第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その4
『フェレン』の村が見えて来た。何も無い場所……という説明が、これほど素直に適応出来る村も少ないだろう。まあ、畑はそれなりにあるがね。
「ジャガイモ畑が多いな……」
「イエス。ジャガイモは、踏み荒らされても収穫量が確保できるでありますから」
「なるほど。軍靴に踏み荒らされて来た土地には、向く食べ物ということか」
切ない歴史背景を持つ選択だな。
「幼い頃などは、私も市場で盗んで来ては、生のままかじっていたものであります」
キュレネイ・ザトーの幼少期の思い出が悲しすぎて、彼女のこと抱きしめてやりたくなるほどだ。
「あ、あれって。生でかじっても、美味しいですよね」
……ジャン・レッドウッドよ、お前もか。かなり、悲惨な幼少期を過ごして来た人物だからなあ……虐待が横行していた孤児院に、果ては、森の中で一人だもん。討伐の依頼が出ていたんだぜ?……近隣住民からは、完璧にモンスター扱いだったよ。
「ノー。そのままでは美味しくありません。ジョンは、舌がおかしいであります」
「そ、そうかな……あ、あと、ボク、ジャンだからね?ジャン・レッドウッド」
「知っていますが?」
「そ、そうだよね……知ってるよね……」
キュレネイは、ジャンにまったく興味が無さそうだ。意地悪をするような子じゃないからな、本当に記憶に残らないのだろう。なんというか、残酷なことだ。
馬上の乙女のルビー色の瞳は、荒野に広がるジャガイモ畑を見つめている。懐かしんでいるのだろうか?無表情な乙女の顔から、オレは彼女の心を推理してみた。
「……好きな光景か?」
「そうですね。恩人を見る気持ちであります」
「恩人?」
「はい。このジャガイモのおかげで、私は生き延びましたので。覚えています。冬の寒い夜に、下水道の湯気が温かったことと、凍りついたジャガイモが、とても硬かったこと。でも。それらのおかげで、私は生き抜くことが出来たのであります」
ホント。抱きしめてやりたくなる幼少時代を過ごしちまっている子だよ。
「そうか……今度、美味しいジャガイモ料理を作ってやろうか?」
「はい。団長の料理は、美味しいでありますから」
「ああ。腕によりをかけて作ってやるよ」
「はい。楽しみです」
笑ってくれているのだろうか。
そう考えてしまっていたよ……もしも、キュレネイ・ザトーの幼少期が幸多いものであり、『ゴースト・アヴェンジャー』とかいう特殊な戦士になっちまうこともなく……幸せな日々を過ごしていたなら。
今この瞬間に、キュレネイ・ザトーはオレに笑顔を見せていてくれたのだろうか。そんなことを考える。『お師匠さま』とやらのせいに、しちまうべきかね。この少女から、ヒトらしい表情や感情を、引き剥がしちまった悪人は、そいつのせいだと……。
そうかもしれん。
『ヴァルガロフ』の住民たちは、嘘つきかもしれない。だが、それでも感情はたっぷりとある。キュレネイ・ザトーだけが、感情を奪われているようだ。『ゴースト・アヴェンジャー』と呼ばれる連中は、皆がそうなっているのだろうか……?
そうだとしたら、『ルカーヴィスト』とやらと遭遇するのが楽しみかもしれん。『お師匠さま』とやらと出会ったら、ブン殴ろう。オレのキュレネイ・ザトーに、変な調教しやがってよ。許すことは、ないだろうな。
……そして。
今さらながら、思うよ。
オレはこの3年間、キュレネイ・ザトーに、どれだけのモノを与えてやれたのだろうか?仲間として、部下として、『家族』として。彼女に、もっと多くを与えてやるための努力を、怠っていたのではないだろうか?
もっと多くのことをしてやれていたら、今この瞬間に、ジャガイモ畑を見て笑っているキュレネイ・ザトーが存在したんじゃないのだろうか……。
わからない。『もしも』を問うことに、答えなどあるわけがないのだから。永遠に自問しつづけることになる。『ありえたはずの現在』など、妄想の産物でしかない。
それでも、思っちまうのさ。3年前に、オレたちのような血なまぐさい生きざまの傭兵団などではなく……もっと、マトモで善良な人物に拾われることがあったとすれば。彼女は今ごろ、笑えたのではないかとな―――。
戦場を巡り、強さを追求し……帝国打倒のためにもがき続けて来た。復讐に囚われて、多くを犠牲にするようなオレでは、キュレネイ・ザトーに与えてやれぬ幸せも多い。スマンな、キュレネイ。オレは優れた経営者ではないようだ。
「団長?どうかしたでありますか?」
「……いや。美味いメシぐらいしか、作ってやれそうにない。スマンな」
「美味しいゴハンを食べられるのでありますから、何も文句はないでありますよ?」
「……そうかい?」
「はい。団長のゴハンは、とても美味しいです。それは、とても良いことですから」
「もっと、欲しいものとかあれば、言ってくれよ?……騎士は、女の子にやさしくしてやる義務があるんだ」
「いい義務でありますな。そうですね、あまり、欲しいモノは、思いつかないのであります。私は、金のかからぬ都合の良い女ですぞ」
「そういうのは、自分に使うような言葉じゃないよ。お前は、もっと価値あるいい女だ」
「勉強になります。しかし、欲しいモノ。欲しいもの、欲しい物。なかなか、思いつきそうにないであります」
「……まあ。じっくりと考えておいてくれ。お前には、特別な仕事も与えてるからな」
もしも。
もしも、オレたちを裏切るような人物が現れたなら……その人物を殺す。『ヴァルガロフ』の『番犬』。あまりにも過酷な役目を、キュレネイにオレは依頼している。現状で、最も考えられる対象は―――ヴェリイ・リオーネ。
彼女は、オレたちに嘘をついている。何かを意図的に隠しているな。おそらく自分の目的を達成するために。復讐者だ。オレたちを裏切る可能性はある。そうでなければ良いがな。
もしも、彼女が死をもってあがなうべき損害を我々に与えたら?……キュレネイ・ザトーは、ヴェリイのことをためらいなく殺す。オレでは、ヴェリイを殺すための動きが鈍るだろう。その鈍りが、新たな損害を出すかもしれない。猟兵が死ぬとかな。
……ヴェリイに限らず、団に破滅的な損害を与えた裏切り者が現れた時、すみやかな報復と処分をもって、団を守る。感情を殺し、鋼を振るう役割―――とても過酷な役割を、オレはキュレネイに与えているのさ。
何か特別な報酬を与えてやらなければならないだろうな……。
「と、特別な仕事って、いったい何ですか?」
……ジャンが気になったようだ。ジャンは、何だかんだで仕事熱心な男だ。命令には忠実に従うタイプ。柔軟性はないが、愚直で不器用で、とても真っ直ぐなのさ。ちょっと気持ち悪いぐらい、オレからの命令や任務を喜ぶ癖がある……。
あれ?
