第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その5


 牧歌的で素朴で、何にもなさそうな『フェレン』の村。そこにオレたちは近づいていく。魔術で変装もしてな。オレの瞳は両方が青、髪は黒に化ける。キュレネイも赤い瞳を青に、髪を黒にした。オレとおそろいさ。『兄妹』を演じるんだよ。


 ガンダラの作戦を基本的に全うする。予測が正しいあいだは、ガンダラの作戦が破綻することはないはずだからね。アレンジも加えるが……まずは、基本に忠実。変装だよ。ジャンはこんな器用な魔術を使えないが、キュレネイは何でもこなせるからね。


 彼女はオレと同じく、三属性の資質を保持している。この『変装魔術』は、体内にある、魔力の質を変化させることにより、一時的に髪の色と瞳の色を変えるという術さ。技巧と熟練と、何よりも才能のいる行いだが。オレたちはこなせる。


 ジャンは……変装無しでも問題無さそうだ。『ヴァルガロフ』で暴れたときは、巨狼の姿だったからね。ヒトの姿のときは、まったく狂暴さがなくひ弱に見える。つまり、これでオレたちの正体がバレることはないはずだよ。


 『背徳城』襲撃の情報が、アッカーマンや辺境伯ロザングリードに伝わっていたとしても、安全ということさ。髪の色や瞳の色が違うしね。キュレネイは、『灰色の血』ではなく、ただの人間族のように見える。


 『灰色の血』は『不思議な外見』が特徴だ。水色の髪やら、赤い瞳。そういう特異な風貌だからこそ、キュレネイは『灰色の血』と認識される。黒髪に青い瞳なんて、珍しくない色に化ければ、彼女はただの人間族にしか認識されることはない。


 ……ちなみに、『灰色の血』は、『カール・メアー』の異端審問官たちが行う、『血狩り』に引っかからない。キュレネイの血を、人間族の血と混ぜても、凝固が促進されることはないよ。


 ロロカ先生の説によれば、亜人種族としての特徴をほとんど継承していないからだろうということだ。とても難しい仮説をされたから、細かなトコロまでは覚えちゃいない。しかし、幸い、理解しなくても戦術として使うことが出来るんだよ。


 キュレネイ・ザトーは魔力切れを起こして、『変装魔術』が解除されない限り、『灰色の血』と見破られることはないってことさ。


「これで、完璧であります」


「おそろいだな、キュレネイ」


「はい。禁断の兄妹ですな」


「なんで、禁断なんだ?」


「愛の逃避行をしているといるという設定です。シャーロンから、以前、教わりました」


「……シャーロンらしいムダに卑猥な発想だな。まあ、その設定を使えば、質問を躱せるかもしれん」


「……え、えーと。二人が兄妹なら、ボクは?」


「そうですね。捕虜」


「ほ、捕虜?」


「イエス。道で捕まえた、捕虜であります」


「や、やだよ。ぼ、ボクも団長の血縁者がいい!」


 ときどき、引くようなセリフを吐くんだ。オレへの憧れなのか、敬愛なのか……ジャンの忠誠心は、たまに重たい。


「……遠縁ってことにしようか」


「は、はい。遠いけど、親戚なんですね。遠いけど……」


「お前は『変装魔術』が使えないし、赤茶色の髪だからな。遠縁と言った方がいいだろ」


「は、はい……残念です。ボクが、魔術を使うことが出来たら……」


「気にするな。十分に使える設定だよ」


 怪しまれることはないはずさ。ああ、ジャン・レッドウッドも『血狩り』に引っかからない。『狼男』というのは、ほとんど人間族らしい。人間族の家系に、『狼男』になる呪いがかけられることにより発生する存在のようだ。


 ジャンの祖先は、いつかどこかで『狼男』の呪いを受けてしまった人間族。それをジャンは、受け継いでいるだけ。呪われているだけで、基本的には人間族ではあるってことだな。種族というよりも、血に宿る『呪病』の患者ってことさ、『狼男』はね……。


