第二話 『背徳城の戦槌姫』 その28


 オレたちは少女たちから、それぞれの事情を聞いていったよ。出身地や家族の所在。『背徳城』に連れて来られるまでに、マフィアどもから聞いたハナシはないのかとか。


 まあ、大した情報は得られなかったのだが……どちらかというと、彼女たちとのコミュニケーションを取ることの方が重要だろう。オレたちが彼女たちにとって無害な存在であることを、可能な限り伝えてやりたくもあった。


 騙されてしまったという経験から、オレたちをすぐに信じることは難しいだろうしな。対話ってのは、最もシンプルな信頼関係構築の手段だからね。オレたちは、彼女たちの言葉に耳を傾けるだけでも、それなりには効果があったとは思う。


 ……彼女たちの多くは、実に一般的な家庭の出身者だったらしい。かつては、親が帝国軍の軍属であった娘たちも多い。帝国からの亜人種族の難民たちには、多い傾向だな。従軍経験があり旅慣れた戦士の家族か、商人などの比較的富裕層の人々だ。


 奴隷たちや貧困層は、逃亡することも困難な状況なのだろう。旅をするにも資金がいるからな。弓矢や技巧があれば、狩りでもしながら西へと逃げられるだろうが、誰しもが狩人としての腕を持っているわけではない。


 ケイト・ウェインよりも外見が良い娘もいたが、錬金術師とか薬草医の知識を持っている娘は、ケイトだけだった。


 『マドーリガ』に選り分けられるときに、顔がいいのとか、胸が大きいのとか、そういった娘たちが選ばれたことは、少女たちを見ていれば納得が出来る。しかし、希少な能力や知識があるのに、『マドーリガ』送りになった娘はケイトだけか……。


 そして、この10人の中にいる『狭間』はケイトだけ。『狭間』の見習い錬金術師などいらない?……そんな差別をするとすれば、帝国人だけであろう。『ザットール』はエルフ系だしな、ケイトを『狭間』ということで低い評価をつけることはないはずだ。


 ますます。


 違和感を覚える。ケイトがこの娘たちの逃亡防止のために、テッサ・ランドールが忍ばせていたスパイならば、その違和感も消えるがね……彼女たち全員は、難民キャンプより以前に面識があったらしい。


 若い娘たちは、難民としての旅のあいだ基本的に集団を作って行動をしていたようだ。賢明な発想だな。身を守るには集団でいるべきだ。若い娘を襲おうとする男は、世界中のどこにでもいるからな。


 ……この中に、スパイはいない。断言してもいい。ケイトも含め、全員が年相応の少女たちでしかない。戦士としての技巧を体に宿す者もいないよ。スパイならば、多少は鍛えているだろうしな。


 ケイトの『背徳城』送りについては違和感が残ったものの、それは許容してもいいことでもある。オレたちは作戦の目的を達成したからだ。囚われていた難民の少女たちを解放した。


 まったくもって問題がない。


「―――長いハナシをさせてもらったな。しばらく、ここで待っていてくれるか?」


「……ええ。私たちは、ここがどこかも分からない。この荒野には、獣もモンスターもいるんですよね?」


「盗賊もいる」


「……逃げられませんよ」


「……オレたちは君らを護衛するよ。でも、ガンダラ、彼女たちに自衛の武器を渡してやれ」


「わかりました。ナイフでよろしいでしょうか?」


「ああ」


「……私たち、武器を使えません。そういうのを、習ったことがある子は、他のトコロへ連れて行かれたみたいです」


 ケイト・ウェインは冷静だ。いいリーダーシップだよ。彼女がいてくれてありがたい。彼女を通せば、10人の少女たちを混乱させることが少なくすみそうだ。


「ナイフを渡すには、別に戦力として期待しているわけじゃない」


「では、どういう意味ですか?」


「護身用さ。そして、君らを安心させたいからでもある。鋼があれば、君たちは無力ではない。野性の獣だろうが、『マドーリガ』の追跡者だろうが、一矢報いることも出来るかもしれないし、オレを背後から刺すことも出来る」


「……攻撃力を与えることが、信頼の証ってことですか?」


「そうだよ。ナイフは色々と便利だ。持っていて損はない」


「……分かりました。みんな、ナイフをもらっておきましょう」


「投擲用のナイフと、狩猟用のナイフ……そして、調理用のナイフがあります。どの刃も磨かれています。指を切らないように気をつけてください」


 ガンダラはそう言いながら、少女たちにナイフを選ばせていた。少女たちは、真剣な表情でそれらを選び取っていく。真剣を通り越して、深刻そうな顔をしたドワーフ族の少女もいるから、注意をしておくことにした。


「……仮に、『マドーリガ』の追っ手に捕まりそうになったとしても、それで己を傷つけたりするな。たとえ、君らが再び囚われたとしても、必ず、オレたちが奪還してみせる。君たちの家族も、このゼロニアの土地で無事に生きているはずだ。希望を捨てるな」