もしかして、この主張は、ジャンがキュレネイに嫉妬しているということなのだろうか……ちょっと、気持ち悪いな。
「……だ、団長?」
「ああ。スマン。キュレネイには他の者には言えない任務を与えているんだ。悪いが、ジャンにも秘密だ」
「そ、そうですか……」
「残念がるな。誰もが、果たすべき役割がある。お前にも、お前にしか出来ない役割があるじゃないか」
「ぼ、ボクにしか出来ない役割……?」
「ああ。まずは一つある」
「な、なんですか!?」
「……アッカーマンの臭いはするか?」
戦槌姫テッサ・ランドールは教えてくれたぞ。『ゴルトン』の実質的なリーダー、難民を捕らえて奴隷貿易の仕組みに押し込もうとする悪人―――アッカーマン。その極悪な巨人族の男は、辺境伯ロザングリードに会いに行ったらしい……。
この『フェレン』という村には、辺境伯の城の一つがある。オレたちの読みが外れていなければ、難民たちを捕らえて、収監している『奴隷小屋』みたいなものがあるんじゃないかとも予想している土地だ。
アッカーマンが、ここに来ているとすれば?
……この土地の『重要さ』の証明になる。大の遊び人であるらしいアッカーマンが、『背徳城』のイベントよりも優先した『何か』がある証さ。そいつは、オレたちの予想の裏付けとなるだろう。
ジャン・レッドウッドは晴れた空に顔を向ける。いつもビクついているような、細身の青年の鼻が、くんくんと風の臭いを嗅いでいた。調べているのさ。アッカーマンの体臭が、この場所に漂ってはいないかを―――。
「―――団長」
「どうだった?」
「……います。アッカーマンの香水のにおいがしますよ。あいつの香水は、高価なものらしく、他のヤツらと、かなり違いますから。間違いないです」
「……そうか。さすがだな、ジャン・レッドウッド」
「は、はい!あ、ありがとうございます!!」
「なかなか、やるでありますな。さすがは、『犬男』であります」
「う、うん!ボク、『犬男』としての力を、『おかあさん』から授かって、良かったよ」
え?ジャンのヤツ……犬男って、自分で言ってるんだが……。
狼男じゃなくても、いいのか?……ジャンのヤツ、ニコニコしているぞ。犬男を受け入れようとしているのか?……いかん。その名前は、あまりにもカッコ悪い。オレが言い直してやる。この流れを修正するのだ。
「さすが、『狼男』だな。ジャン・レッドウッド」
「は、はい。そうでした!」
そうでしたって?……あんまり、『狼男』という名称に対して、執着がないのかもしれない。まあ、いい意味で使われることはないからな。というか、ほとんどサイアクの呼び名というか、『狼男』って、邪悪な存在として世間様では疎まれているしね。
……でも、オレは自分の部下に『犬男』がいるよりは、『狼男』がいた方がいいんだ。もしも、ジャン自身が、オオカミよりも犬の方が世間ウケがいいからという理屈で、『犬男』と呼ばれたがっていたとしてもだ。その面白すぎるネーミングは、却下だ。
『犬男』のジャン・レッドウッドです―――そんな自己紹介してたら、永遠にモテそうにないもん。オレは、部下には、もっとクールな方向に伸びて欲しいのだ。
まあ……『犬男』です、という自己紹介にドン引きするんじゃなく、むしろ食いつくて来る女性の方が、ジャンには向くのかもしれないけれどな。
……どう見積もったところで、犬気質のある男ではある。かなりのS気のある女に、生涯、尻に敷かれるという人生も、ジャン・レッドウッドらしい気もするんだよね。ジャンは、リードするより、リードされたがる男だ。本当に、犬っぽいところがある……っ。
だからこそ、『犬男』はいけない。面白すぎる……っ。
……脱線したな。オレはコホンと咳払いを演じる。愉快な空気を一変させて、緊張感を生み出したい。ビジネス・モードに入らなくちゃならないからな。
「……いいか、二人とも。アッカーマンがいるということは、オレたちの予測が当たっている可能性が高くなったぞ。作戦に、ジャンが『狼男』の能力で回収してくれた情報を反映させるぞ」
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