第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その9


 自分を悪く言うつもりもないが……客観的な事実として、漂泊の旅をつづけている傭兵を快く歓迎する存在なんて、かなり不気味だよね。だから、基本的にオレたちみたいな人種は、どこに行っても歓迎を受けないものであり、もちろん、ここでもそうだったよ。


 城の玄関などから招かれることなどなくて、その入り口も、使用人なんかが使う勝手口に過ぎないのさ。気にしちゃいないよ、慣れているからね。『ヴァルガロフ』の人々がよそ者を歓迎するとか、あっちのほうが異常なんだ。


 ほど近くに井戸のある、ひっそりと静まりかえった場所。ツタの這う赤茶色のレンガの壁にある、ワインレッド色の木の扉。そこから辺境伯ロザングリードの城に入る。そこは作業の場さ。調理器具が並ぶ、料理好きにはワクワクしちまう空間だったよ。


 大きなオーブンがあるな。黒く焦げた古い鉄のオーブンさ。ああ、あいつでグラタンを焼いてみたくなる衝動が、心に生まれてしまうのだが……ビジネスを優先しなくてはなるまいな。


 目の前には、執事がいた。執事の服装をした、背筋がピンと伸びた老紳士だからね。これで執事じゃなければ、何だというのだろうか。


「……ようこそ、おいで下さいました」


「アンタが、ファーガソンが言っていた執事か?」


「そうです。我が主に、代わり、あなた方に指示を与える役目を果たす者ですよ」


「ほう。いきなり指示か。尊大な態度だな」


「あなたに言われたくはありません。どこの蛮族なのでしょうかね?」


「……アンタの知識が届かないほど遠くから来ているはずさ」


「ふむ。いいでしょう。興味はありません。あなた方が、能力があり、ロザングリード卿のために仕事をする意志と覚悟があるのであれば、何も問うことはないのですから」


 軽蔑に満ちた視線を感じる。でも、これも貴族に仕える者の仕事ではあるんだよ。彼が仕える貴族とは、下々の者とは、まったく違う存在なのだということを、彼は示す役目がある。


 カンジが悪いって?高貴であるということは、そうじゃない人々を見下すことで証明される。行いの尊さで、高貴さを示すというのは貴族としては足らないそうだ。尊い行いをして尊敬される?……それでは凡人と全く変わらないからな。


 貴族とは英雄でもなければ聖者でもなく、『身分』という己が血筋に与えられた特権なのだ。その事実を示してこそ、一流の貴族であることの証明になる。一般人とは永遠に分かり合えない存在ではあるよね。


 貴族とは困窮し、庶民よりも貧しくなろうが……あらゆる名誉を失おうが、それでもなお尊大でいることが許された『特権階級』である。


 それを示すために、貴族に仕える者たちは、庶民を蔑み、軽んじなければならない。ヒトを見下すことでしか、地位の高さは証明することが出来ないからね。この執事の高慢さも、主のための演出なのさ。性格の悪さも、仕事の内なんだよ。


 貴族と、その従僕たちは、世界が滅びるその日まで、庶民を馬鹿にすることで尊さを証明しつづける。自分たちの存在そのものが、世界に貢献しているのだとうそぶきながら。


 このクソジジイの態度と口の悪さも、仕事だから。


 ……そんなことぐらい、大人だから理解してるよ。だから、一々、このジジイの軽蔑の視線に怒ったりはしない。それでも、生来の性格の悪さから、オレは一種の抵抗を示すために、うすら笑いで馬鹿にしてやるのさ。


「……態度の悪い傭兵です。主の前には、とても出せませんね」


「じゃあ。アンタはいい仕事をしてるってわけさ。執事の鑑ってヤツだな」


「その小賢しい口で、乱世を切り抜けて来たのですかね?」


「いいや。完全なる実力によってだ。アンタは分かるだろう?昔は、それなり戦士だったらしいが……戦場で、横から利き腕の生えた右肩を斬り裂かれたか」


「……私を知っているのですか?」


「初対面だよ。貴族の世界に詳しい者が、荒野を馬で駆け抜けて、怪しげな職探しをしているわけがないだろう?……ファリスの騎兵サンよ」


 初対面でも、分かることは色々ある。この爺さんが槍の使い手だったことも。おそらく騎兵だったということも。馬上にありながら、敵の騎兵と競り合うような混戦の最中に、右肩に斬撃を浴びたこともね。


 ケガの影響で動きの送れる右腕……そして、体の重心の作り方が、騎兵のものだしな。爺さんは、かつて騎兵であったことを今でも誇りに思っているのさ。それを忘れることが無いように、いつも馬に乗るときのように、背骨を立てている……。


 幻想の騎馬にまたがり、空気の槍を構える。そうすることで、彼は己が朽ちることを防ぎ、高みからの脱落を防ごうと必死にもがいて来たようだ。いい技巧と、素晴らしい哲学だな。


 軽蔑の貌は、険しさを緩めることはない。それでも、彼は察したようだ。自分の正体がバレた理由を推理した。


「……姿勢から、私の職歴を悟りましたか。馬には、詳しいようですね」


「『ファリス王国』の騎兵は、それなりに有名だったからな。どこの合戦で、アンタは戦士としての人生を終わらせたんだ?」


「……教える必要はない」


「確かにね。アンタとコミュニケーションは取れないか」


「こちらに来なさい。仕事の説明をしましょう。ああ、泥だらけのブーツは―――」


「―――脱がないさ。掃除もアンタらの仕事だろ」


「……来なさい。不躾な傭兵よ」


 執事としてでなく、戦士として生きている時間に、会いたかったタイプのヒトだな。ファリス王国の馬上槍の使い手たちか。かなりの猛者がそろっていたというがね。もはや過ぎ去った過去の物語。