「……は、はい!」


「オレたちは強い。君らを守り抜くから、心配はするな。リエル」


「なんだ、ソルジェ?」


「この子たちにお茶と軽食を与えてやってくれ。心が落ち着くだろうから」


「うむ。いいアイデアだな。そうしよう。皆、こちらに来い。焚き火も起こそう夜風は冷えてしまうからな」


 オレの正妻エルフさんは彼女たちと同年代だ。仲良くやれるだろう。


 さてと。


「ガンダラ」


「なんですかな」


「……テッサ・ランドールかどうかは分からんが、ジャンが何かを察知したらしい」


 魔眼のおかげで、闇のなかでも遠くまでよく見える。二キロほど先にいるジャンが、こっちに合図を送っている。ヒト型に戻っているが、その両腕で、大きく腕を振っているな。


 オレが右腕を上げると、ジャンはその動作を止めた。まったく。夜間でも視力が利く。狼男の能力は、どこまでも高い―――メンタルとか、技巧かな。経験で磨くしかないが、ちょっと目を離すとヘタレているからな……。


「シアンとキュレネイを連れてジャンと合流し、敵サンを蹴散らしてくる」


「わかりました。こちらはお任せ下さい。ギンドウだけでは……『作業』が進まないでしょうからね」


「頼むよ。アイツ、体力が基本的に少ないからさ」


「ええ。そちらも気をつけて下さい。テッサ・ランドールを、殺さないように」


「オレは女性にはやさしい竜騎士サンだぜ。今宵は、不殺のままでいられるはずだ」


「……彼女は、いい情報源になるでしょう。捕らえますか?」


「……『マドーリガ』全員を敵に回すことは、避けたい。まあ、今でも十分に敵だろうがね」


「そうですな。彼女は、『背徳城』を経営するような女性。話術では、勝てないでしょうから、情報収集は最小限に」


「何を訊くべきかな?」


「アッカーマンへの不満ですな。『背徳城』で情報収集していると、多くのドワーフの戦士たちに舌打ちされましたよ。表立ってはいませんが、離れた場所で、コッソリと」


 ガンダラは、そういう行為を見つけるのが上手い……ちょっと怖い特技だよね。ガンダラは陰口を聞き逃さないタイプの男らしい。


「『背徳城』の物流を支えているかもしれませんが―――『ゴルトン』との同盟には不満がある可能性は高い。法外な報酬を要求されているのかもしれませんな」


「……『殲滅獣の崇拝者/ルカーヴィスト』のテロがあるというのに、弓兵を北向きには見張ることもなかったほどだ。警備としては不満がありそうな配置だよ」


「件の『ルカーヴィスト』の情報も欲しいところですな」


「素直に聞けるかな?」


「ふむ……団長が、『ルカーヴィスト』のフリをするのはどうでしょう?」


「ん?」


「キュレネイもいますからね。もしも、『ルカーヴィスト』がキュレネイの予想の通りに『オル・ゴースト』の『残党』―――つまり、『ゴースト・アヴェンジャー』だとすれば、キュレネイがいることで、迫真の演技が可能となるでしょうから」


「……たしかに。よく思いつくよ、そんなことを。上司にテロリストの真似事させて、マフィアの大幹部に接触しろとかさ?」


「効果的かと思いまして」


「ああ。そんな気がする。オレの演技力次第だが」


「そこは作戦に依存することの出来ない要素です。まあ、リアクションから読めることもあるでしょう。団長の洞察眼を信じていますよ」


「……くくく。信頼には応えるってのが、いい男の義務じゃあるよな。がんばるよ。さてと、シアン、キュレネイ!馬に乗るぞ!」


「……ああ。『マドーリガ』どもの、精鋭か……」


「殺すなよ?」


「……わかっている。『虎』は、長の命には、従うものだ」


 ……殺気を放っているな。あんまり不殺の命令を多く与えていると、ストレスで凶暴化するかもしれない。気をつけよう。尻尾が、ビュンビュンうなりがら、揺れているもん。


「キュレネイも、殺すなよ?」


「イエス。では、美味しいお肉に、ライド・オンであります」


 ああ、キュレネイ・ザトー。まだ、馬の肉に興味があるのかよ?お馬さんたちが、キュレネイの発言に反応したような気がするな。耳を立てて、こっちを見ている。馬の大きな瞳と目が合ってしまったな。


「アレも食べちゃダメだ」


「アレも、コレも、食べちゃダメでありますか」


 ルビー色の瞳で、じーっと見つめられる。馬への欲求が、かなり強いらしい。キュレネイもストレスを感じているのだろうか?……説得するための言葉を、オレは多く持っているわけではないが―――ないことも、ない。


「……朝食には、美味しい食事を作ってやるから、それまでガマンだ」


「イエス。団長、料理をがんばるであります」


「ああ。美味しいご飯を食べるために、ちょっくら仕事をしてこよう。いいな?オレたちは今から、『ルカーヴィスト』だ」


「……テロリストか。詳細を知らずに、騙せるのか?」


「瞬間的にでも、騙せればいい。嘘だと見破られたとすれば、どうして見破られたのかも分析出来るさ。あっちから話してくれるのであれば、助かるんだがね」


「テロリストが、『ゴースト・アヴェンジャー』だとすると、『自由同盟』がこの土地を制圧したときの、脅威になる可能性も高いであります」


「……フン。知っておくべき、相手か」


「悪人のマネは好かないだろうが、頼むぜ、シアン」


「無口でいるさ。敵との会話は、ソルジェ・ストラウスの役目であろう」


「おしゃべりだもんな、オレは」


「はい。団長は、おしゃべりであります」


 自覚はあるが、そうらしい。クールな大人の男への道は、まだまだ遠そうだよ。さてと、『マドーリガ』の追撃チームを探りに行くかね。

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