第二話 『背徳城の戦槌姫』 その27


 そのまましばらく走りつづけていき、やがて平坦なゼロニア荒野のなかを走る、ヴァンガード運河の支流を見つけた。そこで馬たちを休ませることにしたよ。馬たちも疲れているし、ガンダラの言った通り、難民の娘たちに状況を伝えてやりたい。


「……すまない。状況を伝えたいんだ、出て来てくれるかな?」


 怖がられているかもしれない。馬車にそう声をかけたが、すぐに少女たちが出てくるということはなかった。気持ちは分かる。男に怯えている子たちだからな。だから、焦らせることはない。待ったよ。無言のまま、状況を見守るだけさ。


 沈黙と静寂のまま、時間は過ぎ去っていく。荒野の夜風は、冷たくて乾いていて、砂っぽかった。


 馬車のドアが開いた。『ゴルトン』の紋章が刻印された、豪奢なつくりのドアが開いて、間違った花嫁衣装に包まれた少女たちが、警戒心と恐怖をたたえた瞳を震わせながら次々と出て来てくれた。


 怖がらせるつもりはない。話しやすいように、こちらも女性陣を総動員している。


「……まずは、オレたちが何者か説明しておく。オレたちは『パンジャール猟兵団』だ。オレは団長のソルジェ・ストラウス。ここから遙かに西にある土地で結成された、『自由同盟』に雇われた傭兵だよ」


「……傭兵?……『自由同盟』の?」


 少女たちのリーダーなのだろうな、ウェーブのかかった金色の髪をしたハーフ・エルフが口を開いていた。


「ああ。そうだ。雇われた目的は、君たちの救助と、西への安全な輸送だ。信じてくれると嬉しい。君たちを傷つける意図は全くないのだ」


「……わかりました。まだ、全てを信じられるような状況ではありませんけど、あの売春宿から助けていただいたことは、事実ですから」


「その認識で十分だ。ハーフエルフの乙女よ、君の名前は?」


「ケイト。ケイト・ウェインです」


「君たちの中では、最年長か?」


「ええ。18才。他の子たちは、私よりも年下です」


「そうか。ならば代表者は君だ。なあ、確認しておきたいが、君たちはファリス帝国からの難民か?」


「……はい。国境線にあった、難民キャンプで……巨人族の連中に騙されたの。お金を払えば、『西』に逃してくれるって……だから、私たちは持っていた財産を連中に支払った。それなのに、売られちゃったんです。悪人を信じるなんて、愚かなコトですね」


「それだけ追い詰められていた。悪人の用意する罠は、弱者を追い込み、罠へと誘導する。難民のためのキャンプ地を作り、君たちの信用を得て、裏切った。君たちは、ただの被害者だ。愚かなわけではない。ただ必死だっただけのこと」


「……そうかも。多分、嘘くさいって、分かっていた」


「選択肢を奪われていただけだ。悪人の常套手段だよ。気にするな。もう終わったことに過ぎない」


「ストラウスさまは、前向きなんですね」


「まあね。ケイト。『マドーリガ』に……つまり、あの『背徳城』に売られていた難民の娘たちは、君たちだけか?」


「……今のところは、そうでした」


「追加が来る予定があるわけか?」


「きっと。私たちが、第一陣だったんだと思います」


 まあ、それは当然だろう。ハイランド王国軍からの情報の早さと、シアン隊、ガンダラとキュレネイの行動力。オレたちの動きは、かなり早かった。ハイランド王国軍が、それだけ、この『ヴァルガロフ』を注視し、観察していた証でもあるか。


 ……ハイランド王国軍の動きも気になるが、何はともあれ、情報収集を始めよう。


「……君たちは、どうやって運ばれた?」


「馬車に乗せられたんです。家族と一緒に。でも、女の子たちだけ、家族と引き離されたんです」


「なるほど。選別されたか」


「そうだと思います」


「マフィアどもは、北の山岳地帯に、麻薬農園を増設したいらしい。農夫となる者たちを探しているだろう。君のご両親は健在か?」


「……三日前までは、生きていました。疲れ切っていましたが」


「人間族とエルフ族のカップルだった。それでも、君を含めて殺されることはない。両親は医者か錬金術師の類いか?」


「父さんは人間族の錬金術師です。母さんは、薬草の知識があって、エルフの秘薬を煎じることも出来ました」


「なるほどな。想像通りだ。君も、そういう知識はあるのか?」


「……はい。両親には、黙っているようにと言われていました。マフィアどもに聞かれても、そんな知識はないと言い張りましたが……錬金術の基礎ならあります。父さんの手伝いをしていましたし、学校にも通わせてもらっていましたから」


