようだ。その仕事を、尊いことだとは考えていないようだな。善良そうな人物だと直感できる。


「そんなに、物騒な仕事ではない。英雄になれるチャンスは、きっと……ないと思うよ」


「……いやいや。こんな物騒な土地での、荷物の運搬だろ?……腕っ節を見せつけられるトラブルは、向こうからやって来るものさ」


「……なるほど。運び屋ってのも、大変そうな仕事だな」


「まあな。襲われた旅人の話は、多いんじゃないか?」


「多いな。近頃は……テロも頻発しているし。そうだな……この土地は、以前にも増して物騒だ……だから、募集してもヒトが集まりにくいのか。『ヴァルガロフ』で仕事にあぶれている人間族は、多いはずなんだがな……」


「テロが頻発か」


「ああ……昨夜も、『マドーリガ』たちの売春宿が、襲撃されたらしい。詳細は知らないが、もしかしたら『ルカーヴィスト』どもの犯行かもな」


 ゼロニアの人々は、かなり『ルカーヴィスト』のテロ攻撃に悩まされているようだ。大きな事件が起きれば、自動的にヤツらの仕業とウワサされるほどに。


「……でも、例のテロリストってのは、北が根城だよな?」


「ああ。『ルカーヴィスト』どもは、北の山岳地帯にいるぞ」


「こんな南の方にも、現れるのかい?」


「……いや。少なくとも、この村にまで出たことはない。だが、連中は神出鬼没。どこに現れて、何をしでかすかは分からんよ」


「そいつらは、何者だ?」


「戦神バルジアのカルトの一つさ」


「カルトね?」


「戦神の教えは、幅広いんだよ。その幅広い教えの一つ……いわゆる終末思想みたいなのがあってな。堕落した信徒に、裁きを与えるってものがある」


「それを、実践しているわけだ。じゃあ、リーダーは、坊さまなのか?」


「……さあな。テロリストどもの首謀者は、分からないままだ……ここは、戦神の教えが根付く土地だしな」


「君もそうなのか?」


「いや、オレはイース教徒だ。この土地の人間族の半分ぐらいは、イース教徒だ。とくに開拓村出身の人間族は、イース教徒であることが多い」


「君は『フェレン』の出身?」


「ああ。何にも無い村だろ?……5年前、帝国に取り込まれることがなければ、オレは農夫のままだった。兵士になれて、良かったと思っている。稼げるから。お袋は、オレが戦に巻き込まれて死んでしまうことを心配してくれているし、子供も二才になる……」


 茶色い瞳で、門番の男は故郷である『フェレン』を見つめる。そのやさしげな視線が注がれている風景のなかで、彼の家族たちが畑仕事をしているのであろうか。


「……オレも、あと二年で兵役が終わる。実直な仕事はして来たつもりだから、兵士として残ることも可能ではあるが……戦に駆り出されるのなら、考えものだとも思う。毎年、体力は落ちてくるしな。それに……子供の側にもいてやりたい。父親がいないんだ、オレ」


「……そうか。君の父親も、戦で亡くなったのか?」


「ああ。この土地は……よく戦に巻き込まれるからな。オレは……子供と遊んでやれる父親のままでいたいって、最近は考えるんだよ……冴えん男だろ?」


「いいや。ヒトの幸せは、それぞれ違う形をしているもんだ。いいことさ。君が、幸せな選択をすることを祈る」


「……そうだな。でも、他の兵士には、オレの願望を話すなよ?とくに、さっきの門番には。アイツは、お前と同じように出世を望んでる。オレが、農夫に戻る道を考えていると知られたら、バカにされちまいそうでな―――っと。あのアホ帰って来たぜ」


「新入りども!!よろこべ、馬に乗れるんなら、採用してやるってよ!!」


 槍を掲げながら、さっきの兵士が戻ってくる。オレたちには、都合の良い知らせと共に。さてと。敵の真ん中に、飛び込んでみるとしよう。

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