第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その6


「ジャン。アッカーマンは、どこにいる?」


「は、はい!……アッカーマンの臭いは、あちこちから漂っているんです。た、多分……ヤツは、いくつかの納屋を回って……今は、辺境伯の小さな城にいるみたいです!」


「……相変わらず、いい鼻をしているな」


「あ、ありがとうございます……ッ!!」


 褒められると、ジャンは本当に嬉しそうに笑うんだ。初めて褒められた子供みたいにな。あまりにも、褒められなれていないからかな?……ジャンを見ていると、子供というのはある程度は、褒めて育ててやるべきだなって確信しちまうよ。


 きっと。ジャンは、子供の頃に、褒められなさ過ぎたのさ。


 自己評価が、ムダに低い。とんでもなく有能なトコロもあるのだから、堂々としていれば良いのだがな。


 でも、あまり口うるさく言うとプレッシャーになるかもしれん。だから、言わない。ジャン・レッドウッドは本当に繊細だし、オレの小言を、どうにも深刻に受け止めすぎる傾向があるからね。


 ジャンには、注意するよりも、仕事を評価してやることで伸ばしてみたい。コイツだって大人の男だからね。そうされるのが一番、心に響くんじゃないかな。


「アッカーマンは、納屋も見て回ったでありますね。ならば、あの納屋の中身は、農作物ではないわけですか」


「う、うん。納屋の半分ぐらいから……た、たくさんの人のにおいがする」


「……アッカーマンの『奴隷小屋』を見つけてしまったわけだな」


 予想通りか。あの納屋のなかに、捕らえられた難民たちが大勢いるらしい。捕虜のバルモア連邦人を、殴る口実が消えちまったな……いいことだがね。


「……さすがだぞ、ジャン」


「え、ええ。でも……」


「ん?……何か、おかしなコトでもあるのか?もしも、気になっていることがあれば、教えてくれ」


「は、はい。変な、においがするんです……」


「どんなものだ?」


「……せ、正確には、よく分からないんです。で、でも。あえて言うのなら、これは、リエルが作るような、『秘薬』のにおい……みたいな、カンジです」


「薬物を、捕まえた難民たちに使っているのでありますか?」


「そうかもしれんな。帝国領内では、労働力としての奴隷が求められている。屈強な体力を持った者も、この場所にはいるはずだ」


 不健康な者を選ぶことはないだろうさ。そういった者たちは、くだんの難民キャンプに治療するという理由で置き捨てているんじゃないかね?……難民キャンプで提供されている医療も、『商品の選別』に役に立っているのかもしれない。


 ……だとすれば、なんとも悪人らしい発想だな。あらゆる善意が、悪意のための布石となっている。利益のためだけの善意か……ろくでもないハナシだよ。


「……帝国への長距離の輸送に耐える程には健康だろう。治療目的の薬などではないさ。おそらくは、麻痺や睡眠などの毒薬か……ジャン」


「は、はい!」


「……イシュータル草も燃やされているかもしれない。アレは、完全に麻薬の一種だ、あんまり嗅いでいると、お前に悪影響が出る可能性がある。嗅ぎすぎないように注意しろ」


「は、はい!」


 ……もしかしたら。『背徳城』周辺で鼻血を出していたのは、ジャンが女に免疫が少ないせいだけじゃなく、イシュータル草を燃やす煙を吸ったからかもな。オレたちよりも、はるかに強烈な嗅覚の持ち主だ。


 空気に含まれている微量な麻薬の煙にさえも、反応してしまうのかもしれない。だとすると、有能さゆえの現象か。くくく、カッコ悪いと見せかけて、カッコ良かったのかもな、ジャンめ。


「わ、分かりました。そ、そうですよね……麻薬か。怖いなあ……っ」


「団長。つまり、難民たちは、『魔銀の首かせ』や、薬物……いくつかの手段で、暴れないようにされているでありますか?」


「……その可能性は高そうだよ」


「だ、団長。どうしましょう?」


「まずは様子を探る。健康状態次第だが、薬物の影響が少なそうなら、納屋から解放するだけでもいいかもしれない。労働用の奴隷ならば、体力は十分にあるはず。自力で西に向かってくれるのなら、ハナシが早い。だが……薬物の影響が強ければ、対処がいるな」