「教育を受けるのは、良いことだ」


「……私は、帝国にいるハーフ・エルフとしては、とても恵まれた環境で育つことが出来たんです……自分の境遇が、恵まれていたことに、気づけなかったほどに」


「自虐することはない。君の人生に苦しみが少なかったことを、オレは良いことだとしか思わん。誰もが、不幸になる必要はない」


「……そう言っていただけると、救われます」


「さて。君たちも疲れているだろうが、少々、事情聴取をさせてもらってもいいか?オレたちの任務は、難民を西へと安全に運ぶことなんだ。君たちだけでなく、難民キャンプにいる全ての人々を西に導くことが使命だ。状況を把握するために、情報が欲しい」


「……ストラウスさまは、そう仰っているわ。皆、協力してあげて。この人たちは、信じてもいいはず。マフィアどもとは違う。マフィアどもは、情報を持っているはずだもの。私たちの家族や、家族の職業……巨人族の連中に、さんざん話したことだもの」


 冷静で頭が回る乙女のようだな、ケイト・ウェインは。賢く裕福なご両親のもと、すばらしい教育を受けることが出来たらしい。狡猾なマフィアたちが、彼女の能力を見抜けなかった?……『狭間』だから、高等な教育を帝国では受けていないと軽んじたのか?


 あるいは。


 ハーフ・エルフの需要が、『ヴァルガロフ』の売春宿にはあるのだろうかね。キュレネイ・ザトー……『灰色の血』。多くの種族がその血を混ぜていくと、最終的に『どの種族でもない者/灰色の血』へと至る。


 それは自然発生的にも『ヴァルガロフ』であれば、誕生するのだろうか?……あの四つに分かれた街でもかね?……四大マフィアは純血の者が多く見える。もちろん、見た目だけで血統を判断するのは難しいことだが。


 種族の形が『混ざる』のは、『狭間』だけ。つまり、人間族と亜人種族のあいだに産まれた子供だけが、その外見が歪になる。ハーフ・エルフの耳は短くなり、ケットシーの耳は垂れる。ドワーフは短躯でもなくなり、フーレンの尻尾は短くなる。


 亜人種族同士の場合は、両親のどちらかに似るものだからな。エルフとドワーフのあいだの子は、エルフかドワーフだ。ロロカ先生に難しい予測を聞かされたことがあるが、難しいから、多くを理解することは出来なかった。


 人間族の形を決定するための血の『因子』は少なく、亜人種族の形を決定するための血の『因子』は多いそうだ。そして、血の含まれる『因子』の種類も亜人種族の方が多く、人間族の方が少ないのだろうと―――。


 人間族の血に含まれている『因子』の量では、複雑な亜人種族の形状を作るための設計図として足りないってことさ……それゆえに『狭間』という見た目が混じった形になるらしいよ。亜人種同士ならば『因子』が豊富だから、エルフもドワーフも形作れるとか?


 なんだか難しくてね、蛮族の悪い脳みそでは把握出来ていない。


 だが、賢いオレのロロカ・シャーネルが予測しているのだから、そうなんだろうよ。新しい人類である人間族……『新たな集団』ほど多様性が失われているというのは、理解しやすいハナシだしな。


 古き血や文化は、いつでも失われていくばかりだから。オレたちは、かつてよりも単純な生き物になろうとしているらしい。世界に適応したのだろうが……全てが単調な世界に向かっていると思うと、どこかつまらなさを覚えるね。


 自分が自分である根拠が、少なくなっていくような感覚は、どこか不安にさせるものだよ……自分が、希薄になるような、空虚さへの恐怖があるのさ。


 ある意味、その不安の表れなのかもしれない。


 人間族との混血が、『狭間』として忌み嫌われるのは、『種族の特徴の欠落』が原因とも言われている。自分たちが失われていく姿に、人類は恐怖を覚えるらしい。それに、もっと単純なハナシだけどよ、姿形が違うと、それだけで馴染みにくさも出るものさ。


 しかし。


 『ヴァルガロフ』には強力な例外が存在している。いや、もはや過去形なのかもしれないが―――とにかく、『種族の特徴の欠落』に対する恐怖や不安というネガティブな思考ではなく、ある意味ではポジティブな評価がな。


 『灰色の血』は、四大マフィアの上に君臨していた、『オル・ゴースト』という集団を作りあげていたようだからね。四大マフィアを構成する、それぞれの種族の血を継いでいるから、その座にいたとな。


 多くの種族が集まる、この『ヴァルガロフ』では、『混血』には他の土地にはない価値と意味があるということさ。


 ……何が言いたいかだと?