 まあ。オレも含めて、色々と訳ありの体質だけど、見た目が人間族だし、『血狩り』にも引っかからない。そいつを利用して、オレたちは敵地に侵入する。


 そう。


 ここはもう敵のテリトリーさ。


 ……荒野にある、何も無い田舎の村だがね。馬を歩かせながら、オレは『フェレン』の村を観察していく。地平線に呑み込まれそうなほどの、孤独を感じる。この小さな村。観察するのに、時間は長くはかからないさ。


 この村の唯一の産業であろうジャガイモ畑のなかには、まばらに農民たちがいる。雑草でも抜いているのか、害虫の駆除か。腰を曲げて作業に必死だった。人種は、人間族ばかりだな。声をかけてみたが……完全なる無視を貫かれてしまったよ。


 ゼロニア平野の田舎者たちは、よそ者に対する拒絶の意志が、とんでもなく強いらしい。昨日の村と一緒だな。四大マフィアと関わりたくないから、こんな態度なのかね。


 まあ、いいさ。可愛らしい旅行記を書くために、田舎にやって来たわけじゃない。素っ気ない態度でも構わんよ。武装した旅人になど、関わらない方がいいに決まっているからな。


 沈黙の風が吹く、無愛想なジャガイモ畑を進んでいく。


 ああ、遠くに見えて来たぞ。小さく乾いた木造の建物たち。大きな納屋……そして、帝国の国教であるイース教の教会がね。その教会は、かなりの古さだった。オレたちがアジトにしている、あの放棄された教会と同じぐらいの年寄りさ。


 ゼロニアの大地がファリス帝国に取り込まれるよりも以前から、ここにはイース教徒の開拓者たちが住み、細々と暮らしてきたのだろう。哀れなほどに貧しく、過酷で……『ヴァルガロフ』から戻ったばかりのオレには、なんとも清らかに見える。


 まったく魅力的ではないものの、『清貧』という言葉を体現するような場所かもしれない。労働のための納屋、睡眠のためのみじめな小屋。そして、教会だけだ。それだけしか、ここの村人たちに与えられている建物はないのだ。


 オレの故郷の村から、色々な要素を抜き取ると、こんなものになるだろう。典型的な田舎のなかでも、かなり貧しいほうだ。農作業と休息、そして、信仰だけが存在する、聖なる貧しさの空間だ。


 ここにいる人々は、悪意は少ないだろう。荒事に巻き込んでいいような人種ではないか。オレも無言を選ぶ。オレたちは、彼らの所属する勢力の敵ではあるからね。関わらない方が、彼らのためか。情報収集は、目玉に頼るとしよう。


 このさびれ具合は、かなり深刻そうだ。農民たちにも若者が少ない。そして、子供の数も多くはないようだ。農民たちは、朝から晩までジャガイモ畑の仕事に追われる日々の繰り返しだろう。


 若者が少ない理由も分かる。若者たちは、『ヴァルガロフ』へと旅立ったのさ。背徳と華やかさがある、あの欲深い街に―――オレも、おそらくここで生まれていたら、15才になるよりも先に、『ヴァルガロフ』に行っちまったと思う。


 何にも無い場所だ。ヒマすぎる。


 ……そこが、辺境伯ロザングリードが、『フェレン』を選んだ理由かもしれないな。悪事を隠すには?……沈黙のなかに埋めるってもありだろう。情報を管理することは容易そうだ。村人たちと、外の交流は皆無のはずだから。


 そのくせ、インフラは整っているトコロも、人身売買の拠点としては魅力があるかもしれないな。運河の支流からも離れてはおらず、駅馬車も……来ているようだ。村人たちは、そのどちらにも用は無さそうだな。