「敵の錬金術師を捕まえれば、ハナシが早いでありますな」


「そうだな。だが、あの納屋に近づくのは今じゃない。見張りがいるし、日中に堂々と逃亡劇なんて、するもんじゃないさ」


「なるほど。夜逃げが基本であります」


「ああ。闇に紛れて逃げるのが、基本だよ。その方が、追っ手に捕まる確率が低くなるに決まっているからな。納屋の内部は大きく気になるが……今、彼らにしてやれることはない。先に、悪人どもの親玉に接触しよう」


「親玉。アッカーマンと、辺境伯ロザングリード」


「そうさ。ヤツら、丁度この場所に集まってくれているんだからな。そろそろ顔を拝んでおきたいもんだ。どっちの顔もオレは知らないからな」


「私も、知らないであります」


 ……キュレネイのヤツ、そう言えばテッサ・ランドールのことも知らないと言っていたな。あっちはキュレネイに見覚えがあったようだが……記憶力は、むしろ良い方だ。ジャンについては、例外だがな。アレは、もしかしたらワザとかもしれないし。


 ……あんまり考えたくもないが、もしかしたら、『ゴースト・アヴェンジャー』って連中は、任務中におかしな薬物でも常用しているのか?……キュレネイ・ザトーが、笑えなくなったというのも、そういう薬物の後遺症とかじゃないだろうな。


 意識や記憶に影響する薬で、ヒトを思い通りの戦士に仕立てる?……『ヴァルガロフ』の悪人どもの親玉が、『オル・ゴースト』だ。どんなことをしていたとしても、不思議じゃない。


 そして、そういう行為の果てに、キュレネイの心が壊れたとすれば?……ますます、『お師匠さま』とやらを許せそうにないな。


 オレの勝手な妄想ならば良いのだが、いくらなんでも不自然だ。辺境伯はともかく、アッカーマンを知らないことはないはずだろう。ヤツはかなりの実力者で、遊び人。3年前でも現地のヤツらには有名人だったろうさ。


 それに、キュレネイは女優カルメン・ドーラの『護衛』だったんだ、アッカーマンという男は、カルメン・ドーラと面識がありそうなもんだがね。


 とはいえ、キュレネイは嘘をつかない子だ。おそらく、本当にテッサのことも、アッカーマンのことも覚えていないのだろう。となれば?……『ゴースト・アヴェンジャー』たちは、呪術か、薬物か……何らかの手段で精神に影響を及ぼされているのか?


 ……まったく。


 腹が立つハナシだよ。


「……ジャン」


「は、はい!?」


「アッカーマンの特徴は?」


「や、やせ形で手足の長い、巨人族です。肌は黒くて、ガンダラさんみたいに、スキンヘッドです。あと、手の指に、たくさん豪華な指輪をつけていたり、首からも高そうなネックレスを、たくさんかけていたり……」


「成金趣味ってか」


「そ、そんなカンジです。とにかく、キラキラしているんで、分かりやすいと思います」


「なるほど。ターゲットの片方は、そんな人物だとよ」


「了解、アッカーマンは、成金野郎」


「その通りだ」


「殺すでありますか?」


「……そうだな。あくまでも、情報収集を優先すべきだが、暗殺と拉致のチャンスではあるな……」


 ジャンがいるからな。荒野を移動する両者の馬車を追跡して、護衛の少ないところを奇襲することだって出来るだろう。移動中の護衛なんて、そう多くはないだろう。


 まあ、せいぜい多くても20人ぐらいか?……その倍の数がいたとしても、夜の闇に紛れた上での奇襲なら、オレたち三人だけでも殲滅することは十分に出来るな。


 ……ハント大佐が、今日にでも『ヴァルガロフ』に進軍してくるのなら、ここで両者を仕留めてしまうというのも、手ではある。辺境伯という指揮官を失い混乱したままの軍勢が相手ならば、ハイランド王国軍のダメージは減らすことが出来る。


 理想は、侵攻と同時の暗殺……指揮系統が混乱したままなら、殲滅も容易い。ハイランド王国軍がこの土地を攻め落とす時は、帝国軍の兵士を一人でも多く殲滅することが目的になる。二度目や三度目の戦に、しっかりと備えなくてはならないからな。