 ……ケイト・ウェインの処遇についての疑問を解決したいのさ。いや、納得したいか。『狭間』の女を売春宿に売る理由を、『灰色の血』に見出そうとしているのさ。無理やりにだがね。


 ケイトは錬金術師と薬草医のあいだに産まれた娘だぞ?しかも、両親は健在だ。ケイトが高度な教育を受けて、両親の有益な知識を継いでいる可能性を、本当に否定するかね?……悪人どもは合理的だ。善意で行動する者たちとは違って、見返りを求めているから。


 ケイト・ウェインの『嘘』を見抜けなかったのか?……彼女は、たしかに若くて美人ではある。彼女の処女に大金を積む男はいるだろうよ。しかし、売春婦として消費するよりも、麻薬を精製している『ザットール』にでも売り払った方が高く売れるのではないか?


 錬金術師の仕事は高度であり、時間がかかるってことをレミーナス高原の冒険でオレは思い知らされている。美人な売春婦よりも、錬金術師の助手の方が、希少価値があるはずなんだよ。


 それなのに、より値段が安くなる方に、彼女を『ゴルトン』どもは売った。『ザットール』よりも『マドーリガ』に。悪人は、合理的なことしかしないはず。儲けを手放すことはない。錬金術師の助手よりも、売春婦に価値はない……あるとすれば、『狭間』という血?


 もしも。


 何らかの理由で、『灰色の血』を作りたいと考える者たちがいたら?……この利発で若く、少なくとも人間族とエルフ族の血を引いている娘は……『灰色の血』を『合成する』ための素材としては、最高級なんじゃないだろうか。


 亜人種族の特徴を失っているのが『灰色の血』というのなら、亜人種だけでなく、人間族の血も混ざっていなければ、『灰色の血』へと至らない気がするぞ。


 四大マフィアの支配種族だけでは、足りない……おそらく、ほとんど全ての種族の血を混ぜないと、『灰色』の血にはならないのではないだろうか?『狭間』なら、少なくとも二種族の血が約束されているな。


 『灰色の血の有能なる材料』。


 ……そう解釈したときだけが、オレは納得できる。ケイト・ウェインが希少な『錬金術師の助手』としてよりも、『背徳城』で『競り』にかけたとき、利益が高く発生するという理屈は、オレには今のところそれしか見つからん。


 彼女は一夜限りの相手としてではなく、『灰色の血』を産ませる有能な母体として売却される予定だったのだろうか?……強い魔力と、高度な教育、若さと健康を持った『花嫁』としてな。この花嫁衣装は、悪趣味で疑似的な初夜のためじゃなく、ガチに嫁がせるためかもな。


 他の土地では、ありえないことだが……『ヴァルガロフ』ならば、どうなのだろう。何だか気になるな。オレのそばで星を見ている現地人に訊いてみよう。


「……キュレネイ」


「なんでありますか?」


「『灰色の血』には、どんな価値がある?『ヴァルガロフ』ならではの価値というものがあるのか?」


「んー。どうでしょうか。自分は、戦う以外に価値などない、ビューティー・ガールでしたから」


「戦う以外にも価値は抜群にあるが……そうだな、『オル・ゴースト』になれるのは、どんなヤツだ?」


「もちろん、『灰色の血』であります。当然です」


「……何が当然なんだ?」


「全ての種族の血を引いているからこそ、『根源たる魂』となれるのであります」


「『根源たる魂』。それが、『オル・ゴースト』の意味か?」


「イエス。『オル・ゴースト』の紋章は、シークレット。私も知りませんが、意味はそうであります」


「……ふむ。とにかく、『オル・ゴースト』を『再建』しようとする場合、『灰色の血』は必要になりそうだな―――」


 ―――とすれば、ケイト・ウェインは『王冠』の素材?……誰かが、高額な金で競り落とすことにも『価値』があったのか?彼女の『価値』を高めることになるな。一種の儀式的な行為?四大マフィアは敬虔な戦神バルジアの教徒だった。


 ……だが、それなら。アッカーマンあたりがケイトを求めそうだが…………クソ。分からんな。情報が少なすぎる。これでは、推理と妄想の区別もつかんか。とりあえず、意味は少女たちから話を聞くとしよう。


 戦場と同じように『悪意』が支配するマフィアの世界では、合理的な行いしかないはずだ。意味が、あるように思うんだよね、ケイト・ウェインが『背徳城』で『競り』にかけられていたってことには。

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