 ……『ゴルトン』が南方の都市への輸送ルートに選ぶとすれば、ここより、かなり西にある街道を、『ヴァルガロフ』から素直に南下した方が早い。帝国領内で運河を使えるのは、帝国貴族に認可された商売人たちだけだ。


 『ゴルトン』どもは運河の使用料を支払ってまで、その運搬手段にこだわる必要は無かった。今まではな。これからは辺境伯という有力貴族と組む。運河を使用することだって簡単だろうよ。


 とはいえ。ある程度は整備されている運河を、ほとんど使わないというのも不思議なハナシに思える。


 ……もしかすると、戦神バルジアの『教え』も影響していたのかもしれない。『ゴルトン/翼の生えた車輪』―――車輪だからな。船には無いモノだ。『ゴルトン』らしく在るためには、馬車で物を運ぶべきってことさ。


 非合理的だって?信仰にそういうものを問うべきじゃないのさ。


 ……四大マフィアは、敬虔なる戦神の信徒でもある。そして、彼らの仕事は、それぞれが象徴する戦神の『形態』と符合していた。それは四大マフィアの抗争を防ぐために、悪人どもが『住み分け』を成すための『掟』としても機能していたのだろう。


 『ゴルトン』は大昔から密輸屋だったはずだが、車輪のあるもの以外……つまり馬車以外での運搬を拒んでいたかもしれない。宗教的な戒律のようなものさ。『翼の生えた車輪』としての矜持として、彼らは馬車を選び、運河を使わなかったのもしれん。


 ……それは、犯罪結社どもが、お互いを守るために作った取り決めでもあった。だが、しかし、確実に利益追求の妨げでもあったはず。もっと儲かる手段があるのに、四大マフィアたちは『オル・ゴースト』が強いる戒律のせいで、その手段を選べなかった。


 不満が高まり、クーデターが起きた。


 その反乱の首謀者であるアッカーマンという男は、逃亡奴隷のカップルから生まれた子であり、『ヴァルガロフ』の戦士たちの血に連なる『名家』の男ではないそうだ。


 それゆえに、四大マフィアを縛る戦神バルジアの教えという、宗教がらみの『掟』に縛られず行動出来たのかもしれないと、オレは考えている。


 ヤツは、『ヴァルガロフ』の『血』が薄い。


 オレたちと同じような、『よそ者』なのさ。


 だからこそ、『オル・ゴースト』に反逆することが出来たのかもしれん。四大マフィアの歴史も、血脈の因縁も、戦神に対する信仰も……おそらく、それらの全てがアッカーマンには希薄なものだろうから。


 それらに対しては、表面上の敬意を見せているかもしれない。だが、あくまでもビジネスのツールとして機能させているだけに過ぎないのだろうよ。


 『伝統』とは、非合理的なトコロも多々ある。『外』からやって来た合理的で容赦のない破壊者に、たやすく壊されることもあるのだ。


 四大マフィアと『オル・ゴースト』。『ヴァルガロフ』の伝統的な『絆』も、そんな風に滅びようとしている。すでに、『オル・ゴースト』は裏切られて、開祖であるベルナルド・カズンズの威光は潰えた。


 ……テッサ・ランドールの父親は、アッカーマンの子と自分の孫を婚約させることで、ヤツを『ヴァルガロフ』の『血/歴史』に取り込もうとしているのだろうが、終わりを迎えた『伝統』は、再興することなど無い。


 彼の娘であるテッサ・ランドールさえも、アッカーマンとの対決を望んでいる。『オル・ゴースト』という調停役が消え去った今、四大マフィアは、お互いつぶし合う定めに囚われているのさ。


 その定めを促進するような存在として、『ルカーヴィスト』も誕生したしな。なんとも、きな臭いことだよ。


 ……この辺境伯の支配下に置かれていそうな、イース教徒の人間族の農村……ここに役深いアッカーマンがいる。何も無いように見える場所。ヤツがいる可能性があるのは、二つだな……。

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