 オレとは仲良くなれない人種になってしまったな。


 ああ、全盛期のアンタと出会ってやりたかった。可能であれば、戦場で、敵と味方の立場としてな。失った強さを嘆く絶望も味わう悲惨さも、オレならさせなかったはずだから。貴族に飼われた犬になどなる前に、力で尊さを示す戦士として、遭遇したかったよ。


「……じゃあ。ついて行こうぜ」


「了解であります」


「は、はい。お、おじゃましまーす」


 若手の猟兵たちを連れて、執事の後を追いかける。元・槍騎兵の脚は感情を排したペースで、優雅さを帯びた機械的な歩調のまま、美しい調度品のあふれる城を歩いて行く。


 ここは古くから戦火に晒されつづけた砦の一つ。外は、何度も修理をほどこされてはいたものの、それなりに壊れていた。


 だが。その『中身』は違う。


 こじんまりとした戦闘用の施設としての外見ではなく、豪奢で贅沢なつくりさ。『背徳城』のような雑多な華やかさはないが、上品さを求めて選び抜かれた内装と、飾りたちが口笛を吹かせたくさせる。


 金目のモンが一杯だ。


 ここを略奪するときは、さぞや気持ちがいいだろうね。


「視線を向けることまでは、許してやります。羨望の視線を」


「……へいへい。盗むなって言うんだろ?」


「ええ。ここはロザングリード卿の所有する城の一つ……盗みは、全て死罪の判決を呼ぶでしょう」


 ……とっくの昔に、帝国からは賞金を首にかけられている。死罪判決なんてされたトコロで今さらではあるよ。


「オレは戦士だぜ?……盗賊じゃない。ここを略奪する日が、もしも来るとするのならば。戦の果てに、ここを奪い取った時だけだ。戦士と盗人を一緒にするんじゃない」


「志を聞いてはいません」


「ああ。そうだったな。盗むな馬鹿と言いたいだけだな」


「ええ。百万回は言われた言葉なのでしょうが、あえて、もう一度、その汚れた耳の穴に響かせてやります。下賤の者は、学ぶことなどないのですから」


「耳の穴はキレイだよ。お風呂でヨメが洗ってくるから」


「―――こちらに入りなさい」


 軽口にかぶせられるような形で、命令が飛んで来ていた。オレたちは、老紳士の後につづいて、その部屋へと入る。


 そこには十人ほどの兵士が集まっていた。赤い服を着た兵士たち、辺境伯の兵士たちのようだが……制服である赤い服が、あまりにも似合っていない。サイズも合っていないし、日に焼けたり傷だらけの顔と、その新しく鮮やかな制服は、どうしてもミスマッチだった。


「……最近採用されたばかりの兵士諸君、という印象を受けるヤツらだな」


「蛮族のならず者同士、お互いの理解が早い」


「つまり、コイツらがオレの同僚か?緊急の、現地採用組ってわけだな」


「ロザングリード卿の、私設騎士団への仕官を志す者たちよ、よく聞きなさい」


 ……オレの言葉を無視して、執事さんは始めていたよ。


 オレたちはいかつい新兵さんたちが溢れる部屋の壁に、背中を預けるのさ。イスが用意されていないからね。新兵たちには、執事はそれなりの敬意を示すようだが、オレたちのような飛び入りで、正式な兵士にまだなっていない連中は、壁でも温めておけってことか。


「……我々は問題を抱えている。新規に開発される南への『商業ルート』には、馬車と運河の両方を行う予定です」


 『商業ルート』。つまり、奴隷にした難民たちを運ぶルートってわけだ。キレイにつくろった言葉だな。様式にこだわるか。貴族の世界にいるってカンジ。狭っ苦しくて、好きになれないもんだよ。


「運河を走る船は、南で購入することとなっている。問題はない。馬車を走らせる者たちも、それなりの数が集まった。ですが、くだんの『障害物』は排除されないまま残っている」


 『障害物』。興味深い単語だな。この兵士たちの緊張と集中。そして、武装……制式の装備ではなく、こいつらが放浪の身であったから頃から使い慣れている鋼たち。自前の武器を持たせているな。


 様式美ではなく、実戦的な装備というわけだ。


 『障害物』とは……生きている者らしいな。鋭く研がれた鋼が使われるのは、いつだって命を持っているモノに対してだよ。


 ヒトか……。


 あるいは、モンスターか。


 地図が提示されているところを見ると、神出鬼没の『殲滅獣の崇拝者/ルカーヴィスト』どもではないのは確かだ。地図に刻まれたバツ印は、ここよりさらに南の土地を示しているようだな―――。


「我らが主である、ロザングリード卿の道を阻む『障害物』を、排除して来なさい。生き残った者、大きな功績をあげた者には、正規兵や騎士への道が開かれる……そして、ロザングリード卿から手渡しの報償もある」


 大盤振る舞いだな。


 それだけ、緊急性のある仕事らしい。


「『垂れ首の屍毒獣/カトブレパス』……この悪しきモンスターの首を刈り取って来た者には、大いなる名誉と金貨20枚を辺境伯が約束する。我らが主の期待に応えて、南への道を開くのです!!」

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