 こちら側の被害を少なくして、帝国側の兵士をより多く殺す―――そのタイミングを作るためには、辺境伯の暗殺の時期ってのも、大切なことではあるのさ。連携すべき事案だ。ハイランド王国軍が、どんな戦を望んでいるのにもよる。


 ……だが、この土地を牛耳る親玉たちを二人同時に処分出来るチャンスでもあるのは確かだな。ガンダラがここにいれば?……情報収集を優先すべきと助言をくれるさ。だが、ガンダラは二人を絶対に殺すなと釘を刺しはしなかった。


 最良のプランではないにしろ、オレがそれを行った時の策は用意してくれてはいるってことだよ。アッカーマンもロザングリードも、最終的には排除すべきヤツらではあるからな。同時に仕留めることが出来るならば、殺しちまうのも有りか……。


「……最優先は、情報収集。しかし、命じれば、実行しろ。オレが、現場で判断する」


「イエス。殺すも、拉致るも、お任せあれであります」


「ぼ、ボクだって!命令は、必ずや実行します、ソルジェ団長!」


「いい子たちだよ。さてと……行こうか」


「……あ、あいつらに、雇われるんですね?」


「ああ。連中は、『馬を操れる人間族』を募集していたらしいからな。それを逆手に取るぜ。辺境伯サンの城に向かうぞ」


「変装した甲斐が、あるであります」


「そうだな。正面堂々と、フツーの流れ者のフリをしつつ、職を求めて来ましたって顔で接近できるからな……」


 キュレネイの髪も瞳の色も魔術で変えている。今日の彼女なら、切れ者のテッサ・ランドールにも、正体を言い当てられることはなさそうだが。


 もしも、キュレネイのことをスケベと評判の巨人族の遊び人がジロジロと見て来たら、妹を見てんじゃねえよって、脅しをかけてみるかね?……茶を濁すことぐらい出来るだろうしな。


 ……それでも、バレちまったときは?


 暴力的で、分かりやすい解決策を実行するチャンスになるかもな。多分だけど、それをしちまったときに、ガンダラが用意しているシナリオは、『ルカーヴィスト』のせいにしちまうってトコロさ。


 キュレネイの変装を解かせて、生き残りに目撃させればいいだけだ。『ルカーヴィスト』とは、つまり、キュレネイ・ザトーと同じ、『ゴースト・アヴェンジャー』なんだからな。


 『ゴルトン』と辺境伯の軍が、それぞれのリーダーの仇討ちに燃えて、北の山岳地帯にいる『ルカーヴィスト』を襲撃しに行き、そこで『ルカーヴィスト』どもとつぶし合ってくれるのなら……オレたちにも大きな軍事的メリットとなる。


 敵同士がつぶし合ってくれる状況を作るチャンスでもあるのさ。だが、オレたちはあくまでも傭兵。雇い主であるクラリス陛下からは、そこまでの命令は受けちゃいない。積極的に選ぶべき手段ではないのは確かだ。


 ……あくまでも、難民たちを無事に西に辿り着かせることが仕事だからな。そのためにも、あの納屋にいる難民を、最低でも一人は確保しなくてはなるまい。


 それに、もしも、アッカーマンとロザングリードの二人とも殺して、人身売買のシステムを完全に破壊してしまったら?……辺境伯の軍勢が、難民キャンプを焼き払うかもしれん。金になる仕組みがあるからこそ、彼らは無事なのかもしれないのさ。


 帝国人の亜人種に対する憎悪は深い。金にならないと判断すれば、より危険な状況にさらされるだろう。ハイランド王国軍との連携が重要な事案じゃある。


 おそらく最良の選択とは何なのかは、誰にも分からないことだよ。どの道を選んでも、メリットとデメリットが生まれるだろう。悩ましいところだ。


 ……まあ。とんでもなく責任重大な任務であるということだ。そういう責任を負うのが、経営者サンの仕事でもあるんだよね。ガルーナの野蛮人としては、もっとシンプルな状況の方が気楽に戦えるんだが、乱世ってのは、どこもややこしいもんだろうな。

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